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νcentury   作者: 図法
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3

【樫本 永遠彦目線】


 中等部の校舎を出て高等部の校舎との間に位置する巨木、その根元に建つのが教員棟。ここ学校の施設だったのね。この大木の関連施設かと思ってたわ。ほら郷土資料館的な?


 美音さんに連れられやっと職員室までやってきた時には既に9時30分を過ぎていた。


「じゃ、私生徒会の仕事あるから。まったね~」


 そう言って駆けていく美音さんを見送り扉の前に立つ。


「はぁ…」


 やっと彼女から解放された。どうやら知らぬうちにため息をこぼしてしまうほど疲れているようだ。まだ学校は始まってもないのにこれじゃあな……マジで明日から大丈夫かな。


 気持ちを切り替えてノックを4回、入室許可を待ってから扉を開けた。


「遅れてすみません、今日この学校に転校してきた者です。天津先生にまずここを訪ねろと言われてきたのですが…」


 我ながら百点満点な猫かぶり。一人心の中で喜んでいると職員室の一角から「こっちだ転校生ー」と声が聞こえたので人を掻き分け声のした方に進む。


 声の主は当然男性で年は40代後半から50代前半。白髪が混ざった黒髪で無精髭を生やしたおっさん。

 正直言うと教師の見た目じゃなかった。


 男は顔に似合わない人懐っこい笑顔を作りながら、災難だったな、と笑う。

こいつ…人の災難を笑い事で済ませやがって、とか思わないでもないがここは抑えよう。落ち着け俺、俺は心が広い男だ、耐えろ、耐えろ…よしオーケー。


「ええ、ほんとにね…」


 愛想笑いを入れる事でやんわりその話にはもう触れるなと圧を飛ばす高レベルな処世術。改めて思うが愛想笑いって超便利だから、マジで社会に出ても使わない古典なんかよりも愛想笑いとか処世術の授業するべきだぜ。


 俺の意図が伝わったのか教師は、よくある事だしあんま気にすんな、と言いながらゴソゴソと何かを探して自己紹介を始めた。


「俺はお前のクラスの副担任の天津(あまつ)(ひろし)だ。担当教科は現代文と古文、たった一年だが、よろしくな」


 そう言い見つけた箱を引っ張り出しながら、天津と名乗る教師は自己紹介を終えた。


「ええ、こちらこそよろしくお願いします天津先生」


 溌剌とした声と、人懐っこい彼の笑みに好感触な第一印象を抱きつつ俺は挨拶を終える。


「おうよろしく…えっと…悪い、お前の名前教えてくれ」


 頰をポリポリ掻きながら天津は言う。

名前?別に教える分には構わんのだが、そう言う書類って届いてるもんじゃないのか?や、別にいいんだけどさ!


 訝しむ俺の様子を見て彼はアワアワと聞いてもいないことを否定し始めた。


「いや、別にデータを間違えて消しちゃったとかじゃないんだ」


 ポリポリと恥ずかしそうに頰をかきながらどこか申し訳なさそうに、言い訳をする子供のように天津は続ける。


「味噌汁、こぼしちまってな…パソコンが死んだ」


「あーそれは御愁傷様ですね」


 エクスも同じような事を何度かしていたからその光景は容易に想像できる。ご飯食べながら仕事するんじゃありません!行儀の悪い。その場にいれば多分そう言ってるな。


 冗談はさて置き、水溜まりくらいにゃ心の広い俺は天津のミスを全て水に流して改めて自己紹介をし直す。


「…俺は樫本永遠彦です、とりあえずしばらくの間はよろしくお願いします」


 やり直すついでに帰国子女感を出すために自然に握手なんてやってみたり。まあ向こうで握手なんて一回もしたことないけどネ!


「おうよろしく、樫本!」


 中年男性のテヘヘ、やっちゃった☆というような、心の底から殴りたい衝動に駆られる顔をしていた彼も笑顔に変わり手を握り返してくれた。


 いい人なんだろうが教師としてはダメな部類なんじゃないかこいつ…。心の中で副担任としての評価がスッと落ちたところで天津が先ほど引っ張り出した箱に触れる。


「それは?」


 箱から出て来たのは薄い長方形のスマートフォン型の電子端末だった。


「ん?ああ。樫本、今使ってるAOT搭載の端末出せ」


 戸惑いつつも言われるがままに腕についた腕時計を外す。

端末を受け取った天津は腕時計とスマートフォン型端をコードで繋ぎ、マニュアルを見ながらなにやらボタンをぽちぽち。


「先生、何を?」


 天津の行動に何も説明を受けてない俺は質問する。


「まあ待てよ。お、終わった終わった」


 と言い天津は腕時計型の方ではなくスマートフォン型を俺に返す。


「いやいや、腕時計返してくださいな。それ大事なものなんですのよ?」


 特に意味のないお嬢様口調の俺の問いかけに天津はしたり顔で答えを返す。


「安心しろよ、ちゃんと返すから。あとそれがお前の新しいAOT端末だ!」


「はあ?」


 何言ってんだコイツ。おそらく顔に出ていたのだろう。天津は得意そうな笑みを浮かべて説明を始めた。


「今、俺がやってたのは前の端末から新しい端末へとデータを移す作業でな、これからお前が使うメインの端末はこっちのスマートフォンタイプの物になる」


なんて、当人の意見ガン無視(どころか聞いてすらいない)の説明を終え勝手に話を終了させようとする。


 そんな天津を「待て待て待て待て」とかの有名なプロレスラーばりに顎をしゃくれさせて問い詰める。


「新しい端末だあ?設定は?アプリは?ちゃんと移行出来てるんすよね!?」


「おお、もちろん」


「……ソシャゲのデータが消えてた時は覚悟しとけよ?」


 例え相手が教師だろうが、俺の愛馬のデータが消えてたあかつきには、二度とうまぴょいできない体にしてやるからな?


「お、おう…」


 最後の方は脅すような形になり、周りの視線を集めていたが。恥ずかしいなんて思うわけもなく先ほど出会ったばかりの魔王様のごとく慈悲は与えないスタイルでいこうと思う。


「なら、いい…です」


 そう言い、とりあえずひったくった前の端末も腕につけ。新しい端末をポケットに入れた。


「ああそうだ。ほい、コレ」


 天津は何かを思い出したようにさっきの箱をとりだし中の物を俺に渡した。


「インカムですか?」


「みたいだな。その端末の専用付属デバイスだ、まあ色々出来るらしい」


「うわーびっくりするくらいテキトー。説明書とかないんですか?」


 呆れつつも受け取り一度右耳にはめてみる。


「おお、ピッタリ」


 少しの違和感もなく完璧に一致していた。ここまでピッタリだと気持ち悪いとか思っちゃうレベル。


「すごい偶然だな」


「ええ」


 またもやポケットにしまい次に新しい方の端末を取りだし、遅めの確認作業に入る。

電源を入れて初期設定を終え、ホーム画面を確認する。ふむ…確かに変わった所はないな、そう思い電源を切ろうとした時あるアプリが目に入る。


俺がそれを見つけた事に気付いた天津がニヤリと笑った。


「そのアプリは[神明ナビ]だ。この学園での身分証明になると共に学園内のマップと自分の成績を確認できる優れ物なのだー、だとよ」


 棒読みを終え説明書から顔を上げる天津。俺にその説明書を渡す方が早いと思うのは俺だけなんだろうか。


 試しに開いてみろと言われアプリを起動する。


『成績管理アプリ神明ナビへようこそ』


 若い男性の声がし、登録画面に切り替わった。


 登録画面と言っても入力欄は4つ。生徒一人一人に与えられる生徒番号入力欄と新規パスワードの入力欄とそれの確認欄、そしてAIの名前欄だった。


 取り敢えず分かるところから埋めていく。生徒番号は学年毎に振り分けられる番号、クラス、出席番号の順らしい。つまり俺は031007。ペチペチと画面を叩いて番号を入力しエンターキーを押す。


 すると入力欄の下に俺の名前や住所など散々書かされた個

人情報がビッシリ出てきた。

なるほどあの必至に打ち込んだ個人情報はこれに使ったのか、と1人納得。


 もしかしたら天津は仕事が遅いから家で作業をしていたのでは無く、新しく来る俺の情報を覚えるために家で確認をしていたのかも知れない。ほほぅ、と俺の中で天津の評価がぐーんと上がった。


 次にパスワード。

これはまあいつもの使ってるのでいいだろう。特に問題なくパスワードを入力し、最後のAIの名前欄に進む。


「で......これは?」


「おう、それか。そりゃAIの名前を決める欄だ」


 まんまじゃねーか、いやそんな事は分かってる。

そう言うことじゃなくてなんで急にAIなんだよって話。天津にその旨を伝えると先ほどの説明者を取り出して、再び棒読みを始めた。


「えー何々~…決めた名前を呼ぶと最新のボトムアップ型AIが反応して調べごととか能力のサポートとかなんやらやってくれるみたいだ。あー、あとそいつはお前の日常生活を観察してどんどん成長するらしい…え、怖くね?」


 うん怖い。勝手に成長する機械とか控えめに言ってヤバい。そんなAI存在してたまるか。作った奴は一回ターミネーターかアイロボット見て来いよ。きっと5年かけて達成したプロジェクトでもぶっ壊したくなるはずだから。


「これって使わないって手段ないんすか?めっちゃ使いたくないんですけど」


「うーむ、どうもこの端末の起動=AIの起動になってるらしい」


 説明書を目を落とし、パラパラめくりつつ天津は答える。

ねえねえ、それ俺に渡した方が早くない?そんだけ思うなら言えばいいのにっと心の中で自分にツッコむ。


「まあ、仕方ねーな。諦めろ。ほら、要はお前が清く正しい学園生活を送ってりゃなんの問題もないわけだし」


 清く正しいねえ。いやまあ、心がけてはみるけど無理な気しかしねーしなあ。俺の表情からそれを察したのか、天津は、まあ頑張れ、とポンポンと肩を叩き俺を励ます。


 同情するなら金をくれ…は違うな俺は家なき子じゃないしこの場面でこれは違う。


「ほれ、とっとと名前決めろ名前。太郎でも二郎でも三郎でも太郎でもなんでもいいからはよ決めろ」


「なんで太郎二回言ったし…名前ねえ。俺ネーミングセンスねーよ?」


 今まで命名は他の奴に頼んでたし。……ああ、他のやつで思い出した、エクスに通帳送ってもらわんと、金がないからなんも出来ん。


「先生、決めてみる?」


「えー太郎でいいだろ太郎で。ほらとっとこハム太郎とか、ゲ×3太郎とか世の中には太郎って名前は沢山あるんだぞ?」


 うん、だからなんでそんなに太郎を押すの?

何?あんたどっかからの回し者なの?日本太郎協会とか?……主に何する協会なのかめっちゃ気になってきちゃったじゃねーか、どうしてくれんだバカやろう。


 日本太郎協会の活動を一人頭の中で考えていると不意に昔の事を思い出した。

昔、俺がまだ日本に住んでた頃の記憶だった。


 まだ小さかった俺といつも一緒に遊んでくれてた3つ上の男の子。確か名前は…なんだっけか。


「なんかキラークイーン使って爆死させてきそうな名前なんですよ」


「お前、そこまで言ってたら絶対わかってるだろ」


 はあ?ばっかお前、スタンドの名前分かってても本体の名前が思い出せないとか結構あるんだよ。特に三部。三部とか敵多すぎてにわかにはマジで覚えられん。


「吉良だ吉良。いや、池尻でもあるか?」


 ああそうだ思い出した、吉良だ。確か男の子名前は吉良きら慎太郎しんたろうだったはず。慎太郎…おいここにも太郎が付いてるじゃねーか。


「じゃあキラでいいや」


 慎太郎は太郎が付いててなんか癪なので、あえてその子の名字をいただく。

キーボードをフリックして名前を入力。漢字で入れるとなんかアレなのでローマ字で〔Kira〕と入力。


「えー太郎…」


 天津が何か言っているが、無視してOKボタンを押した。


『初期設定を完了。主人マスター登録、完了。個体識別名〔Kira〕登録完了。名前を呼んで下さいマスター』


「「お、おぉ…」」


 天津と2人揃って端末の起動シークエンスに感嘆の声を漏らす。俺も天津もやはり男の子。こういうシステムの起動とかってカッコいいと思っちゃうんです。


「え、これって俺が名前呼べばいいの?」


「そ、そうなんじゃねーの?試しに呼んでみろよ」


 ゴクリと生唾を飲み、深呼吸を一回。


「キラ、俺がマスターの樫本永遠彦だ」


『声紋を確認。この声紋をマスターとして登録。これからよろしくお願いしますマスター』


「あ、はい。よろしくお願いします」


 おい、思わず敬語になっちゃったじゃねーか。 マスターの威厳もクソへったくれもありゃしない。


『これより、自動学習を開始します。マスターは社会の模範となるような行動を心がけてください』


 それだけ行って最新のAI様は何も喋らなくなった。


 え、まじで?こんだけ?こっからは勝手に学習して行くの?なにそれ楽チーン。


「ま、まあなんだ。これから色々頑張れ。明日から普通に学校だ、教科書とか必要なもんはお前の居候先に送ってるらしいから確認しとけな」


「人ごとだと思いやがって…お前あれ他の奴にはねぇ機能だろ!なんでこんなん積んだ端末を俺に渡したんだよ!」


 我ながらもはや敬語すら使ってないが、それはともかくとしてもっともな質問である。


 ちなみに、あのAIが他の生徒のアプリにはついていない機能だと察したのは、俺の行動を勝手に学習するようなアプリをあの短時間でインストールするのは不可能だからだ

よってあのAIはあの端末に由来するものだと推測した。


「うん、もっともな質問だな、そんな難しい話でもない。ちゃんと説明してやるから一回落ち着け」


 そう行って天津は席を立ち、コーヒーを入れに行く。


「ブラックでいいよな、面倒だし」


 俺の分も淹れてくれるのは嬉しいんだが、一言余計である。

給湯室から戻ってきた天津に手渡されたマグカップを口に運ぶ。


「うぇっ!ちょ、これ濃すぎない!?」


 別にコーヒーが飲めないとかそういう訳でもないのだが、ちょっとこれは濃いすぎる。さっきまで舐めていた飴玉の余韻に浸っていた舌は、突如現れた濃すぎるブラックコーヒーによってカオスと化していた。


「うるせー、こんぐらいじゃねーと覚める眠気も覚めねーんだよ!文句言うなら飲むな」


 頼んでないのに勝手に淹れといてこの言いよう。まあ、別に飲まなきゃいけない理由もないので天津のデスクにそっとマグカップを置いといた。


「さて、説明に移るか。まずその端末は試作品らしい。ウチの学校にテストの依頼が来ていてな。テストの依頼を受けたはいいが、アホみたいな人数がいるこの学園から1人を選ぶのも面倒だ」


「ああ、それで転校生の俺に白羽の矢が立ったのな」


 そー言う事だ。

天津は残りのコーヒーをぐびっと飲み干し、ぷはぁっと息を吐く。コーヒーとタバコの混じった嗅ぎ馴れた匂いがする。


「まあなんだ、別段隠す必要もないが取り立てて誰かに自慢とかすんのはやめろよ?このご時世、贔屓だなんだってうるせーからなあ」


 しねーよそんな事。ガキでもあるまいて。だが、贔屓だなんだってうるさいってのはよく分かる。


 贔屓と言えば、前の学校の外部教員に、俺の成績が良いのは俺と仲のいい教師がテストの出題範囲をコッソリ教えているだとかなんだって適当な噂を流してた奴がいたなぁ。

 

 今頃どうしてるんだろう、ちゃんと僻地の学校で元気してるのかなあ?


「へいへい分かりましたよ。連絡はそれだけっすか?」


 天津はメモを見て少し考え、ああ、それだけだ、と頷いたので早々に踵を返す。


「じゃ、明日からよろしくお願いしますね」


「おう…明日は遅刻すんなよ?」


「うぜぇ」


 ケラケラ笑いながら手を振る天津に見送られ、俺は職員室を後にした。

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