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ソラゴトのrEFROZEN-サンドリヨンの奇蹟-  作者: 奥様はビルゲイツ
【序章】
1/30

 《こぐま流星群は、例年であればクリスマス前に見られる突発的流星群であるが、2028年に観測された際に、時期がちょうど12月24日というのもありその年から『クリスマス流星群』と呼ばれるようになった。

 予報ができない程の突発性で、観測自体が稀なこの流星群は当時大きな注目を集めたが、後に人々にもたらした「不可解事象」の一部としても話題になったのは記憶に新しい。

 その「不可解事象」というのが、『クリスマス流星群を観測した人間の年齢によって、見えた流星の数に違いがあった』という内容のものである。

 一般社団法人アーリーイヤーズが行った調査によれば、おおまかに、20歳以降の人間は殆ど、もしくは全く見えなかったと証言し、17、16歳といった高校生くらいの年齢だと『何本かの流星を見た』、15~12歳の中学生、もしくは小学校高学年の子供は『空にいくつもの光る線が見えた』と言い、小学生低学年の子供たちは『たくさんの流星が雨ように夜空に輝いた』と述べた。これに加えさらに「不可解」と称されるのは、撮影された写真や映像等で多くの検証がなされたのにも拘わらず、ことごとく当該の流星が確認できなかったため、流星群を見たと証言した学生たちはこの真実に首を傾げる他なかったという点だ。


 それ以来は知っての通り、この『クリスマス流星群』は、「子供にしか見えない特別なもの」「大人になると見えなくなる不自然なもの」などと騒がれ、米国の大手IT企業アイティス社による独自研究チームによる『ジュブナイル効果』『クロノスタシス病』の発見や、ハリウッド俳優イオリ―ウッド主演の青春映画『トワイライト・シンドローム(2029年公開)』をはじめとしたフィクション作品の題材としても扱われ、未だにクリスマスが近づくとこの話題が多く取り上げられている。


 また、近年だと、小説家のタネキワタノキ氏の作品にて、この『クリスマス流星群』を含めた「不可解事象」もしくは国内で発生した大災害――2021年の台風12号による『奈落岳』の山崩れ、または未解決事件である――群馬県氷上市内で発生した無差別連続殺人事件『おあやぎ事件(2024年)を予言されていたるのではないかという噂も、インターネットを中心に話題になっている。当該の作品については、『さよなら、おかえり、ふしぎな、ともだち(2012年刊行)』という短編集とされており、その内容は――》


 

「"午前0時になると魔法が解けてしまうから、それまでに戻ってくる事。いいですね"天使は灰色猫に怪しげに笑います。それを聞いた灰色猫は"せっかく人間になれるのだから、もっと時間を伸ばしてもらいたいけど、仕方ないわ"と頷き、いつも見ているだけだった綺麗なドレスを揺らしながら外に出ました。そして――」

「あ、空くんまた塔番サボってました」

 普段はもう寝ている夜の時間の、冬の日。

 街の一番高い建物の時計塔と呼ばれるこの場所で、好きな絵本をめくっていた空と呼ばれる男の子は、突然の来訪者にも臆せず続きを読み始め、やって来たその女の子に見向きもしない。

「最後に天使が付け加えます"おや、魔法を解けさせたくないなら、雪を降らせるのはどうでしょう。世界が凍ればあなたは人間のままでいれます。雨ではダメですよ。雪が世界を包み、凍りさせるのです。そうすれば、魔法はとけません"」

「空くーんっ。塔番やりましょー。サボタージュは犯罪でーす」

「……あーはいはい。犯罪者で結構。塔番については君に任せるから」

 興味なさそうに背を向け、また続きを読もうとするそんな空の姿を見て、女の子は長い金色の髪を揺らして深くため息を吐く。

 名前はアリス。空と同い歳の、ちょっぴりお節介焼きの友達で、この街の時計塔の管理をする『塔番』の女の子。

 ちなみに、空もまたこの塔番ではある。が、仕事は大体彼女がやっているので、たまにの塔番に成り下がっているのが実態である。

「それじゃ塔番の意味がありません。ダメですよ、決まりは守ってください」

「アリスは真面目過ぎるんだよ。そう簡単にこの時計は壊れる訳ないのにさ、どうしてそう毎回毎回」

「その油断が命取りなんですよ。もー、なんで分かってくれないんですか。この前時計いじったせいでまた針がぐらついたのに……ひー、さむさむっ」

 手に持った大きいバッグを荷物置きの棚に置いて、アリスは塔部屋の窓を開け、すぐそこにある巨大な塔の時計を片目をつぶって眺める。ガチャッと錆びた秒針が回って、ちょうど時を刻んだ。異常は無いようだ。

 振り返り、そのままアリスが部屋の中をザッと見渡す。痛んだ段ボールから出された多くの荷物がここぞとばかりに広がっていて、足のやり場に困ってしまう。

「……しかも、掃除も終わってないときたものです。ほんっと、空くんはダメダメですね」

「いや、掃除はやってたよ。けど、途中でこの本見つけて、読んじゃった」

「なんて人ですか……はあ、仕方ないので今からアリスの優しさに甘えてください。手伝いますから」

「素敵」

 とは言ってみたものの、空はアリスの姿をちゃんと見てバツが悪そうにする。それこそ、これからパーティーに向かう、今読んでいた絵本に出てくるような純白のドレスを、彼女は召していたのだ。汚したりしたら嫌でも目立つし、清掃を行う装いでは当然ない。

 また、子供用のドレスではあるが、アリスの東洋人離れした容姿も相まって、お姫様がいるみたいな感覚が、なお空の気を引かせる。

 手伝わせる気になれず、空はポリポリと頬を掻いて立ち上がる。

「……けど、お前がその格好で掃除したら汚れそうだし、いいや。自分でやる」

「えー、じゃあ最初からやってくださいよ」

「お前がいないと、僕は何もする気にならないの」

「……はあ、全くもうこの人は」

 しかし本を閉じて掃除を再開した空には、ちょっと頬を緩めるアリス。

 空は仕方なさ気に立て掛けてあったホウキを取った。

「つうか、そんな服着ちゃってどんだけテンション上がってんの」

「え、今日は杏仁さんやゆうりちゃんも来てるんですよ。きっとオシャレなお洋服を着てくるに決まってます……そこで私だけ普段着だったら国際問題に!」

「ならねえよ。バカか……しっかし、最近ほとんど来てないくせに今日は来るとかむしがいいというか、なんというか――ひ、さっむぅ!」

 情けない声が出たのをアリスにニコニコされながら、空は窓から身を乗り出して自分の毛布の埃を払おうとする。が、冷たい風が今度は勢いよく拭き、二人して悲鳴を上げた。「きゃっ」「うわ!」さすがにバカバカしくて一緒になって吹き出した。

 とりあえず、と空は一旦撤退し、季節的にも今日は一番冷え込みのため床に置いてあった厚手のジャケットを羽織り手早く仕事を済ます。

 アリスはそんな空の隣に並んで来て、「だいぶクリスマスらしくなってきましたね」と楽しそうに外を眺める。

「いいですか空くん、今日はクリスマスです。一年に一度のロマンティックに溢れる日なんです。来なくなっちゃった皆も”あれ”でまた戻ってきてくれます……そう思いますよねえ?」

 と優しく語り掛けるように空に近づき、アリスは華奢な身体を寄らせる。空の心臓が跳ね上がる。

 ふんわりと体温が伝わって、漂ってくるミルクチョコレートみたいな甘い彼女の匂いは余計に頭をクラクラさせられる。

 お姫様の突然の接近。こんなの、空にはどうしたらいいか分かるはずない。

「なん……だよ、急に」

「さっそくロマンティックしてみようかなと」

「……意味わからん」

「王子さまー」

「くっ、うっとうしい。離れろ」

「今の私、可愛いかったですね」

「面倒くさかった」

「わ、ひどいです」

 アリスに調子を狂わされ、空は染まった頬を誤魔化すかのように外に視線を移す。

 閉めた窓からは、外にたくさんの人工的な光が無機質に夜の街を彩っている。これらはすべて、あらかじめ空たちが用意した今日のための飾りだ。この時計塔にも出来る範囲で揃えた電飾の数々。

 十二月二十四日。これから仲間たちと集まってのクリスマスパーティーが行われる予定なのだ。

「っていうかお前、皆戻って来てくれるって言ってるけど"あれ"だけだろ。それ以外は無いじゃん。基本的に光りがなきゃ、この街ただの――」

 ぶっきらぼうな言いように、アリスは可愛らしく首を横に振る。

「そんな事ありませんよ! "あれ"はキラキラしててさいっこうに綺麗じゃないですか。しかも……クリスマスですよ! いとロマンティックこの上なき! また遊びに来たくなるはずですっ!!」

 言ってる内に気分が乗ってきたのか、街のスピーカーから流れている"April In Paris"をご機嫌な様子で口ずさむアリス。曲名こそ春を連想させるが、メロディー自体は華やかでクリスマスに流れていても違和感はなく、寧ろこの街の夜をロマンティックに彩っている。

「いや、にしても"あれ"を盛り上げるために、街を電飾まみれにするなんてどうなの」

「ふっ、最初にキラキラさせておいて、"あれ"でさらに感動させる作戦ですよ。名付けて"れっつぷれいワンモア"作戦! ベイシーさんも拍手してます」

 どんどんとテンション高くなるアリスに、手が負えないと空が疲れたように窓際に寄りかかる。ふと、目にとまった煌びやかな景色の中には、まだ明かりの灯っていないガラスの建物たちがある。二人の言う"あれ"とは、まさにこのガラスの建物が魅せる、不思議で幻想的な、この『光の街』という名前に相応しいひと時。まるでおとぎ話に出てくる魔法のような、永遠に思える一瞬の出来事。

 午前0時、この街は光り輝く。

「早く見たいですね。早く見たいですね! さあさあ早くお掃除を!」

「もうお前が見たいだけになってんじゃん……はあ。ほら、お姫様は先に下行っててくれ。ホテルにはもう皆来てるだろうし、僕もすぐに行くからさ」

 アリスを落ち着かせながら、地上の四角い大きな建物を指差した空。そこは、通称ホテルという建物で、この街の中心になる場所がある。

 広さが充分にあるため、今日みたいに人数がいる時は大体ここに集まる事になっている。今日のクリスマスパーティーも、ここのエントランススペースで行われる予定だ。

 アリスは、サファイヤブルーの目を文字通り宝石のように輝かせ、得意げな顔を見せる。

「いえいえ終わるまで待ってますよ。王子さまと一緒に行くのがお姫様の役目ですから」

「……恥ずかしいやつ」

「可愛いやつと言って下さい」

「言わねぇし」

 調子に乗るなとあしらい、空は部屋に散乱した本やおもちゃ、脱ぎ散らかした靴下を、埃を舞わせながらせっせと片付け始める。

 アリスもそろそろ懲りたのか、ガラス窓を鏡変わりにして髪を整えたり、ドレスがおかしくないかやたら見たりと忙しくしだす。二人にしばしの沈黙が訪れる。

「……?」

 すると、何回目かの荷物棚への往復の途中で、棚に置かれたアリスのバッグからなにやら包装された小さい箱があるのに気付く。

 それは言わずもがなプレゼントだった。今日のパーティーの際に行われる、プレゼント交換のために用意したに違いない物。

 空はなんとなく思う。

 ――いつも女の子っぽい物を持ってるアリスだけど、今日は何を持って来たんだろう。

 降って湧いた好奇心にも近い疑問に、赤のリボンがあしらわれたそれにそーっと手を伸ばしてみる。アリスはこちらに気付いてないみたいだが、持ち上げる手が少し震えた。

「…………」

 手のひらサイズのそれは、箱に入っていて結構軽い。舗装の紙を透かしてみようと近くの電球を見上げてみるが、何も見えない様子。

 おそらく、置物やおもちゃの類ではないだろう。だとしたらアクセサリーか。でも女の子っぽいアリスの事だし何か流行りの物という可能性も……等と、掃除も忘れて推測している空に、当の本人の声が聞こえ、反射的にプレゼントを元の場所へ放った。

「でも、今夜ちゃんと光ってくれなかったらって思うと、ちょっと不安ですね」

「何をいまさら。昨日も確認したじゃねえか」

「そうですけど、いざ今夜壊れて光らなかったなんて、カッコ悪いじゃないですか。ああ上手く行きますよーに。なむなむ!」

「……おい、クリスマスだぞ。罰当たるからやめろ」

 呆れながら、ジャケットのポケットに片手を突っ込んで、空はそこに入っている自分の用意したプレゼントの感触を確かめ、掃除を一区切りする。

 もうホテルに行く時間だろう。後は適当に年末にでもやって、アリスに任せておけばいい。

 今日集まる仲間の分のコーラ瓶がケースに入っている事を確認し、空は出発の支度を済まして、アリスに言う。

「じゃあ、そろそろ行こうぜ、お姫様」

 

 ◇

 

 会場――ホテルに着くと既に今日の参加者が集まっており、空たちは挨拶も早々に持ち寄った料理やお菓子の並んだテーブルを囲んだ。

 アリスの言った通り、何人かの女性陣は軽めだがお洒落なお召し物をしており、いつもと違う雰囲気に少々戸惑いを感じた。特に、日本人離れした容姿のアリスも大概だが、同い年なのに身体の成長が早くすらっと背の高い彼女の友達は一段と目立っている。

 名前はゆうり。物静かで、儚げな表情の似合うやたら同性から人気の少女である。

「しっかし今日のゆうりちゃん、色気がすごいです」

「え……色気?」

「虚しくなってきました。となりに並ばないでください」

「ええ……あと、さっきもそれ、すももさんにも言われた気が」

「あー、あの子は性格的にそうですね。言うでしょうね」

「そう、かな……? まあでも、すももさんはね……あ、どうも。空くん」

 栗色の髪を上品に巻いて、黒のチェニックに身を包んだゆうりに、同い年とは思えない色香を感じ、いつのまにか空の視線は奪われていた。綺麗なお辞儀を返され、なおも気品漂う姿にもはや同級生の感覚もしなくなってくる。

「ども……なんか、ゆうりさん、芸能人みたいっすね」

 思わず敬語にもなる。

「あ、いや。これはその、なんか、ね?」

「好きな人を落とすため、だそうです」

「言ってないけど……」

 その後始まった二人のノリについて行けず、毎回困らさせれられてばかりのゆうりは、今日も今日とて巻き込まれているが、それはそれでなんだか安心すると、次第に穏やかな表情をして談笑を続けた。

 しばらく、最近ご無沙汰だった他の何人かとも雑談を交えながら過ごしていると、時間を見計らったかのように、アリスが会場の端に消え、見えないところでゴソゴソとしだした。また変な事でも思いついたのではないかと、空がゆうりと噂して様子を伺っていると――そこに、現れた。

 サンタ服を纏った、アリスが。

 あの大きいバッグはこのためだったらしい。

「やあやあメリークリスマス、子供の諸君!」

 意気揚々と金髪の小さいサンタは準備したプレゼント交換用の机へとスキップし、皆に呼びかける。

 アリスはこの日のために、ずいぶん気合いを入れていたようだ。空もさすがに、もうどうにでもしてくれというお手上げ状態だ。

「ではでは! さっそくメインイベントの方を始めますか! 皆さん、持ってきたプレゼントをこちらへ――あれ」

 早速プレゼント交換を始めようとしたが、改めて見渡してみると一人足りていなかった。

 今日の参加者は全員で十人。現在はどう数えても九人だ。

 欠席の連絡は来てないし、席を外している訳でもない模様。全員でどこへ行ったのだろうかと首を傾げる。

 すると。

「あ、来ました」

 ドアが開き、一人の少女が小さい体に不釣り合いな大きめのプレゼントを持って現れた。皆してタイミングの良さに笑いが起こり、その少女もよく分からないながら楽しそうに「ごめんごめん」と笑った。

 大変そうなので、近くにいた空が少女を手伝いそれを机に置く。重さはそこまで無いが箱が大きいため持って帰るのも一苦労しそうだった。

「こんな大事な時間に遅刻とは、なにやってるんですかね、あなたは。久しぶりアタック」

 ちょうど目の前まで来た少女に、アリスが軽く小突く。しかし少女も背負ったピンクのバッグで応戦し、アリスも反撃する。

「やりましたね、丸顔のくせに!」

「うわ今日も健在、アリスちゃんの悪口シリーズ。丸顔関係ないー」

「いや、丸顔は悪口ではなく真実っ! 真実シリーズに改名を!」

「お受けできません。ご容赦ください」

「丁重に断られました!」

「あ、アリスサンタ可愛いねー。抑えられない欲求シリーズ発動。えろえろ」

「お触りはああやめてください! ちょっ、空くん事案はっせーです! 助けてください!」

「……その辺にしとけ」

 盛り上がり始めた二人に空が割って入り、少女は何故か勝ち誇った笑みを携えて彼の後ろに隠れる。やられたアリスは次の反撃を考えながら、すぐに気をとりなおして再び呼びかける。

「っはあ……では、改めて。えー今から私が回収に向かいますので、今日持って来たプレゼントを一人ずつ渡してくださーい! 回収中にクジも渡しますから無くさないように! いいですね!」

 そう言うと、スピーカーから流れる"April In Paris"をBGMにして、用意されたプレゼントと交換にあらかじめ作っておいた番号の書かれた紙を渡していくアリス。受け取ったプレゼントにも別の番号を振り分け、机に並べていき、自分のプレゼントが当たらないようにする。

 並べられるそれらはまさに十人十色。少女の持ってきたプレゼントにしては大きい物から、包装紙から高級感が漂う物、明らかにシルエットで中身が判別出来る物から手作り感満載のプレゼントっぽくない物まで、様々。

 一通り終わったところで、あのプレゼントが良さそうだの、あれは絶対誰々のだの声が聞こえ、いよいよ盛り上がりと熱気を帯びてくる。

 そして、一息ついてから勢いよく、満足気に金髪をなびかせたサンタクロースは叫ぶ。

「それでは――開票!」

 

 ◇

 

 一喜一憂のプレゼント交換が無事に終了し、再び談笑が続けられていたところで、ゆうりが荷物をまとめていた。

「あ、ゆうりちゃん帰っちゃうんですか」

 どうやら遅くまではいられないようだった。たたでさえ、夕刻を過ぎての子供だけの外出は控えろと、言われる世の中。いくらクリスマスとはいえ、普通の家庭じゃ既に怒られる時間帯であった。

「うん。ひさめも帰るみたいだし、名残惜しいけど、もう帰ろうかな」

「まあ、あの子はお寺さんの人ですからね。けどいくらお家が厳しいとはいえ、ちょっともったいないですねー。せっかくなら"あれ"を見てもらいたかったんですが……」

「"あれ"……?」

 白のドレスに着替え直したアリスは、高窓から見えるそれに視線を向け、合わせるようにゆうりも続く。おとぎ話のお城の屋根のように尖った、背の高い時計塔とその大きな時計を。

「ああ、そこの時間ずれちゃってる時計塔の事? 何かあるの?」

「あそこは私と空くんの"お城"です。あと少しで魔法が起こるんですよ」

「魔法……それが"あれ"って事?」

「はい」

 どこか含みのある口調に、若干の好奇心と少しばかりの不安を覚えるゆうり。自分や、今一緒に帰ろうとしている、ひさめだけが見れないのは、まあなんとなく寂しい気もするが、何もここまで引き留めようとするのも変な話だ。そんなに見てほしいものなのか、と眉根をひそめる。

 だが、先に出口へと向かったひさめの姿が目に入って、合図されたように――年末集まった時にでも訊こう。と判断し、荷物を手に持った。さすがに危ない事はしないだろう、と。

「ええと、気になるけど、またの機会にしようかな……そう、大晦日なら夜遅くいても大丈夫だから、その時にでも――」

「それじゃ遅いんです。本当あと少し――せいぜい三十分くらい待ってくれればいいですから」

 未だに引き留めようとしてくるアリスに、なかなか足を進められないゆうり。アリスがここまでするなんて珍しく、強引にでも見させようとする勢いだった。典型的に押しの弱い人間であるゆうりは「えーと」とか「あの」といった言葉しか出てこない。

 しかし、ここで。

「帰ろうとしてんだから、引き留めんのはナシだろアリス」

 空が仕方なさ気にアリスを引き離してくれた。

 お礼を言うゆうり。わざわざ口ごもりながら申し訳なさそうな表情を見せてくる辺り、彼女らしい。

「あ、いえ、そんなつもりは。その……すいませんでしたゆうりちゃん」

「うんん。ちょっとびっくりしただけ。全然気にしないで。あ、何か写真とかにしてもらえないかな。杏仁さんとかすももさんならスマホ持ってるし」

 ゆうりは、部屋の隅でスマホに何やら話しかけている杏仁という少女と、テーブルを囲み何人かとゲームアプリをしている少女――すももにそれぞれ視線をよこす。その他にも持っている人はいると思うけど、あの二人なら頼みやすそうだし。と付け加えてゆうりも自分のスマホを見せて頬を緩め、荷物を手に持つ。

 アリスはそんなゆうりを残念そうにし見ながらも、スマホという言葉に首を傾げる。

「スマホですかー。どうなんでしょうね、上手く写るんでしょうか」

「え、どういう事?」

「んー、何せ魔法――"光り"ですからね。しかも夜ですからなかなか見辛いかもです」

 その言葉に、益々どんな光景が気になるゆうり。しかしふと、自分の持ってきたプレゼントを思い出して、二人へ微笑んだ。

「じゃあ私のプレゼントが当たった人がいたら良かったのかもね」

 それに空は首をひねり、アリスはエントランスの方を向いた。

「あー、あの高級品の中身が分かった気がします。なるほどなるほど」

「……?」

「ちなみにゆうりちゃんは、何が当たったんです?」

 アリスの問いに、手に持った箱の中身を見せようとした、その瞬間。

「あ、流れ星! 流れ星だー! ねえねえ! 外! 行ってみよ外っ!!」

 一人の少女が高窓から見えた夜空の煌めきに気が付き、大声で外へと走った。

 それに続いて、上着も羽織らず続々と駆けていく他の人たち。もちろんアリスたちも急いで向かう。

「おー!」

「すげええ!」

 歓声で埋め尽くされる街。それもそのはず、上空には暗闇にまたたく星々の中に、光の洪水があった――流星群だ。当然予報らしきものはあったが、日にちが曖昧で今夜だとは皆思ってなかった。無数の淡く燃えるような輝きは、冬空に落ちる星の雨みたいに思える。なんとも美しいクリスマスだ。

「ちょっ、空くん空くん! なんですかあれ!? さすがにあそこまでは予想出来なかったですよ! どうしますどうします!?」

「お、落ち着け。もうどうしようもないだろ、こんなの……」

 不安そうに時計を見上げ、アリスが唇を噛む。さすがに0時までは皆待てないだろうから、ゆうりが言ったようにちょっと時計の針をいじっておいたのに、まさかこんなタイミングで流星群が降るなんて思ってもいなかった。焦るアリス。心なしか泣きそうになっている。

「でもでも! こんな絶好のタイミング、二度とないですよ! あぁ! なぜ今夜なんですか……すっごく見せたい! 今すぐ見せたいのに!」

 そう。元々"あれ"は、この街の、ガラスの建物を利用したパフォーマンスみたいなものだ。午前0時に合わせて輝き放つ街の中。その光景を初めて見たのは遅くに誰か大人が時計の調整をしていた時で、二人が偶然見たその光景は本当に魔法のようだと感動を覚えた。だから今日のクリスマスイヴでこれを見せて、皆に感動してもらって、すっかり自分たち以外来てくれなくなったこの街に皆を呼び戻すのだって、出来ると思っていた。それが今日の目的なのだ。雰囲気的にも完璧で、時間もずらしてクリスマスパーティーの最高の締めくくりにするんだ。けど、このクリスマス流星群を見た後じゃ、たいした事ないと思うかもしれない。こんなクリスマスに起きた自然の美しい奇蹟の方が記憶に残ってしまうかもしれない――この街に戻って来てもらないかもしれない。なら、せいぜいこの瞬間を盛り上げるために輝くのがいいのではないのか。むしろ、それが一番の得策で、正解なのではないか。ゆうりたちのように帰路につく者もいるならば、今、その光景を見せるべきなのではないか――

 アリスの体は、もう動いていた。

「おい! アリス!」

 叫ぶ空。しかし彼女は止まらない。まるで魔法が解けてしまう前のシンデレラのように、塔のドアを開け、白いドレスを揺らして突き進んでいく。

「待てって! お前何しようとしてんのか分かってんのかよ!」

「知ってます! でも、皆が喜んでくれるなら、全然いいじゃないですか! 時計を動かすくらい、どうって事ありません」

「バカ……! さっきまで真面目な事言ってたのにそれはねぇだろ! どんだけ針合わせるの大変か知ってんだろ!」

「で、でも、そうですけど……! 私は……アリスは」

 しゃくりまじりの涙声を含んだアリスに、伸ばした空の手は届かない。ドレスで階段を登っているのに、どうして追いつけないのか、自分でも分からない。

「なんだよいきなり! 本当、お前なんか変だぞ! バカみたいな事すっから……」

「アリスは……! 皆が好きなんです! 大事なんです! とっても大切なんです!! だから、忘れないように……いつまでも覚えてもらえるようにしたいんです! それだけなんです!」

 反響する暗い塔の中。いつもの鉄の階段が妙に長く感じ、あの頂上がやたらに遠い。最近飾りつけた申し訳程度の電飾が、力尽きそうな輝きを見せていた。今にも消えそうだ。

「……っ!」

 階段の途中で空は立ち止まる。目眩のようなものが襲ってきた。急に走ったせいだろうか。でも、アリスは構わず行ってしまう、置いて行かれてしまう。いつもだったら、真っ先に駆け寄ってくれそうなお節介なアリスが、離れて行ってしまう。

「くっ……この、待てってつってんだろ……! おいアリス!」

 何とか堪えて、足を前に出す。次第に体が熱くなり、ジャケットのポケットに入れてたさっきのプレゼントすら邪魔になった。ジャケットをぐしゃぐしゃに脱ぎ捨てて、登る。寒いのに汗が止まらなかった。

「はあ……はあ……はあ」

 ようやく着いた頂上の塔の部屋。掃除途中のいつもの場所。月夜に照らされ真っ先に見えたのは、窓から身を乗り出した純白のドレス。

「やめろって……本当……危ない、だろ!」

 全身を襲う疲労感に息を絶え絶えにし、空も窓へと走る。アリスは目一杯小さい体を伸ばして、錆びついたガラス時計の針に手を掛けている。無理やり午前0時にするつもりだ。

 "あれ"を今から見せようとしているのだ。

「アリス……なんで、そんな…………っ!」

 再び空を襲う強烈な目眩。視界が歪み、まともに立っていられない。夜空の流星群も、火のように見えてくる。明らかに異常な感覚に吐き気を覚える。

「やっと……来ましたよ。今から、皆に、空くんに、この街の光を――」

 

 声が、出ない。

「だから、ね、…………で、い…………て」

 聞き慣れたアリスの声は、遠い。

「……い………す……から」

 振り向いてくれたあの姿さえ、無い。

「……くん?………………すよ……こで……っと」

 近くにいてくれたのに、いない。

「……だから、……忘れ……で」

 伸ばした手も、届かない。

「……よ………なら」

 止まった時間は、もう、戻らない。

 十二月二十四日。

 一人の少女が、塔から足を滑らせ――

 消えた。

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