乂阿戦記1 第ニ章- 青のHERO狗鬼漢児と戦神ベルト アーレスタロス-6 唐突に昼ドラ展開!
一方その頃——。
喧騒と光の海に沈む市街地。そのただなか、人気のないビルの屋上で、ひとりの男が寝そべっていた。
手には双眼鏡、口には火の点いた煙草。吸い込まれ、燻り、そして紫煙となって星のない空へと漂う。
「ふぅ〜……まったく、ガキどもが好き放題暴れやがって。結界張るのもタダじゃねぇんだぞ、こちとら」
ピンクを基調とした衣装に、目も眩む凶悪メイク——狂乱道化ヨクラートル。その滑稽な見た目とは裏腹に、その視線は真剣だった。尾行を始めたのは、ユキルが狗鬼家に入った直後。ずっと漢児たちを監視していた。
だがその時、背後から柔らかくも鋭い声が降ってきた。
「久しぶりだな、狂乱道化」
見上げると、影のように立つ女の姿——漢児の母、狗鬼ユノだった。
「……お、おお? お前さんかい。青の魔法少女、久しぶりだな」
「その呼び名はやめろ。私はもう三児の母だ」
「三児……? いや、てめぇの子は漢児と絵里洲だけだったろうが?」
「血の繋がりはなくとも、獅鳳もまた我が子だ。あの子も今や、私の家族だ」
「……獅鳳、だと? まさか、あそこにいたガキが!?」
「そうだ。あれは我が最大にして最後の好敵手、《暁の明星》リュエルが遺した忘れ形見。そして、お前の息子だ」
ヨクラートルの手が震え、煙草の灰が落ちた。
「やめろ……俺は、あいつの父親なんかじゃねぇ!」
「たしかに、血は繋がっていない。だが赤子だった獅鳳を懸命に育てていたお前を、私は知っている。あの子の魂の父は——お前以外にあり得ない」
「黙れ! ……あいつを育てたのは、ただの気まぐれだ! リュエルの頼みを断れなかっただけだ!」
「けれど、お前はあの子を見捨てなかった。それが答えだよ。顔は変われど、子を見守る眼差しだけは、昔のままだ」
「何が言いたい?」
「帰ろう、ヨクラートル。獅鳳と……そして私と、もう一度家族にならないか?」
「帰れるわけねぇだろ! 俺には、そんな資格……場所も、ねぇんだよ!」
「……リュエルのことは、もう取り戻せない。けど、獅鳳との未来は……まだ終わっちゃいないはずだ」
「ハッ、何が未来だ……なぜてめぇがそんなことを言う!? 企んでんじゃねえだろうな」
「企んでるさ。お前を、説得する方法をな」
ヨクラートルの口角がわずかに吊り上がる。次の瞬間、懐からトランプカードを引き抜き、構える。
だが——。
「フハハハハ! 随分と涙ぐましい三文芝居だな、道化」
豪奢な声とともに、空を裂くように金色の輝きが降臨した。
天翔ける光輪。天を割って現れたるは、炎を纏う白銀の神猪と、それを従える一輛の戦車。
そこに立つは、剣よりも冷たく、黄金よりも眩き《次代の神》。そこに仁王立ちするは、金髪の男。整った顔立ち、だがその双眸は氷のように冷たく、感情というものを拒絶していた。
「ま、まさか……セオスアポロ!? ――十五年前、“七罪の魔女”と戦い、勝利を収めた伝説の《黄金の勇者》ッ!?」
ヨクラートルの目が見開かれ、声が震える。見たことはなくとも、その名は知れている。十五年前の《大戦》において、異端の魔女七柱を屠った真の英雄。そのうえ、今や魔法少女と勇者たちを統括する《オリンポス神族》のNo.2、次代の主神候補――
黄金に輝く金髪の男は、鼻で笑った。
「ふむ? まさかこの我を知らぬとは言わせまい。聞け、下郎。我が名は《セオスアポロ》――主神の後継たる者。我が妹に這い寄る虫ケラ風情が、対等に言葉を交わそうなど片腹痛い。不遜を知れ、愚かなる道化が!」
その存在はまさに神威。空間すら畏縮し、見る者の膝を屈させる。
――ヨクラートルは、唇を噛み締めた。
(くそっ……なんで、こんな奴まで来やがるッ!)
「貴様の素性、少々調べさせてもらったぞ。ドアダ七将軍・ヨクラートル。リュエルに思いを寄せ、恋破れ、嘆き哭いた哀れな道化――」
セオスアポロの口元が歪んだ。
「龍麗国建国王ゾディクの第二夫人・カンキルの長男。だが、腹違いの兄に弟を殺されるという醜劇。そして貴様は、恐怖に駆られて妹――ユキルを差し出し、粛清の難を逃れたというな。果てはドアダに身を堕とし、テロ組織の走狗とは――実に滑稽。誇らしげな肩書きなど脱ぎ捨て、さっさと本職の《道化》に戻るがよい! フフハハハハハハッ!」
「テメェェェェ……ッ!」
ヨクラートルは怒りに燃え、右手の魔力カードをセオスアポロへと投げつけた。
次の瞬間――爆音。火花。煙。
だが煙が晴れた先に立っていたのは、無傷のセオスアポロだった。
「くだらん。見苦しい真似を……フンッ!」
手を軽く振るだけで、衝撃波が奔り、ヨクラートルの身体を吹き飛ばした。
壁に激突し、崩れ落ちるヨクラートル。動けない。
セオスアポロは、その姿を見下ろし、冷たく呟いた。
「終わったか。……つまらん幕引きよ。」
彼が再び手をかざす。――トドメを刺すために。
「やめろ兄上ッ!!」
ユノが叫び、ヨクラートルの前に立ちはだかる。両腕を広げ、庇うように。
「愚妹よ。なぜ、そのような道化をかばう?」
「彼は……友人よ。私の、大切な……!」
その言葉に、セオスアポロの眉が僅かに動いた。
しかしすぐに笑いへと変わる。
「ふはははは! 何を言い出すかと思えば……《友》? この際、はっきり訊こう。――“漢児”と“絵里洲”の父親は誰だ?」
「!? そ、それは……!」
ユノの言葉が詰まる。
その沈黙を、彼は逃さなかった。
「――この、下卑た道化なのだな?」
セオスアポロは無意識に憎しみをあらわにし、気絶しているヨクラートルの顔を踏みつけた。
「ならば、生かす価値は無い。今ここで、殺す!」
「やめて! 兄さん!!」
パンッ!!
乾いた音が響いた。
セオスアポロの平手が、ユノの頬を叩く。
「目を覚ませ、愚妹! これは決定事項だ。貴様と子供たちは、即刻オリンポスへ戻る。なぜこのような男に惚れた!? この男が選んだのは、お前ではない、リュエルだ! 愛されぬと知りながら、なお子を宿したのか!? お前は主神の血を引く身。よりにもよって、こんな……こんな道化に……!」
怒りが止まらない。感情が剥き出しだ。
「第一、この男は、自分が子の父であることすら知らぬのではないかッ!?」
その一言が、ユノの心を砕いた。
彼女は崩れ落ちるように膝をつき、顔を両手で覆い、泣き出した。
ユノは、声もなく泣いた。
その涙に込められたものは、母としての無念、女としての後悔、そして一人の人間として背負った孤独のすべてだった。
「……もうよい。行くぞ。子供達を連れて帰る。兄と共に、故郷へ戻るのだ!」
踵を返すセオスアポロ――だが、その行く手を阻む影があった。
「待てえええぇぇぇッ!!」
息を切らし、走ってきたのは――漢児。
「か、漢児!? な、なぜここに……!?」
「す、すまねぇオフクロ……。爆発音で気づいて、変身スーツの通信機で状況を聞いてたんだ。そしたら、全部……話が聞こえちまって……」
ユノの顔が、蒼白に染まる。
「だ、だが安心してくれ。絵里と獅鳳には聞かせちゃいねぇ! あのガキ共は先に帰らせた。……あんなドロドロした話、子供に聞かせられるかよ……!」
ユノは胸を撫で下ろす。
ほんの少しの安堵と、激しい羞恥と後悔の入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「……その、俺は、オフクロが誰に惚れようと、もうどうでもいい。でも今、頭の中がグチャグチャなんだ。だから……セオスアポロ――叔父貴、少しだけ時間をくれ! 俺の顔に免じて、今日は引いてくれねぇか? なあ叔父貴……こっちの事情も、もう少しだけ聞いてやってくれ。子供が大人の過去に巻き込まれるのは……もう、俺一人で十分だ後日、絵里と獅鳳にバレないよう、三人で話をつけるから……頼むッ!」
――漢児は、地に額をこすりつけるように頭を下げる。
セオスアポロは沈黙した。
やがて、吐き捨てるように言った。
「……ちっ、興が醒めたわ。今日のところは引いてやる。」
踵を返す。去り際、彼は気絶したヨクラートルを一瞥し、吐き捨てた。
「このクソダメ人間のクソ道化師が!今日、その命を奪わないことをありがたく思え!」
その顔は怒りに燃え、声は震えていた。
もはや理性では抑えきれぬ激情が、彼の奥底で渦巻いていた。
その顔は憤怒の表情に満ちていた。
そして怒りのあまり言葉がうまく出ないようだった。
しかしなんとか言葉を絞り出した。
それはあまりにも短い言葉だった。
しかしその一言には彼の様々な感情が凝縮されていた。
『次は殺す』
そう言い残し、セオスアポロは夜の闇に消えていった。
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