#6 暴力的倫理
リストカットが風呂場で行われる理由は傷口を水につけとくと出血が止まらないから。
自殺、ダメ、絶対。
「うおおおおおおおおッ‼︎」
「うわああああああああ⁉︎」
突然だがキッドに助けられたクソ情けない僕は脇から腕を回されてガッチリ掴まれて全力でキッドに振り回されている。
「何で⁉︎どうして⁉︎」
「自殺とかしてんじゃねえええ‼︎」
「何で振り回すんだああぁ⁉︎」
「俺が知るかああああああ‼︎」
日が沈みきったというのに僕らは気が遠くなるまで振り回され続けた。
「ぜぇぇ…はぁぁ…ぜぇぇ…はぁぁ…」
「頭が…ぐわんぐわんする…」
キッドの体力が尽きてようやく僕は解放された。
「なんなんだ⁉︎いったい‼︎」
「もったいねえことすんじゃねぇ‼︎」
「何が⁉︎」
「"いのち"だッ‼︎」
キッドは僕の胸ぐらを掴んで無理やりに目線を合わせてくる。
「てめぇのいのちは一個しかねぇんだぞ、自分で死ぬようなアホをするな!」
「な…⁉︎」
自分から剣の切っ先に向けて掌を突き出してくるような捨て身で戦うような奴が"命"がもったいないだとか言うのか⁉︎
「へぁ…あっくし‼︎」
彼がくしゃみをするのでようやく僕は自分がずぶ濡れである事に気がついた。
「と、とりあえず…服を乾かそうか…」
「おう」
するとキッドはそこら辺に何故か散乱している木片を集めて山にし、ズボンから火打石と布の切れ端を取り出した。
「着火」それを待たずに僕は魔術で火を付ける。
「あ!てめ!」
「なんでそんなアナログなもん持ってんだよ⁉︎」
「仕方ねえだろ!俺は魔術が使えねえんだ!」
「はあ⁉︎」
それは魔力が無いという事だろうか?それとも魔術の扱い方を知らないという事だろうか?
その時、水辺の近くの冷たい夜風が僕らを撫でる。
濡れた服を大慌てで脱ぎ、キッドが拾ってきた足の折れたテーブルの天板にかける。
そしてキッドは埃まみれの痒いボロ布を僕に渡す。
「な⁉︎」
ボロ布を渡すキッドの体を見て僕は絶句した。
細身だが鍛え抜かれた肉体にその人生の壮絶さを想起させる夥しい傷痕の数々。
それだけなら不憫な程度だ。
しかし、その胸の真ん中には"穴"が空いていた。
その穴は間違いなく肉が抉れていて、夜故に暗くて見えないが真っ暗な闇が広がってる。
「"それ"は…なんだい?」
「ああ、なんか空いた」
世の中に数多くの呪いの類はあれど、このような生々しいものは初めて見た。
「痛くないのかい?」
「クソいてえ、水とか沁みる」
なんでもないように彼はボロ布を羽織って焚き火の前に座り込む。
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙。
「ねえ」
「んだぁ?」
「ありがとう…」
「おう」
一応礼を言っておく。
「あのさ…何で君が僕を助けるの?」
「オメーんとこの召使いに頼まれた、字を教える代わりにな、オメーの味方になってやってくれって」
字もわからないのかよと思ったが彼の境遇に納得した。
ルティは別に僕を見捨てたわけじゃなかったのが嬉しい。
しかしそれなのにどうして学院に来たのだろう?
「何で魔術学院に来たの?」
「決まってんだろ、人の胸の真ん中に穴が空いて生きてられっかよ」
「治しに行くなら慈愛教団の治療院に行けば?」
「もう試した、たっけぇ金を請求されて親父の形見を質に入れてリザレクションも試しても塞がらなかった」
「そっか…」
第七階位の治療系魔術が通じないのでは仕方がない。
「なんかわかったの?」
「まだだ、担任の先生はシャツを脱いだら変態だの初めては好きな人とだの騒いで暴れてよ」
処女かな。
「だから魔術学の先生に見せたら解剖されそうになるし、ぜんぜんわからん」
「先生…」
なんか残念な先生達だ。
「これからどうしよう…」
夜になると警備の都合上寮に戻れなくなる。
「慈愛教団の教会に行こーぜ、あそこなら彷徨う者を受け入れてくださる」
「場所はわかるの?」
「ここから近い」
「じゃあ服が乾いたらそこで…」
服が乾くまで僕はキッドと話して過ごした。
ルティが僕の事を心配していた事だとか、彼が戦場を横切って光の都に辿り着いたことだとか、来たら橋が無くて川を跳んで渡ったこと、3回落ちて3回とも僕らが今居る岸に辿り着いた事、そして4度目の正直で見事対岸に辿り着き新入生の中で1番に辿り着いた事、その後で僕が橋を作った事、そしてそれに愕然としていた。
つい笑ってしまった、おかげで僕らは少しだけ打ち解けた。
「そういえば、新入生トーナメントの時なんだけどさ魔術が使えないのにどうやってあの砂山を抜け出せたの?」
「あんなもん屁でもねえよ、俺は鉱山で何遍も生き埋めになってんだ」
教卓を投げつけた時の事を思い浮かべれば、彼にとんでもない怪力が備わってるのがわかる。
だとすると鉄の鎖も引き千切ったのだろう、砂に埋もれたまま。
「そろそろ良いべ」
「いやまだ湿っぽいよ」
「こまけーなー」
細かい僕を気にも留めずに服を着ていくキッドを見て、僕も仕方なく生乾きの服に袖を通す。
川沿いに岸を少し上ると階段があった。
そこを昇ると光の都の東部の対岸、南部の未整備区画である。
そこには有象無象好き勝手に粗悪な住宅を建て、日々強盗や殺人が起こる光の都唯一の無法地帯"貧民窟"だった。
「げ…」
僕は自分が危険地帯に居る事に気づき身がすくんだ。
「おらあ‼︎金をだせぇ‼︎」
そして秒で強盗が現れた。
相手は三人組で短剣を突き出している。
「ぎゃはははは!トロワのアニキはやるぜぇ‼︎サクッと殺しちまうぜ坊ちゃん‼︎」
「看守にたっぷりと賄賂を払ったからなあ‼︎おかげで俺たちオケラだぜえ‼︎」
「バッキャロー恥ずかしい事まで言わなくて良いんだよ‼︎」
おそらく僕の着ているものが良いものだったから目をつけたのだろう。
僕は冷静に相手を無効化する術を考えるが、強盗の三人組が待ってくれる筈もない。
「いいか!てめぇらは身ぐるみ全部放り出したら命は助けてやる!わかったら黙って従え!"OK"?」
「"オッケイ!"」
躊躇なく強盗の頭にキッドの斧が叩きつけられた。
「 」←後ろに控えてた二人の悲鳴。
アニキと呼ばれた男はキッドの斧が刺さったまま子分達の方に振り返る。
「オレ今どうなってる?」
生きてるのか。
「あ、アニキいいぃ‼︎」×2
「もうちょっと躊躇しろよ‼︎」
「知らねーよ、強盗にかける情けなんかねーんだよ」
その後、斧が刺さったアニキさんはフラフラとしてるうちにキッドは残りの二人に襲いかかる。
「ぎゃああああ‼︎ひとでなし‼︎」
「助けてえええぇ‼︎死にたくないいいぃ‼︎」
キッドの怪力は容赦なく子分二人を振り回して地面に叩きつける。
子分二人が伸びる頃にはアニキも地面に転がって白眼を向いていた。
溢れる筋肉!飛び散る汗!