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νcentury   作者: 図法
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6

【樫本永遠彦 視点】


 誰かが呼んでいる。


「…くん?樫本くーん」


 共感覚みたいな特殊な能力が無いと音に付いている色は見えないが、どういうわけか聞こえた声からは白い印象を強く受けた。

新雪のような、まだ誰にも踏まれていない真っ白な声が意識の向こう側から俺を呼んでいる。


「樫本くーん。そろそろ起きないとひん剥いて外に放り出すよ?」


「起きた!起きてる!起きました!」


 起きましたの三段活用を叫びつつ便器から飛び上がった俺はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる彼女をキッと睨む。


「おはよ。よく眠れた?」


「あんな起こし方しといて良くそんな台詞が吐けますね」


 そうだよ、最近の雪は工業汚染で汚れてるんだった。雪合戦とかした時に口に入った雪を飲み込んで次の日とかによくお腹壊すのはこれが原因。ほんとマジでちっちゃい子とかが食べないように何か対策した方がいいと思う。


「水ぶっかけられなかっただけでもありがたく思いなさいな。そんな事よりそろそろ移動しない?流石にこれ以上ここにいるのは私の精神的に良くないわ」


 右腕の端末で時間を確認すると10分近く経過していた。


 外からの悲鳴や足音も聞こえない事を考えれば、人質を集め終わったらしい。恐らく何人かを怪しい奴がいないか各フロアの巡回に回して、リーダーは警さ…この場合は管理局との交渉に移っているのだろう。


 ふむ。そうなると、管理局の人間と間違えられて、見つかる=即発砲なんて事になりかねないか……多少の無理をしてでも確実に彼女を逃がす方法を優先させるべきだな。


「高い所は無理とかあります?」

 

「高い所は別に大丈夫。ああでも、暗いところと狭い所は無理だからダクトを通るとか言わないでね?」


 あと男子トイレももう御免よ、と溜息混じりに呟く美音さん。神をも恐れぬって態度のくせに、暗所、閉所恐怖症とは意外だった。


「言いませんよ。バックヤードは諦めて屋上から逃げましょう。先輩、足のサイズは?」


「?…24センチだけど、急にどうしたの?」


「ならいけるか。先輩の靴ローファーでしょ?俺の靴貸すんで、ちょっと大きいとかその他諸々我慢して、それに履き替えて下さい」


 そう言って脱ぎたてホヤホヤのスニーカーを上から覗き込み、美音さんに渡す。


「私そんな特殊性癖ないんだけど」


「俺もねーわ。いいから早く履いてください」


 ケラケラと笑う美音さんはこれだけ強く言ってようやっとローファーを脱ぎ始めた。


「あ、そうそう。君が寝てる間にテロリストの目的がわかったよ」


 ほれっと自分の端末の画面を俺に見せる美音さん。そこにはこの都市チカがテロリストに占拠された事が早くもネットニュースに上がっていた。


「……えらく早いですね。で、肝心の目的は?」


 画面をスクロールして、なになに~、と文面を読み始める。


「速報。

 第1学区の都市チカにてテロリストの立てこもりが発生。

 本日午前10時半頃、第1学区の大型小売店にて過激派新人類種テロ組織の立てこもりが発生したと管理局に通報が入った。

 テロリストは銃を持ち買い物に来ていた多くの客を人質に取り、管理局に捕まった仲間の解放並びに、普通人類種への技術提供の停止を求めている。

 管理局の報告によると今現在死者は出ていないが、管理局には慎重な判断が迫られるだろう…だってさ」


「し、死者が出てないってのはいい事じゃないですか」


 古来より人と言うものは自分と違う物を、違う存在を。恐れ、排除しようとするのが相場だと決まっている。それは幾千の年月が過ぎた今だって同じだ。


 新人類種と普通人類種の対立問題。


 かつての地球温暖化問題と並ぶ人類に課せられた超難問である。今は大分マシになった方だなんて言われているが、数年前は核戦争直前までいってたから本当に笑えないし、実際マシになったのは規模だけで水面下ではたびたび小さな衝突が起こってるのが現状である。


 今戦争したら圧倒的数の差で新人類種は淘汰されてしまうだろうが、新人類種の年ごとの増加数は普通人類種のソレとは比にならない。


 新人類種の子供はもちろん、ある日突然普通人類種が能力に覚醒する事だってあるのだ。

 数年後には立場が逆転していてもなんらおかしくは無い。


 やっと両人種間の情勢が落ち着いてきた中で、普通人類種にいいように使われるだけの立場が気にくわないと反旗を翻した連中や、新人類種などと言う不確定要素は潰せる内に潰しておくべきだ、といった考えの連中も現れた。


 いわゆるテロリストと呼ばれる過激派の組織だ。

まあ当然の流れだろう。この世に跳ねっ返りが生まれなかった事なんてない。


 新人類種側は技術だけは提供させておいて、俺たちをこんな人工島に押し込めておく普通人類種側のやり方に腹を立て。

 普通人類種側はいつ爆発するかも分からないような爆弾みたいな存在を生かしておくわけには行かないと言った危機感から、互いに過激なテロ活動を行なっている。


「まあけど、彼らの言う敵を殺すために同類を脅してたら元も子もないんだけどね」


 その言葉を皮切りに男子トイレに静寂が訪れた。

心なしか空気が重い。決して他人事の話ではない上に、かなりデリケートな話題だからか迂闊な発言は出来ない。


(ちょ、とっととなんか話して下さいよ!)


(無理よ、なんか変な空気になっちゃったもの!順番的には君が喋る番でしょ!?)


 声には一切出さずに目のやり取りだけで器用に会話する俺と美音さん。


 互いにお前が先になんか喋れと言い合う俺達の願いは予想を裏切る形で叶えられた。


──カツ、カツ、カツ、カツ…。


 靴の底で床を叩く音。

心地よいリズムを刻んで誰かが歩いてきやがった。


「やばっ、美音さん絶対に静かにしてて下さいね」


 彼女にそう注意を促し、仕切りから手を離し覗き込むをやめた俺は怪しまれないように個室の扉を開けて、壁と扉の隙間から覗き見る。


 フッフフッフフ~ン、と俺たちに聞かれているなどと知る由もなくご機嫌に鼻歌なんか歌っちゃってる誰かさんはジッーと音を立ててファスナーを下ろし始めた。


 どうやら単に用を足しにきただけのようだ。これならほっとけばどっかに行くだろう、用具入れの女が何かやらかさない限りは……。


「ハァッークッション!!」


 うぉうっ、と驚き尻餅をつくテロリスト。幸いなことに出すものは出きっていたらしく、尿がそこらに飛び散る大惨事にはならなかった。


 ものの見事にフラグを回収した彼女は、あ、やべ、とクシャミしてからボソリと呟く。

それが決定打となってしまい、彼女のクシャミに腰を抜かしていたテロリストはスクッと立ち上がって用具入れに銃を向けた。


「誰かいるんだろ!今出てくれば撃たないから早く出てこい」


 中にいる彼女に呼びかけて扉の外鍵に手をかけた瞬間、俺は扉を勢いよく蹴り飛ばす。

 思わぬ方向、予想外に近場からの襲撃にテロリスは完全に不意を突かれていた。


 俺はそんなテロリストの頭をジャンプして掴み、勢いそのままにタイル張りの壁に思いっきり打ち付けた。

 流石にめり込みはしなかったが、ヘルメットもなにも着けていなかったテロリストはしっかり意識を失った。


「ああ、ホント最悪だ。作戦もクソもねーじゃねーか」


 定時連絡の時にこいつからの応答が無ければ、当然俺たちの存在は相手に伝わる……いや、この際他人はどうでもいい。どうにかこの人だけでも逃す方法を考えなければ。


「とにかく先を急ぎます」


 いつか分からない定時連絡を恐れつつ、とにかく捜索が始まる前にここからの脱出を急ぐ。

俺は美音さんの代わりに意識を失ったテロリストを用具入れに押し込めひとまず男子トイレから脱出した。


「静かね…」


 彼女言葉通り、構内は静寂に包まれていた。

ここまで静かなのは去年の夏に参加したミッドナイトゴーストハウス探索ツアー以来だろう。

 

 あの時は本当に怖かった。


 人間と言うものは度を超えた静寂に弱いものだ。ソースは俺。さっき言った探索ツアーで一人真夜中の廃墟に取り残された時なんかひたすら、おばけなんてないさを歌って乗り切ったのは記憶に新しい……あと二度とあの旅行会社は使わねえ。


「あれ、どこ行くの?屋上はこっちだよ?」


「誰かさんがクシャミしちゃったから最短ルートに変えたんですよ」


 まあ生理現象だし?そこまであーだこーだ言うつもりも無いけどさ、静かにしてねつってその数秒後にクシャミってどうよ?狙ってるとしか思えねーだろ。


「あー。なんか、ゴメンね?」


「別に良いですよ。それより早く行きましょう」


 ガラス片を踏まないように気をつけながら中腰で足早に移動する。ふっ、これぞまさに都会の逃走術…。


 テロリストに見つからないようにコソコソと移動する。


 なんだろう…別に悪い事もしてないのに、コソ泥の気持ちがよく分かる。

 エクスのパンツ盗んだあの下着ドロ。ちゃんと元気にやってるかなあ…折れ曲がった鼻は治ったのかなぁ…。海を越えた遥か彼方。ついでに高い塀も乗り越えた先に居るであろう過去の思い出を思ってホームシックに浸っていると、上の階からたまたまこっちを覗き込んでいた男とバッチリ目が合った。


「ハ、ハロー…」


「まだ捕まってないのがいたぞー!捕まえろーっ!!」


 美音さんを引っ張り走り出す。本来なら中々に少女漫画チックなシチュエーションだが、背後から野郎の怒号が聞こえてるから別の意味で心臓がバクバク鳴っている。


「うぉっ!」


 チュンッと足元を銃弾が掠める。


「止まれ!止まらんと撃つぞ!!」


「そのセリフは撃つ前に言え!」


 このままじゃ本当に弾が当たる。や、俺に当たれば痛い、アイツ呪う!で済むんだけど、美音さんに当たるとありとあらゆる方法で責任を取らされかねない。


 けどなあ、嫌だなあ、アレはこの人にはやりたくないなあ、絶対後で話のネタにされるんだよなぁなどと悩んでいると。


「キャァッ!」


 ガクッと後ろに引っ張られる。

 何だどうしたと慌てて振り返ると美音さんは膝をついている。足首からは血が流れていた。


 俺は慌てて能力を使う。


「大丈夫、掠っただけだから。先に行って!」


 なんて言う割には苦痛に顔を歪めている。

 強がり8割、本音2割と言ったところだろう。

 頭の中でやってしまえと天使が諭し、置いていけと悪魔が囁く。背後からはテロリストの怒号。


「あぁーもうっ!!」


 様々な音に頭の中がこんがらがった俺は意を決して彼女を抱きかかえた。


「ちょ、樫本くん!?」


「後でネタにするのだけはやめて下さいね!!」


 あーくそ。頰が熱い。側から見ると、真っ赤になってるんだろう。自分でもそれがよく分かるほど頬は熱かった。


 身長差のお陰でかなり走りにくいが、テロリストも装備一式を、背負ってるからこれでイーブンだろう。


「仕方ないなぁ。特別だよ?」


 悪戯っぽく笑う彼女を抱きかかえ、えっさほいさと走り出した。


「うぉ!なんだこれ!?」


 背後から野郎の驚きの声が聞こえてきた。

テロリストは俺の能力で足止め出来ている。とは言っても、端末による能力制限がかかったままなので、量は用意できなかった。恐らく長くは持たないだろうが彼らの視界から姿を眩ませる程度には役に立つと思いたい。


 階下に降りて野郎の視界から消えて姿を眩ませる。


「そこ!その店の一番奥に入って」


 彼女が指差したのは衣服店のフィッティングルーム。

無視してバックヤードに一直線って言うのも考えたが、存在がバレてしまった以上、すでに無線が裏口のテロリストにも飛んでいるだろう。


 彼女を背負って、完全武装した待ち伏せを相手にできるほど俺は強くない。大人しく指示に従い、試着室に彼女を下ろした。


「じゃあ止血するから適当にハンカチとネクタイかっぱらってきて」


「分かりました」


 ポケットから財布を取り出し、中身を確認。その二つを買うのに十二分に入っている事を確認してから行こうとすると、彼女に呼び止められた。


「お金なんて必要ないでしょ?」


「はあ?何言ってるんすか。ハンカチとネクタイ買わなきゃダメでしょ?」


 キョトンと首をかしげる美音さん。彼女の仕草に嫌な予感を覚える。おいまさかこの人…。


「知ってる?樫本くん。犯罪はバレなきゃ罪にならないのよ」


「くそう、普段同じ事言ってるからなんも言えねえ!」


 結局、彼女の物言いに何も言い返すことは出来ずに、財布はポケットにしまい、緊急事態だと言うことでハンカチとネクタイをいただいた。


 足首の傷口にハンカチを当てて、ネクタイの大剣の方から巻いていく。ガムテープなどで止める方が緩む心配もない分いいのだが、残念ながらこの場には無いので、キツくネクタイを結んで止血処置を終えた。


「すみません。能力制限の解除が出来れば、ガーゼとか色々出せるんですが」


「能力って言えば、きみの端末はどうなったの?そろそろ使えるんじゃないの?」


 あーそう言えば。アレから結構時間経ってるしもしかしたらもう使えるかも。能力が十全に使えれば現状はかなり変わる。


一縷の望みを託して、チラリと端末を確認すると、画面がパァッと点灯した。


『個人専用戦闘支援AI、個体識別〔Kira〕起動完了。…さあマスター、僕たちの戦争を始めよう』


 ディスプレイに映ったのは近未来的なデザインのヘッドセットを付けた二頭身の少年(?)。恐らくコイツがキラなのだろう。

 

 こうしておっそろしく物騒な事を口走りながら、俺の新しい端末はやっと起動した。

レポートが忙しくて失踪してました。

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