最終話
数ヵ月後、ラブリーカフェが閉まった事を知った。警察のガサ入れがあったとも聞いてるから撤退せざるを得なかったのだろう。
これで彼女がいたあの水槽も無くなったのだ。
「……」
僕は次の週末に、あの日彼女と遊んだ海に向かって車を出していた。
特に大きな理由は無いけれど、あの海に行かなくてはいけない。そう感じたんだ。
あの数時間の出来事は僕の中で、とても大きな存在になっている。
そして僕は海に着いた。
時間が違うから風景や雰囲気は違うがそれでもあの時の記憶、空気感が一気に蘇ってくる。
彼女は今何をしているのだろう。無事にあの水槽から抜け出して、大好きな海に到達出来たのだろうか。
そう考えていた時、知らないアドレスからメールが来た。何だろうとスマホの画面を見た瞬間、僕の中で新しい時間が始まる予感がした。
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件名:お久しぶりです。渚です
本文:おじさんの名前教えてよ。
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「……」
いきなりの事で驚いたけどほのか、いや渚からのメールはとても嬉しい。
特に僕の名前を聞いてくれた事だ。渚は他の人の反応にはとても敏感なのに、その人自身には関心を持たなかった。
その渚から名前を呼ばれるという事は、そういう事なのだろうと感じていた。
それなら、こちらも本名で答えなければいけないだろう。
――久しぶり渚、元気してた? 僕の名前は健だよ
そう返信したら、今度はLINEの招待が来た。
「LINEかぁ。使ってないけど、渚からのお願いなら仕方ないか」
LINEをインストールして、そのまま渚を友人リストに追加したら、すぐにチャットが飛んできた。
――健さんこんにちは。元気?
それから渚の近況を聞く事が出来た。まず、あの日渚がラブリーカフェに戻った時、あまりもの狭さに驚いたらしい。
――私、びっくりしちゃった
そして、それから何度か通ったが息苦しさを感じて行かなくなった。
僕はそれを聞いて心から安心した。警察のガサ入れも入った店だ、何があってもおかしくなかったからだ。
その後、渚はバイトを始めたらしい。今は休憩時間だから暇つぶしに、僕とLINEしたとの事だ。
まったく渚らしいと苦笑いした。
――親とは大喧嘩したけどね
それでも行動出来たのは凄い事だ。
渚はそのまま言う。
――あの日からね? 私の周りが全部狭く感じちゃったの。学校も、家も全部。
――居場所は沢山あって、自ら選ぶ事が出来る
――それを教えてくれたのは健さん。本当にありがとう!
その言葉を聞いて思わず涙目になった。
しかし、その話には続きがあった。
――それでね?私、あそこの海の家で働いてるの。だから今度遊びに来てよ
――美味しいコーヒ作れるようになったから、奢ってあげる!
――今度は私がおじさんを買ってあげるねっ
「……ハッハッハッハ!」
僕はそれを見て声を出して大笑いしてしまった。
わかった。遊びに行くよ
――ありがとう。きっと来てよね! そろそろ休憩終わるからまたね!
そう言ってチャットは終わった。
全く面白い。本当に人生は面白い。
とても心が明るくなったと同時に、これは由奈からのプレゼントなのかもしれない。と感じていた。
「由奈、ありがとう」
――そう心で呟きながら、僕は数百メートル先にある海の家に歩き出した。
いきなり僕が現れたら、渚はどんな反応を見せてくれるのだろうか。
渚にはいつも驚かせられていたから、たまには僕が驚かせてもいいだろう。渚に会った時、言う言葉は決まっている。
「久しぶり渚。今度は遅くないよね」
終わり
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