#9 キッド
キッドが子供の頃
今日もひたすら穴を掘る。
掘って掘って最後にゃ自分の墓穴を掘る。
ただし落盤しなければ明日がくる。
あるじ様の言いつけ通りキラキラピカピカの石を見つけりゃたんまり食える。
オレたちゃ奴隷、自由はないけど仕事がある。
「クッソ喰らえだ」
奴隷達の唄を少年は一度も唄わなかった。
彼はほんの6歳だというのに大人の奴隷の三倍は働いた。
怪力で体力自慢、その代わり三倍食う。
奴隷達には子供の奴隷が結構いる。
狭い穴に入り込んで宝石や金などを拾い上げさせる為に。
ほとんどは生まれる事が滅多に出来ないがそれでも意思の強い幸運な母親達が子供を産むのだ。
しかし無情にも例え産んでもそこから生きられるのは少ない。
後にキッドと名乗って魔術学院に入学するその少年もその意思の強い母親から産まれた子だった。
ー
岩と砂と土ばかりの光景をオレは走っていく。
今日も大人の三倍働いた。
おかげパンを9つに肉を一塊、さらに卵の入ったカゴををこっそり"中隊長"から分けて貰った。
仕事が終わったら奴隷達だって自分達の家に帰る。
山の麓の広い盆地には余った木材をやり繰りしてみんなで建てた家が何個かある。
誰が決めたわけでもないが基本的には子供達とお腹に子供がいる女の人が優先的に使っている。
それとオレの親父。
扉もないボロ家に入ると真っ先にデッカい親父がいる。
「おう、帰ったか」
ムッキムキで岩みたいに頑丈、肌がオレよりも小麦色で、オレが見てきたどの大人よりも体が大きいのがオレの親父だ。
頭にはなんかキラキラピカピカのついた輪っかだけつけて腰布と褌だけ、親父がデカ過ぎて上に着れるもんが無いのだ。
もろちん、下を丸出しにさせてはさすがにという事なのでシーツを切らずにそのまま褌のように巻いている。
そしてオレの胴回りよりデカい足には足枷、鎖が伸びておりその先には小さな枷。
そこから一巻き通した鎖が伸びており、その鎖はまた輪っかに繋がっている。
この輪っかにはまたたくさん鎖が伸びており、他の鎖は全てチビ達の首輪に繋がっていた。
こうすれば親父は暴れられない、抱えるにも10人も居たら誰かが落っこちる。
グレートバーバリアンの親父を奴隷として扱うにはどんな重石に括り付けようが意味は無いだろう。
親父が自分の10倍ぐらいデカい岩を持ち上げるのを見た事もある。
「親父!卵があるぞ!」
「おー!良くやったな!」
そして親父はデカすぎる手で俺の頭を無茶苦茶に擦る。
「イテェ‼︎」
腹が立つので親父の手首を蹴り上げるが、親父の手首は血管の辺りを的確に打ち込んでもびくともしない。
「わるいわるい、雑でな」
それから俺は奥で寝ている妊婦を呼ぶ。
今年に入ってお腹が膨らんだ人で、お腹が膨らんだらその人は親父のとこに来て子供達と親父の世話をする。
基本的には奥の寝所で安静にしているが俺や親父が調達して来た食い物を火にかけて調理してくれる。
たまに卵もパンも肉も炭にする人がいるが今は当たりだ、その人は指から火を起こして俺が拾ってきた盾を鍋の代わりにして卵をふわふわにしたり、野菜でスープを作ったりしてくれる。
それからその人の番になった男の人が来て子供達と親父とみんなでメシを食った。
食事中、番の男の人は親父と話し合っていた。
「すまねぇな"ダリオス"」みんなは親父の事をそう呼ぶ。
「気にするなおまえの女房が作るメシはうまい、"おたがいさま"だ」
「4番坑道の補強が終わったから採掘を始めるそうだ、中隊長には伝えておいたから明日は頼むな」
「おうッ」
という事は親父が久しぶりに仕事に出る。
という事は明日は親父と子供達で採掘をする。
という事はオレの出番という事だ‼︎
「キッド、明日は掘りまくるぞ!」
「おうッ」
オレは親父と働くのが好きだ。
親父が重い岩を退かして、狭い穴を子供達で掘り進める。
そこで出てくるキラキラピカピカを拾ってその成果でたんまり食料を要求する。
相応のモノをくれなきゃ"また"交換担当の兵士を殴る。
それがオレの役目だ。
たくさんメシが食えればまたたくさん働ける、そうすりゃチビ共をもっと食わしてやれる。
そうやってオレ達は助け合ってきた。
もちろん"大隊長"のクソッタレはそんなオレ達の自由を良しとしていないが中隊長は真っ向から立ち向かってくれてる。
中隊長はいい人だ。
前の奴は奴隷をイジメることしか能の無い奴だったが、ある日中隊長が斬り捨てた。
中隊長はそれから中隊長になった。
奴隷達の福利厚生を見直し、色々とやり繰りして食料を得る手段を用意してくれた。
オレ達は中隊長の為に前の奴の鎧はスコップの代わりにして、残った衣服は燃やして裸に向き、あとは谷底に捨てた。
谷底には食人鬼がいるらしく、死体を放り込めば残らず平らげてくれる。
オレ達の生活は楽じゃないがやって行ける、いつまでもじゃないかもしれないけどそう感じていた。
ー
翌日はオレは親父の足枷に首を繋がれて並んで歩く。
4番坑道までの道のりに特徴はない、ハゲ山の上か下かの違いだ。
4番坑道は坂の中腹で集落から斜った山道をぐるりと回って正反対にある。
「おいキッドー!」
大人の声で子供みたいな呼びかけをする奴が呼んでいる。
振り向くとそこには本当に友達を呼ぶみたいにブンブンと手を振る中隊長がいた。
中隊長は甲冑姿で少年のように跳ねながら坂を下ってくる。
中隊長は石と砂の坂を滑り降りる。
「こんにちはダリオスさん」人当たりの良い笑顔で中隊長は親父に挨拶する。
「ご苦労様です中隊長」
「これからですか?」
「ええ、掘りまくりますよ!」
「4番坑道は特別脆いですから気をつけて、監督には私の隊が入りますので」
「それは心強い」
親父と中隊長の当たり障りない話にオレも混ざる。
「中隊長、なんか用?」
「ああ、そうだった!おまえまた大隊長の部下を殴ったのか⁉︎」
「おうッ、上前ハネられるとこだった」
「バカ‼︎大隊長の機嫌損ねたらどうする⁉︎」
「中隊長、こういう時はですね…」
親父が袋でも持つみたいにオレを持ち上げる。
「悪ガキにはこうじゃあああッ‼︎」
「どわあああああああああッ⁉︎」
いっつも悪い事をした時は親父はオレを掴んで振り回した。
コレをやられるといつも目がぐわんぐわんになってしまう。
こうなると舌が回らないうちに正論で叱られる。
オレはどんだけ正しい事を言われてもきかねーからな‼︎
「このバカッ‼︎中隊長の立場も考えねーか‼︎」
「ぐえぇ…」
「だ、大丈夫かキッド?」
中隊長の心配をよそに胃の中身が上がってきた。
「う‼︎」
「キッド⁉︎」
「んっく…ん、ぷはッ」
「え?今呑んだ?」
「朝飯がもったいねえ」
「おい!」
「鼻がゲロくせー」
「水やるから口を濯げ!」
ほんと良い人だなー、中隊長。
ー1年前
「うわあああああああッ‼︎」
兵士が兵士を殺すのを初めて見た。
ましてや奴隷を矢の的にしていたくらいで相手を殴り殺すなんて、新しく来たこの補給部隊の隊長は普通の兵士じゃない。
「子供だぞ⁉︎奴隷だって人間なんだぞ‼︎それをおまえは巻藁みたいにいいい‼︎」
「よせ‼︎もう死んでる‼︎」
自分の拳が破けるまで殴った新しい中隊長をなんとか親父が取り押さえた。
その後的当てにされたアルドーを埋めてやった。
中隊長が殺しちゃった前の中隊長は甲冑を全て金物置き場に隠し、残りは谷底に投げ捨てた。
しばらくすると真っ白い人影が湧いて出てきて、跡形もなく古い中隊長を片付けてしまった。
ー
「大丈夫か?キッド…」
あの時のブチギレた顔は何処へやら、中隊長は気弱な顔立ちでオレを心配している。
「中隊長が親父にチクりに来たせいだろ‼︎」
「おまえが食糧担当を殴ったせいだ‼︎」
親父のゲンコツが天から降り注ぐ、コレのせいでオレはチビな気がする。
「あのなぁ…別にそれだけで来たわけじゃないんだぞ」
「げ⁉︎まだなんかやったっけ⁉︎」
「違う‼︎"パピ"の事だ‼︎」
ー
「んあ…」
昔の日々を夢に見て、オレは目を覚ます。
そこは粗末な天幕の中で、オレが勝手に住み着いた魔術学院の裏庭だった。
「懐かしいな…」
オレは身を起こして胸の激痛を思い出す。
「いって…」
パピの事を思い出したせいか、どんよりとした気持ちが胸の穴を軋ませる。
穴はオレの気持ちに合わせて痛んだり広がったりする。
「昔の事さ…」なんて自分に言い聞かせてオレは忘れようとする。
けど頭の片隅ではアイツのやつれた顔が浮かんでいた。
人形をいっつも持ち歩いているから"パピ"。
体が弱いのか丈夫なのかよくわからない奴で、しょっちゅう体調を崩しては死にかける奴で。
オレの事が好きだと言っていた。
ちょいちょいキッドの回想があります。