#7 貧民窟の教会で
いつの時代も飢える子供はいるものです。
慈愛教団は人の善性を盲信し、如何なる環境であろうと彷徨える者に救いの手を伸ばす。
光の都の貧民窟のシスター・"メルト"は深夜まで光の精霊に祈りを捧げていた。
すると教会の戸を叩く音が聞こえた。
彼女は応対する為に教会の戸を開く。
斧が刺さった男の顔が出てきた。
「きゃああああああああああ⁉︎」
シスター・メルトの悲鳴が上がる。
「ようシスター」尻餅をついて転んだシスターを気にも留めず斧が刺さった強盗を背負ったキッドは気さくに話しかける。
「またあなたですか⁉︎」
「つい強盗をヤっちまってよ〜、死ぬ前に何とかしてやってくれ」
「はぁ」シスターはため息を漏らす「…治療室へ運んでください、お湯を沸かしますのでそれまで安静に」
教会の奥の処置室にてシスターは魔術で手際よく水を沸騰させ、細い体に白衣を羽織りマスクをして頭巾を被る。
「あの、助かります?」というアルスラの質問にシスターは淡々と答える。
「患者はショック状態により意識はありません、ですが呼吸は確認されておりますので致命傷には至ってないかと、しかし刃物がおそらく前頭葉にまで到達している模様、まずは刃物を取り外します出血が予想されますので離れていて下さい」
シスターがキッドの得物を掴み患者の頭を押さえてゆっくりと引き抜く。
ニチャァという生々しい音と共に黒っぽい液体が糸を引く。
ピュピュッと出血が始まるのを気にせず彼女はキッドの得物を傍らに置いて治療系魔術を行使する。
第六階位治療系魔術"キュア"。
リザレクションは瀕死や高い階位の呪いから救うが、キュアはその一歩手前の高い治癒力を誇る魔術である。
彼女の魔力の流れをアルスラは魔力感知で見ていたが、その腕前は一流とわかる。
放出された大量のオドがものすごい密度のマナを集めて凝縮されるのは圧巻のものだった。
頭を割られたアニキの割れ目は一瞬で塞がり、出血も少ないうちに跡形もなく治療された。
(貧民窟にこんな腕前の人が居るなんて)とアルスラは疑問に思った。
「その錆びた得物をまだ使うのでしたらあとは自分で処理してください」
「あいよー」
キッドはシスターの言いつけ通りに自分の得物を手に取る。
ここでアルスラは初めてキッドの得物が斧ではない事に気づく。
一見両刃の斧っぽいが頭の部分の仕上げが雑い、おそらくかなりの大剣だったのだろうが頭の方からほとんど折れて削れてしまったらしい。
そしてその折れた大剣の刃には何か赤い塊が付いていた。
(皮膚か、何かだよな…)
キッドはそれをざっくりシスターの沸かしたお湯を使って洗い流す、浮かんできた物体は血管の受けでたピンク色の肉片だった。
「うへぇ…」
「あんな武器では当たり前です、人の肉を抉り錆は毒になる野蛮人らしい得物です」
(アレがもし新入生トーナメントの時に命中していたら僕も少し頭の中身が減っていたかもしれない)
ー
治療が終わった後も僕らはこのまま教会の聖堂で一晩を過ごす事になった。
「腹減った、テメーらパン買ってこい」
「お、オレらがですかい?」
「金がねーぜ、キッドのオヤビン!」
「るせーッ!その短小の得物を売っぱらってこい‼︎」
キッドのジャイアニズムが止まらない。
いつの間にか強盗達が舎弟のようになっているし靴を脱いで長椅子で寛いでいる。
強盗達は結局キッドに蹴り出されてパシリに走る。
「お金くらい出してあげなよ」と僕が言うと。
「オレもスカンピンだっつーの」
「何でみんな金ないんだよ…」
僕の疑問にシスターが答える。
「すみませんリザレクションは高い寄進料を取らねばなりませんので…」
「あなたがしたのですか?」
「はい」
と言うことはキッドはこのシスターと一夜を…。
「言っておきますが、治療行為ですからね」
「す、すみません…」
シスターの痩せこけた体を眺めていたのがバレたらしい。
「だいいち俺はインポだっつーの」
「え"⁉︎」
「興奮するとイテーからな…」
「そうなのか…」
キッドのキッドは正真正銘のキッドなのか。
もちろん僕もそうだ。
「キッドさん、コレを」宝石のついた頭飾りをシスターはキッドに差し出す。
「ああ?おまえなんでまだ持ってんだよ」
「お父様の形見なのでしょう⁉︎そういった物は受け取れません!」
「いや、俺の手持ち足りてなかったろ」
「胸の穴は塞ぐ事は出来ませんでした、それにその…」
「なんだよ」
「キッドさんがお納めした金貨にはもう手をつけてしまいましたので…」
「ああ、いいよ別に」
「すみません…」
そのやり取りを見て僕は教会の中を見渡す。
窓ガラスが割れていて木板を打ち付けている、並べられた長椅子も不自然に間隔が空いている。
正直言って廃墟と化しているように見える。
ふと人の視線を感じて聖堂の奥に目を向ける。
聖堂の奥の暗闇に何かいる。
「あの、あれ…」と僕が示した途端シスターは慌てた様子でその暗闇に向かう。
「どうしたの?みんな」
暗闇に目を凝らすとそれはたくさんの子供だった。
どの子もボロを纏って酷く痩せている。
この子供達はおそらく孤児だろう、慈愛教団は養護施設の役割もこなしている。
「シスターおなかへったよぅ…」
「ごめんね、今食べると明日の分がなくなっちゃうから…」
痛ましい光景だった、この子供達はきっと好きで夜中に目を覚ましたわけではないのだろう。
腹を空かして眠る事が出来ずに起きてきたのだ。
しかしシスター独りでは両手の指を越す数の子供を養う事など到底であろう。
胸がキュッと苦しくなる、こんな光景に哀れみと同情を覚えぬ者がいるだろうか。
「オヤビン‼︎買ってきましたあ‼︎」
「もう一回行ってこい」
一斤のパンを買ってきた子分達を容赦なくキッドは即パシらせる。
「今度はコイツで買えるだけ買って来い」
キッドはシスターが返した父の形見をポイッと投げ渡す。
「こ、こいつはすげえ‼︎"グレート・バーバリアンの頭飾り"じゃねーか‼︎」
「少なくとも金貨一袋になりますぜ‼︎」
「出来るだけ釣り上げろ、金貨10枚はてめえらの取り分だ、ガメたらテメーらのアニキ殺す」
「へ、へい‼︎」×2
それを僕も黙ってみていられず、子分二人に財布を取り出す。
「コレも使って、あとでもっとお礼はするから」
「へい‼︎任せてください"センセイ"」
キッドはオヤビンで僕はセンセイか。
「へ…」
キッドは機嫌良さそうに笑った。
「ハハッ」
僕も釣られて笑ってしまう。
その夜、子供達はお腹いっぱいになって穏やかな寝息を立てましたとさ。
ー
僕らはそれぞれ長椅子に横たわって夜を語り合う。
「キッドは穴を塞いだらどうしたい?」
「特にない、とにかく穴を塞ぐ」
「そっか」
「親父と中隊長に頼まれちまったからなぁ」
「中隊長って、キッドを奴隷から解放してくれた?」
「おう」
「なんて?」
「長生きしろってさ」
キッドは粗野で乱暴だが決して悪人ではない。
それは彼も悪人ではない人達に助けられてきたのだろう。
「なあ、アルスラ」
「なんだい?」
「魔術教えてくれよ、俺このままだと落第なんだってよ」
「いいよ、絶対何とかしてやる」
「おう、頼む」
かつての僕は友達も碌に作れず、いつも誰かを拒絶していた。
けれど新しい人生はどうやらそうならなそうだ。
そしてもう、やり直そうなんて自分の声は聞こえなかった。
この後、アルスラは実家に手紙を出すよ。親の力は絶大。