乂阿戦記2 第五章 黄緑の魔法天使ニカは今日も元気に遊びまわる-5 父娘
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アクアは今、悪夢の中に囚われていた。
夢に囚われた者は、現実でどれだけ時間が過ぎようとも目覚めることはない。彼女は意識の奥底で、終わりなき苦痛に苛まれていた。
『やめて!来ないで!』
叫ぶ声だけが宙を裂く。しかし、体は動かない。目の前には、巨大な蛸の化け物――まさに「大いなるクトゥルフ」と呼ぶにふさわしい異様な怪物が迫っていた。
だが、恐ろしいのはその姿ではなかった。その“目”だった。
虚無。まったくの無感情。温度も色もない冷たい視線がアクアの全身を射貫くように見据えていた。その刹那、全身が凍りつく。
逃げられない――。
触手がゆっくりと伸び、彼女の体に巻きついた。
「くっ……うあああっ!!」
ミシミシと骨が軋み、肋骨が砕けて内臓に突き刺さる。痛みは現実よりもリアルだった。悲鳴を上げるも、その声は闇に吸われて誰にも届かない。
やがて触手が、首へ――
『イヤアアアアァァァァァッ!!』
絶叫と共に目が覚めた。
全身にびっしょりと汗をかいている。
心臓がバクバクと脈打ち、息が苦しい。
「はぁ、はぁ、はぁ、今のは……?」
周囲を見回すと、そこは窓に鉄格子がはめられた部屋であった。
「ここは……牢屋?」
どうやら自分は捕まってしまったらしい。
なぜこんな事になったのか、記憶を辿ろうとする。
確かB分隊仮設基地で休憩してるとき気持ち悪い呪文の詠唱が聞こえ意識を失って……
その後、誰かにここに連れてこられたらしい。
「あ、起きたんですね」
不意に聞こえた声に振り向くと、そこには見覚えのある顔――レイミがいた。
「レイミ……」
同じ部隊に所属する少女。だが、その体はボロボロだった。すり傷が全身に広がり、制服も破れている。
「……どうしたの? そのケガ……」
「いえ、ちょっと転んじゃって……」
明らかに嘘。だがアクアはそれ以上追及しなかった。彼女も、きっと自分と同じように――“何か”に襲われたのだ。
「ここって……どこなのかな……?」
問いかけには答えが返ってこない。レイミの目は虚ろで、焦点すら定まっていなかった。
(おかしい……)
アクアが肩に手を置こうとしたその瞬間――
「っ……!?」
手に違和感。青く変色した皮膚。指先には長い爪、そして……エラ。
「う、うそ……っ」
慌てて手を引っ込め、自分の体を見る。脚も腕も――人間ではなかった。
そこへ扉が開いた。
「やっほーアクアちゃん、目が覚めた〜? ナイアちゃんだよ〜☆」
現れたのはナイア。アクアは即座にレイミを庇い前に出た。
「お前……何をしたの!?」
「記憶の改竄? あー、したかもね〜。でもすぐ戻っちゃうんだもんな〜、不思議〜」
ナイアは無邪気に笑う。だがその言葉の内容は最悪だった。
「ここはクトゥルフ教団の実験場、君たちは深き者共の繁殖祭サバトの生贄ってわけ、ちなみに繁殖祭だからそれはもうエロいことされる予定なんだゾ☆薄い本みたいに!!」
「ふざけないで、今すぐ元に戻しなさい!」
「うーん、そう言われても困るんだよね、もう君は身も心も人間じゃないんだもん」
「どういうことよ」
「そのままの意味、君は人間と魚人の間に生まれた混血児だ、しかもただの魚人じゃなくて、クトゥルフ神話の怪物、深きものどもとのね、ほら、その証拠に、身体が変わってるでしょ?」
そう言われ、自分の身体を見ると、肌の色が蒼色に変わり、エラのようなものができていた。
「嘘……」
「じゃあ、早速だけど、お楽しみタイムといこうか」
「いや、やめて、来ないで」
「大丈夫、優しくしてあげるから」
そう言って、ゆっくりと近づいてくる。
その瞬間――
「……我々の捕虜に、勝手な手出しはやめてもらおう」
轟音とともに扉が蹴破られ、現れたのは腕にギプスを巻いた鮫顔の男――速射爆拳だった。
彼はアクアを庇うように立ちはだかり、冷たい声でナイアを制した。
「えぇ〜〜? ちょっとぐらいいいじゃん〜。本番まで我慢できないよ〜?」
その軽口に、速射爆拳は微動だにしない。圧倒的な視線の圧力に、ナイアすら一歩退く。
そこへ、もう一人――扉を破って飛び込んできたのはフレア。
「ナイアてめえええ!!」
手にした槍を突き立てる。だが、ナイアの皮膚に弾かれ、刃は砕けた。
「無駄無駄〜☆」
逆にナイアに蹴り飛ばされ壁に叩きつけられるフレア
それをあざ笑うナイア。
しかし、ナイアの背後に回り込んでいた男の一撃が、彼女を吹き飛ばした。
「ちょ、レッド……!?」
ナイアの顔面に拳を叩き込んだのは、レッドキクロプス――九闘竜最強格のひとりだった。
「……今、フレアを蹴り飛ばしたな。……殺すぞ」
その怒気に、場が凍りつく。
ロキが慌てて割って入る。
「ちょ、ちょっと待った! ナイアは反射で反撃しただけだからさ!! 女の子の顔面に穴はやりすぎ!!」
ナイアは泣きマネをしてロキに抱きつき、わざとらしくわめく。
「ひどいよぉ〜……ぐすんぐすん……」
「って、ちょっと! ナイア、マジで顔面穴空いててグロっ!?」
「おっといけない!早く顔元に戻さなきゃ!!」
だが、アクアはそんな騒ぎを一喝した。
「お前らふざけるのもいい加減にしなさいよ!!」
その声に一瞬空気が止まる。続けて速射爆拳がアクアに向き直る。
「……話を戻そう。我々殺悪隊副長が捕虜になったことで、君たちは捕虜交換で連合に返されることになった」
「いつ……?」
「明後日だ」
それを聞いて、アクアは泣き叫ぶように訴えた。
「それより……私の体を元に戻してよ!! こんなのじゃ……みんなの前に戻れないよ!!」
女の子なのだ。
いた仕方ない事である。
その言葉に、速射爆拳の様子が変わった。ブルブルと震え、突然自分の顔を殴り始める。血がにじみ、ギプスが砕けるほど。
「や、やめて! 何やってんの!?」
やがて彼は擬態を解き、本来の魚人の姿を現した――
その姿は、まさに戦闘のために進化した深き者の勇姿だった。
筋肉は鋼のように締まり、皮膚は滑らかで青く輝き、全身から「強さ」という概念が滲み出ていた。
「……すまないが、君の身体はもう戻らない。これは生まれながらにして備わった、深き者族の体質だ。だが――」
彼はゆっくりと、諭すように言葉を紡いだ。
「ボディビルダーが鏡の前で“理想の身体”を作るように、君も美しい“人魚”の姿を目指せばいい。私は修行によって人間と魚人の“良いとこ取り”を得た。君にだってできるはずだ」
そう言って、彼は再び人間の姿に戻る。
そして、膝をつき、アクアの肩にそっと手を置いた。血を流したその手に、彼の本気が滲んでいた。
「君のことを、誰よりも心配していた者がいる。もし迷ったら……魔法学園の雷牙尊氏を頼りなさい。タット先生なら、きっと君を導いてくれる。だからどうか……自分を、恥じないでくれ……」
「……は、はい……」
その返事を聞いた瞬間、彼はその場にうずくまり、肩を震わせて嗚咽を漏らした。
――こうして、その夜は過ぎていった。
◆ ◆ ◆
夜が明け、アクアは変色した手足を包帯で隠し、ベッドに横たわっていた。
(私は……これからどうなるんだろう……)
その時、ノック音。
「どうぞ」
扉が開くと、そこに立っていたのは――
「よお」
「……フレア……!」
「驚かせたかな?」
フレアはいたずらっぽく笑いながら部屋に入り、扉を閉めた。
「昨日のアレ、ちょっと気になってさ。様子見に来たんだけど……元気なさそうだな」
「……アタシ、やっぱり深き者なんだって……」
うつむくアクア。
「そんなの、どうでもいいじゃん」
え?
顔を上げた瞬間、フレアが優しく頭を撫でていた。
「……お前は、自分のことを“化け物”だって思ってるかもしれない。でもアタシにとっては、かけがえのない“友達”なんだよ」
その一言に、アクアの瞳から涙が溢れ出した。
「……うぅ……ありがとう……」
「よしよし」
優しくハンカチで涙を拭ってくれるフレア。二人は笑い合い、ようやく心が繋がった。
――その時。
『アクアちゃん、いる?』
「レイミの声だ。ちょっと待って」
扉を開けると、そこには全身傷だらけのレイミが立っていた。
「レイミ……そのケガ……もしかして私が……」
「違うの! 違うよアクアちゃん!」
レイミは慌てて首を振った。
「私、アクアちゃんを追いかけて正気に戻そうとしたの。その時に、他の深き者族に襲われちゃって……」
「そんな……それ、私のせいじゃない……?」
「違うってば!」
アクアは、またも自分を責めそうになる。そんな彼女の手を、レイミが強く握る。
「ねぇ、聞いて。あの時、助けてくれたのが“速射爆拳”って人だったんだけど……その人ね、“鮫島”って呼ばれてたの」
「……鮫島……」
「アクアちゃんの苗字、たしか“鮫島”だったよね? そして戦場で生き別れになったお父さんを探すためHEROを目指してるって言ってたわよね?」
「ま、まさか、そんな……嘘……」
「嘘じゃないよ。あの人、本当にアクアちゃんのこと、心配してた。まるで……父親みたいだった」
「ど、どうしよう……どうやって確かめれば……?」
テンパるアクアに、フレアが提案する。
「DNA検査だ。あのおっさんが巻いてた包帯、血がついてただろ? それを使おう」
「……っ、う、うん!! よし、やろう!」
三人は走り出した。走りながら、不安もあった。けれど、それ以上に――心の奥が、少しだけ温かかった。
レッドに事情を話すと、彼は快く協力し、包帯を持ってきてくれた。
血塗れのその布きれこそ、アクアの“答え”だった。
――そして、三人はDNA鑑定のため、基地へと向かった。
その先にあるのが、希望か絶望かは、まだ分からない。
だがアクアは、ほんの少しだけ、未来に踏み出せた気がしていた。
↓物語をイメージしたリール動画
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