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「……っ」
寒さに目を覚ましたというよりは、夢に目を覚まされたと言った方がいい気がする、朝。
僕自身そこまで寝起きが悪いという訳ではないのだが、さすがにこんな夢を何度も見てると、毎度目覚めがキツく体を起こしたくない。
「八時……か」
枕元に放ってある自分のスマートフォン、そのディスプレイの汗を手で拭って、ついでに自分の額の汗も拭う。あの夢を見ると大概こうなる。身体が重く、疲労感にまみれ、全身から力が抜けるような感覚。別段風邪とか引いている訳ではないのに、とても普通の状態でいられない。
それ程までに、あの夢が、僕に影響を及ぼしていた。
のだ、が。
「…………」
どうも懐かしいような、続きを見ていたいような感覚もあるのが、また不思議でならなかった。
昔の記憶なのだろうか? だとしたら、例えば当時の人間に会ったりしたなら、この夢の謎も同時に解けたりするのだろうか? そんな疑問を持ってもう何年も経っている。しかし未だに、この十五年分の記憶に夢の手掛かりらしきものは見当たらないし、その当時の人間とやらに出会えてないのが現状である。
……こんなの、誰かに言ったら十中八九「そんなの思春期特有のアレだろ」などと言って会話を終わらせられてしまうんだろうか。ひどい話だ。
――突然、ドアが開く。
「へろう、お兄ちゃん」
長いツインテールが現れ、ドサッと床にコンビニ袋が置かれた。中にはおにぎりが何個か入ってるように見える。
ドアからノックも無しに入ってきたのは僕の妹だ。
「朝メシ、買ってあるおにぎりが消費期限切れそうだから、全部食べちゃってね」
「……全部は食えねぇよ。まあ、適当に食べとくから、お構いなく」
着崩した制服とキツイ香水の香りに、中三にもなって何ギャルみたいな事してるのか、と今日も呆れる。受験生は受験生らしく、大人しい格好をしてろってのが本音なのだ。
まあ、その辺り面倒くさいから言わないんだがな。
「あ、これ借りていい?」
前よりさらに短くなったスカートを翻し、机に置いた僕のマフラーを鼻につけられる。しかもなぜか真剣に嗅いでる。犬かよ。つうか臭いを気にする前にまずはそのエスニックフレーバーとかいう香水をなんとかしてこい。
あと勝手に兄の私物を嗅ぐな。
「お前のマフラーはどうした」
「昨日無くしちゃったんだよね。たぶん帰ってる時落としたと思うんだけどさ。だからね、今朝だけ貸してよ」
それだけ言うと、これまたさっさと首に巻いて部屋を出ていかれる。なんなのあいつ。まだ許可も拒否もしてねえのに当然のごとく勝手に持って行きやがって。朝から微妙な怒りと血圧の上がり。
せいぜい訊いたんだったら答えを待つべきである。しかしながら、ここは我が藍那家の兄妹の仲、いつもの事だと抑える方が賢明な選択。
「これむっちゃお兄ちゃんの匂いする」
「変な事言うのもやめろ」
行ってきますの挨拶もせず、奴は嵐のごとく支度を済まし、騒がしい足音ともに学校へと向っていってしまう。
戻る静寂と師走の朝。
なんなのだあの妹は。
目をこすって、欠伸をする。布団の温もりを感じながら部屋のカレンダーを眺める。
十二月十日。クリスマスまでちょうど二週間の、世間が騒がしくなり出すくらいの、僕にとって、あまり嬉しくない日だ。
布団から這い出る。
「っひ、さみー」
吐き出す息が白いのに顔を顰めながら、机の上の飲みかけた昨日買ったペットボトルを開ける。下に敷いていた週刊誌がペットボトルの結露で酷い状態になっていたので、そのままゴミ箱に放り込み、一気に中身を飲み干す。抜けかけた炭酸と人工甘味料が、空きっ腹に入り込んで思わず声が出た。
「まずい」
実感する。
やっぱ、コーラはすぐに飲むものだ、と。