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木魚のおつげ

作者: きむら

むかしむかし、ある村の山にあるお寺に

それはそれは信心深いお坊さんで

名を千念せんねんという人が居ました。


日の出と共に起きて

お寺の掃除から一日のお経

その日の夜の寝るまでずっと動いています。


そのお寺には代々使われた

大きくて立派な古い木魚がありました。


千念はこれを誇りに想い

いつもピカピカになるまで

毎日綺麗に掃除します。


* * * * *


ある時、村の長が千念の元を訪れました。

聞けば、もうすぐ村の祭りの時期でした。


村が飢えずこの一年は何事もなく

無事に過ごせたことを神様に感謝する意味もあり

今年も村人一同の感謝を届けてもらいたい、

という旨でした。


千念は、あい分かりました、と

その日の準備に取り掛かりました。


村人総意の神様への感謝です。

その日に間違っては大変です。

千念は一層いつもすることに

細心の注意を払い、お経も熱が入ります。



そして祭りが近くなった日。

その日も千念はお経をあげています。

ポクポクと木魚の年期入った深い音が

寺内に響き渡ります。


これなら当日は大丈夫、と

お経を終え、千念が立ち上がったその時!


「ヒャアーーー!」


腰のあたりに強い衝撃が走りました。

たまらず千念は大きな声を上げました。


お寺の掃除をしていた小僧さんふたりが

ほうきを放り出し、慌てて千念の元に急ぎました。


お寺には単念たんねん屯念とんねん

という二人の小僧さんが駆け付けます。

そこには腰に手を当てて座布団にうずくまる

千念の姿がありました。


ふたりは千念を起こします。

どうやらぎっくり腰のようでした。


単念が具合を見つつ、

屯念が千念の部屋に布団を敷き、

小僧ふたりで千念を布団へと移動させました。


あまりにも痛いため

千念は布団に入ってからもうめきました。

単念が千念に言います。


「和尚様、これでは祭りどころではありません。

 村の人たちに事情を話せば

 きっと分かってくれるハズです」


その言葉に、千念は痛みを堪えつつ口を開きます。


「何を言う。祭りは、村の大事な日。

 これしきで取りやめてどうする?

 イタタ……、これしき、大丈夫じゃ!」


「和尚様、今は和尚様のお身体が大事です。

 私たち二人で村長に事情を話します」

 屯念は千念の様子から、意を決し提案します。


それを聞いた千念は痛みを忘れるほど怒りました。


「もういい、掃除に戻るのじゃ!」


ふたりは仕方なく部屋から出ました。


* * * * *


一人となった部屋で、

千念は痛む腰をさすり続けました。

あぁどうしてこんなことになったのだ、と

自分が恨めしく思いました。


そのうち千念は、あまり出さない大声のせいか

そのままむにゃむにゃと眠ってしまいました。



ーーその夢の中。

千念は深い霧の中を歩いています。

道も分からずただただ突き進んでいくと、

木々が現れ始めたのです。


するとその先からは

なにやら賑やかな祭囃子が聞こえてきたのです。


千念は腰の痛みを忘れて

息を切らしながらその元へと急ぎます。


木々が開けて見えたのは

なんと村が祭りをしている様子でした。


千念はその様子をよく確かめると

自身が出てきたのは、お寺のすぐ横の塀でした。


「やや、不思議なこともあるものだ」


と千念は驚いていますと、お寺の中から声が聞こえます。



「和尚様、やはり止めた方が……」


「和尚様、どうかお止めください!」


それは単念と屯念でした。

お寺の出入り口で通せん坊しているのです。


そのふたりに声を荒げたのは

まぎれもない千念自身でした。


「そこをどくのじゃ!

祭りの日は何としてでも

村人の感謝を届けねばならないのじゃ!」


塀の陰からその様子を見た千念は目を疑います。


腰に手を当て、祭りの日に着るはずの袈裟をまとい

杖をついて村へ向かおうとしている自分自身。

そしてそれを止める小僧二人。


塀の影に隠れていた千念が困惑していると

もう一人の千念が村へと歩き出していました。

その足取りはふらふらで、杖を突いてようやく

歩きだせるほどでした。


小僧二人は仕方なくもう一人の千念についていきました。

千念も気づかれないよう、後を付けていきます。



村は一年の感謝を伝える日ですので

村人たちは千念和尚を待っていました。


すると小僧に付き添われながら

和尚は村へとやってきました。

寺から村までの道のりで

杖だけではもう歩くのもやっとな様でした。



もう一人の千念は、痛みに抗いながら

村の中央に置かれたお寺の木魚の元へ向かいます。

どうにか座り、木魚を叩いて

一年の感謝を伝えるお経を唱え始めます。


村人はその様子を静かに眺め、手を合わせています。

ただ、その様子を小僧二人だけは不安の中

一緒に手を合わせます。


すると、あれほど晴れ渡っていたのにも関わらず

空がゴロゴロと鳴り始めたのです。

それに気づいた村人の一人が空を見渡します。


しかしどこにも雲一つない空です。

気のせいだと思い、村人は手を合わせ直します。


”ゴロゴロ…… ピシャーン!”


もう一人の千念のお経が

ちょうど半分に差し掛かったまさにその時!


なんと彼が先ほどまで叩いていた木魚に

一筋の雷が落ちたのです。


そこに居た全員が驚きます。

一番驚いたのは木魚の側に居たもう一人の千念です。


雷が落ちたその先

代々受け継がれてきた木魚が

雷に打たれて上から

ぱっくりと真っ二つに割れてしまったのです。


これにはもう一人の千念は

その場で青ざめ、泡を吹いて倒れてしまいました。

村人も小僧も誰もが、彼に駆け寄りました。


* * * * *


その様子を、物陰に隠れていた千念は見ていました。

自分自身が倒れる様を、大切な木魚が割れる瞬間を、

開いた口がふさがりません。


呆気に取られた千念の前に、空から光が降りてきます。

なんとも神々しい姿で、千念の前に現れたのは

お寺の本堂に安置された仏像とそっくりな人物でした。


千念はすぐに、この方は神様だ、と分かりましたので手を合わせます。


「千念、自身のあの姿、しっかり見ましたね?」


「はい! みました!」


「千念。貴方は毎日、経を上げていました。

 今回はその熱心さに免じて

 今後起こることを、貴方に見せたのです」


「ははぁ。神様、ありがとうございます。

 ですがなぜ、私に見せたのでしょうか?」


神様はひらりと手のひらを振るうと、風景が変わります。


それは先ほどの祭り後の、村の様子でした。

木魚が割れ、神様に無礼を働いたのだと

村人たちは思い、だんだん気力を失っていく様子でした。


「あなたはその熱心さから

 村人たちの感謝の意を届けようとしました。

 しかし、その為に自分を投げうっては

 このようなことが起こりうるのです。

 あなたも大事な村の人です。

 その熱心さと同じくらい

 周りの話も聞く冷静さを持ちなさい」


そういって神様はすぅっと空へと昇っていきます。

千念はその言葉を胸に刻み、昇っていく神様へ手を合わせ続けました。



――千念は目を覚ましました。

見慣れた天井がありちょうど単念と屯念がやってきました。

ふたりは千念の具合を見に来たようでした。


千念の腰はまだ痛みましたが、

先ほどよりかは軽くなっていました。

小僧二人は顔を見合わせて、千念へ話します。


「和尚様。やはり……、事情を説明しましょう」


 二人は震えております。また怒鳴られるかもしれないからです。


「……分かった。ワシは急いていたのじゃろう。

 二人とも、村長に腰の事を伝えておくれ。

 村長に言えば、大方何とかなるじゃろう」


それを聞いた二人は村長のもとへ行き、千念の腰の事を伝えます。


村長は、和尚さんも歳じゃったな、と快く引き受けます。


* * * * *


――後日。


千念和尚は腰の痛みが

だいぶ軽くなったため、村の大工を呼びました。


神様からの風景にもしやと思い

木魚を見てもらったのです。


「和尚さん。だいぶ古いものだけど

 まだまだこの木魚は大丈夫だぁよ。

 おらぃも、祭り中止になっだのは残念だ。

 だけど、和尚さんの腰が良くなっだら

 遅くなったけんど、やってもらいてぇんだ」


大工はそう伝えると、また何かあれば、と

言って帰っていきました。


千念は腰に手をあてながら

祭りの日を目指して、今日も仕事に取り組みます。


ただしひとつだけ、小僧たちからの言葉を

周りにいる声をかけてくれる村人たちの言葉に

耳を傾けて取り組むようになりました。


おしまい


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

もしよろしければ、評価・感想を頂けたら幸いです。

他にも数本投稿していますので、よければ一読いただけたら

作者は喜びます。


追記

2020/12/26 改編しました。

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