第84話『廻る廻るよ、因果は廻る その1』
多分、3分のその1となります。
ちなみに今回のタイトルの『廻る廻るよ、因果は廻る』は有名な歌詞以外に
昔、見た古い日本映画にあったフレーズ(セリフ?)だったかもしれません。
確か『地獄』とか言うタイトルだったかと。(同じタイトルが何本かあるけど)
どこの田舎なのか知らないけど、卒塔婆の上に鉄製の車輪がついていて、
風も無いのに一斉に回り出すんだよね。地獄堕ちの時。
あれ、もしかして、日野日出志先生の『地獄変』だったかな?
確か走馬灯が回るんだっけかな。
なんかとりとめの無いネタですいません。地獄ばっかだし。
「こんにちわ、あの村長は?」
ピジョンは首に巻いたワイン色のスカーフの結び目の先を、少し落ち着かない様子でいじりながら聞いてきた。
「アマムの森に調査に行ってます」とポルクルが返事した。
「ああ、そうですか……」
視線をおどつかせながら、テーブルの近くまで来ると
「さっきスー・ディ・ジーの3夫人が、アタシのとこに来ましてね。しばらく家に籠るからと、持病の腰痛湿布と、買い置きの傷薬を多めに買いに来ましてね」
スー・ディ・ジーというのは、『スージー』『ディジー』の双子と末っ子の『ジニー』の三姉妹のこと。
3人はそれぞれの伴侶が亡くなったあと、また実家に戻って、一緒に暮らしている『かしまし姉妹』で有名らしい。
「どうしたのか聞いたら、オークが出るかもしれないからって、聞きまして。
それでここに来たわけなんですけど……」
もう近くで喋ったのか。
もうペラ子というか、とんだお喋りオバさん達だな。変に曲解して広めなきゃいいけど。
「お喋りババアは、どこの国でも困ったもんだよなぁ、蒼也」
奴が飲み干した缶を片手で潰しながら、俺に言ってきた。
こいつ俺の頭の中を読んだな。
「俺はお喋りババアとまで言ってない、いや、思ってないぞ」
ババアって勝手に変換するなよな。
「ふぅ、……困る事もありますけど、あの人達も普段は、村の樹や草花を見回ったり、手入れしたり、畑で出来た作物をおすそ分けに来てくれるんですよ。
その日課が終わると、ここにお茶しに来るんです」
ポルクルが弁護するように言うと、ピジョンに向き直って
「まだハッキリした訳じゃないんですよ。アマムで地豚が2匹見つかったという事しか、今の時点ではわかってないんです」
「……地豚が……」
スカーフから手を外して、ちょっと呆然とするピジョン。
「さっきも言ったように、マスター達が調べに行ってますので、その結果を待ちましょう。むやみに騒いでもいい事ありませんし」
ポルクルが静かに言う。
それにハッと顔を上げたピジョンは
「わかりました。アタシはとりあえず出来ることをしますね」
と、またドアのほうに引き返していく。
「ピジョンさん?」とポルクル。
ピジョンはクルッと振り返ると
「アタシは薬師です。念のために傷薬や、その他のポーションや包帯を、ギトニャに仕入れに行ってきます。
これからもし怪我人が増えたら必要ですからね」
そう言うと役場を出て行った。
さすが自分のやるべき事がわかっているな。
俺は自分の身の振り方さえ、まだ決まらないのに。
などと、場違いな思いをしていると、今度は勢いよくドアが開いて、7,8人の村人が入ってきた。
「オークが出たんだって?!」
オーバーオールのような作業ズボンをはいた、スキンヘッドのヒュームの親父が開口一番言った。
「いえ、まだ地豚が……」
ポルクルが説明しようとしたが、他の村人の声が遮った。
「村の近くで見つかったって?」
「群れができてるって?」
こんな短時間でもう噂に尾ひれがついる!
どこからすっ飛んできたのか、ウィッキーがジョッキを持ったまま叫ぶ。
「も、もうこの村は終わりだぁ~っ」
「 ウルセェッ !! 」
一瞬で場がシンとした。
「テメエらっ、ここに何しに来やがったっ! 騒ぎに来たのかっ !?
喚きたいなら他所でやりやがれっ」
ヴァリアスの重低音の声がまた響き渡る。
側でターヴィが耳を両手で覆う。中にいた獣人も耳を後ろに倒した。
「大体、自分の目で見たヤツいるのか? 噂に踊らされやがってっ。今、ジジイが調べに行ってるんだ。
何も出来ないヤツは、家で震えながら大人しくしてろ」
そう言って、また缶ビールのプルタブを開けた。
「ア、アクール人? 本物の?」
「そういや、村長はどっか行くって、人集めてたな」
「そうか、村長がもう動いてくれてるんだ」
「誰だよ、オークがいっぱい出たって、言ったのは?」
カンッと高い音を立てて、テーブルにビールを置くと奴が呟いた。
「ジジイ、おせぇんだよ」
村人が気がついて左右に分かれると、真ん中からアイザック村長と、3mくらいの巨人が入ってきた。
「なんでぇ、皆、なに集まってるんだ?」
村長が村人たちを見回す。
「ジジイが遅いから、パニックが起き始めてるぞ。さっさと説明してやれよ」
「おう、もう伝わってるのか。じゃあ、しょうがねぇなぁ」
村長が目配せすると、巨人族の男がテーブルの上に、持っていた麻袋をドンと置いた。
袋をひっくり返すと、中からごろっと1m弱くらいの豚が出てきた。
牙は抜かれている。
「確かに地豚がアマムの森で見つかった。2匹いたんだが、1匹は取り逃がしちまった。今、ザック達が追っかけてる。儂らは先に取り急ぎ帰ってきたってわけだ」
「あの、こいつの牙は……?」
俺は気になって聞いてみた。
「そんな危ないものは、その場で粉々にして、焼いちまったよ」
そうか、そういう処理しないといけないのか。
時間の止まる空間収納とはいえ、そのまま1匹持ってるんだけど、今出したらマズいかな。
「ザック達が戻って来たら、あらためて集合をかけるから、みんな悪いが一旦帰っちゃくれんか。情報をあらためて整理してから、ちゃんと伝えるから。なに、すぐに何かが起こるわけじゃねぇ。だから今んとこはちょっと大人しく戻ってくれ」
村長の言葉に、顔を見合わせた村人たちは、またぞろぞろと戻っていった。
そうして「ご苦労さん」と巨人族の男の腰を軽く叩く。
のそりと頭を下げると大男もドアを屈んで出て行った。
「やれやれ、また肩こっちまった」
右腕をグルグル回しながら、椅子に座った。
ポルクルがささっとお茶を差し出す。
「それでその始めの地豚は、そのまま逃げちまったってわけか」
俺の話を聞いて、喉が渇いていたらしい村長は、一気に茶を飲み干した。
「……すいません。そんな大変な動物とは知らなくて……」
知らなかったとはいえ、申し訳ない。
「気にしなさんな。国が違うとそういう事もあるもんさ。とにかく、そうなると少なくとも昨日からすでに森に入っていた事になるな」
テーブルの上の赤毛の豚は、もちろん俺が昨日見た豚とは別ものだ。
つまり3匹はいたって事だ。
「あの、これからどうするんですか?」
余所者の俺がこんな事聞いていいのかわからないが、関わっているには違いない。
「まあ、明日あらためて森中を捜索する。男衆を集めてな。もちろん来てくれるんだろ?」
俺ではなく、向かいに座ってビールをあおっているヴァリアスに顔を向けた。
「あ゛?」
「せっかく傭兵の旦那がいるんだから、手を貸してもらわない訳はないだろ?
万一、オークが出た時の切り札にもならあな」
「やらねぇぞ、オレは」
「何言ってんだよ。俺達にだって見過ごした責任があるんだぞ。俺、いや私は手伝いますよ。
もちろん無償でやらせてもらいます」
「ありがてぇ。恩に着るぞ」
そう言ってテーブルに出していた俺の手を、力強く握った。
そしてヴァリアスの方に向き直ると
「しかし旦那の方はさすがに、タダって訳にはいかんしなぁ」
と、首をさすりながら
「酒屋のヒッコリーの奴が、この間よそで、27年物の火酒を沢山仕入れてきたんだが、あの豚どもは酒の匂いが好きだからなあ、この際、餌に使わしてもらうか」
「勿体ないことするなっ!」
そっぽを向いていた奴が、急に向き直った。
「だけどのお、美味い酒ほどおびき寄せやすいじゃろう? そういう性質もオークの素になってるのだろうがの」
「クソジジイッ、オレは手は貸さんぞ。蒼也の手助けをするだけだからな」
忌々しそうに言ってるが、絶対引っかかってるだろ。
「おお、そうかい。分かったよ。助かるぜ、旦那」
さすがは年の功なのか、村長は奴の操作法を見抜いているようだ。
それから30分程して、4人の獣人とドワーフ達が役場にやって来た。
村長と一緒に森に調査に行った、ザック達だった。
「面目ねぇ、駄目だった……」
黒と黄色の斑の毛並みの獣人の男が、耳ごと項垂れた。
「ザックとディンが、あともうちいとまで追い詰めたんだが、ワイルドボアーの奴が横から邪魔しやがって」
ドワーフのビンデルがそう言って、ドアの外に置いた、足を縛って転がしてある黒い猪を顎でしゃくった。
「わかった。よく無事に戻ってきてくれたな。ご苦労さん」
村長は4人の肩を叩きながらねぎらった。
「ちなみに逃げられちまったのは、何色だった?」
「黒地に茶色のブチ模様だったな。大きさはそこのボアーより二回りほど小さかったが」
「……そうなると、少なくともあと2匹はいるって事か」
村長が呟く。
「これからどうするんで?」
ザックと言われた斑模様の獣人の男が聞く。
瞳も黄色くて虎模様に似ているが、耳はドーベルマンのように尖っていた。
「閉門を早める。それから集会を開く」
村長は4人を見回した後、俺たちを見た。
いつもよりずい分早く鳴った閉門前の2の鐘に、慌てて畑や近隣から帰ってくる人達がいたようだ。
そうしてあらかた村人が戻った頃を見計らって、村の門を閉じると、今度は修道院の鐘が『ガンカン、ガンカン……』と聞いたことのないリズムで鳴り出した。
その音に村中からワラワラと村人が、役場前広場に集まってきた。
「みんな、もう噂で聞いているとは思うが、アマムの森で地豚が見つかった」
役場の前に立って村長が、集まった村人を見回しながら言った。
少し騒めきが起きるが、村長が手でまあまあと制するとやんだ。
「おそらく黒い森の魔素が引っ込んでいるために、森の裾を通って渡ってきたんだと思う」
アマムの森は両側を、切り立った高い崖で覆われていて、前方に川が流れ、その川向うがあの黒い森だ。
だから両側からは、翼でもなければ入って来ることは出来ず、川か森から来るしかなかったのだ。
地豚は長距離を泳ぐことはできないので、長年、黒い森によって地豚はこちらに入ってこれなかった。
だが、それが今、何匹か分からないが確実に侵入されてしまった。
「数はわからねぇ。だが、儂はオークになる確率は少ないと思う。
知っての通り、オークが憑依する地豚の発生条件は ‟因果繋がり”だ。ここは大都市でもねぇ、ましてや無法者が集う村でもないじゃろが。
無駄に怖がらずに、素早く出来る限りの対策をとれば、まだ十分間に合うんじゃ。
だから皆の衆、この村を守るために力を貸してくれっ」
「「「「「「「「「おおっ!!」」」」」」」」」
あちこちで声が上がるのを、俺は役場の3階の窓から見ていた。
明日は早いので、今日はここに泊まってくれと言われたのだ。
「‟因果繋がり”って何だい?」
俺は振り返ると、ソファに退屈そうに、足をブラブラさせて座っている奴に訊いた。
「因果というより、因縁と言った方がいいかもしれんな。因果は原因に近いが、因縁はまさしく縁、つまり物事を引き寄せる要因だから」
「そんな説明はいいから、ストレートに話してくれよ」
俺は奴の前に座った。
「これは運命のヤツらの采配だが、オークはほぼ、生前関わりを持った人間の前に姿を現す。
一番わかりやすい例では、自分を殺したヤツとかが、住んでいる町の近くとかで発生するんだ」
「え……じゃあ、俺が以前、殺したオークとかもか?」
急に誰かに恨まれてるかもしれない感じがして怖くなる。
「まあそうだが、あれはどうだろうなぁ。基本的に一番恨んでいるヤツのとこに引き寄せられやすいんだよ。
生きるサイクルが短いから、前世より前々世の時の恨みを引きずるヤツもいるし。
ゴブリンの場合はそこまで執着するヤツはいないから、かなり強い思いがなければ、基本ランダムなんだよな」
こんな話があると、ヴァリアスは昔あった、ある町の話をした。
ある地方に村や小さな町を襲っては、強盗や女を攫う盗賊団がいた。そいつらは襲った家々のドアに、ナイフで『Ψ』のような3本フォークみたいな傷を刻んでいった。
それが奴らの紋章だったからだ。
だが、度重なる被害に、業を煮やした村人や町の住人が、金を出し合い、傭兵部隊に殲滅の依頼をする。
捕まえるより、殺す方が簡単だからだ。
かくして盗賊のアジトを急襲した傭兵たちによって、盗賊たちは全滅した。
死体は20日間、代表者の1人が住む町外れに、晒しておいた。
それから約5年後、オークの群れが町を襲った。ギルドからの応援もあり、なんとか切り抜けた町民達だったが、市壁に爪で付けられた跡に震え上がった。
そこにはあの『Ψ』のマークが刻まれていたからだ。
「逆恨みじゃないか、関わった者はたまったもんじゃないな」
「そういうヤツらだから、オークになるんだよ。例え関わったヤツが善人で、非がなくても、罪人側の理には因縁がある。
だから運命の糸に繋がれてしまうんだ」
やだなあ、殺しても殺しても、蘇って戻って来るんじゃどうしたらいいんだか。
ノイローゼになっちまうよ。
「だからそういう因縁を断ち切るために、祓い清める行為があるんだ。悪い縁を浄化するためにな。
そうするとオークのヤツが覚えていても、運命の糸を織り込まれなくなるから、そばに引き寄せられてくる事が無くなる。
祓いは教会や僧侶どもの重要な収入源だしな」
と、やや下卑た笑いを浮かべた。
「もちろん、オレも出来るぞ」
胸張って言いながら立ち上がると、俺の頭に手を置いて口笛のような高音を出した。
俺の手足など体中を、何か透明なキラキラしたものが包んで消えていった。
「よし、いっちょ上がり!」
まったく有難みが感じられない。
外ではまだ村長が、男共に向かって明日の山狩りの話をしていた。
明日、日の出と共に、森をローラー作戦で調査する。他の動物や魔物もいるので、2人以上で必ず組むこと。
もちろん俺はこいつと2人1組だ。
ギトニャや近隣の町や村のギルドに、ポルクルが連絡済で、明日応援で人が集まるようだ。
朝が早いので、落ち着かないが夕食をとった後は、さっさと寝る事にしよう。
村長のハッキリした物言いは、頼もしいし、なんとかなるだろう。
しかし俺は因果応報というモノのしつこさを、甘く見ていたのだった。
ここまで読んで頂き有難うございます!
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本当はこの『廻る……』の回は2話にしようと思っていたのですが、どうも3つに分かれそうです。
話を創るとき、皆さんどう割り振ってるのでしょうか?
私は例えば、今回は『町から移動して次の町に行くまで』その次は
『町に到着して色々見ながら宿を探す』とかざっくりと、ここからここまでと、
エピソードを分配して考えるのですが、いざ書き始めると上手く収まらないのです。
なんだか『A⇒B』というのが、『A→A’⇒B’→B』とエピソードが増えてしまうのです。
これはよくあることで、みんな尺に合うように削ったりしていると思うのですが
それが出来なくてこうして伸びてしまってます。
う~ん、別にプロじゃないからいいかなぁと思う反面
なかなか物語が進まないっという、リズムがどうなんだろうと思ったりします。




