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ソラゴトのrEFROZEN-サンドリヨンの奇蹟-  作者: 奥様はビルゲイツ
【第一幕】ガラスの国の白昼夢-rE:MEMBER MY DECEMBER-
7/30

6

「お……?」

 家から徒歩十五分くらいの路地裏のゲーセン。

 平日休日関係なく常にガラガラで、商売やってけるのか疑問に思ってしまう、しかしだからこそ僕のお気に入りの場所。

 そこに、意外過ぎる先客がいた。

「…………」

 無言でつまらなそうにクレーンゲームの筐体に頬杖をついている、ボブヘアの女子。朱色のルーズ気味なニットに、気怠そうな横顔が妙に様になっていて、タイツで包まれた脚はすらりと長く、高くない身長を感じさせない。

 雨月ひよりだった。

 なぜ、ここに。

「……藍那くん」

 こちらの視線に気付いたのか、僕に顔を向けて何ミリかの会釈をする。特にそれ以上のリアクションもなく、雨月は機械的な動きで手招きをする。なんだなんだと近付いてみると、騒がしいゲーム音に掻き消されそうな声で「あれ」と景品を指差された。

「取れないの。こういうのわたし、ぜんぜん才能なくて」

「……お前クレーンゲームやるのな」

「意外でしょ。という事で、取ってよ」

 ポケットから百円玉を差し出し、操作ボタンを委ねられる。予想外の展開である。そもそもこのゲーセンに雨月が何故いるのか分からない。確か家も近所じゃないはずだし、ここは路地裏という見つけにくい場所にある。なんでわざわざこんなゲーセンなんかにいるのだろうか。

 疑問を浮かべる僕を察したかのように、雨月は睫毛を伏せて小さな唇を動かす。

「この辺りにね、むかし住んでたの。と言っても、小学生になったくらいの頃ね。お母さんが離婚して離れちゃったけど。たまにこうやって遊びに来てる」

「……へえ。初耳」

「初めて言ったもの」

 澄ましたふうに言うと、あのつまんなそうな視線を景品へと戻して僕の操作を促す。いやいや、たいして僕もこの類のゲームが上手いというわけではないのだが、何を思って委ねるか。

「藍那くんの家は、こっちの方なんだね。なら、ここのゲームセンターも、よく来てるんじゃないの」

「いや、月一くらいだけど」

「……そう。まあでも、わたしがやるより、お金を無駄にしなさそうだし、ね」

 そこまで言われると断る理由もないので、渋々百円玉を受け取る。見た感じ、このクレーンゲームの構成は景品のぬいぐるみが真ん中に置いてあって、それを掴んで景品口まで運んでいくパターンだ。

 そして確率機。

 確率、とあるように、正直これはテクニックも何も無く、何回か一回の"正解"を引かない限り、景品を途中で落としてしまう仕様だ。取れないのが当たり前で、いわゆる運ゲーの類。

 僕は制限時間六十秒目一杯に、ガチャガチャと操作ボタンを押して、残り二秒のところでキャッチボタンを押してやる。秒数に意味はない。

「お前はお前で、雪降ってんのにこんなとこまで、よく来たな」

 無駄だと分かっているが、軽快な音とともに景品を掴む光景を見つめる。案の定すぐに離してしまうが、景品口近くまで持って来てはくれたので、これは"正解"なくとも行けるかもと、希望を抱く。

「……雪が降ってるから、来たの。お父さんがね、仕事に支障きたすから家の雪掻きしてくれって電話してきて……でも、顔だけ見せて逃げてきちゃった。離婚したくせに子供をうまく使ってるなって思うと、むかむかしてね……で、気晴らしに歩いてたらここに」

「へえ……」

 反応しずらい内容である。

「家は、あーその、忙しいのか」

「うん。この時期はまあまあ。年末年始は……さいあく」

 淡々と語って、再び百円玉をポケットから取り出して僕に渡す雨月。家庭環境は複雑なところがあるようだ。少なからず、遅刻の事もそれが原因になってたかもしれない。

「藍那くんこそ、今日はどうしたの」

 首を軽く捻り、切り替えるように伸びをした雨月が、景品口付近の不気味なネズミのぬいぐるみから視線をこちらに寄越す。伸びの際、大きくはないが胸のふくらみがニット越しに窺え、目を合わせるのがちょっと恥ずかしくなる。

「えと、なんとなく来ただけだよ。家に居るのも飽きたし、とりあえずここに来て時間を潰そうかなってさ」

「ふうん。てっきりデートでもしてるのかと思った」

 いつものぶっきらぼうな口調で言われる。つうかそんな事思ってたなら、なんで話し掛けて来たんだよ。

「ちげーよ。僕そういうのいねぇし。そういう予定もない。ってかそれ、妹も言ってたけど、この時期になると皆そう疑い深くなるのか。意味わかねぇ」

「さあ、ね。でも、少しは勘ぐるじゃないの。藍那くんの妹さん、いくつ」

「中三」

「へえ、歳近いんだ。いいな、羨ましい」

「……お前は姉妹とかいんのか?」

「一応は一人っ子でいいのかな。今は従姉妹がいて、まあその子が妹みたいなもの――あ」

 話しながら二回目の軽快な音を鳴らしてアームが動き、景品口近くにあったぬいぐるみが引っ張られる。変わらず持ち上がった瞬間にアームからは離されたが、淵に当たって運良く取り出し口に吸い込まれた。確率機を力技で越した初めての瞬間だった。こんなの、滅多に出来ない。

「すごい」

「どうも。ほれ」

 屈んで景品のぬいぐるみを取ってやると、雨月はそれを数秒眺めた後、プライズ用の袋に入れて「ありがと」と小さな会釈をする。

 そんなに欲しかったのだろうか。ネズミのこくどーくんとかいうこの不気味な顔のキャラクターは、僕にはどうも魅力が分からず、首を傾げたくなる。まあ、本人が気に入ってるのなら、いいのだが、趣味がなんというか、よく分からん。

 荷物をまとめる雨月。ふと、大きな黒のケースが置いてあったのが目に留まった。

「ああ、これね」

 そんな僕の視線に、雨月はあっさりと箱を開けて取り出し、僕へと見せてくれた。

「え。それって」

 カメラだった。

 大きくはないが持ちにくそうで、古くて骨董品のような空気を漂わす。よく見るとポラロイドカメラなのか写真が出てくる口がある。

 初めて見た。

 僕が近づいていくと、特に躊躇なく渡してきたので反射的に手に取る。

 重い。割と手軽なイメージがあったが、これに関しては、首に掛けてたら軽く痛めるレベル。雰囲気のある見た目から考えるに、結構高級品なのか。

「す、すごいな。趣味かなんかか?」

「うんん。昔から持ってるだけ」

 カメラを返すと、慣れた手つきでなにやらいじり僕にレンズを向けてくる。シャッターのところに手は置いてあるが、撮るつもりはなさそう。どうやら格好だけのよう。

 ……意外に絵になるな、この女。

「だってこれね、写らないもの」

 冷たく平たく、騒がしい店内に掻き消されそうな声が僕に向いた。

「何回撮っても、出てくる写真には何も写ってないの。何も無いの」

「壊れてる、とかじゃなくて?」

「違う、と思う……たぶん、写すものが"合ってない"んじゃないかな。"正解"じゃないから、写らない、と思う」

 意味深な言いように僕は眉をひそめる。写らないカメラに、そんなのがあるのか。ある被写体だけしか写さないなんて、必要性を感じないし、普通に使えない。もはやただの欠陥品なんじゃないかとさえ思う。しかし雨月はこのカメラを、あの手慣れ感からすると少なからず大事にしてるように思える。それなりの理由があるのだろうか。ケースへカメラを戻す雨月に僕は疑問をぶつけると、素っ気ない瞳がこちらを見た。

「…………」

 数秒の間。立ち上がる雨月は上着を羽織り荷物を持って出口へと向く。

「……大切なもの、なのかも。だから今、手元に置いておきたいって思う」

「大切ねぇ」

「うん。だってきっとね、これ、"友達"が残してくれた――」

 出口へと歩きながら、雨月はどこか寂しそうに目を閉じて、小さく小さくその声を、儚げに漏らす。

「プレゼント、だから」


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