乂阿戦記2 第六章 紫の魔女ナイアルラトホテップと邪神ロキは暗躍の影で嗤う-7 エンザのまやかし
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空間が震えた。
聖王と剣の鬼神が激突するその最中――
「やい、お前らァァァッ!! ポクちんのイサカたんにぃ……何しやがるってんだコラァァァアアアアアッ!!!」
破滅の咆哮のような金切り声が、空間を切り裂いた。
戦場の地平を蹴破るようにして飛び出してきたのは――狂王エンザ。その手に握られたのは、まるで街灯をへし折って歪ませたような、異様に巨大な戦斧。
「死ねぇぇぇぇぇッ!!!」
怒り任せに斧を振り下ろす狂王。だが――
「ちょいとごめんなさいね?」
その一撃が届く寸前、胡蝶蜂剣が蝶の羽のように軽やかに滑り込み、懐に潜り――
「はらわた砕き!」
ゴシャッ!!
響いたのは、骨と臓腑が同時に悲鳴を上げる音。
エンザの腹部がえぐれ、唸るような痛みに膝をつく。しかし、それでも即座に立ち上がる狂王は、なおも咆哮する。
「ぐふッ……ぬああああッ!! イサカたんのためならこの命、百回散らしても悔いはねぇ!! 喰らええぇッ!!!」
だが、その愛は――届かない。
突如、鋼の閃光が奔った。
「え……?」
次の瞬間、狂王は自身の尻にズブリと突き刺さった一本の刀を視界に収めていた。
「ぴぎゃあああああああああああッッッ!!!」
空前絶後の悲鳴が大地を揺らす。
「おちりがぁああッ!?!?!?!? ポクちんのおちりがァァアアア!!!」
七転八倒し、涙と涎と鼻水を同時に撒き散らしながら地面を転がるその様に、胡蝶蜂剣は肩を竦めた。
「おやまあ……誰かと思えば、エンザ様じゃないの。戦闘の最中に割り込むなんて、敵かと思ってガチで殺っちゃうところだったわ」
「ひい……お姉たま……あっ、あの声、胡蝶の姐さま!?!?」
胡蝶蜂剣はにこやかに微笑んだ。
だが――その声音が変わった。
「テメェ……エンザァ……?」
それは、地獄の底から響くような低音だった。
「またイサカにストーキングしてたんじゃねぇだろうな……?」
ザクリ。
尻に突き立てられていた狂王刀をゆっくりと引き抜き、胡蝶蜂剣はそれを肩に担いだ。
その声は柔らかくも甘く――いや、どこか震えていた。
「あたし、言ったよね?もし次にまたイサカを困らせるような真似したら――お前のケツの穴、あたしのビッグマグナムで貫いてやるってェ!!」
地の底を這うような声。オカマの化粧が剥がれ、そこにいたのは“胡蝶蜂剣”という名の剣鬼だった。
「ひぃっ!? お、オネエたま……ご、ごめんなさいいいぃい!」
涙と鼻水と脂汗。狂王エンザが土下座して地面にめり込む勢いで平伏する。
だが、その醜態を見ても、鬼神の怒りは鎮まらない。
「お前のその軽薄な舌を、あたしは二度と聞きたくないのよ――あたしはね……“あの子”に、もうこれ以上、涙を流させたくないだけよ。」
ぎり、と刀の柄を握る音がした瞬間、空気が凍りついた。
それは、“笑い”の仮面の下に隠された、胡蝶蜂剣という名の本質。
――殺す気で笑っていた。
エンザは涙と鼻水を流し、恥も外聞もなく地面に這いつくばり必死に許しを乞う。
だがそんな態度を見てもなお、胡蝶蜂剣の怒りは収まらないようだ。
それどころかむしろ更に激昂しているようにも見える。
そしてついに我慢できなくなったのか、狂ったように絶叫しながら、剣を振り上げ斬りかかったのだ。
「こンの腐れ野郎ぉぉぉぉおお!!!」
凄まじい轟音と共に地面が大きく抉れ、クレーター状に陥没する。
もし直撃していれば即死は免れなかっただろう。
それほどまでに強烈な一撃だったのだ。
だが間一髪、寸前のところでエンザはその攻撃を躱していた。
いや、攻撃を外してもらっていた。
左腕を少し斬られてしまっただけのようだが、それでも深い傷には至らなかったようである。
「ひいいっ!?……あっぶねー……」
ギリギリの所で命を拾った事に安堵したのか、大きく息を吐く彼だったが、次の瞬間信じられない光景を目の当たりにする事になる。
彼は後から頭蓋骨ごと頭を引っ掴まれ、上に持ち上げられた。
「……エンザ、テメェなんでまだ生きている?女神国革命戦争の折、革命軍に誅殺されたと聞いてたんだがな?」
彼を持ち上げたのは聖王イルスの生まれ代わり鳳天だった。
「あ、あれ?…イ、イルス兄上?し、死んだはずじゃ?……ってかなんか若返ってる?え、どういうこと!?」
状況が飲み込めないのか混乱した様子のエンザ。
それも当然であろう。何せ、今目の前に立っている男は、彼が知っている兄とは明らかに違うのだから。
髪の色こそ同じではあるが、顔立ちも雰囲気もまるで別人のようだ。
しかも、明らかにエンザよりも年下に見える。
「あぁ、そういや知らなかったか。俺はもうイルスじゃねえ。今は転生して鳳天と名乗ってる。まぁ、厳密に言えばイルスでもあるんだがな。ま、そんな事はどうでも良い。テメェの悪行愚行は聞いている。とりあえず死ね。女神国歴代王達に侘びて死ね!」
そう言ってそのまま片手でエンザの頭を締め上げる。
エンザは必死に抵抗を試みるものの、全く歯が立たないようだ。
それどころか、頭蓋骨がメキメキとイヤな音を立て、段々と意識が遠のいていく。
このままでは本当に死んでしまうかもしれない。
「いやあああああ!死ぬのはいやあああああ!アンタに人の心は無いのんかあああああ!?」
エンザは最後の力を振り絞り、何とか鳳天の手を振りほどくと、そのまま距離を取る。
(ヤバい〜〜っ!!このままじゃポクちんマジで殺される!!!)
そう思った瞬間、エンザを守る様に胡蝶蜂剣が鳳天の前に立ち塞がった。
そしてそのまま剣を構えると、切っ先を真っ直ぐ鳳天に向ける。
対する鳳天は、胡蝶蜂剣を興味深そうに見つめながらニヤリと笑う。
「ふっ、アンタは相変わらず義理堅いな。国が変わろうと、時代が変わろうと、主が暴君だろうと忠義をつくすのか?」
「ええ、奴隷階級の出だった私を武士階級最高位に引き上げてくれたのは彼だもの。王族にも関わらず卑しい身分の私と兄弟分の契りも交わしてくれた」
「……胡蝶蜂剣、それはアンタを利用する為の三文芝居だと考えたことはないのか?」
「あら?とっくの昔からそうだろうとは思っていたわよ?……だとしても彼は私に破格の待遇と地位を与えてくれた。女神国で踏ん反り返ってた、偉そうに私を見下していた王侯貴族連中と違ってね。だから今の私がある。裏切らないかぎり義理は果たす……それが我が流儀なれば!!」
「……前世でアンタを将軍に抜擢できなかった事が心底悔やまれる。俺が死んだとき、アンタがエンザではなく、我が兄ゴームの麾下であったなら女神国は滅びを回避できたやもしれぬのに……」
「……いいえ、戦の疲弊と貴族階級の腐敗が進んでいた女神国はどのみち滅んでいたわ。いかに女神国最後の王ゴームが名君でも、かの大参謀龍道龍は易姓革命を決意していた。女神国の腐敗がゾディグと龍道龍を立ち上がらせたとき、もう滅亡は決まっていたのよ……いくら貴方とゴームが優れた王であろうと、所詮は封建制度の王朝。王政はいずれ滅びるものよ。遅かれ早かれね……」
「……立憲君主制で成功している龍麗国を見るとグゥの音も出ねえぜ」
「そうね、龍麗国のような政治形態であれば、確かに女神国を延命できたかもしれないわね。でも、そんな夢物語を語ってどうするの?今更言っても詮無いことだわ」
「そうだな……さて、そろそろ決着をつけよう。俺はもうこれ以上戦いたくないんでな」
「奇遇ね、私もよ。お互い疲れきっていることだし、これで最後にしましょう……」
二人の間に、わずかな静寂が流れる。
それは、互いがこの“最後”にすべてを懸けている証。
胡蝶蜂剣はそう叫ぶと鳳天と激しく撃ち合う。
「オオオオ!ラララララララァッ!!」
「かああああああああ!かあぁっ!!」
聖王の万物を砕く拳が、剣の鬼神の全てを切り裂く剣撃が、無数の残像を残し激しくぶつかり合う!
双方の激しい激突で凄まじい衝撃波がそこら中に飛び火していく!
「や、やべえ!」
狗鬼漢児が操るアーレスタロスが神域の激突の余波を中和すべく前に出る。
「でええ!まさか俺が神域激突の中和をすることになるとは!!」
「きゃあああああ!めっちゃしんどいんですけどおおおおお!?」
彼は後方で戦う友軍や雷音達の機体が衝撃波を喰らわないよう必死に広範囲バリアを張る。
神域の強さに迫る漢児とバリア魔法に長けた絵里洲が騎乗するアーレスタロスだから出来る芸当だ。
「マクンブドゥバ!あんたいつまで寝てんの!?さっさと起きてエンザちゃんを安全な所に運びなさい!」
胡蝶蜂剣の呼びかけに目を覚ましたマクンブドゥバは、急ぎうずくまるエンザを肩で担ぎ逃げ出そうとする。
「ウググ、エンザ様……」
しかし、それを許すほど皆は甘くない。
神羅は即座に呪文を唱え、封獣ユグドラシルの魔法ボーガンから放たれた光弾は一直線に飛び、逃げるマクンブドゥバの背中に命中する。
「ぐげえっ!?」
背中に走る激痛に悲鳴を上げながら地面に倒れるマクンブドゥバ。
だが、それでも彼は諦めない。
這いつくばりながらも、エンザを連れて逃げようとする。
だが、それを見逃す神羅達ではない。
ユグドラシルの魔法矢が、クトゥグァの炎が、ベリアルハスターの暗黒魔法が、アーレスタロスの頭部バルカンが一斉にマクンブドゥバを襲う。
「ダゴン!ハイドラ!ワシらを守れ!!」
マクンブドゥバの命を受け、二匹の巨大な邪神が勇者達の前に立ちふさがる。
同時に、邪神達の頭上に黒い球体が出現し、そこから放たれる電撃によって4体の封獣機がダメージを受ける。
「うぐっ……うあああっ……!」
「うおっ……!くっそぉおおっ……!」
電撃によるダメージで苦しむ4機の封獣機に対し、残る1機は無傷だった。
雷の封獣ドゥラグラグナを携帯している獅鳳が乗っているユグドラシル機である。
「雷系ならこっちの専門だ!……」
そう呟きながら雷系攻撃魔法の雷槍を放ち、邪神達をけん制する。
そして雷系防御魔法のバリアを張り、他の2機を庇う様に立ち塞がった。
「うぐぅううっ!!おのれぇええっ!!!」
マクンブドゥバは必死に立ち上がり、再びエンザを連れ去ろうとする。
だが、今度は逃がすまいと神羅達が追撃してきた。
神羅の放つ炎の矢、絵里洲の放つ水弾が、次々とマクンブドゥバに襲い掛かる。
何とか魔法バリアで直撃だけは避けているが、徐々に追い詰められていく。
「ぬうう……っ、貴様らぁあっ!!」
そんな中、神羅はある事に気付く。
「……!?あの化け物達は!?」
先程まで自分達を襲っていたはずの巨大生物の姿が消えている。
恐らくマクンブドゥバが召喚したダゴンとハイドラがだ。
突如地中から、触手が伸び出し4体の巨大ロボを拘束する。
同時に、地面の中から、巨大な影が姿を現す。
それは、先程消えた邪神達であった。
ダゴンは右腕、ハイドラは左腕を拘束しロボ4体を左右に引きちぎろうとする。
ロボ達も抵抗するものの、身動きが取れず、振り回され、地面に叩き付けられそうになる。
その時、 ゴォオオオオオオオオオッ!!! 突然、凄まじい竜巻が発生し、ロボを空中に持ち上げ、ダゴンとハイドラを吹き飛ばしたのだ。
竜巻を発生させたのは、イサカが再び乗った封獣機モビーディックラーケンである。
「喰らえ外道共!!」
その言葉を合図に、モビーディックラーケンの背中から、大量のミサイルが発射された。
ダゴンとハイドラを吹き飛ばした後、さらにエンザを担いでいたマクンブドゥバに集中砲火を浴びせ、彼を撃破せんとする。
「あ、あ〜ん!イサカたん!そんな大量のミサイルをぼくちんにブッかけないで
〜〜♪」
その時エンザが手を叩き呪文を唱えた。
すると……、 ドドドッ……!! エンザの手を叩いた音と共に、無数の黒い球体が現れ、ミサイルを飲み込み、モビーディックラーケンに向かって飛んでいく。
そして、モビーディックラーケンの周りを飛び回り、攻撃を開始したのだ。
エンザの操る影による攻撃を、モビーディックラーケンは巧みな操縦技術でかわしていく。
しかし、それでも完全に避けきれず、いくつか被弾してしまう。
それを見た神羅は、即座に指示を下す。
「皆、援護を!」
「応!」
神羅の指示に従い、全員が動き出す。
まず神羅が魔法を唱え、炎を放つ。
それを合図とし、他の者たちも一斉に動き出した。
炎魔法を唱える者、水魔法で吹き飛ばす者、氷結魔法で凍らせる者、電撃魔法を使う者、様々な魔法を繰り出す者達が、それぞれ得意な方法で、エンザを攻撃していく。
それに対し、エンザは漆黒の球を操り、反撃する。
皆の攻撃は全て避けられるか防がれてしまい、有効打を与えられない。
やがて、神羅の魔法が直撃し、大爆発を起こす。
だが……。
ボフッ……! 煙が晴れるとそこには、無傷の状態のエンザの姿があった。
「な……!?」
驚愕する一同に対し、エンザが言う。
「ププ、やれやれ、無駄な事を……」
呆れたようにため息をつくエンザを見て、神羅は思う。
(やはり、私の魔法ではダメージを与えられないか……)
そう考えた直後、今度はエドナが仕掛ける。
「ほんなら……!」
そう言うと、彼女は持っていた槍、グングニールレプリカを構えると、魔力を込める。
すると、槍の先端部分が光り輝き始めた。
それを見て、エンザは言う。
「ほう?それは……?」
「くらえ!!」
彼女のその言葉と共に、封獣ベリアルハスターは勢いよく槍を投げる。
ビュンッ!! 風を切り裂きながら進む槍は、凄まじい速度で突き進み、エンザに向かっていく。
そして、そのままエンザの身体を貫いた。
ズブッ……!! 鈍い音を立てて、槍がエンザの身体に突き刺さる。
「……はりっ!?」
エンザは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに平静を取り戻す。
「いっや〜ん、ポクチンでっかい棒に刺し貫かれちゃったぁ!うわぁ〜お!」
そう言いながら、エンザは刺さったままの槍を引き抜く。
大きな穴が空いた傷口からは血が流れていたが、瞬く間に塞がっていく。
その様子を見ながら、神羅は言った。
「やはり、ダメだったか……」
落胆する神羅をよそに、エンザは再び攻撃を仕掛けようとする。
だが、その前にオームが言った。
「みんな惑わされるな!アレは幻術だ!」
オームの言葉に、神羅たちは驚いた。
↓物語をイメージしたリール動画
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