表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
νcentury   作者: 図法
2/12

1話

 これは現実には存在せぬ獣。

ひとびとはこれを知らず、それでもやはり──そのさまよう姿、その歩みぶり、そのうなじを、そのしずかな瞳のかがやきすらを愛した。


 たしかに存在はしなかった。しかし人々はこれを愛したから、純粋の獣が生まれた。


 人々はいつも余白を残しておいた。そしてその透明な、取っておかれた空間で獣は軽やかに首をあげ、そしてほとんど存在する必要さえもなかった。


 人々は穀物では養わず、いつも、存在の可能性だけでこれを育てた。可能性こそ獣に大いに力をあたえ、ために獣の額から角が生まれた。ひとふりの角が。


 ひとりの処女のかたわらに、それはしろじろとよりそった。

そして銀の鏡のなかに、そして処女のうちに、まことの存在を得たのだ。

        オルフォイスへのソネット、二部、4より。



──1999年7月、空から恐怖の大王が来るだろう。アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために…。


 かの有名なノストラダムスはこう予言した。そして一人の日本人男性が、人類滅亡の予言だと解釈し一時話題となった。


 そしてその予言は現実となり人類は地球上から消滅した……ごっめん嘘、滅亡してない、全然生きてる。

 正しくは()()()()()()進化を成し遂げたのである。


 1999年7月23日


 その日も世界各地で赤ん坊は産声を上げていた。それはこの世に産まれたことへの喜びか、はたまたこのどうしようもない世界に生まれてきてしまったことを嘆いているのか、わかったもんじゃない。

 ともかく、赤ん坊もやがて成長し少年少女、紳士淑女に成長する。その辺りは普通の人と何らかわりない。

 しかし、赤ん坊達は成長する過程で特殊な能力と、それに耐え得る肉体を手に入れ始める。不思議な話だ、22日に産まれた赤ん坊はなんの変哲も無い普通の子供だと言うのに、23日以降に産まれた一部の子は一般人には忌み嫌われる存在となってしまったのだ。


 人類は特殊な力を持った彼等を【Second】や【新人類種】と呼び、特別な力を持っていない普通の人々を【First】【普通人種】などと区別するようになった。

 Secondには火を操つる能力、対照的に水を操作する能力など…その能力は多種多様、千差万別、色とりどりで今もなお増え続けている……多分、知らんけど。


 そして、人類はSecondの能力の恩恵を受けさらに進歩を続け2021年には遂に月面都市が完成し移住が始まるまでに人の科学は進歩したのであった。


 さて、時は2042年。月面都市への移住が始まり世界全人口の約100分の1ほど、数にして約7000万人がSecondへの進化を遂げた年。舞台は千葉県寄りの東京湾に造られた人工島【第一学園都市】

いやまぁ、東京湾に県境なるものがないので千葉よりとかどうとかは言いようがないのだが、まあ細かい事はこの際おいておくとしよう…。


 2042年4月


 白い花びらが舞い散る幻想的な光景を、ベンチに座り缶コーヒーを啜りながらただただボーッと眺めていた。

中学三年生になるこの春に、遥々アメリカの田舎の方から世界有数の学業施設である第一学園都市に引っ越しさせられてきたわけだ。


 俺はぐーっと伸びをして、ベンチから立ち上がり。そしてまた職員室を探す為に再び足を動かした。


 分かってはいた事なのだが、周りが全員ブレザーの制服を着ているのに対し、俺一人だけ学ランにパーカーというのはかなり目立ち、道行く人は必ず振り返る。


 やだ俺ってば有名人!

そうやってポジティブ思考を保ちなんとか好奇の視線に耐えながら、ひたすらに職員室を探す…だがしかし、一向に職員室は見つからない。


 俺がこの春に転入した【神明学園(しんめいがくえん)】は人口300万人を誇り、世界一の敷地面積を有する第一学園都市にある中高大一貫の私立学校である。


 いや、この際学校はいい。すげー広いこととなんか知らんが施設がいっぱいあることに目を瞑れば至って普通の学校だ。

だが、この学園都市の異常さときたらヤバイとしか言えなくなるくらいにおかしいのだ。

現在地に辿り着くまでに、普通の学園都市には在りはしない物をすでにいくつも確認している。巨大スタジアム、造船ドック、空港、遊園地らしい施設まで確認した。


 そしてまた視界の端に映る大木も、そのうちの一つに当てはまるであろう。


 大木がなんで在りはしないものなのか、だって?

いい質問だ。小学生が先生に「赤ちゃんはどこから来るんですか?」と質問するのと同じレベル。


 すっごく簡潔に説明するとだ、この木は存在そのものがおかしい。


 木の種類とか全く知らないので詳しく聞かれたら困るが、木の大きさは屋久島の縄文杉よりもデカい……あれだ、トトロに出てきたあの大木くらいはある。

はい、この時点でおかしいですね〜。

なんで完成してたかだか十数年の都市に4000年前から生えてる杉よりデカい木があんだよ、わけわかんねぇよ。


 深く考えれば考えるほどわけわかんなくなりそうなので、俺はこの木に関して考えることを放棄した。


 まあそんなこんなで、職員室を探し始めて早30分がたったのだが、いかんせん学園が広すぎて未だ職員室は見つからない。


 色々説明するから早めに来いと担任から言われており、始業式の始まる一時間前に学校に来たわけなんだが、正直あと30分程で見つけられる気がしない。


 缶コーヒーの残りをぐびっと飲み干し近くのゴミ箱にシュート!そして「まずいな」と思った事を口にする。


 因みに、この()()()には

「職員室が見つからなくてまずい」と、

「あー今の俺ってただの不審者にしか見えねぇなーまずいよなー」と

「あの缶コーヒーはあんまり美味しくなかったな、てか不味かった」の、なんと驚け3つの意味を持ち合わせている。一石二鳥どころか一石三鳥だぜやったね!


 なんて、疲れのせいか、ちょっとおかしなテンションになりながらもチョコボールのマスコットキャラばりにキョロキョロしていると。


「そこの不審者。抵抗しないで両手を見える位置に挙げなさい。少しでも怪しい動きをしたら…撃つわよ」


 と声をかけられ…いや、脅された。


 先程、自分でも述べた通り今現在の俺の行動はかなり不審であると自覚しているため、そこの不審者が俺を指している事はすぐに理解できた。


 いやまて。そんなことより、見ず知らずの人間を不審者呼ばわりするのはいささか宜しくないのでは?そんな事を考え、俺を呼ぶ者(声音は女性)の姿を確認すべく、振り返る。


 同い年…より少し上くらいだろうか。

 黒く美しい髪は春のそよ風でふわりとたなびき、宙を舞う桜の薄桃色と彼女の髪の黒色のコントラストが美しく映える。

 髪と同じ漆黒の瞳は夜を落としたような美しさを放つも、瞳の奥では俺に対する警戒心が防犯システムの如くギラついている。

 顔は100人の男子に聞いたら100人がかわいいって言うと断言できるほど整った顔立ち。多分そこいらのモデルなんか非にならないほど顔が小さいし、綺麗だ。

 引っ込むところは引っ込んでいるがだひとつ出ていなきゃいけない胸はアレだった。


 ともあれ、その容姿を表すのに、無駄な言葉はいらない。

ただ一言『愛し』だけで充分に納得できる容姿だった。

因みに古語で表現した理由は特に無い。


【Boy Meets Girl】

 世界中で使い古されてきた恋愛小説の鉄板、お約束とも言える。戦うボーイミーツガールで始まるあの小説は大好きだし、なんなら曲名にだってなってる。


 四月の始業式…謎 (w)の転校生と美少女の恋愛ラブコメが今始まる…なら非常に嬉しい。裸で小躍りしちゃうレベル…。

しかしそんな物は創作(フィクション)の中だけで現実はいつも厳しいのが世の常だ。


 その証拠に、美少女は今、手にスマートフォン型の電子端末を握りゴミを見る様な目をしてこちらを睨んでいる。

これで俺が変態だったり、変なキャラを持っていたとしたらワンチャンあるが、そんな事もないのでキャッキャウフフな展開には到底たどり着くはずもない。


 てかそんな事より今()()って言ったよね?


「待て待て、落ち着け?俺は怪しい人間じゃねえよ!」


 両手を挙げ降参のポーズをとり必死に説明しようとする…だが──。


 パシュッ!


 ──風を切る耳心地いい音を立て、何かが足元のレンガ造りの地面を豆腐のように砕き、小さなクレーターが出来ていた。


 慌てて彼女の方を見ると、笑顔 (冷笑)で再び「撃つわよ」と口にする。


「oh…」


 もう撃ってる、なんて野暮なことは口にしない。

だってこういう奴らってそんなこと言ったら絶対攻撃してくるじゃん。てかおい、誰だよ愛しいとか言ったやつ。バカじゃねぇの?愛しどころか超わろしなんだけど。


 彼女が強力な能力者であるという事に今になってから気付く。

 こうなったらあれだ、逃げる事を前提とした適当な説得を試みるとしよう。相手はまだまだガキだ、適当に命乞いでもすれば隙を見せるだろう。


「なあ、ほんとに落ち着こうぜ。何ども言うけど、俺は怪しいやつじゃない」


 むしろ俺ほど人畜無害な人間なんてそうそういないからね?…当然口には出しちゃいないが、そんな心持ちで彼女に訴えかける。


「どこからどう見ても怪しいわよ。第一、なんで他校の生徒が学園内を彷徨いているのかしら?」


 どうやら、彼女は俺の制服を見て他校の生徒と勘違いしているらしい……ふむ、その辺の認識を是正出来れば説得できそうだな。


「まて、俺は転校生の【樫本(かしもと)永遠彦(とわひこ)】だ!制服が違うのはここの制服を買ってないからなんだよ!」


 紛れも無い事実である。ついでに言うとこの若干のキラキラネームも事実である...事実なんだよなぁ。


「転校生が来るとは聞いているけれど、制服を買っていないなんて事は聞いていないわ」


 えーそんなー…などと言おうものならまた撃たれるだろう。そして次は必ず当ててくる。

けど、実際に数日前にホテルでそろそろ寝ようかなーとベットにダイブを決めた瞬間に通信端末に届いたホログラムメールには、以下のように書かれていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 神明学園第一中学校始業式のお知らせ。


 日時 2042年4月2日 9時より開始


 場所 神明学園第一中学校 第一体育館


 持ち物 筆記用具・春季休暇課題・AOT搭載端末


 その他 春季休暇中に新たな能力が発現した者は診断用紙を持ってくる事


 PS

 君の制服が届いていない件についてだが、学園長、並びに校長と相談した結果、担任の先生からのプレゼントだと思って前の学校の制服で来なさい。一年しか着ない制服を購入するのは痛い出費だろう?

  主担任宍戸瑞樹より

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 正直なところ、このメールを見て安心した。

いたい出費かはともかく、担任が述べた通り、たった一年しか着ない制服に金を払っていられるほど俺はブルジョワな精神を持ち合わせちゃいない。だが、プレゼントという表現はどうなのだろうか…。


「なあ、信用してくれよ。実際メールにそう書いてあったんだって!」


「ならそのメールを見せなさい」


 肩にかかった長い黒髪を払い彼女は提案する。

あー、その手があった。


「そっか、そっか最初からそうすればよかったんだー」


 俺はそう言い右腕に付けている腕時計型端末のホログラムコンソロールを操作。

メニュ画面からメールアプリをタッチ、アプリを開きすぐさま受信ボックスを見る…がそこには一件もメールがなかった。


「ありま…」


 思考が停止する。


「何か問題でも?」


 しかし、彼女に声をかけられ我に帰る。


 待て、何故メールがない?

落ち着いて自身の記憶の旅路。そう、あれは確か今朝のことだ…。


「あ、昨日寝ぼけてメール全部消したんだっけ…」


 思い出したはずみでつい口にしてしまった。

あ、ヤベ…そう思うった時にゃもう遅い。


「そう。それじゃあ今、貴方の言った事を証明出来る物は存在しないわけね?」


 嘲笑と冷笑を織り交ぜたような表情を作り彼女は言った。


 しばしの静寂、遠くで部活動の朝練に勤しむ女子生徒の声がだけが聞こえる、そんな空間。


 あまりの空気に耐えきれず俺は遂に反応を示す。


「…テヘペロ☆」


 そこから彼女の行動は速かった。

こっちに向けられた彼女の指先…いやその周辺から弾き出された()()が俺の頬をかすめる。


「ヒャッ!」


「言い残す事はあるかしら。この犯罪者」


 殺す気満々だよこの女!てか犯罪者は言い過ぎだぞ!さすがにちょっと傷ついた!


「ちょっ、ま、ストップ!」


 しかし、俺の必死の叫びも彼女には聞こえない。いや、正確には彼女には聞こえているのだろう。だか俺の言葉など聞こえない程で何かを撃ち続ける。

 必死に躱そうとするが、避けきれず何発か体を掠め、時には体に当たりその度に体に鈍い痛みが走る。

 そして180発目 (大嘘)にてやっと攻撃が止まった。


「ちょこまかと避けないで。弾が当たらないじゃない」


 悪びれる素振りもなく彼女は言う。


「いやいや、まともに当たると死ぬよアレ。それとも何?お前は俺に死ねって言いたいの?」


「大袈裟ね。私が飛ばしてるのは空気を圧縮した弾丸だから当たっても、そうね…軽く意識を失うくらいよ」


 ニコリと愛らしい微笑みと共にそんな事をのたまう彼女。

軽くって何だ軽くって。意識失ってる時点で軽くじゃねーだろ。


 まあ、出会って数分の女に殺意満々で「死ね」って言われるよりも意識失う方がマシか。


 いやほんと全然傷ついてなんか無いんだからねっ!……なんのツンデレだよ。にしてもあれだ、綺麗な顔して恐ろしい事をサラッと言いやがるこの女。

世も末と書いて世紀末だわ恐ろしあ…。


「よし、ほんと一旦落ち着こう!仮に俺が不審者だとしてもだ、この学校では不審者に対して容赦無く攻撃するのが当たり前なのか!?」


 率直な疑問をぶつける。

もし俺の質問通りならば、大問題だ。


「呆れた…相手がただの不審者だろうと変態だろうとテロリストだったとしても有りえない。第一、そんなことしてれば、今頃大問題になってニュースで私の美貌が全国ネットにお披露目されてるわ」


 いや呆れられても困るんだけど…てかさらっと自画自賛すんなよ。


「なら今の状況はなんなんだよ!」


 正論すぎる俺の質問に彼女は、


「貴方にはこうしていい気がしたから…かしら?」


 いや、俺に聞かれても…困るっていうかなんというか。つーかやめろそのポーズ!可愛いから、許しちゃいそうになるから!


 彼女は、唇の先に人差し指を当て首を傾げている。よく、あざとい女がベルムおじさんに──


「わたし~あのバッグ買って欲しいな~」


 ──ってお願いする時のあのポーズ。

ちなみにバッグを買わされたベルムおじさんは、その後エクセリアにボコられるまでがセットです。


 まったく…俺ほどの強固なメンタルを持っていなければ危うく陥落しちまうところだったぜ。


「……ってそうじゃねえ!「気がしたから?」っじゃねーよ!もっと良く考えて!!俺の命大切にしてあげて!!」


 あー疲れた、喉痛い。俺本来こんな叫んでツッコミ入れるタイプじゃないんだけどな。


 さておき、この女をどうにかしないと職員室には到底辿り着けないだろう。

しかし、女性に暴力を振るうのは俺の主義に反する。


 やだ俺ってば超紳士!


 そう俺は英国ならぬ米国紳士だ、だから別に能力を使うとあの女が自己防衛と言う大義名分を行使して本格的に殺しにきそうだから使わない、なんて微塵も考えてないんだからね!

いやまあかと言って、能力を使う以外にこの状態を切り抜ける方法も思いつかないんだけどさぁ。


 さて…困った。


「あのさ、俺職員室に行きたいんだけど、いい加減諦めてくれない…よな」


 諦めてくれないかと提案してみるが、言い終わらないうちに返答のかわりの大量の空気圧縮弾を素晴らしい冷笑と共に放つ。


「んのクソアマ!」


 おっと米国紳士とした事が、これは失敬。このあしきめの子!…違う、これは古語だ。

吠えるがその間にも容赦なく空気の弾丸は近づいている。


「ッ!!もうこの学校ヤダ……」


 迫る空気の弾丸を前に俺のとった行動は諦めだった。


2042年 4月2日 午前7時35分

 新天地にて、桜の舞い散る中、謎の美少女が放つ空気圧縮弾が顎に直撃し、登校拒否のワールドレコードを恐らく獲得した瞬間であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ