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【樫永遠彦目線】
『さあマスター。僕たちの戦争を始めよう』
「いやいや、始めないよ?いきなり何恐ろしい事言ちゃってんのお前?」
ター●ネーターまっしぐらかよ。大丈夫?テロリストの中にグラサンかけて革ジャン着てるアーノルド何某さんが混じったりしてない?
『えー、始めないの?』
残念と肩を落としディスプレイの中で落ち込むキラ。どうしてそんなに戦いたいのかわから…いや待てよ。
「お前さっき、戦闘支援AIつったか?」
『え?…どうだろ、起動してすぐって記憶が曖昧になりがちなんだよねー。ほら、人間だって寝起きはぼーっとするでしょ?アレと同じさ』
なるほど…と納得していいのか分からないが、俺の記憶通りならコイツは戦闘支援だあーだこーだと言っていたはずだ。なるほど…色々ツッコミたい事はあるが戦闘を望む理由は分かった。
「とにかく、今の目的はこの建物からの脱出だ。AOTによる能力使用制限を全て解除してくれ」
『あいあーい』
AOT
正式名称は〔Ability Operation Terminal 〕その頭文字を三つとったのがAOTってわけだ。
覚醒したばかりの新人類種が能力を円滑に使用する為に用いる機能…まあ要約するとただの補助システム。
Terminal(端末)という文字からも分かる通り、各端末はあくまで中継装置。
能力使用に関わるほとんどの機能は端末の中継先、この世界のどこかに隠されたスッゴ~いコンピューターが操作しているらしい。
だから装置の形はなんでもいい。最低限、マイクかタッチパネルかボタン、それとさっき言った中継器さえ付いていればそれはAOTと呼べるってわけだ。
聞いた話だと、この学園都市じゃ補助器具というより、イヤリング型やネックレス型の最低限の機能しか付いてないAOTが最近の流行らしく、ほとんどオシャレやもしもの時に能力の発動を止める為にしか使われていないそうだ。
因みに、もし病院で新人類種として能力が覚醒したと診断されたら医師からは診断用紙が渡され、今から役所に行けとタクシーを呼ばれる。
そして、その用紙を役所に提出すれば能力を一時的に使用出来なくするだけの端末が渡され、自分の能力を制御するためになんかそう言う訓練施設に送られて、最低一ヶ月間は帰ることが出来なくなる。
これは万国共通の決まり事で、例えば国籍を日本で登録している人間がアメリカでの旅行中に急に新人類種に覚醒した場合は、アメリカにて至急検査を受けて制御方法を学ぶ為に端末を渡され国籍の置いてある日本に強制送還される。
さらに因みに、旅行費が返される無いし、タクシー代も自腹になるけどその辺はあしからず。
新人類種の誕生は日本に思わぬ経済効果をもたらした。日本のとある企業がAOTの制御に関する、スッゴいコンピューターを開発、AOTの仕組みを販売し日本の不景気を吹き飛ばす程の売れ行きを見せた。
現在もその企業の端末は世界中で愛用されているそうだ。
閑話休題…。
『で、僕は君の事をなんて呼べばいいんだい?普通にマスター?それとも他に何かある?』
呼び方の指定ねえ。
「…ああ、今この話全く関係ないんだけどさ、大戦前にこの国にあったキャワいいメイドさんが接客してくれる喫茶店があったらしいな」
「ホントに関係ないわね…ああ、呼び方の指定で思い出したのか」
俺の考えが読めるって事はこの人はメイド喫茶を知ってるって事だ。興味本位で一回行ってみたいんだよねー。
果たしてこの学園都市にあるのやら。
そんな事より、呼び方の指定!と、キラがギャーギャーうるさいので少し考える。呼び方って言われても、俺親しい人間以外に名前呼ばれる事無いからなあ。
「なんならあだ名つけられた事もないんだよなあ」
『ねえ美音さん、僕のマスターってかなり悲しい人?』
「キラくん…見守る優しさを覚えなさい」
端末越しに向けられる哀れみの視線が物凄く痛い。
なんで起動したばっかのAIに古傷抉られなきゃならんのだ。
いや、別に友達いない事を誇るつもりは毛頭ないよ。
でも、友達がいなくても困る事はないし別にいいじゃん、とは思うんだが、どうだろう?
未だに哀れみの視線を向けてくる端末から目を逸らすとやれやれと首をすくめる美音さんと目が合った。
「ねえ樫本くん。君、向こうでは近しい人にはなんて呼ばれてたの?」
「近しい人ですか。そうですね、一緒に住んでた奴らからはトワ。おっきなお友達からもトワですね」
おっきくないお友達からは名前呼ばれた事無いな。だっていないんだもの、仕方ないよね!
『じゃあトワだね。ある意味じゃ、家族よりも近しい存在になるわけだし』
まあそりゃ新人類種はAOT搭載端末の所持を義務付けられてるわけだしな……これから毎日24時間ずっとコイツと一緒って考えるとすげー憂鬱なんだが?アイ●クライマーだってずっと一緒って事はねーよ。
『じゃ、改めてこれかー…ねえ、トワ。そう言えば今これってどう言う状況?』
「ああ、コレコレ」
俺が答える前に美音さんが俺の端末にさっきの記事を送る。
キラはそれをまじまじと眺め、なるほどねー、と何かに納得していた。
『じゃあ今ここに近づいてきてる人はテロリストって事になるわけだ』
「そーゆー……そーゆー事はもっと早く言おうか!?」
端末の中でテヘッ☆と舌を出すキラ。今すぐ電脳世界に飛び込んでぶん殴ってやりたくなりました、ハイ。
「樫本くん、こっち!」
散らかった足元のゴミを片付けて、どうしたものかとアワアワしていると、俺は強引に試着室に引きずり込まれた。
───こうして男女二人が試着室に一緒に入る、なんて言う超絶レアな状況に至ったわけだ。いやぁ〜長い回想だった…。
こんなレアなシチュエーション、この後の人生で体験する事は無いだろう。
『えっとね。監視カメラの映像だとこっちに近付いてるのは2人。えーなにこのフル装備。とてもじゃ無いけどテロリストのモノとは思えないや』
ふむ、確かに言われてみればトイレに来たテロリストの装備もやけに充実してた気が……普通テロリストがサブアームの拳銃まで持ってるかね?…旧型の拳銃くらいなら持てるか。
新人類種が登場してから、日本では一部地域は自衛用に拳銃の所持携帯が許可された。当初はかなり賛否両論があったそうだが、ある戦争で新人類種の身体性能が明るみに出ると自然と否の方が消えて行ったらしい。
「スポンサーでもいるんじゃない?そんな事より、どうやって監視カメラに?」
『この学園都市の監視カメラって一部除いて無線でデータを送ってるみたいだったから、まあ比較的簡単に』
おぉ、有能…手段はあまり褒められたものじゃ無いけど少しだけこのうるさいAIを見直した。
「これでテロリストの位置は常に分かるわ。これで事件解決に一歩近づいたわね」
「解決?」
はて、とお互い首をかしげる俺と美音さん。おっとこれは物凄い勘違いをされてますね?
危ない危ない…。ここでしっかり言っとかないと絶対面倒な事になるところだった。
「…なにか勘違いしてそうだから言っておきますけど。俺別にこの立てこもり事件を解決しようだなんて一切思ってませんからね?」
そこらのチンピラならともかく、銃持ったテロリストなんて恐ろしくてもう……。そう言うのは本職の人間に任せとけばいいんだよ。て言うか一言でもそんな事言ってた俺?
ここに来るまでの俺と彼女の会話を思い出すがそんな事は毛ほども言ってない。そりゃそうだ、誰が喜んでそんな危険なマネするんだよ。命は1人に一つずつしか無いんだぞ!
最近の若者はもっと自他の命を大切にするべきだ。具体案?うーん、自分の家からは最低一歩も出ずに人との関わり合いを断つとか?……それじゃただのニートか。
「で、でもほら。力ある者としての定め的な、ノブリスオブリージュ的な?」
誰が貴族か。残念ながら権力も社会的地位も持ってないんで俺にそんな義務は無いし。あっても踏み倒してる。
「とにかく!俺は危ない事はしないって決めてるんです!コッチ側じゃ特に目立たない普通の学校生活を送るって決めてんですよ!」
頼む、分かってくれ。もうぼっちは嫌なんだ。
廊下で下級生の女子に肩がぶつかっただけで泣き出された時なんてショックで3日は寝込んだんだよ?あんな思いをもう一度しても良いなんて思う程、俺はドMじゃない。
「えぇー…で、でも流石にこの状態じゃ逃げ出すのも一苦労じゃない?ならサクッと殲滅しちゃう方が手っ取り早いような気がしない?」
「しない」
「そうよね、私もしないわ」
サラッと殲滅、とか言っちゃう様になってきたところを見ると、少しづつだが彼女の化けの皮も剥がれてきたらしい。
「てゆーか、管理局の皆さんは何してんの?未だにサイレンの一つも聞こえないんですケド?」
本当に来てるんですかね?しまいにゃ職務怠慢で訴えるぞ。
『管理局?いやいや、だいぶん前にもう来てるよ』
「え、ほんと?」
一切音聞こえなかったんだけど。歳かな?
「とにかく、今の俺の目標は俺と美音さんが2人揃って無事に脱出する事なんですよ」
「へえ。2人で、ね」
ニヤリとほくそ笑む彼女を見て、しまったと遅い後悔が俺を襲う。彼女はいつの間にかトイレでのしたテロリストから盗っていた拳銃を天井に向けて発砲した。
「うわっ、ちょっ!何するんすか!」
消音器も何もつけられていない拳銃は乾いた銃声を轟かせ、あっちで銃声がしたぞー、と彼女の目論見通りテロリスト達をおびき寄せた。
「ここは袋小路、今出て行ってもテロリスト達に見つかる…君一人ならどうにでもなるでしょうけど、果たして私を連れて逃げられるかな?」
「あんたホントに何がしたいんだよ!?」
いや、この人が俺とあのテロリスト達と戦わせたいって言うのは分かるんだけど、その理由が分からない。一瞬思い浮かんだのがスポーツ観戦的なノリ。だが流石にそこまで壊れて無いだろう、と思い直す。
それにしてもテロリストを呼ぶ方法がぶっ飛び過ぎじゃない?
跳弾したら危ないじゃ済まないよ?
「やーね?最初はテストのつもりだったんだけど、これどーも本物らしいんだよねー」
「?」
イマイチ話が見えない。
「実は、こっちで用意した偽物のテロリストとそのボス役のうちの教員と戦わせて、君の能力がどんなモノなのか測ろうと思ってたんだよ」
「あー。で、なんかおかしいなぁって思ってたら本物のテロに巻き込まれてたってわけですか」
そー!そう言う事!と笑う美音さん。
つられて俺も笑うがいや、笑ってる場合じゃねえ。
「え、じゃあ何です。最初は俺が必死で戦った後にドッキリでしたーつって笑い話で終わらせるつもりだったんですか?」
流石に嘘だよな?そんなんされたら恥ずかしさと馬鹿にされた怒り炎で世界は滅んでるぞよ?
2042年、世界は怒りの炎に包まれた!
海は枯れ、地は裂け、全ての生物が死滅したかのように見えた。だが、人類は死滅していなかった!
ユーはショック!!
たぶんこんな感じで世紀末って到来するんだと思う。
流石にそれは冗談だろ?
なんて、思ってた俺が馬鹿だった。
彼女はテヘッ☆と舌を出し、ゴッチ~ンと自分の頭に拳を当てる、いわゆるテヘペロで誤魔化している。
「やーね?私だって酷いとは思ってたんだけど、ちょっと楽しくなっちゃった上から押し切られちゃってさー。あっ!もうテロリストの人が来ちゃったや!!じゃ、私サクッと捕まって来るからどうにかして助けてねー」
言うなり試着室から飛び出す美音さん。
「なあ、さっきの上からって話ホントだと思うか?」
『いや、嘘でしょ。現に逃げたんだし』
端末に映る監視カメラの映像にはテロリストに連行される彼女の姿が映っている。自分から走ってやって来た彼女に連行するテロリスト達も心なしか気味悪がっているような気がする。
『と、とにかく…これで彼女の思惑通りになっちゃったね』
どうするの?とキラ。
「どうするって…ねえ?」
逃げるのもアリっちゃアリなんだが、そんな事すればあの女にどんな噂を流されるか分かったもんじゃない。同じ学校の高等部。それも生徒会長。さっきの話を聞くに割と権力のある立場らしいし素直に従っておくのも一つの手だろう。
「1人か2人ずつぐらいなら、能力を使えばどうにかなる。キラ、ナビゲートを任せていいか?」
戦う覚悟を決めた俺をカメラ越しに見たキラは、ディスプレイの中、ディフォルメされた身体をいっぱいに使って喜んだ。
キラに言われるまま、付属のインカムを装着。
耳元で聞こえる声に従い、操作をすると視界の端に端末の画面が見えるようになった。
『えっとね、インカムの先っぽになんかそーゆー、ホログラムの装置が付いてるんだって。それも試作機らしいから壊したらダメだって書いてある』
「ほんとに運がいいのか悪いのか分かんねーな」
いくらピッタリフィットしてるとは言え、絶対戦ってる時に落ちるだろ。
今からどんなスポーツより激しい動きする自信あるぞ。
『まあ壊れたら壊れた時だよ』
その時は諦めなよ、と終始他人なキラだった。まあ最悪土下座すれば許してもらえるだろう。
俺がアメリカにいた頃は土下座すれば大体許してもらえる。許してもらえなくても、油断や隙が生まれていたのでその間に、股間に昇竜拳決めるなり、逃げるなりしてどうにかなったのだが、日本人相手に果たして通用するのか…。
ため息をこぼしながらも反撃に向け、着々と準備は進める。
『テロリストの数は全部で30人。2階から4階に20人、バラけて君を探してるみたい。で、一階の中央部に人質は集められててそこを1人が守ってる。最後、残り9人で各階の連絡橋と出入り口守ってる……ま、中央の1人がリーダーだろうね』
ふむ、リーダーどうこうは置いといて、さてどうしたものか……こう言う時に凍結系や電撃系の能力を持っていたらまとめて一網打尽に出来たのに……雷●鞭とか大紅蓮●輪丸とか名前カッコ良いいし強いしズルイよねー。
『時間はかかるけど1人ずつ倒して行くのが無難だね』
抑えようとしても気づけばため息が出てしまうくらいには俺は疲れていた……すごく家に帰りたい、心の底からそう思った。