乂阿戦記2 第四章 漆黒の魔法少女鵺は黒馬エリゴスに騎乗する-7 フレアとアクアに芽生えた友情
〜アクアが気を失って数十分後〜
「……ん?ここは……どこ?」
アクア目が覚めるとそこは知らない部屋であった。
また目覚めが酷く悪い。
寝てる間に気持ち悪い声がガンガン鳴り響いていた気がする。
無意識に首の横に手をやる。
?…何か出来物ができてる?
やだな、なんか魚の鰓みたいで気持ち悪い。
今回の件が片付いたら病院で診てもらおう……
確か自分は招集を受け、地球と蔭洲升町を繋ぐバスに乗った乗客を避難させようとしていて……そうだ、救助活動中突然バスが激しく揺れて、そこからの記憶が無い……ここはどこだ……? ガチャッ……バタン! 誰かが部屋に入って来たようだ……誰だ……? そこには紅い軍服を着たポニーテールの金髪の少女がいた。
歳は同じくらいだろうか?
自分はこの子の事を最近よく知るようになった。
ちょっと前まで学校の規律を破る問題児とばかり思ってた。
今は彼女の事情を知りそれを申し訳なく思う。
いつかキチンと謝り彼女と仲良くなりたいと思う。
その少女は私の顔を覗き込み、こう言った。
「あ!起きたか!良かった……どこか痛いところとかないか?」
私はとりあえず身体を起こすことにした。
特に異常はないみたいだ。しかし、この少女の名前が思いだせない……ダメだ思い出せない。
「ああ、大丈夫だ、ありがとう。ところであんたは一体……?」
私がそう聞くと彼女はこう答えた。
「オイオイ、クラスメイトの名前を忘れるとかほんとに大丈夫か?アタシだよ!フレア・スカーレットだ!本当に大丈夫か?とりあえず自分の名前を言ってみろ?」
心配そうに顔を近づける少女を見て同性なのに思わずドキッとした私だったが、すぐに我を取り戻して返事した。
「ああ!そうそう、思い出した!フレア!フレアだ!そんでもって私は鮫島アクア!銀河連邦に勤務するヒーロー見習いで神楽坂さんちの居候!!」
それを聞いた瞬間、目の前の少女が頭を抱えた。
「ったく、ビックリさせんな!まあいい、で、お前はなんでここにいるんだ?アタシ女子は絶対ここに来るなって言っただろ?」
「うーん、それがよく覚えてないんだよね、バスに乗ってたことは覚えてるんだけど、気づいたらここにいて、アンタの顔が目の前にあった」
「そうか、バスでの出来事の後は覚えて無いのか、それは残念だ、バスが襲撃された後何が起こったのか知りたいと思ったんだが」
「え、何それ怖い、バスで何かあったの!?」
「いや、大したことではないぞ」
そう言いながら彼女はアタシに水の入ったコップを渡してくれたのでありがたく頂戴することにした。
ゴクゴクッ……ふぅー生き返ったぜ……。
すると、彼女がアタシの横に腰掛けた。
「それでフレア、ここから本題なんだけど、ここってどこなのかな、日本じゃないっぽいよね」
「ああ、ここは異世界だ」
「そっか、やっぱりね」
「あれ、意外と驚かないんだな」
「ところで女子はここに来るなって言ってたアンタがどうしてここにいるのさ?」
「ちょっと事情があってね。地球に存在しないけど地球からバスで来られる不気味な港町…蔭洲升町…私はずっとその町を探してたのさ……」
話ながらフレアの表情が険しくなる。
アクアはレッドキクロプスから聞いた、フレアが家族の仇を取る為九闘竜に身を置いていると言う話を思い出した。
だが、彼女はあえて触れない事にした。
何故なら今目の前にいるのはいつもの明るく活発な彼女ではなく、復讐の為に生きる冷酷な暗殺者に見えたからだ。
(きっと色々辛いことがあったんだろうな)
そう思うとなんだか悲しくなった。
だから敢えて明るい口調で話しかけた。
「ねえ、せっかくだしこの世界について色々教えてよ!」
それを聞いて彼女は少し驚いた表情を見せた後、優しく微笑んで話し始めた。
「わかった!でもその前にまず、この世界の基本的な知識から教える!この世界はお前たちの住んでいる地球がある黒の宇宙とは違う。邪神達の大地母神シュブニグラスが眠る黄緑の宇宙との間にある世界らしい。だから本来普通の手段じゃこの世界に来ることができない。インスマスのバスみたいな次元を越える乗り物じゃないとやって来れない。ちなみに、ここの邪神達は黄緑の宇宙にいるシュブ=ニグラスから生まれた存在だと言われている」
「ふむふむ、じゃあアタシたちの世界にいる魔物みたいな存在がこっちにもいるの?」
「そう、確かに邪神達によって生み出された生物も沢山いる。だけどそれ以上に恐ろしい存在もいるんだ……」
そう言って急に険しい顔になったのを見て、これはかなりヤバい状況だと察した。
「それってもしかして魔王とかそういう感じ……?」
恐る恐る聞いてみると、首を横に振って答えた。
「違う、もっとタチが悪い奴がいる……」
「まさか、ドラゴンとか?」
「残念、答えは呪いの魔神だ……」
「呪いの魔神……?それは一体どういうものなの?」
するとフレアは少し困った顔をした後に答えてくれた。
「簡単に言うと、そいつは呪いの魔術を極めた存在って感じかな……私も詳しい事は分からねえけど、奴の使う呪術は普通ではないことだけは確かかな……その昔、私の母さんの故郷には狂王エンザって言う物凄く邪悪でイカれた王様がいたそうだ。そいつには三狂神って言うデタラメに強い部下がいた……一人は剣の鬼神"胡蝶峰剣"、次に復讐の女神"イサカ・アルビナス"、そして最後に呪いの魔神"マクンブドゥバ"……マクンブドゥバは禁書ネクロノミコンを読み解きクトゥルー教団の大司教におさまってるクソ野朗だ!」
どうやら彼女の口から語られたことは想像を超えるほど危険なものだったようだ……
だが、それよりも気になったのは彼女が言った言葉の方だ。
「え、ちょっと待って、今アンタのお母さんの故郷の話をしたよね?狂王エンザって女神国最悪の暴君だっけ?それってつまり、アンタは魔法少女の国、女神国出身ってこと!?」
そう言うと、彼女はしまったと言わんばかりの表情で慌てていた。
「あー、いや、その、えーと、まあ、そういうことになるね、うん」
明らかに動揺してる彼女に構わず、私は質問を続けた。
「どうして黙ってたの!?それに、なんで今までそのことを話してくれなかったの!?」
「だって、お前、私が魔法少女の国出身者なんて言ったら絶対に笑うだろ!アンタが魔法少女だとか似合わないって、そんな恥ずかしいこと言えるか!!!」
その言葉に思わず笑ってしまった。
「ぷっ、アンタ私と喧嘩してる時自然と魔法少女の姿に変身してたよ?自分で気づいてなかったの?悔しいけどアンタの魔法少女姿めっちゃ可愛いかったよ?だから恥ずかしがることなんてないよ?」
それを聞いて顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
そんな様子が可笑しくてさらに笑ってしまう。
「……おいこら、いつまで笑ってんだコラァ!!もう怒ったぞ!!こうなったら私にも考えがある!!これからお前をボコす!!泣いても許さんぞ!!!」
その言葉と共にいつも学校で繰り広げてた戦闘が始まった。
それからしばらくして、私たちは互いにボロボロになりながらお互い背中あわせで座り込んだ。
それにしてもこいつ強すぎるでしょ……!!どんだけ強い攻撃しても全部躱されるし、おまけにカウンターまで入れられるし!!
これじゃあまるで……
そこまで考えたところで私は彼女に声をかけた。
「ねえ、フレア……」
彼女の方を向くと彼女はキョトンとした表情をしていた。
私は姿勢を正すと彼女に向き直った。
「何……?」
フレアが尋ねる。
「色々誤解ばかりしててごめんなさい!」
アクアはフレアを真正面から見据え謝った。
フレアは突然の謝罪に戸惑ってしまう。
でも、同時に嬉しい気持ちもあった。
「ど、どうした急に……?頭上げてよ……私本当はそんなに怒ってないから」
そう言われ顔を上げた彼女と再び向き合うと、今度は逆に質問をした。
「お前は私のことどう思ってるんだ?」
いきなりの質問に戸惑ったけれど正直に答えることにした。
「どうって言われても……そりゃ嫌いじゃないよ、友達だと思ってるし」
フレアがそう言うとアクアは再び頭を下げた。
「本当にごめん……!私が間違ってた」
そう言って謝るアクアに少し呆れつつも嬉しかった。だからつい意地悪をしたくなったのだ。
「別に気にしてないよ?だってお前が頭悪いのは生まれつきだろうしね☆」
その言葉に反応して彼女が顔を上げる。
その顔には怒りの表情が浮かんでいた。
「……え?」
どうやら怒っているようだ。
まあ当然か、さっきまで謝っていたのにすぐに煽ってくるんだから。
しかし次の瞬間、予想外のことが起こった。
なんとアクアは目に涙を浮かべたのだ。
これには流石のフレアも動揺してしまった。
まさか泣くとは思わなかったからだ。
そのまま黙って見ている訳にもいかないのでとりあえず慰めることにする。
「ご、ごめんごめん!冗談だよ!今のは私の言い方が悪かった!」
「アンタの言う通り、確かに私の頭は悪いけど、それをわざわざ口に出すなんて酷いじゃないか!」
「そ、そんな涙ぐむほど嫌だったのか!?」
(やばい!どうしよう!どうすれば良いんだ!?)
……そのとき、アクアが顔を上げ、ぺろっと舌を出した。
「な〜んちゃって☆びっくりした?実は嘘でした〜!ごめんね♪」
一瞬呆然としたが、その意味を理解した瞬間、一気に顔が熱くなったのを感じた。
つまり自分はからかわれていたのだ。
しかもよりにもよってこの女に。
その事実に気付いた途端、頭に血が上っていくのがわかった。
だが、それと同時に胸の奥から沸き上がる不思議な感情を感じた。
それが何なのかはわからないが不思議と嫌な感じはしなかった。
レッドキクロプスこと紅烈人はフレアとアクアのやり取りを暖かい目で見守っていた。
というのも、この二人は最近どういうわけか仲が良いのだ。
初めて会ったときはお互いに反発していたようだが、今ではすっかり打ち解けている。
それは良いことだと思うのだが、なぜか時々不安になることがある。
いつかこの関係が崩れてしまうのではないか、と。
その時、不意に二人の少女がこちらを向いた。
「あれ?兄貴どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「そう、ならいいけど」
「ああ、大丈夫だ」
そう言うと彼女達は再び談笑を始めた。
その様子を見守りながら、改めて決意する。
何があってもこの笑顔を守ってみせる、と。
そして必ず復讐してみせる、と。
そう、自分の恩人でもあったフレアの両親を殺したあの裏切り者どもに報いを受けさせるために……。
その夜、B分隊仮設基地の空を、黒雲が覆い尽くしていた。
空は唸り声のような雷鳴を響かせ、雨は斧のように地を叩きつける。
まるでこの世が終わりを告げるかのように――。
仮設基地を取り囲むように、異形たちが蠢いていた。
人に似て非なるもの――深き者共。
それらを統べる一際異様な影は、8つの腕もつ妖蛸の肉塊だった。
その口とも腹ともつかぬ裂け目から、不快極まりない咆哮が響き渡る。
「グッグッグッグ……愚かなる人間どもよ。
この地が誰のものか、思い知らせてやろう……!」
呪いの魔神マクンブドゥバ。
死と病と退化の神を信奉する狂信者にして、黄緑の宇宙からの使徒。
その存在は、言葉にできぬ不浄そのもの。
マクンブドゥバが両手を掲げ、古き言語を詠唱し始めた。
「ふんぐるい……むぐるうなふ……くとぅるふ、るるいえ……うが=なぐる……ふたぐん……!」
地が唸り、空気が澱み、空間が泡立つ。
すると仮設基地に避難していた人間たちの皮膚が、一斉に爛れ、ただれ、溶け始めた。
「アアアアアアアアアア……ッ!!」
「いやだ……やめて……ああ、あああああッ!!」
「たすけてえええええええええええ!!!」
人々の体はねじれ、裂け、魚のような異形へと変貌してゆく。
深き者共の軍勢がまた一体、また一体と増えていった。
この場所は、地獄に変わった。
――その頃。
B分隊・女子兵寮。
眠っていたレイミは、隣のベッドから漏れるうめき声で目を覚ました。
「……アクアちゃん?どうしたの……?」
その一瞬の問いが、地獄の幕を開く。
薄闇の中で、隣に寝ていた少女の体が奇妙に震えていた。
青白い肌に鱗のような紋様が浮かび、目が開かれる。
その瞳は、もはや人のものではなかった。
「う、うああああああああッ!?」
アクアの喉から漏れる絶叫。
その体は裂け、泡立ち、何か異なる生命へと侵食されていく。
「や、やだ、アクアちゃん!?……なにこれ!?うそ……っ、やめて……ッ!!」
レイミは身を乗り出そうとしたが、アクアの右手が無意識に彼女の肩を掴む。
その手はすでに鰓を持ち、指が異様に長く、ぬめっていた。
「たすけて……」
その一言だけを残して、アクアの姿は闇の中へと消えた。
基地に再び警報が鳴り響く。
避難区画に駆け寄った兵士たちが見たのは――
異形に変貌した人々と、赤黒い粘液のような痕跡、そして、アクアとレイミの姿が消えた空の寝床だった。
それは、全てが壊れ始めた最初の夜だった。
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