乂阿戦記1 第ニ章- 青のHERO狗鬼漢児と戦神ベルト アーレスタロス-7 ダメ親父に怒りの鉄拳を
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──母ユノを先に帰したあと、漢児は気がつけば父を背負って歩いていた。
その背中にあるのは、道化の仮面をかぶったような男。
ついさっきまで「冗談みてぇな格好で死にかけてたおっさん」が、まさか自分の親父だなんて――。
到底、信じられるわけがない。
……けれど。
背に感じる体温が、やけに馴染む。
古びた酒の匂いすら、不思議と懐かしさを滲ませていた。
「……ここでいい。下ろしてくれ」
不意に、くぐもった声が漢児の耳に届く。
気絶していたはずの男が、静かに目を覚ましていた。
「……気づいてたのかよ。……おい、マジでお前、俺の親父なんか?」
「どうやら、そうらしい」
「……ふわっとした回答すんなよ!」
「殴ってくれて構わん。殺されても文句は言えねぇ。獅鳳の次に、お前には俺を殺す資格がある」
背から降りたヨクラートルは、ふらつきながらも足で立とうとする。
無理にでも立ち上がろうとするその姿に、漢児の胸の奥が少しだけ、軋んだ。
「……ちょっと寄ってけよ。あそこの自販機で麦ジュース買ってくるからよ」
「未成年がビール飲むな、バカ野郎!」
「飲まなきゃやってられっか!」
「十年早えよ、クソガキ!」
「なんだよ説教か? お前が俺の親父か? ……あ、そうだったわ!」
からかうような軽口に、ヨクラートルは不意に吹き出した。
──人気のない公園のベンチに、父と子が並ぶ。
プシュ、と缶が開く音。
夜風が二人の間をそっと撫でていく。
「なあ……この話、どっから話せばいいんだろうな」
「……酒、空く前に頼むわ」
「そうか。じゃあ……あの世界の話からだ」
缶ビールを一口あおり、ヨクラートルは夜の空を見上げた。
「地球じゃない、別の世界の話だ。……俺の故郷は、戦乱の時代にあった“龍麗国”って国だった」
声は淡々としていたが、その語る内容には血の匂いがついていた。
「俺の親父は、その国を立ち上げた建国王だった。王の第二婦人……つまり俺の母親は、欲深な女でな。自分が溺愛していた次男――俺の弟イドゥグを後継者にしようと、陰謀を張り巡らせてた」
「……ありがちな修羅場だな」
漢児がぼそっと呟く。ヨクラートルは続けた。
「だが、それを許さなかったのが正妻の子――俺の腹違いの兄貴、ユドゥグだった。兄貴は権力を握るため、弟イドゥグを殺し、次に俺を排除しようとした。……命を狙われた俺を助けてくれたのが、ユノだった」
そこだけは、言葉に温もりが宿っていた。
「ユノは妹の魔法少女仲間だった。当時の俺は王妃直属の親衛隊長で、リュエルって女と婚約してた。……お前の言うとおり、あれは獅鳳の母さんだ」
ヨクラートルは懐からペンダントを取り出す。
中に収められていたのは、柔らかく笑う女性の写真。
「……ああ、似てる。獅鳳と目元がそっくりだ」
漢児が呟くと、父は静かに頷いた。
「お家騒動で、俺の味方だった身内は皆、兄貴に粛清された。リュエルも死んだと聞かされた。……何もかも、終わったと思った。絶望の底で、俺を支えてくれたのがユノだった」
苦笑いを浮かべながら、ヨクラートルは自嘲気味に言った。
「情けない話だが、俺はユノに甘えた。……俺の感情を全部受け止めてくれる彼女に、つい……」
「それが、俺か」
「……ああ。だがその後、俺はドアダに亡命した。ユノと別れて、リュエルが生きてると聞いて、追いかけて……また逃げて、またユノに助けられて……お前が二歳の頃、俺はようやく“父親だった”ってことに気づいた」
漢児は、ビールを口に含んだまま黙っていた。
目の奥で、言いようのない何かがうごめいていた。
「……お袋は、なんであんたに子供のこと話さなかったんだろうな?」
「それはわからない。けどたぶん俺が全部悪い。子供がいることは知っていたが、まさか俺の子だとは思わなかった……すまなかった。気づくべきだったのに」
父の謝罪に、漢児は頭を押さえて呻く。
(……そういうの、男に言わなきゃダメだろお袋……いや、あんたも悪いわ!)
夜の静寂が二人を包んでいた。
吐く息がわずかに白い。季節の変わり目の冷たさが、皮膚の奥にしみこんでくる。
漢児が黙りこくっていると、ヨクラートルはペンダントを握ったまま、静かに語りだした。
「……俺が死にたがってた理由、話すか」
「……ああ。気になってた。なんで“獅鳳に殺されよう”なんて思ったんだよ。」
ヨクラートルは苦く笑う。
「7年前……俺は、死んだ弟イドゥグの仇を討とうとしていた。あいつを殺した兄、ユドゥグを倒すために……“魔女エクリプス”を復活させようとしたんだ」
漢児の目が鋭くなる。
「おい……エクリプスって、あの?」
「ああ。世界を滅ぼしたとされる災厄の魔女。……だが、あんなものを人間が扱えるはずがなかった」
吐き捨てるように、ヨクラートルは言った。
「蘇生実験の途中、エクリプスが暴走した。俺は殺されかけた。……その時、リュエルが俺を庇って呪いを受けた」
漢児は、口を開けたまま固まっていた。
「呪いは、ゆっくりとリュエルを蝕んでいった。最後は……俺の目の前で、静かに、壊れていった」
「…………」
「死ぬ前、彼女は俺に言ったんだ。『獅鳳が大きくなったら……よろしく頼む』ってな。俺は子守が好きだったし、小さかった獅鳳の面倒をよく見てた。……だから託されたんだろうな。……だが俺は、その期待に応えられなかった」
缶が空になった音が、乾いた音を立てる。
「俺のせいで、彼女は死んだ。……そんな俺が、どうしてその子供を前に生きていける。せめて――いつか、ヒーローになった獅鳳に、悪の幹部として殺されよう。そうすべきだと思ったんだ」
沈黙。
夜が深くなっていた。街灯の光が二人の影を地面に延ばす。
やがて、漢児が立ち上がる。
「……おい、さすがに黙ってられねぇ」
ギリ、と歯を食いしばる音がした。
拳を握りしめた漢児の額には、怒りの血管が浮かんでいた。
「なあ……最低一発、殴らせろ。……もう我慢の限界なんだよ!」
ヨクラートルはゆっくりと立ち上がり、無言で頬を差し出す。
「……いくらなんでもお袋に甘えすぎだろ、このクソ親父がッッ!!!」
音が響いた。
骨ごと砕くような凄まじいパンチが、ヨクラートルの顔面を打ち抜く。
その場に崩れ落ち、彼はあっさりと気絶した。
「……ったく……俺だって、お前なんか認めたくねぇのに――」
震える拳を見下ろしながら、漢児は呟く。
「なんでこんな時に、俺のパンチ、真正面から受け止めんだよ……バカ野郎……」
無言のまま、漢児は倒れた父を再び背負い直した。
そして、そのまま病院へと向かった。
数刻後。
病院で父を預けた漢児は、ユノに呼び出されていた。
場所は街の片隅にある、古びた喫茶店。
二人は、向かい合って座っていた。
「……ごめんね。今まで隠してて」
母の声は、申し訳なさそうだったが、どこか凛としていた。
「まぁ、なんだ。……お互い、色々あったしな」
「……うん」
ふいに、気まずい沈黙が流れる。
湯気の立つカップの向こうで、二人の視線が何度か交差して、外れていった。
先に口を開いたのは、母だった。
「私はね、お前も絵里洲も、そして獅鳳も――皆、私の大切な子供だよ。……それだけは、わかっててほしい」
その言葉に、漢児はニッと笑った。
「へっ、そんなもん言われるまでもねぇっての」
「……そっか。よかった」
ふっと、ユノの肩の力が抜ける。
「なあ、お袋……その、聞きたいんだけどさ。あの道化野郎って、昔はどんな男だったんだ?」
「ヨクラートルのこと?」
「そう。……ユキルちゃんの叔父さん? なんだろうな俺。とりあえず、血がつながってるってのは分かったが……今も正直ピンとこねぇ」
窓の外――木々の間を、ひとひらの落ち葉が風に舞った。
その光景をぼんやり眺めながら、ユノはしばし遠い目をしていた。
そして、ぽつりと呟くように語りはじめる。
「……昔のヨドゥグはね、今のあんたにそっくりだったよ」
カップを両手で包み込みながら、静かに微笑んだ。
「情熱的で、野心にあふれていて……でもどこか無鉄砲で、何でも気合と根性で解決しようとする。それでいて、人を惹きつける天性の魅力を持ってた。……子どもの頃から、王族よりサーカスのピエロになりたい、なんて言ってたくらいよ。世界中の子供を笑顔にするヒーローになりたい、ってね」
その表情を見た瞬間、漢児は確信した。
――ああ、この人はまだ、あの道化男に恋をしているんだな。
「……なるほどな。叔父貴があの男を殺そうとしてる理由、ちょっとだけわかった気がするわ」
「え?」
「妹を未婚の母にして、勝手に逃げて、そんで今さら戻ってくるとか……あの人からしたら、ふざけんなって話だろうよ」
「…………」
ユノは、否定しなかった。
ただ、カップの湯気越しに、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
漢児はもう、それ以上何も言わなかった。
──この瞬間だけは、母を「ひとりの女」としてそっとしておこうと思ったからだ。
それから、ほんの数日が過ぎた。
漢児たちは、いつもの空き地にいた。
「よし、今日のネタは“勇者と魔法少女の即興変身劇場”だな。視聴者数10万狙っていこうぜ」
「……あのさぁ、なんで私が姫役なのよ?」
「嫌なら俺がやるぞ。魔法姫カンジちゃん、参上ってな!」
「それだけはやめて……!!」
漢児、ユキル、絵里洲、そして獅鳳――
いつものように、バカみたいなやり取りと笑い声が響いていた。
動画撮影用のスマホを三脚にセットし、獅鳳がポーズを決めようとした、そのとき。
突如――
キィイイイン――ッ!!
空気が裂けるような、異音。
そして、地鳴り。
「お、おい……あれ、なんだ……?」
遠くから、暴走したようなトラックが猛スピードで突っ込んでくる。
叫ぶ間もなかった。
視界が、白く弾けた。
衝撃。
沈黙。
……
トラックはあった。
衝突の跡も、轍も、スマホも、三脚も残されていた。
だが――
四人の姿は、どこにもなかった。
死体も、血痕も、悲鳴もない。
まるで最初からそこにいなかったかのように、彼らは“消えた”。
跡形もなく。
地球から――忽然と。
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