#5 悪夢と泪の激流
ツールの使い方がわからん
「学校来てんじゃねーよ」顔の丸いギャルメイクの人だった。
「おまえほんとトロいよな」クラスで一番運動神経の高い人だった。
「勉強くらい頑張ってよ」家に帰ってお母さんが真っ先に口にする。
いつしか僕は学校に行かなくなった。
僕がいなくなる事をみんなが望んでいる気がした。
女の子にモテなくて運動できなくて勉強できないヤツは価値がないのだ。
死んだ方がいいと思った。
ー
悪夢だった。
二度目の人生の学園生活がトラウマを想起させたようだ。
しかし目が覚めてしまえば何の事はないただの悪夢だ。
僕は既に生まれ変わったし今は優しい両親と愛らしい幼馴染がいる。
その幼馴染は眠っているが目元に泣き腫らした痕がある。
たぶん昼間の事で自分を責める気持ちで眠りについたのだろう。
学生寮にはあらかじめ申請しておけば親しい者達と過ごせる。
僕はルティと寮の部屋で過ごしている。
ここが"今の"僕の居所だ。
「はぁ…運動しよ…」
練習用の木剣を取り出して寮の外へ。
ー
寮の裏庭でひたすら素振りをする、水平は得意だが真っ向で打ち下ろすのは苦手だ。
師匠は剣聖と名高い人だ。
実戦に関していくつも質問したが、言ってる事のほとんどがわからなかった。
僕はたぶん生前から殴り合いみたいな事が苦手だったのだろう。
だから僕は剣に達人というわけではない。
いつも剣を中段で構え、敵に合わせて牽制する。
距離を取って魔術の技量で圧倒というのが基本スタイルだ。
もちろん散々しごかれたので並の騎士よりはモノになっていると思っているが。
刃を恐れず手で掴み無力化、そのまま相手を殴打。
キッドの手傷を負う事を恐れない戦い方が強烈に頭に焼きついている。
「あのとき…どうしたら良かったのだろう?」
僕はキッドを攻略する事が出来ずにいる。
ー
基礎魔術学の先生の淡々とした解説が教室に響く。
「魔力にはオドとマナという二種類の魔力が存在している、オドは生物の内側に宿りマナはそれ以外の全てに宿っている。それは空間にも均等に内包されており体内のオドを放出しつつ拡散してマナに馴染ませる事によりマナに干渉を行う事学出来る。さらにオドが放出されるとマナと交換されて今度は体内にマナが宿る、そのマナは次第に宿った生命の影響を受けて宿主のオドへと変換される。マナがオドへと変換される仕組みは後程説明するがこのマナとオドの交換を"魔力の置換"と称する」
座学の時間。
僕が消しカスをかけられる時間だ。
この世界にはなんと鉛筆と消しゴムがあるのだ‼︎
僕にアダ名をつけた3人組は僕の後ろにわざわざ座り。
そして植物紙の紙束に板書をするフリをして消しカスを量産しては指で弾いて当ててくるのだ。
ほとんどは僕の体に当たっては弾かれて床に落ちるがたまに襟の中に入ってくる。
こういう幼稚な手には即座に反抗するべきなのだが。
その嫌がらせがあまりにも幼稚な為に青ざめて硬直していた。
もちろん前世と今世を含めて45年の時を生きる僕だが、こんなくだらない嫌がらせをされた時の対処は考えた事はなかった。
やりかえせ!創造魔術で奴らの腹の中に直接消しカスをたんまり創ってやれ!
それ以上に3人組の仕打ちに僕は思わず強い激情に駆られて冷静さ損いつつあった。
しかしやり返した時にどんな結果になるかわからない、僕はそんなに幼稚ではない筈だ。
関係ない!これは"イジメ"だ!とにかく痛めつけてやれ‼︎
(ダメだダメだダメだダメだダメだ‼︎)
僕には優れた魔力と神様から授かった力がある。
それを使って身勝手な事をしちゃいけない、そんな事をしたら僕は‼︎
誰に嫌われるって言うんだ?
「⁉︎」
別に"誰かが見てるわけじゃないのに"。
まるで自分の中で勝手に自分が喋っているみたいだ。
まるで主役が読者の目を気にしているみたいじゃないか。
僕はどうやらおかしくなってしまったようだ。
ー
授業が終わった途端、坊ちゃまは慌てて教室を出て行かれてしまいました。
私もすぐに坊っちゃまの後を追います。
教室の外の廊下を出たところで走り去ろうとする坊っちゃまを呼び止めます。
「坊っちゃま‼︎」
呼び止めて振り返った坊っちゃまは。
「くるな…」とても怯えた表情でそうおっしゃいました。
私はそれでも追いかけましたが。
「あ」「ぎゃん‼︎」
不幸にも遅刻してきたキッドさんに衝突してしまいました。
「おまえ…」キッドさんは不機嫌そうに私を睨みつけます。
「も、申し訳ありません!」すぐに謝罪しますが、顔を上げるとキッドさんのもの凄い眼力が私の臓腑に寒気を感じました。
ー
あれから僕は寮の自室で不貞寝をした。
自分の心がめちゃくちゃなのがわかって。
あのままだと周りの事なんか気にもせず大暴れしてしまいそうで。
かつての僕なら大きな力なんかないからこそすぐに周りの奴らへの報復を考えただろう。
でも今はアルスラ・プロットなのだ。
金髪でエメラルドのような瞳に愛くるしい顔立ちの全くの別人なのだ。
それが感情的になって気に入らない事を全て乱暴に破壊してはいけない。
なんの為の異世界転生だよ⁉︎この世界は日本じゃない‼︎もっと自由に生きて良い筈だ‼︎
その為の力だ‼︎
「うるさいッ‼︎」
一人きりの寮の自室で僕は叫んだ。
僕の声は木の床と壁の異世界ならではの質素な部屋に不毛にかき消される。
そうして夕方になってくるとルティが帰ってきた。
ルティは優しい声色で不貞寝する僕に声をかける。
「坊っちゃま…今日は体調不良で早退という事にしてもらいました…」
前世と一緒だ僕は万年体調不良。
「それと明日からの授業は来れそうだったら来れば良いと、良くなるまで休んで良いと」
来なくても良いって優しさに甘えられるな。
「それと私の方はしばらく帰りが遅くなってしまうかと思います」
「え?」
「その…少しの間だけですので…」
思わず不貞寝やめて顔を上げた。
ルティは申し訳なさそうに俯いて僕とは目を合わせてくれなかった。
「どうして?」
「あの…所用です…」
はぐらかされた。
「………」
「すみません…」
不穏な気配を感じる。
ー
翌日はルティは1人で出て行った。
僕はルティの用意した食事を取り、こっそりとルティの後を尾けようとする。
「………授業が終わってからでいいか」
別に魔術学院で基礎の復習をしたいわけじゃない。
あんなのはとっくに知っている事だ、魔術学院には勇者としての踏み台だ。
「でも…理解してない事もあるかもしれない」
向上心のない人物では居たくない。
それになによりかつての自分と同じような生活は嫌だった。
ルティの優しさに甘えて同じことを続けているとアルスラじゃなくなったような気がしてしまう。
僕は遅れながらも教室棟へと向かう。
複雑な学院の敷地を歩み教室棟に辿り着く。
そして教室へ入る。
「………実習か」
誰もいない教室に安堵する。
もし人が居たらみんなの視線に恐れ慄きそのまま帰ったかもしれない。
ふと、中庭の方からけたたましい音が聞こえて僕は教室の窓から覗く。
中庭には僕のクラスが魔術の的当てをやっていた。
火炎魔術で藁を燃やし、水冷魔術で消火、土属性魔術の応用で藁を活性させて真新しい枝葉に戻して、疾風魔術で生えてきた新芽を剪定、そして再び藁に火をつける。
クラスメートをみんなが知らない所で見ているのはなんだか自分が本の読み手のようになったみたいで新鮮だった。
みんなは真剣に授業を受けている一方で僕は違う時間を過ごしているようで。
「あれ?」
ふと、クラスメートの中にルティが見当たらない事に気がつく。
そして"キッドも"居ない。
僕は急に胸がキュッと締め付けられるような気がしてすぐにルティの姿を探し始めた。
しかし教室を飛び出すと背の高い男の人が居て僕はぶつかってしまった。
「うぉ⁉︎と!」
僕がよろけたのを見て基礎魔術学の先生は僕の右手を掴んで支えてくれる。
「ご、ごめんなさい!」口籠もりながら謝る僕に先生は左手の指で眼鏡の位置を整える。
それから「廊下は走ってはいけません」と先生らしい事を言った。
僕は思い至って先生に尋ねる。
「あの、ルティを知りませんか?」
「147位ルティ・ハーヴェントですか?彼女は図書室です」
「ありがとうございます!」
「だから廊下は走るな‼︎」
基礎魔術学の先生の忠告から逃走した僕は教室棟の3階へと昇って図書室に向かう。
ー
図書室では沢山の本を並べてキッドとルティが笑っていた。
その光景に僕は頭がぐらつく。
フラフラとその場を離れた。
ー
夕方、僕は校門前の橋の上にいた。
もう何もかもが嫌だった。
たかが笑っていただけだと言うのにその光景を見てルティは所詮は他人だと思ういう気持ちになってしまったのだ。
もちろんルティがキッドと既に親しい仲だなんて可能性は少ない。
けれど"僕の知らないルティ"になってしまった気がした。
きっと僕は自分が主人公だと誤解していたのだろう。
だからトーナメントで負けてクラスメートからイジメられて幼馴染の女の子が他の男の子と仲良くしてるのを見てアホみたいにへこんで広い川の激流を眺めているのだ。
こりゃダメだ、"また"失敗した。
またザワザワと僕じゃない僕の声が聞こえる。
こんなのぜんぜん楽しくない、神様がくれた能力がヘボ過ぎるし周りの人達が誰もボクの事を好きになってくれない。
「うるさい‼︎」
所詮は不登校極めた中卒ニートだったんだ、顔が変わろうが名前が変わろうが頭の中身が残念過ぎる。
「うるさいうるさいうるさい‼︎」
だったらいっそ"やり直し"たらいいんじゃないか?
「………」
神様は優しかった、ルティみたいに他の男と笑ってないで真剣にボクのお話を聞いてくれた。
だから。
もう一度やり直してみよう。
川の流れは凄まじく、まるで僕を待っているようだった。
ー
激流の中をもがく。
クソ重てー荷物をしっかりと掴んだままがむしゃらに溺れて、それでも無心で浮かんで息継ぎを繰り返し何とか岸にしがみつく。
川に飛び込んだアホを左手に掴んだまま自分の体を先に煉瓦造り岸に乗せて、重心を確保してアホを引き上げる。
「おめえもちっとは気張れ‼︎」
そう怒鳴って金髪のアホはようやく岸に手を置いた。
そこから一気に引き上げて何とか二人とも岸に上がった。
「あー、荷物は置いてくれば良かった…」
手枷はともかく得物はいらなかった。
引き上げたアホの方を見るとうつ伏せに震えている。
「おい礼くらい言わねーか」
「ほっといてくれよ…」
「はあ?」
坊ちゃんと聞いていたが、礼儀がなってねーな。
「なんでおまえに助けられなきゃいけないんだ⁉︎」
「やかましい‼︎」
とりあえず一発殴っておいた。
なんも思いつかない、なので夕飯はナンにします。