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【樫本永遠彦 視点】
『運命とは、最もふさわしい場所へと貴方の魂を運ぶのだ』
かの有名な劇作家ウィリアム・シェイクスピアはこう言ったそうだ。
彼の言葉が本当に正しいのなら俺は、自身の運命を全力全霊を持って呪ってやりたい。
「どこ言った!?」
「捜し出せ!」
「あのクソガキ、見つけたらぶっ殺してやる!」
野郎共の野太い声が響き渡るフロア内。現在の俺の心境を語るならクソ暑いの一言で事足りる。
「暑いんでもうちょいそっち寄ってくださいよ」
額を流れる汗を拭いつつ俺は彼女に提案する。
「何、興奮したの?仕方ないなぁ特別だよ?」
なんて言って彼女は離れるどころかさらに密着してくる。
現在俺は彼女こと、時守美音と大型小売店の5階にある洋服チェーン店、UNICROの試着室に一緒に入っている。
……勘違いする奴はいないと思うが、べつにやましい事をしようとして入っている訳じゃない。
この女にそんな邪な気持ちなんて抱こうものなら、また早々に見透かされて強請りのネタにされかねん。
や、ちっとも抱いてないかって言われたら嘘になるんだけどさ。
と、とりあえず、今に至るまでの説明をしようか。
──時間は少し前に遡る。
「まーだつかないんですか?喉乾いてきたんですけどー」
俺の16回目の質問と感想を美音さんはまたはぐらかす。
「まあまあもう少しだから安心してお姉さんに着いてきなさい。飲み物は近くの自販機で買いなさい」
着いてきなさいを聞くのも既に16回目だ。
「はぁ…」
そしてため息をつくのも16回目。
最早テンプレートと言わんばかりの会話に飽き始めながらも俺は彼女の隣を歩く。
現在、俺たちはさっきのカフェがあった9区を出て1区の南西の端辺りにいる。
最初は学園都市一の繁華街である9区のショッピングモールに行くつもりだったらしいが、美音さん曰くショッピングモールで停電のトラブルが起こったらしく、今日は臨時休業になったらしい。
と、言うわけで今は1区のショッピングモールに向かっている、らしい。
らしい、なんて不確かな言葉を使うのは現在電子端末が使えないため、推測でしか物を言えないからだ。
さっきのデータインストールがまだ終わっていないからか、端末の画面を何度タップしようが電源ボタン連打しようがうんともすんとも言わなくなった……正直、壊れていないかが凄い心配だ。
先を歩く彼女の背を見ていると、ふとため息が溢れてしまう。
今日1日、といってもまだ数時間しか経っていないが、彼女と行動して分かったことがある。
まず一つ、彼女は人の話を聞かない。これは最初に気付いたことで、今のやりとりみたく強引に自身の意見を押し通し、他人を連れ回す。
そしてもう一つ、彼女は心の内全てを人に見せない。出会って約1時間半ほど経ち何度も探りを入れたのだが、これまたさっきみたく軽くあしらわれてしまう。
何とも謎の多い女だこって。
「か──くん?──君!──樫本君ってば!」
俺を呼ぶ声に顔を上げるとすぐ近く、ほんの十数センチの所に美音さんの顔があった。
おっかなびっくりな悲鳴を上げそうになるが出るすんでのところでゴクリと飲み込む。
「やっと気付いた、大丈夫?」
「ええはい、大丈夫です。ちょっと考え事してただけですから」
ポリポリと頰をかきながらそう答えると彼女は「そ」とだけ答え、また楽しそうに前を歩く。
いや、一文字ってどうよ。もうちょっとなんかないのかよ。
彼女はあまり人に興味がないのかもしれない。
さっきの時守美音観察レポートに追加だな。頭の中のメモ帳にしっかり書き残し彼女の後を追った。
ぽかぽかとした春の陽気な風に吹かれゆっくり目的地に向かう。
まあなんだ、昨日一昨日とまだ居候先にすら行ってもないのに、引っ越し手続きやらなんやらかんやらその他諸々で手一杯だったわけでこう言う、のんびりまったりしたのもいいかな…なんて思い始めたり。
引っ越しで思い出した、昨日泊まってたホテルの電子レンジ弁償しなきゃ。いやあれほんと怖いよね。
「これくら大丈夫だよね、大丈夫だな、大丈夫であってくれ」
なんて軽い気持ちで温泉卵作ろうとしたら、バンっつって爆発した。いやあ、あの時は流石に死を覚悟したね、うん。本当にとにかくメッチャ怖かった。
結果、電子レンジは扉が吹き飛んだ。取り敢えずは電子レンジ分の代金のみの弁償で許してもらえたのは不幸中の幸い…なのだろうか。とりあえずもう二度とレンジでゆで卵は作らねえ。
昨日の身近な恐怖体験を思い出し、改めて生きてる事に感謝していると彼女の足が止まった。
「着いたよ」
正面に見えるヨドバシ梅田店くらいの大きさのそれが、どうやら俺たちの目的地だったらしい。
「でかいっすね…デパート?」
「みたいな感じかな?」
俺の独り言にまで彼女は相槌を打ってくれる。彼女の事を敬意を持って相槌打ち子さんと読んじゃう。そんなどうでもいい事を考えていると相槌打ち子さんは両手を広げ、声高らかに名称の発表をした。
「この第一学区唯一の大型小売店。通称、都市チカでーす!」
「わー」
残念、非常に残念。何が残念かってとりあえず通称が超残念。何?この建物内全部食品売り場なの?駅チカみたいなノリのネーミングだからそう思っちゃっても仕方ないよね。
中に入り、ひとまず安心する。
「まあ流石に全部食品売り場じゃねーわな」
安心した為かついつい当たり前の事を口にしてしまう。コレからどうするのかと尋ねようと彼女の方を向くと
「何わけわかんないこと言ってんの?」
という顔でこちらを見ていた、というか言っていた。恥ずかしくなった俺は咳払いをしホログララムの案内板の元へ向かう。
デッカい円柱が横に三つ繋がった形の建物が二つ並んでいる。
東側の建物をイーストモール、俺たちがいる西側の建物がウエストモールって言うらしい……うん、まんまだな。
更にそこからウエストモールのセンターエリア、ノースエリア、サウスエリアの三つに分けられ、イーストも同じく三つに分けられる。
あれだ、言っててなんだが、カタカナが多過ぎて、最早自分でも何言ってるか分からんくなってきた。
ノースエリアとサウスエリアの中心にはそれぞれ上りと下りのエスカレーターが設置されているらしいが、センターエリアの中心には何も設置されておらず、どの階からでも今俺たちがいる場所を見下ろすことが出来るようになっている。
「変な形…」
センターエリア不便過ぎない?
エスカレーターないのはやばいでしょ、どうやって上り下り…ああ、ノースかサウスの使えばいいのか。
「そう?どこもこんなもんじゃない?」
俺がふと漏らした独り言をも彼女は拾いしっかり返す。
今の聞こえんのかよ。
かなりボソッと言ったつもりだったんだが、まさか聞こえてるとは。大丈夫?今までの独り言も聞こえてない?
彼女の地獄耳っぷりに戦慄しつつ案内板にまた目をやりその場をやり過ごした。
──美音さんに連れられ都市チカにきて約30分。
現在俺は5階のセンターエリアに位置する洋服店。
その前にあるベンチにて缶コーヒーを啜り彼女の荷物と共に美音さんを待っている。
両手に華なら嬉しいが、両手に荷物は普通にしんどい。
「来るんじゃなかった…」
今更そんな事をボヤいても遅い。というか、初めから行かないって選択肢は潰されてた気もする。
さて、どう暇を潰したもんかねぇ。近くの案内板を見ても特に気になる店は無いし、あったとてしてもそんなに長くここを離れるわけにも行かない。
暇を潰すための端末はまだインストール中だから使えない。
前の腕時計型の端末にゲームを入れる事も一瞬考えたが、たかだか十何分のためにゲーム入れるのもなぁ。タブレット端末くらい持ってればよかった。
新しい方の端末に目をやるが、画面は暗転したまま動かない。マジで壊れたんじゃないかとそろそろ本気で不安になるが、まあ壊れたら壊れたで直せばいいよねって事でひとまず置いておく事にした。
「っ!ぁあーぁ」
一つ大きく欠伸をこぼす。昨日は緊張していたせいかあんまり寝れていないかった。気を抜くと欠伸そのままに眠ってしまいそうだ。
「ああ眠い」
呟いた丁度その時だった。
ドンッ!!
突如聞こえたその音は、普通の生活から最も縁遠いであろう音だ。
「キャーッ!」
銃声の直後に聞こえた悲鳴。
女性の声か、はたまた小さな子供の声か、どちらにせよ一際甲高い声が一気に俺を眠りの淵から引きずり戻す。
慌てて飛び起きた俺はどこで何が起きているのかを確認するため転落防止の柵から身を乗り出して下の階を覗きこむ。
すると自動小銃を片手に持った無数の男たちが物凄い勢いで入口からなだれ込んでいるでは無いか。
「は、強盗…は複合施設でやるもんじゃねえか。って事はテロか」
センターエリアの一階、エントランスに数人集められてる所を見るに、俺たちを人質にするつもりらしい。証拠にテロリスト達は下の階にあるイーストモールとココを結ぶ連絡橋を封鎖しているのが見えた。
……この階にくるのも時間の問題である。
「まずは自分達の安全の確保だな」
早々に周りの人間に見切りを付け、俺と美音さんの安全を第一に考える。彼女の入っていった店に入り、服を物色する客や接客する店員を押しのけて彼女の腕を掴む。
「キャッ!……ってなんだ君か、どうしたのそんな慌てて」
「いいから早く!説明は走りながらしますから!」
いかにも女の子らしい声を上げ驚く彼女を以外に思いながら、とにかくこの場から離れることを考える。一階の入り口にテロリストは陣取っている。隣のモールに移動する連絡のなんて真っ先に封鎖しに行くだろう。
かなり詰みかけているが残された選択肢はまだある。
一つは従業員専用通路、いわゆるバックヤードにまだテロリストが来ていない事に賭けてみる。
バックヤードにゃ、警備員の詰所だってあるだろうし、従業員用の出入り口、資材搬入用の入口にだって繋がっているはずだ。
従業員通路の制圧に向かった奴らが一人、二人くらいの単位で動いているのなら隙を見て倒せる自信はあるが、3人以上だとシンプルに手が足りないので、美音さんの身に危険が伴う。
だからこっちはかなりリスクが高い。
もう一つはどうにかして屋上に逃げる。
こっちは階段でテロリストに鉢合わせるリスクがあるが、まだ現段階なら安全といえるだろう。
屋上まで逃げ切れれば、その後はロープでもワイヤーでもなんでも使ってゆっくり地上に降りればいい。
だが屋上からの脱出は俺の能力が十全に使えることが前提条件にある以上、今は避けたい選択だ。
「こっから従業員通路と屋上への階段ってどっちが近いか分かります?」
「バックヤードじゃないかな?まっすぐいって左曲がってすぐの所に扉があるわ」
彼女が指差した方向はノースエリアのエスカレーター付近。エスカレーター付近というのも懸念すべき点だが、やはり詰所が抑えられてる可能性も考慮すると、やはりバックヤードに駆け込むのはリスクが高いか。
かと言って屋上も端末の再起動が間に合うかが分からない。
考えている内にも悲鳴はどんどん近づいて来ている。奴らも急いで各階に備えられた隣のモールとの連絡橋を抑えに向かっているらしい。
奴らの要求がなんであれテロ行為を行う以上、より多くの人質の確保のために館内の逃げ遅れを確保するよりも、治安維持組織の侵入を防ぎに向かうはず。
それに、連絡橋を守る人数が数人程度なら上手いこと隙をつけば制圧もできる。
「クソッ!一旦隠れてやり過ごします、付いて来て」
丁度トイレの案内が見えたので、彼女の腕を引っ張りトイレに駆け込む。
彼女を一番奥の用具入れに押し込み内から鍵を掛けさせて、俺はその隣の個室に入る。
「ふぅ、美音さんどこか痛めたり怪我はしてませんか?」
安堵の溜息と一緒に彼女に尋ねるが返答はない。
心配して上から覗き込んで見るとこっちをジーっと睨む彼女と目が合った。
「ねえ樫本くん。色々説明して欲しいんだけどその前に。ここ、男子トイレなんだけど」
「だって俺が女子トイレに入るわけには行かないでしょ?そういう事ですよ」
男が女子トイレに入るのと、女が男子トイレに入るのでは社会的印象は全然違う。男の方がより犯罪臭を出し、女の方はより変態臭を出す。……どっちにしろロクなもんじゃねーな。
「まあすぐに出ますからちょっとの間の辛抱ですって。それに自分から入った訳じゃ無いからノーカンノーカン」
「何がノーカンよ。普通にアウトよ!」
ですよねー。でも仕方ないじゃん。他に隠れる所なかったんだもん。それともなんだ、どっか服屋に入ってマネキンの真似でもしてみるか?……無理だろ。秒でバレる自身ある。
「まあ今更ああだこうだ言っても仕方ないわね」
そう言った美音さんは憂鬱そうにスロップシンクの蓋に腰を掛ける。こんな非常時だってのに無駄に様になってるのは天性の女王様だからだろうか。
「端末が動けばカメラに収めてたのになあ」
そうすりゃこの人に強請られないで済むのに、と言うかそもそも、とっとと逃げれてたのに。
そんな無い物ねだりをしつつ、非常時に備えて少しでも睡眠を取ろうと目を瞑った。