乂阿戦記2 第六章 紫の魔女ナイアルラトホテップと邪神ロキは暗躍の影で嗤う-14 キロネックスの正体!
D・キロネックス対獅鳳、雷華ペアの戦いも佳境を迎えようとしていた。
雷音は右手の雷剣を微弱な電気で放電している。
攻撃するためではない。
見えない敵を索敵するためだ。
攻撃は左手の魔剣クトゥグァでと決めている。
目をつぶりカウンターのタイミングを待つ。
どうせ敵は見えないのだ。
ならば電気索敵に意識を集中すべきだ。
「…………」
「…………」
重苦しい沈黙が、二人の間に流れる。
目を閉じ、気配を探る。ただ、それだけの時間。
緊迫した読み合い騙し合いが続く。
「来ないか」
「え?」
「いや、何でもない」
獅鳳が目を開ける。
!?
なんとキロネックスは透明化を解き姿を見せていた。
しかも、その正体は美しい女性!
透明で行動するため衣服は着ていない。裸体を晒している。
必然歳若い少年は予想外の光景に一瞬固まり硬直してしまった。
その隙を見逃すキロネックスではなかった!
「危ない!!」
「何?ぐぁああ」
獅鳳の腹にキロネックスの髪から伸びる毒針触手がめり込む。
「あはははははは!!」
獅鳳は膝をつき倒れ、女殺し屋が笑う。
キロネックスは倒れた獅鳳を踏みつける。
「この!」
背後の雷華が火炎魔法でキロネックスを焼きつくそうとする。
「うがぁ!」
キロネックスは触手で獅鳳を持ちあげ、彼を盾にして雷華の魔法攻撃を封じる。
「くそ、卑怯な」
"殺人の手"の異名を持つキロネックスはは地球上で最も強い毒性を持つクラゲとして知られ、その毒はヒトに対しても極めて有害であり、刺されると耐え難い程の激痛を感じ、次いで刺傷箇所の壊死・視力低下・呼吸困難・心停止等の症状が現れ1 - 10分程で死に至る。
獅鳳は呻き声を上げ、膝をつく。
キロネックスは妖艶に笑いながら、その身体を足で踏みつける。
「ふふ……少年、可愛らしい顔ね。毒で苦しむ顔も、好きよ?」
「この――ッ!」
怒りに燃えた雷華が火炎魔法を撃ち放つが、キロネックスは獅鳳を盾のように抱え込み、その炎を防ぐ。
「うっ……!くそっ……!」
雷華は歯を食いしばる。
(このままじゃ……!)
獅鳳が毒にやられてしまう。共鳴を解除させて、自分が代わりに攻撃するべきか?
「……獅鳳!共鳴を解除して! 私が、代わりに――!」
「ダメだ!」
苦痛に歪んだ表情のまま、獅鳳が叫んだ。
「このまま君が実体化したら……今度は君が狙われる! あいつは、君の“命”を狙ってるんだ!俺が止めるッ!!」
「……っ、バカッ!! そんなの今言ってる場合じゃ――!」
雷華は獅鳳の身体に手を伸ばそうとした。
だがその瞬間、獅鳳が吼える。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
気合と共に、獅鳳はキロネックスごと身体を反転させ――そのまま組みついたまま地面に叩きつけた。
「な――!?」
キロネックスの眼が見開かれる。
だがその直後、彼の身体中を毒針がめった刺しにしていく。
「がっ……!!」
それでも獅鳳は離さなかった。
その腕は女の首をがっちりと締め上げていた。
――“チョークスリーパー”。
声も上げられぬまま、D・キロネックスの目が虚ろになっていく。
そして――ついに、崩れるように動かなくなった。
静寂。
毒の激痛に耐えていた獅鳳も、ようやく共鳴を解き、意識を手放す寸前だった。
「獅鳳ッ!!」
雷華が駆け寄る。
彼の全身に毒の痕が広がっていた。
仲間たちが急いでアポートを行い、絵里洲が必死の形相で魔法を唱える。
『水よ我が手に集え 清廉なる癒しの水 ヒールウォーター』
「くぅ……」
獅鳳の顔色が少し良くなり痛みも和らいできた。
「獅鳳大丈夫!?」
「お、お……う。サ、ンキュー、な」
「良かった……」
雷華は安堵したのか涙を浮かべる。
「ううう!バカ!バカバカバカ!お前は無茶無理無謀の無鉄砲をちょっと直せ!!」
「ごめん……。でも俺は雷華ちゃんのことを守るって決めてたんだ。だからさ、あんな危険な敵の前に絶対君を出したくなかったんだ……」
「……うう、ううう!うるさいうるさいうるさい!うわあああああん!!」
雷華は獅鳳の胸をドンドン叩きながらボロボロ泣いた。
「うう、うううう!!ばかぁー!!!」
獅鳳は雷華の行動に呆気に取られた。
だがまだ戦場の激闘は続いている。
外では聖王鳳天と胡蝶蜂剣が、空ではベリアルハスターとイタクァが、ルルイエ内部では地球防衛軍と深き者共の軍勢が激しくぶつかり、羅漢、羅刹は鮫島鉄心、蛙冥刃と死闘を続けている。
アーレスタロスとロート・ジークフリードは羅漢達の戦いで起きた神域破壊の中和につとめてるため、それぞれ動けない。
なんとか勝利と言う形を取りはしたが雷音もキースも獅鳳も戦いの傷が深く、回復魔法をかけようとも戦線復帰には時間がかかりそうだった。
戦の行方は依然として見通しがたたなかった。