乂阿戦記2 終章 死せるクトゥルフ、ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり-11 目覚めるイサカ
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イサカの新たな肉体へ――
静かに、“脳”が据えられていく。
その名は、《キジーツ》。
胡蝶蜂剣パピリオの指先が、まるで千の旋律を奏でる演奏家のように、精妙に舞う。
その手に、迷いは一切なかった。
――だが。
神業のようなその光景を前にしても、誰ひとりとして、攻撃の魔力を放つ者はいなかった。
機械神クトゥグァ、モビーディックラーケン、ナインテイル、ベリアルハスター。
そしてそのコックピットに座す雷音、雷華、獅鳳、イブ、ネロ、白水晶、オーム、エドナ――
彼らは、イサカに“刃”を向けることができなかった。
バエルスター号で共に過ごした時間は、ほんの一瞬の煌めきに過ぎなかったかもしれない。
だがその中で、イサカは獅鳳やノーデンスとの再会に笑い、マクンブドゥバの悪行に怒り、
かつて復讐の女神として歩んだ自らの罪に、静かに涙を流していた。
まるで、最初から“家族”だったかのように。
だからこそ、誰も、刃を向けられなかった。
――それは、もはや“敵”などではなかった。
だからこそ――
「……攻撃しないの?」
パピリオが、静かに問いかけた。
その声には、いつもの毒も皮肉もなかった。
ただ、事実を確認するような、無色の響き。
「……まあ、してきたら斬り伏せるだけだけどね」
誰も、何も返さない。
返せなかった。
静寂だけが、作業場のように広がる戦場を支配していた。
パピリオは、吐息のように呟く。
「甘っちょろい坊や達ね……でも、嫌いじゃないわよ、その甘さ。
……だけどさ。バカよ、本当にバカ。子供のくせに、なんで戦場に出てくるのよ……」
――違う。それが言いたいんじゃない。
胸の奥で渦巻く、名前のない焦燥と怒り。
それをごまかすように、彼女は目を伏せ、手元へと意識を戻す。
「……ちっ、クソが……アタシは……いったい何を……!」
そのとき――
「うるせぇよ……!」
沈黙を破るように、獅鳳の怒声が飛ぶ。
「そうだよ、俺たちゃ子供だ!
でもな……“正しい”とか“間違ってる”とか――
そんなもん、俺には関係ねぇんだよッ!」
拳を握る。
涙を隠さず、怒鳴る。
「嫌か。嫌じゃねぇか――
それだけが、俺の答えだ!
理屈で動くのは機械だろ。
でも俺は……
俺は、“心”で動くんだよッ!!」
その言葉に、パピリオの手が一瞬、止まる。
そして、そっと――
イブが、獅鳳を抱きしめた。
――そのとき。
イサカが、目を開いた。
「……うっ……あれ……? わたし……生きて……る……?」
その声はかすかで、か細くて、
けれど確かに、“生”の響きを宿していた。
「……おかえり、イサカ」
誰かが、静かに呟いた。
そして次の瞬間――
空が、裂けた。
指輪王――ロキが、ふと、光を失う。
まるで一本の糸が、静かに切れたかのように。
その身は傾き、空を滑るように落下していく。
機体は制御不能。
ロキの意識は、すでに尽きていた。
――音もなく、支柱が折れる。
「ロ、ロキィィィィィーーーーッ!!」
ナイアが、泣き叫ぶような声を上げる。
《パズスフィンクス》が暴風のように旋回し、彼の機体をぎりぎりで受け止めた。
「クゥン……クゥゥゥン……!」
フェンリルが、主の退場に抗うように天へ吠える。
続いて、世界蛇ヨルムンガンドもまた紫光に包まれ――
二柱の召喚獣は、やがて透明に溶けていった。
召喚者を失った今、彼らは紫宇宙へと還るしかない。
ロキが支えていた戦場の均衡は――
音もなく、崩れ去った。
「……私の、せいね……」
イサカが、ぽつりと呟いた――
――そのとき。
「違イマス!!」
イブが叫んだ。
「あなたは悪くないッ!!
貴女は……あのマクンブドゥバに、運命を蹂躙された哀れな犠牲者デス!
だから、お願いです――
どうか、自分を責めないで……!」
それは、まるで――
彼女自身への赦しの言葉でもあった。
そのとき。
紫光が一閃し、魔物たち――
フェンリル、ヨルムンガンド、バルログ竜騎兵たちが、
時空の裂け目に吸い込まれていく。
“主”との絆を失った今、彼らを繋ぐものなど、何もない。
「くっ……不覚……!」
バルログ竜騎兵団の将・ゴズモグが呻く。
「殿下をお守りできなんだとは……嗚呼、口惜しや……!
殺悪隊め……鮫島鉄心、蛙冥刃……貴様らさえいなければ……!!」
その呪詛を最後に、彼もまた、霧のように消えた。
戦場が、静まり返る。
だが、それは――
嵐の前の、静けさだった。
「……ロキの小僧、力尽きたか。いや、むしろよくぞ保ったものよ……あの銀仮面と最強魔女を相手に」
真狂王・カルマストラ二世が、戦場の外縁に立つ。
その表情には、勝者の笑み。
「だが……まあ、これで邪魔者はいない。
さあ、“主役”の登場というわけだな」
彼は決闘を放棄し、鳳天の前から姿を消した。
「逃げるか、エンザ……!」
「フフ、すまぬな兄上。だが、ここで動かねば千載一遇を逃す」
カルマストラの号令一下――
赤紫のロボット兵団、タイラント族の精鋭機が現れる。
スラル七部族の一角、タイラントの誇り。
フェニックスヘブンが、孤立する。
「クソッ……!」
鳳天が舌打ちと共に、構えを取り直した。
一方その頃――
カルマストラは、高らかに笑う。
(さあて……これで“復活したエクリプス”は、我らタイラント族の独占となる……!)
「マクンブドゥバよ。
ネクロノミコンの力を、解き放て」
『ははっ……我が主の御意のままに!』
クトゥルフと融合したマクンブドゥバが、イサカを見据える。
その眼が、黒雲を呼ぶ。
魔力がうねり、ネオ・エクリプスの肉体を包み込む。
そして――
その手に現れたるは、《ネクロノミコン》。
それは、書物ではなかった。
死者の皮膚を継ぎ接ぎした表紙は血を吸い、腐臭を放ち、
頁の奥には、無限の暗黒が棲んでいた。
記されたのは、文字ではない。
“なにか”――名も形も持たぬ存在の刻印。
それを読む者の精神には、穴が穿たれる。
――ページが、勝手に捲れた。
「……応えるか、我が欲に」
ジ・エンドが呪文を唱える。
「ルル・ナグル=フタグン……イア・イグ・クル・モナァ……!」
瘴気が、大地を裂き、空を黒く染める。
死した兵士。
折れた剣。
砕けたロボ。
すべてが、黒い瘴気に包まれ、蠢き始める。
眼が開く。
断たれた首が笑う。
崩れた胴体が、再び剣を握る。
――ここに、《死者の軍勢》は生まれた。
それは、神に許されぬ魔術。
世界の理を破壊する、禁断の大死霊術。
戦場にはなお、無数の“資源”が転がっていた。
命を失った戦士。破壊された兵器。
それらすべてが、“兵”へと変わってゆく。
マクンブドゥバは、嗤った。
そして――
世界はまた一歩、“終わり”へと傾いていく。
↓イメージリール動画
https://www.facebook.com/reel/1742592019484482