乂阿戦記2 終章 死せるクトゥルフ、ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり-9 兄弟対決! 聖王vs真狂王
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地に伏した機械神の頭部が、赤紫の巨影に掴み上げられる。
その巨影――機械神。
搭乗するのは、狂気の王。
カルマストラ二世。
死を象徴するその機体が、冷たく鈍く光る鎌をコックピットへと突きつけた。
「さて、お前はどうするべきかわかるかな? このまま死ぬか? それともワシに従うか?」
「くっ……! 殺せ……!!」
「やれやれ、強情だのう……」
老いた狂王の声が、地獄の鐘のように冷たく響く。
そして、無慈悲なカウントが始まった。
「では、こうしよう。10秒以内に降伏せぬならば命を絶つとしよう。……10、9、8――」
その瞬間。
背後から、一閃の光が走った。
炸裂音。
《イット・ジ・エンド》の右肩が爆ぜ、巨躯がよろめく。
その隙に、《ラ・ピュセル》が解放され、ルシルが咄嗟に後退する。
カルマストラ二世が不快げに振り返る。
そこに、金色の閃光を纏った巨体――改獣が悠然と佇んでいた。
通信が繋がる。
「ルシル、俺があの狂王を引き受ける。お前は神羅たちの援護に回れ。あのエンザゾンビ共を相手にするには、あいつらじゃ役者が足りねぇ」
――搭乗者、鳳天。
「了解しました、リーダー。……ご武運を!」
ルシルは短く敬礼し、《ラ・ピュセル》を剣の姿へと再変形させる。
そして身を翻すと、そのまま戦艦へ跳躍した。
戦場に静寂が戻る。
残された鳳天がゆっくりと、《イット・ジ・エンド》に向き直る。
「さて、待たせたな……真狂王」
その言葉に、カルマストラ二世の目が細められる。
「……この気配……聖王イルスと同じ……いや、まさかな……」
「まさかじゃねぇよ、ジ・エンド――いや、“エンザ”。俺はお前の兄、聖王イルスの転生体だ」
――その言葉が放たれた瞬間、戦場の空気が一変した。
まるで時間が止まったかのように、周囲の全てが沈黙した。
「な、なにを馬鹿なことを……! 我はエンザにしてエンザにあらず! 愚かな狂王が生み出した、ただのクローンの一体に過ぎぬ! 聖王の名を騙る不届き者がッ!」
珍しく声を荒げながら、ジ・エンドが死神の鎌を振るう。
だが、その一撃をフェニックスヘブンはあっさりと回避する。
「むんッ!」
そのまま放たれた逆手の手刀が、イット・ジ・エンドの左肩装甲を斬り裂いた。
火花が迸り、赤紫の巨体が再びぐらつく。
「……エンザ。俺を偽者と断じるのは勝手だがな、甘く見るなよ。お前の正体……とっくに察しはついてる」
鳳天の声音は低く、鋼のように重かった。
「“狂王”という偶像は、腐りきった女神国の貴族どもが創り出した都合のいい操り人形だ。……だが、お前は違う。仮面の下に己を偽り、クローンを名乗って戦場に生き延び、牙を研いだ」
「ぬ……!」
「でなければ女神国最高の宦官だったカルマストラ1世が、俺の弟を実の子同然に可愛いがってくれていたあのチョドゥル・カルマストラ殿が、わざわざお前を養子にして庇護するはずねえもんな」
「よ、世迷い事を言うな! これでもくらえっ!!」
《イット・ジ・エンド》の咢が開き、瘴気のブレスが噴き出す。
鳳天はそれを正面から受け止め、構えるどころか加速した。
「やれやれだぜ……そんな攻撃が効くかよ。オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
《フェニックスヘブン》の拳が唸り、光の弾幕となって四方八方から《ジ・エンド》を打ち据える!
「う、うおおおおッ!?」
たまらず、ジ・エンドは秘奥義――“四門大覇道”を展開し、拳の雨を防ぐ。
その名を聞いた鳳天は、淡く目を細めた。
「“四門大覇道”……それが、お前がチョドゥル殿から教わった最も得意とする型だったな……」
「ば、馬鹿な! 今のは“大武神流・阿修羅豪打拳”! それに今の連携は、イルス兄上のオリジナルコンボ――ま、まさか、貴公……本当に兄上の!?」
「……ああ、その通りだ。俺はイルスの記憶と拳を、この手に継いでいる」
「う、嘘だ! そんなことがあるものか! 仮にそうだとしても、それは所詮――紛い物! 本物ではない! うおおおおおおッ!!」
狂王が吼える。
理性の皮膜を引き裂くように、《イット・ジ・エンド》が荒れ狂った。
呪力を纏った連撃、鎌の連斬、瘴気の波動、ありとあらゆる必殺の奥義を乱れ打つ。
だが――
それら全てが、《フェニックスヘブン》の精密なる拳捌きに次々と受け流されていく。
「やれやれ……ルシルの時とは逆か。今度はお前の剣筋がガタガタじゃねぇか?」
「お……おおおおお!? な、なぜだ!? この技……この構え……この精妙緻密な拳の動き……! まさか、まさか本当に……!?」
《イット・ジ・エンド》が後退する。
まるで初めて“恐怖”を知ったかのように。
「言葉も要らぬ、証拠も要らぬ……! この強さ……この戦いの匂い! 紛れもなく、兄イルスのもの……!!」
鳳天は一歩、また一歩と迫り出す。
その拳に宿るのは、聖王の矜持と――兄としての、最後の誓い。
「……弟よ。エクリプスを復活させるわけにはいかねえ。たとえ、お前が弟であろうと、それだけは絶対に、容認できねぇ!!」
静かな怒りが、空気を灼く。
対するジ・エンドは、痙攣するように肩を震わせた後――
「く、くくくくくくッ……イルスよ……」
──笑った。
「ワシは……まだ、お前の“弟”だったのか? ……まさかな……なんたる僥倖か!! ここに来て、我が未練の一つが叶おうとは……!」
天を仰ぎ、咆哮。
「兄よ! ワシは、貴方と武を競い打ち倒したかった!! 暴君の道を生きたこのワシが……貧家の側室の子に過ぎなかったワシが……稀代の聖君と謳われた“イルス王”を……どれだけ打ち破りたかったか、乗り越えたかったか!!」
魂の咆哮が戦場を震わせる。
鳳天の瞳が細められる。
「……退けぬか?」
一瞬、沈黙があった。二人の兄弟が、ただ視線だけを交わす。
その目に宿るのは、決して消えぬ血の因縁と、果たされなかった願い――
「退けぬ!!!」
その一言が、決戦の鐘を鳴らした。
聖王と真狂王。
今は亡き女神国を率いた兄弟が、運命の因果を引き裂くため、互いの拳を交わす。
戦いは熾烈を極めた。
白兵戦――
《フェニックスヘブン》は雷光のような拳撃のラッシュを主軸に、流れるような体捌きで連撃を繰り出す。
対する《イット・ジ・エンド》は、死神の鎌を軸に、螺旋状の連斬と呪術を混ぜ合わせた変則戦法で応戦する。
魔術戦――
狂王は瘴気・呪詛・暗黒魔法といった禁呪を解き放ち、
鳳天はそれに対抗するかのように、聖王時代に伝承された五行錬丹術を駆使し、絶妙な属性操作で応じる。
幾度となく、必殺の大技がぶつかり合い、空中で炸裂する。
衝突のたびに爆炎が吹き荒れ、空が裂け、大地が抉られた。
互いの命を削り合うような壮絶な攻防。
戦場に集う味方も敵も、そのあまりの闘気に、誰一人として声を上げることができない。
ただ、目を見開き、固唾を呑んでいた。
「うおらららららららああっ!!」
「しえええええいっ! しえいしえいしえいっ!!」
光速を超えた拳撃と、呪力を帯びた死の刃が交錯する。
放たれたのは、互いの命運を賭けた最大奥義――
『――大武神流宗家秘奥義・覇道滅封!!』
鳳天の拳が閃光となって疾走し、
ジ・エンドの鎌が空間を裂いて唸る。
その瞬間。
世界は静止した。
時間が止まったかのように、音は消え、色が褪せた。
ただ二つの意志だけが、重なりあう。
そして次の瞬間――
爆ぜた。
天地そのものが。
閃光と轟音。
烈風と衝撃波が、戦場全域を呑み込んだ。
爆発の中心に穿たれた巨大なクレーター。
土煙の中、半壊した二体の機械神がなおも立っていた。
よろめきながらも、決して膝を折らない。
《フェニックスヘブン》。
《イット・ジ・エンド》。
両者、もはや限界を超えている。
だが――
((まだ……倒れるわけには、いかぬ!!))
二人の王は、己の信念を胸に。
最後の一撃を、放つ。
拳が、振り上げられる。
鎌が、再び構えられる。
そして――
「やるなイルス……いや小僧! しかしここまでよ! 貴様の命運もこれまでよ!!」
そう言ってイット・ジ・エンドは手にした死神の鎌を振り下ろす。
「ぬかせエンザ! テメェ兄の拳骨の痛さを忘れたとみえる! 今思い出させてやるから歯ぁ喰いしばれ!!」
そう言ってフェニックスヘブンは固く拳を握り振りかぶる。
拳と鎌が交差する寸前。
戦場に、雷鳴が轟いた。
天が割れ、紅紫の蝶がひらりと舞い降りる。
その羽ばたきが、まるで世界に“割り込み”をかけるようだった。
「……あれは……?」
「な、何だと!?」
鳳天とジ・エンドの動きが、揃って止まる。
空に漂う光が、徐々に“人の形”へと変化していく。
その輪郭が、鮮明になる。
――九闘竜No.3、《胡蝶蜂剣》パピリオ。
“剣の鬼神”の異名を持つ、妖艶にして無比の武仙。
彼は宙を舞いながら、まるで踊るような挙動で一直線に滑空する。
その着地点――《パズスフィンクス》。
パピリオは生身のまま、超重量級改獣に着地すると、右手の剣で胸部装甲を一刀のもとに切り裂いた。
「ちょっ、ちょっとあんた!? なんて手段で入ってくるのよッ!?」
艦内のナイアが絶叫する。
「アラやだぁ、これが手っ取り早いじゃない? それとも、もっとエレガントな侵入がご希望だったかしら?」
「当たり前でしょ! 再生機能があるからって、どこの世界にコックピットに穴開けて入ってくるバカがいるのよ!!」
ナイアがツッコミを入れる中――
《パズスフィンクス》の計測装置が一瞬バグを起こし、その後自動的に再起動する。
「それより大事なことがあるの。――イサカの“キジーツ”、渡してちょうだい。あたしが、新しい器に魂を戻してくるわ」
「……お願い」
ナイアは躊躇なくキジーツを手渡す。
パピリオはそれを左手で抱え、踵を返すと、開けた装甲の隙間からそのまま跳び出した。
「うわっとっと……」
着地時に若干体勢を崩しかけながらも、軽やかにバランスを取り直す。
パピリオの身体は傷だらけだった。
――それもそのはず。
彼はついさっきまで、《聖王イルスの転生体》と死闘を繰り広げていたのだ。
双方、まともに立っているのが奇跡。
だが、パピリオはそれを一切表に出さない。
まるで舞台役者のように、堂々と美しく、戦場に立っていた。
「ふぅ……危ない危ない」
一息つき、顔を上げたその視線の先には――
無数の敵兵たち。
「……あらん、これは盛況ねぇ」
右手の剣をゆっくりと構える。
背筋はまっすぐに、表情はあくまで余裕の笑み。
その一瞬、戦場全体が息を呑んだ。
誰もが理解した。――今、戦況を変える“主役”が現れたのだ。
「さぁ、かかってきなさいな。アタシがまとめて相手してあげるわッ!」
その挑発的な台詞と同時に、彼の視線が上空へと向けられた。
――五百メートル上空。
《クトゥルフ》の額。
そこに、半ば埋まるようにして固定されていたのは――
褐色の肌に白髪をなびかせた、イサカの“新しい身体”。
それを見た瞬間。
パピリオの双眸に宿る光が、烈火のように変わる。
そして、戦場全域を震撼させる哄笑が響き渡った。
「グーッハッハッハッハァ~~ッ!!」
空間そのものを震わせるような声。
それは――《クトゥルフ》。
否、正確には、クトゥルフと“融合”を果たしつつある、黒き王――《マクンブドゥバ》。
「愉快だ……実に愉快だぞ人間ども!!」
その声が響くたび、大地が呻く。
「貴様らの戦いは面白い! 実に、実に面白いぞ!!」
その咆哮と共に、クトゥルフの巨体から触手が一本、また一本と伸び始める。
意思を持ったかのようなその触手群が、まるで蠢く死神の髪のように地球連合軍へと襲いかかっていく。
「くっ……!」
次々に連合軍のロボが絡め取られ、圧し潰され、爆散する。
「ぐ……ふふっ……がははははははッ!!」
高笑いを響かせるクトゥルフ。
その異様な姿を見て、指揮官の一人――《ベリアルハスター》に騎乗するオームが叫んだ。
「――皆、今だ! 一斉砲撃を浴びせろぉぉッ!!」
その指令と同時に、クトゥルフの背後から数十発ものミサイルが発射された。
「なッ……!」
振り返るクトゥルフ。
迎撃態勢を取るも、間に合わない。
「ぐおおおおおおおおおッ!!!」
爆炎が、巨神の背を焼いた。
その巨体に、穴が空く。
「やったぞ!」
「地球連合軍、万歳だ!!」
喜ぶ兵士たちの声――だが。
すぐさま、それは絶望の呻きへと変わる。
「う……そんな……」
「再生、してる……!?」
「馬鹿な、さっきの一斉攻撃が……通じてない……!?」
空いたはずの傷口が、瞬時に再生し、元通りになっていたのだ。
「ひ、引けぇ! 距離を取れ!」
「このままじゃ、全滅するッ……!」
動揺する兵士たち。
焦りの色が、戦場を染める。
だが――その時。
一人の剣士が駆けていた。
《胡蝶蜂剣》。
左手には、イサカの“魂”を宿したキジーツ。
右手には、斬れぬものなどない“業の剣”。
彼はただ一直線に――
《クトゥルフ》の“額”を目指して、駆け登っていた。
触手、ミサイル、魔法、ビーム。
全てが彼に襲いかかる。
だが、そのすべてを――
「斬った。」
胡蝶蜂剣の剣閃が、あらゆる障害を斬り払う。
ただの人間――否、人ならざる速度、鋭さ、殺気。
その動きに、味方も敵も息を呑む。
「ば、化け物……」
ネロが呟く。
「計測不能……っ! 速度、反応、出力、すべて理論外……!」
白水晶が顔を青ざめさせる。
「ま、まさかあそこまでの武仙だったなんて……」
「神速……あれが、《胡蝶蜂剣》の神速……!」
生身のままで、なお《クトゥルフ》の巨体を、天を裂くが如く駆け上る――
剣の鬼神、胡蝶蜂剣。
そしてついに――
その足が、クトゥルフの“頭頂”に辿り着いた。
止まる足。
額の汗をぬぐう右手。
左手には未来。
右手には、誓い。
戦場が、静まる。
胡蝶蜂剣は、そっと手を伸ばした。
――イサカの、新たな身体へ。
魂を還すために。
↓イメージリール道
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