乂阿戦記2 第五章 黄緑の魔法天使ニカは今日も元気に遊びまわる-3 蔭洲升町に潜む影
深き者ども――それは、人間との交配すら可能な異形の種族。
人と魚の狭間にあるような身体で、蔭洲升町の海辺に根を張り、今も人知れず繁殖の祭を営む。
だが今年は例年と違う。
なぜなら今年の生贄は、男だからだ。
今までは生贄に選ばれるのはいつも女だった。
しかし今回は男が選ばれてしまった。
男に飢えた女の深き者共が、人間の、それもイケメンの生贄を強く望んだからだ。
実はここ近年の深き者ども社会では男より女の意見の方が強い場合が多多ある。
ゆえに男達の抗議を無視し、無理やり女主導によるサバトが決行されることになったのだ。
そして今まさに、一人の男子中学生が生贄として捧げられるところだった。
名前は浪花明人、通称アキンドと言う。
「嫌じゃああああ!死にたくない!死にたくなんかないんじゃあああああ!!!」
泣き叫ぶ少年を、二人の屈強な女の深き者ども達が押さえつける。
彼女達は皆、裸に布一枚を巻いただけの姿だ。
深き者どもの姿を説明するなら、まずほぼ人間と同じ体型をしている。
その女たち――深き者どもは、人に似て、魚にも似た異形の種族。
まばたきせず、鱗混じりの肌はぬめりと冷たく、生臭さが鼻を突く。
背にヒレ、腹は白く輝き、尾が揺れる。
……要するに魚人間の化け物だ
その魚人間がアキンドの顔をベロベロ舐める。
すっごい生臭い。
「大丈夫、痛いのは最初だけだから、すぐに気持ちよくなるよ❤︎」
「そうそう、私達に任せておけば大丈夫だから、大人しくしていて」
「嫌だあああ!こんな初めてはいやじゃ〜〜〜!助けてえええ!母さん!父さん!雷音!獅鳳!キース!誰かあああああ!!!」
少年はジタバタと暴れているが、さすがに怪物の女に勝てるはずもなく、あっという間に押さえ込まれてしまう。
「さあ、まずは私が、あんたの初めての相手をしてあげる」
そう言って女が少年のズボンを脱がせようとしたその時、突如女の背後に現れた男が女を蹴り飛ばしたのだ!
「……ぐえ!?」
「大丈夫かアキンド!?」
「このバカ!お前盗賊スキル俺より高いクセに、なに見つかってふん縛られてるんだよ!?」
助けに来たのは仲間の獅鳳と雷音だった。
獅鳳と雷音は手早くロープを切り解くとアキンドを連れて逃げようとする。しかしそれを邪魔しようとする者がいた。
あの化け物女だ。
女は立ち上がるとゲロリと笑う。
「男!男よ!それも揃って美少年!!」
「きゃ〜〜今年は豊作だわ〜〜!!」
「あたしに種付けして〜〜!!」
ゲロゲロゲロ!
そこら中から蛙の鳴き声みたいな声が聞こえ、ワラワラと女深き者共が集まってきた。
獅鳳と雷音が慌てて叫ぶ。
「深き者どもとはいえ、なるべく女性に手を上げたくはないんだけど……」
獅鳳がゲロ甘なことをいう。
「おい!逃げんぞ!とにかく一目散に逃げるぞ!早く行けぇえええ!!!逃げるんだよおおおおおおおお!!!」
雷音の合図と共に三人は一斉に逃げる。
すると一匹の女半魚人がアキンドの体に絡み付いて来た。
「捕まえたぁ〜♪さぁ、私のモノになっちゃいなさい♪」
女の手が服の中に滑り込んできて、撫で回され……ナニを探している!?
(やめろやめろやめろおおおお!)
(ヤバイ!これはマジでヤバい!!貞操の危機!童貞喪失の危機!しかも力じゃ敵わない!どうすれば良いんだ!?)
その時、俺の脳裏に天啓が舞い降りた! そうだ!こんな時こそあのセリフを叫べば良かったのだ!
「俺には心に決めた人がいる!だから貴女とは付き合えないっ!!!」
俺は渾身の力を込めて叫んだ。
女は一瞬キョトンとした顔をした後、笑い出した。
「ゲロァっはっはっはっは、面白い子!そんな事を言われたら、ますますモノにしたくなっちゃったあああ!!!」
「あたじ!あたじがあんだが心に決めた人になるのよおおおおお!!」
そして、次々とアキンドに抱きついてきた。
「イケメン……イケメンね……新鮮な♂……ああ、抱きつぶしたい……」
「やめろぉぉぉぉおおお!!俺の貞操は!俺の意思で守るんじゃああああ!!」
「うふふ、でもその叫びがたまらないのよねぇ~❤︎」
「もう逃がさないぞぉ〜〜〜❤︎」
「うわああああ!誰か助けてくれぇぇええええ!!!!」
アキンドが絶叫を上げると、3人目のクラスメイトが駆けつけてくれた。
「うおおおおおおお!てめえ、何しやがる!このクソアマガエル!俺のダチから離れろおおおお!!!」
キースだった。
彼は女半魚人達に飛びかかり、全員を無理やり引き剥がした。
化け物でも女相手だから殴らず、力で引っぺがして投げ飛ばしまくっている。
相変わらず凄いパワーである。
「ちいっ、また邪魔が入ったか!!」
「こ、このマッチョ超手強いわ!…」
「ぐやじい〜、せっかくのイケメンがあ!」
「あ、でもあのマッチョもちょっとカッコいいかも!!」
「力すぐで捩じ伏せられたああい❤︎」
さしものキースもとうとう我慢出来なくなって、近くにあった大型冷蔵庫を持ち上げブンブンと振り回した。
「ムーガムガムガムガ!ふんがああああああああああああ!!」
しつこかった魚女達もコレには参ってしまいゲロゲロ鳴いて走り去っていった。
助かった・・・。
アキンドはガチ泣きしながら安堵のため息をついたのだった・・・
「おーい!大丈夫か?」
突然背後から声を掛けられた。
振り向くとそこには3人の男達が立っていた。
漢児、雷音、獅鳳の3名だ。
三人とも衣服が乱れ身体中にキスマークをつけられ、なんか生臭かった。
みんなも大分やばかったようである。
顔はげっそりとやつれ、ゼェゼェ息を吐いている。
それでもなんとか無事なようで何よりだった。
だが今回の件はトラウマとして残るだろう。
「良かったぁ~無事だったんすね・・・」
ホッとしたせいか皆その場にへたり込んでしまった。
「おいおい、どうした?怪我したのか?」
「いえ大丈夫っす・・・それより他の皆はどうなったんですか?」
「それがなぁ~、まあまずは駐屯基地にいるオームが現在の状況を説明してくれる。まずはそれを聞こう」
皆は顔を見合わせるとオームからの通信連絡に耳を傾けた。
連絡によれば、羅漢と羅刹がA分隊仮設基地に出向いて不在の時に、オーム達がいるB分隊仮設基地にクトゥルー教団による不意打ちの襲撃があり、B分隊の仲間数名と保護していた一般人数名が連中に再び連れさられたという。
まず最初に捕まったのは意外にもアクアであったそうだ。
そして彼女は今蔭洲升町の地下牢に幽閉されているという事だった。
(何故そうなった!?)
次に捕まったのはレイミだったらしいのだが、彼女もまた地下牢に閉じ込められているらしい。
そして問題なのは攫われたのはアクア達だけではないという点だ。
なんと他にも保護している10人中4名の子供が連れ去れたというのだ。
幸いにも他の子供達は無事であったが、連れ去られた4名は救出するには時間が必要だと判断された。
オームは、渋々ロキ達A分隊に応援を要請したのである。
その後、アクアが囚われている場所が判明し、その場所に向かったところ、そこには既に別のクトゥルー教団戦闘部隊がいて、A分隊は壊滅したと聞いたのだ。
そこで仕方なくB分隊から新たに救出メンバーを選出し、救助に向かうことにしたのである。
「……そうか……それは大変だったな……俺達もついさっきこの街に着いたところだ……街に入る前に偵察に出たんだが……その時には既にこの有様だったよ……街の連中は皆おかしくなっちまってるし、そこらじゅう死体だらけだ……くそっ!一体何が起こってるんだ……!」
蔭洲升町にいる雷音に向けオームが質問をする。
「雷音、とにかく!まずはレイミとアクアを救い出さないといけない!何か手がかりは無いのか!?」
すると、通信の向こう側から、意外な言葉が返って来た。
「いや、実はもう手遅れなんだ……」
オームの質問に雷音は苦虫を潰したような声で答える。
「何!?どういう事だ!!」
「俺はちょっと前、ある巨大な建物の中に入ったんだ……そしたら、そこにアクアがいた!そして、彼女はすでに正気を失っていた……自分のことを大いなるクトゥルフ様の眷属だと言って連中の手下になっていた……。恐らく、連中のボスらしき教祖に何かされたんだろう……!しかも、他にも大勢の人々がいて、みんなアクアみたいにおかしくなっている!!」
「……ねえ二人共、実は私アクアがおかしくなった件について心当たりがあるの……」
オームと雷音の会話に鵺が割って入ってきた。
鵺の表情は暗い……まるで何かに怯えているかのようだ……そんな彼女の様子に二人は少し不安を覚えた……
鵺の話はこうだった……
アクアの遠い先祖の中に深き者どもの血を引く先祖がいたのではないか?……鵺はそれが原因ではないかと推測した。
人間との混血児は、生まれてから一定の年齢までは、全く人間と同じ姿で成長する。
その後、同族との接触あるいは、過度のストレスなどによって「インスマス面」と呼ばれる深きもの特有の顔に近づいて行く。
速度や度合には個体差があり、変異せず天寿を全うする者もいれば、隔世遺伝で目覚める者もいる。
どうやらアクアは後者であったようだ。
「……う……嘘だよ……そんなのって……そんなのってないよ!」
レイミ、アクアと仲のよかった神羅はガタガタと震えながら、目に涙を浮かべている。
「大丈夫……安心して……まだ……まだなんとかなるかもしれないから………!」
鵺は神羅を抱きしめながら、安心させようと声をかけた。
その時、部屋のドアが開いて、一人の女が入ってきた。
A分隊の使者としてきたナイアだった。
(……こいつ……!)
鵺は直感的に、この女が件のアクアの隔世遺伝の目覚めを仕組んだのだと理解した。
「あれあれ〜?レイミちゃんとアクアちゃんはどこに行ったの?もしかして逃げちゃった?あ、違った!深き者共に拐われたちゃったんだって?」
「……黙れ……」
鵺の言葉にナイアは一瞬ピクリと反応したが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「あら、鵺ちゃん、久しぶりねぇ。相変わらず可愛いわぁ。ねえねえ知ってる?もうじき深き者共の間で繁殖の祭サバトがあるんだよ?レイミちゃんさらわれちゃったけど大丈夫かしらあ〜??」
鵺は無言で銃を構える。
ナイアはニタリと笑う。
「あらあらぁ、随分と嫌われちゃってるみたいねぇ……まぁいいわ。神羅の泣き顔見れて私いま最高にいい気分だしぃ〜、正直、その泣き顔を見て達してしまいそうになってるぅ〜〜!レイミちゃんも今頃魚人間共の上でイヤイヤ言いながら達しちゃってるんじゃないかしらああああ?」
そう言うと、 ナイアの顔が、まるで“夜”そのものに呑まれたかのように沈んでいく。影が渦巻き、瞳孔のない三つの目が燃え上がるように開き、口元には人を笑っていない“笑み”――裂けたような亀裂が刻まれた。
邪神が本性を現し、絶望に沈む女神ユキルを嘲笑っていた。
鵺の目にはナイアの体からどす黒いオーラが立ち上るのが見えた。
それは、まるで、闇そのもののように見えた。
そして、ユキルは絶叫した。
「あ……あぁ……うあああああぁぁぁぁ!!」
「うふふふ、さぁ、ユキル、可哀想なアクアちゃんのために貴女に残された道はただ一つ……アクアちゃんが醜いクトゥルフの眷属に堕ちる前にその命を絶ってあげることおおおおお!!
レイミちゃんの事はもう諦めようね☆あの子多分今頃魚の化け物共のお嫁さん、ううん苗床にされちゃってるわ〜❤︎」
「うあああぁぁっ!!やめてぇぇぇっ!もうやめてぇぇぇ!!」
ユキルの叫びを聞いて、ナイアは更に嗜虐的な笑みを浮かべる。
「うふふ、そうよぉ、それが見たかったのよぉぉぉ!!その綺麗な顔をぐちゃぐちゃに歪ませて、泣いて叫んで、それでも私はやめないぃぃぃっ!!!さあユキル!早くしないと可愛いお友達がクトゥルフ様に身も心もを捧げる化け物になっちゃうわよぉぉぉっ!!!」
「「ナイアアアアアアアアア!!」」
堪忍袋の緒が切れたオームと鵺が火炎魔法と銃弾をナイアに向け放った。
銃声と共に炎が奔った――だが、命中の感触はない。
「……遅いわね」
気づけば、声は背後から。
振り返った瞬間、鵺の視界にナイアの顔があった。距離ゼロ。
本能が叫ぶ――“この女、殺し合いの“理”から逸脱している”。
「くっ……」
鵺は自分の渾身の銃撃を軽く受け流された事に驚きつつも、瞬時に体勢を立て直すと今度は蹴りを放つ。
しかしそれも避けられてしまう。
二人の息のあったコンビネーションですら、ナイアにとってはただのじゃれ合いに過ぎないのだ。
「さてと、そろそろ御暇しましょうか?A分隊に戻ってクトゥルフ復活阻止の作戦を練らなくちゃ☆」
「っ!……どの口が!!」
鵺はナイアに向けて銃を構えるも、それより早くナイアの姿は掻き消えていた。
鵺はナイアの気配が消えたことを確認すると銃を下ろし、オームに話しかけた。
「……ナイアのあの様子、私がパズスフィンクスに付けた発信機にはまだ気づいてないみたい……」
「……クソ邪神が、今の内せいぜい調子に乗っておくんだな。我が策に抜かりはない!俺達が必ずお前を殺す……!」
オームも怒りを抑えきれず、拳を壁に叩きつけた。
「ユキル、大丈夫……?」
神羅は、鵺に支えられていた。
「ええ、ありがとう、鵺ちゃん。少し、落ち着いたわ。」
「とにかく、今は一刻も早くレイミ達の救出に向かいましょう。」
「そうね、これ以上ここにいてもしょうがないわね。」
「じゃあ、行きましょうか。」
そう言って神羅達は再び歩み出した。
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