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第73話『ガラクタ市で初出店 その1』


 指定された場所は、塀を背にしたテントの後ろだった。

 確かに臨時スペースだな。

 

 あれから村長に謝って1日延ばして貰った。

 こういう予定のズレはよくある事らしく、ポルクルが後でターヴィに連絡しておくと言って、簡単に済んでしまった。


 ガラクタ市の始まりは開門四半刻(6時半)からということもあり、俺達はまたこのギトニャの市場前の宿に泊まった。

 宿屋の目の前だったが、朝早く出る事を告げると宿屋の主人は朝食用に、ハムエッグサンドと木の実入り肉団子・青菜サラダを作ってくれた。

 まだ開門前なのだが、すでに樽の上に板を載せた台上に品を並べている人や、花や薬草を一杯乗せた2輪車を固定している人などで溢れていた。

 

 俺は指定された場所にレジャーシートを広げて、酒屋から貰ってきた使用済み段ボールを置いた。

 もちろん段ボールはフェイクで、その箱から出したように見せながら、空間収納から売り物を出すのだ。

 価格は悩んだが、結局500エルにした。

 この間のレートだと日本円で約1,160円くらいになるかな。110円で買ったものをこんな値段で売るんだから凄い暴利なのだが、ヴァリアスはこれでも安いと言っていた。


 でも一応新中古品として売るのだからいいだろう。フリーマーケットなんだし。

 高く設定しすぎて売れないと困るので、下町食堂の普通のエール2杯分と同じくらいの値段に設定した。

 それならば一般の人にも手を出しやすいと思ったからだ。

 あとは需要があるかなぁ。いざとなると売れ残ったらどうしようと、今さら不安になる。

 調子に乗って買い過ぎてしまったんだけど……。


 タオルの前に、段ボールを切った厚紙で『タオル 500e』と書いて置いた。

「結局その値段にするのか」

 後ろで突っ立ったまま奴が言った。もちろん手伝ってくれない。

「だって売れ残ったら困るからさ」

「うーむ、まぁ場所が場所だから、まず客が来なけりゃ駄目か」

 辺りを見回して横にしゃがみ込むと

「で、オレは何を手伝えばいいんだ? 売り子か? それとも客寄せにサクラでもやるのか」

「やめてくれ、それこそ客が来なくなるわっ!」

「なんでだよっ」

「もういいからビールでも飲んで大人しくしててくれよ」

 本当は後ろにいられるだけで客が来なさそうなんだけど。

「全くお前はオレの扱いが冷たい」

 扱いが酷いのはお互い様だろうが。

 ブツブツ文句言いながら、それでも渡した缶ビールは飲んでいる。


 スペースは自分達が座る場所を入れても2畳ほどしかないので、タオルは半分だけ出して、残りのスペースに古着を出す。

 自宅から持ってきたクタクタなTシャツやインナーに、あらためて客を馬鹿にしてないかと気が引けてきた。やっぱり雑巾にするべきだったかな。

 つい夏物どころか毛玉だらけになったセーターや、袖まわりの伸びたトレーナーも持ってきてしまった。

 うーん、もうそれぞれ値段考えるの面倒になってきたな。

 全部500エルでいいか。古着は値切られたら言い値で売ろう。

 段ボールのカードをひっくり返して、『全部500e』に書き直す。


「おいっ、それでいいのか?」

 500mlの空き缶を地面で、コースターのように押し潰しながら奴が言ってきた。

「お前、自分の服を買った時の値段覚えてるんだろ」

「だって計算も面倒くさいし、この服よりはさすがに貧弱だろ? フリーマーケットなんだし。何よりも売れ残ったら嫌だからな」

「売れ残るねぇ……。まあ、一度体験してみるのもいいか」

 少し呆れたような顔をした後、空を見上げて

「その黒いタオルくれるか?」

 大銅貨5枚を出してきた。

「お金はいいよ、いつもこっちが貰ってるんだから」

「すまんな。じゃあオレは寝るから」

「えっ?」


 奴はシートと段ボールの後ろにゴロっと横になると、顔をタオルで覆った。

 寝るの?

 初めてなんだけど。もしかしてスネた?

 でもヘタにお客さんに圧をかけるより、そうしてくれてた方が助かる。悪いけど。


 その時カラン、カランとハンドベルを鳴らしながら、露店の間を男が声を上げながら走って行った。

「始まるよー、始まるよー」

 ポケットから腕時計を取り出すと6時27分。まぁ大体時間は合っているか。

 辺りは急に賑やかになった。周りを囲んでいたロープが取り払われて、客がどっと入って来たのだ。

 なんかこういうのはちょっとドキドキというかワクワクする。

 俺はシートの上に持ってきた座布団を出して座り直した。


 始まってから15分くらいが過ぎただろうか。お客は1人も来ない。

 俺の前に並んで背中を向けている露店の前は人が流れているのだが、この裏手にあたる壁のほうには誰もやって来ないのだ。

 そりゃそうか。こんなとこにポツンとあっても来づらいか。

 せめて呼び込みとかすればいいんだろうけど、なんか声を出すのが恥ずかしい。

 店で接客とかは出来るが、あのアメ横の呼び込みみたいのはちょっと勇気がいる。

 しかも1人で……。

 商人登録の前にこんなんで商売やってけるのか、俺?

 まっ、まだ始まったばかりだし、のんびりやろう。

 売れ残ったら、どうするかは後で考えよう。

 俺はバッグからドリップコーヒーを取り出した。

 外では魔法をあまり見せない方がいいので、もう1つのマグカップからお湯を注いでいるように見せる。

 インスタントだけどいい香り。うーん、やっぱり落ち着くね。

 ブラックは飲めないので、ミルクとスティックシュガーを入れてかき混ぜていると、1人の獣人が鼻をヒクヒクさせながらこっちにやって来た。


「なんか変わった良い匂いがしていると思ったら、ここだったのかい」

「いらっしゃい、良かったら見てってください」

 俺は座りなおした。

「ふーん、服や布地かい」

 キャメル色のもしゃもしゃしたクセ毛とつぶらな瞳、垂れた耳といい、狼系というより犬系かな。失礼だがトイプードルを思い出した。

 もちろん鼻が少し突き出し気味ではあるが、顔は毛で覆われていない人顔だ。


 プードルさんはふうんと服を眺めたあと、手前のタオルを手に取ってちょっと驚いた顔をする。

「なんだこれっ?! ふわふわじゃないかっ。しかも綺麗だし」

 足元の段ボール紙を見て「エッ?」とちょっと高めの声を出した。

「ちょっと、ちょっと、兄さん、これ値段間違ってるよ! 書き直さないと変な客にこの値段でふっかけられちゃうよ」

「いえ、間違いじゃないですよ。その値段なんですけど、500エル……書き方間違ってないですよね?」

 何かおかしいのか心配になる。

「500って……ええっ?」

 あらためて服とタオルを見回しながらまた驚いたような声を出す。


「それ新中古品なんです」

 バーコードタグを取ってしまったから、嘘にはならないと思う。

「こっちの服もちょっと変わってるけど柔らかいなぁ。擦れもほころびも見当たらないし、これも500なのかい?」

「ええ、そっちはかなり古いので……高いですかね?」

「いやっ、全然! こっちが心配になっちゃうくらいだよ。こんな値段で本当に大丈夫なのかい?」

「はい、凄く安く手に入ったんで、あっ もちろん盗品じゃないですよ!」

 俺はちょっと慌てて否定した。


「そりゃあわかるよ。だって盗品を表でこんなに安く売る馬鹿はいないよ。すぐに足がついちまうから。それにしても凄いなぁ」

プードルさんは色々服を手に取ってみていたが

「うーん、惜しいなぁ。安いけど服は今、間に合ってるんだよなぁ。おいらみたいなのはあんまり厚着しないし」

 あー天然の毛皮来てるもんね。タオルもあんまりフワフワにこだわんないのかな。それとも少し粗目の垢すりみたいな方がいいのか?


「ん、これ鏡かい?」

 タオルと古着の間にちょこんと置いてあった、脚付きの卓上鏡を手に取った。

 ギーレンの馬車案内所で、オバちゃんが使っていたのを思い出して、試しに100均で買ったのだ。

 もし売れなかったら、ダリアとシヴィにあげようと2つしか買ってないが。

「鏡が500エル……。兄さん、これも500で良いんだな?」

 プードルさんが念を押すように聞いてくる。

「ええ、ここにあるの、みんな500エルです」

「よしっ買った!」

 獣人は大銅貨を5枚出した。


「どうもありがとうございます!」

 俺はすかさず横に置いといたレジ袋を出して入れる。

「え、これもいいのかい?」

「え、ええどうぞ」

 商品を渡すのに袋って普通入れないの? 

 そういやこちらじゃあんまり見かけないな。結構(じか)に渡されるものが多いし。

 用意しちゃったし、まっいっか。

「いやぁー良い買い物できた。これあのがきっと喜ぶよ」

 うん、うん、彼女にお土産にするんだね。

 じゃあ鏡はまんざら的外れじゃなさそうだな。

 初めて商売で貰った500エルは、初めてこちらの通貨を得た時のように嬉しかった。


「ちょっと見せてもらっていい?」

 さっきのプードルさんの声で、チラチラこっちを見ていた、ベーシスのオジサンが目の前に腰を下ろした。

「どうぞ、どうぞ、ゆっくり見ていってください」

「ほんとだっ。フワフワすべすべじゃないか」

 オジサンはタオルに驚いている。

「服も上等な布使ってるね。これ本当に全部500エルでいいのかい? 本当に大丈夫なのかい?」

 また心配された。ちょっと価格設定が安直だったかな。

 オジさんは端から服を見ていく。見たところ40代くらいかな。俺と同じか、もしくはもっと細そうだからサイズは大丈夫そうだな。


「これニットじゃないか!」

 オジサンは白と紺の太いボーダー柄のセーターを広げた。

 しきりに自分の体に合わせたり、ひっくり返したりして見ている。

 一応毛玉取り器はかけたけど、まだ毛玉残ってるんだよねぇ。

「あー いま温かいから着ないですよね。それに毛玉だらけだし……」

「ん、ああ、僕ちょっと冷え性でね。今はいいんだけど冬は厳しくて……。特に白の月(日本の12~1月にあたる)なんかもう竈の前から動けなくてねぇ。

 う~ん、でもどうしよう。先の季節のものだしなぁ。まだ卵も買わなくちゃいけないし……だけどニットが500エルかぁ…」

 買ってくれそう。もう一押ししてみるか。


「季節外れなので買ってもらえるなら400いえ、300でいいですよ」

「はぁっ!?」

 オジサンの目ん玉が飛び出そうな顔になった。

「ホントにっ300!?」

「はっはい、それで結構です!」

 急に目の前に顔を突き出されて、つい引きながら返事した。

「買った! あんたの気が変わらないうちに買うよ」

 と、大銅貨3枚を巾着からせわしなく出してきた。

 レジ袋に入れて渡すとその袋を握りしめながら、あらためて服の前に座る。

「僕のばかり買っていっちゃ、カミさんに怒られちゃうな。もう卵は今度でいいや」

 あらためて服を吟味し始めた。

 どうぞゆっくり見ていってね。

 サクラじゃないけど1人でもお客さんがいてくれた方が、呼び水になりやすいんだよね。


「ちょっとあれ、キレーな色じゃない?」

 高校生くらいの花売り娘のような女の子2人がやって来た。

 タオルに目を引かれたようだ。


「えっ ナニこれぇー、メチャ柔らかいんだけどぉ」

「ヤダッ、この柄なんか可愛いっ」

 どこの世界でもこれぐらいの娘も姦しいのか。ぴぃきゃあ話ながらタオルを手に取っていく。

「ちょっとまってっ! これ鏡じゃない!」

「ホントだぁ、それに可愛いっ」

 確かにシンプルで可愛いと思われるのを選んだよ。

 下手にミッキーとかのプリントじゃわかんないだろうから、無難に背面が水玉模様になってるのを。

「お兄さんこれ、もう1つないの?」

「すいません、鏡は残りそれ1つだけなんです」

 だってそんなにすぐ食いつくとは思わなかったんだもん。

「えー ホントにぃ? どーしよう」

「えぇー あたしも欲しいっ」

 横で押され気味になりながら、なんとかオレンジ色のTシャツを選んだオジサンは、また袋を握りしめて帰って行った。


「あとこれも良くない?」

「ホントだ、すべすべー 気持ちいい」

 君たち、それはオジさんの使用済みグ●ゼの肌着だよ。Tシャツにした方がいいよ。

「あのそれ、男物の肌着なんですけど」

「男物? 別にわかんないんじゃない?」

「うん、うん、全然ダイジョーブだよ」

 そういうの気にしないの? こんなの持ってきちゃった俺が言うのも何だけどさ、

 それに自分が着古した肌着を若い娘が着るのって、なんか逆に俺がドキドキしちゃうんだけど。

 もちろん洗ってるけどさ。


「それになーに、なんかいい匂いがする」

「ホント、香水?」

「いや、それ柔軟剤の匂いです」

「「ジュウナンザイ?」」

「洗濯物を仕上げに柔らかくする……ええと、薬剤みたいなもんです。でも体に害はないですよ。一度洗えば落ちますし」

 柔軟剤ってないのか。うっかり言えないな。


「この縫製凄い技術だよ。こんなにしっかり細かく縫って、しかも縁もしっかりかがってるし。

 あたい お針子やってるからわかるもん」

 あー 花売りじゃなくてお針子さんなんだ。

「これ真っ白だから染色しやすいじゃん。紅花の汁に漬けたら綺麗に染まりそうだし」

「うー あたしはこれ欲しいなぁ」

 もう1人の娘がピンクの花柄タオルを握りながら言った。


「だけどねぇあんた、いくら持ってる?」

「あたしもさっきハチ蜜買っちゃったし……」

 2人は急にこしょこしょ小さな声で相談し始めた。俺には丸聞こえだけど。いいよ納得いくまで話し合って。

 俺はすでに冷めかけたコーヒーを飲んだ。魔法でこっそり温めようかな。

「ねぇお兄さん」

 2人は急にまわりを見回すとこちらに向き直った。

「2人で4つ欲しいんだけど、ちょっと足りなくてぇ、4つで1,657エルに負けてくんないかなぁ。少し触っていいからさぁ」

 そう言って青い花たちはスカートの前をするりとめくり上げた。

 目の前に瑞々しい白い太ももが露わになる。


「ぶふぉっ!ごっ、ゴホッごっふぉ!」

 コーヒーが変なとこ入っちゃったよぉ。

「ねぇダメかなぁ?」

「あの、早くスカート戻してっ、負けます、4つ買ってくれるなら」

「やったぁー!お兄さんアリガトー」

 こっちに回り込んで来ようとするのを慌てて止める。

「いや、いいです。もう見せてもらっただけでOKですから!それで充分です」

 いくらなんでも10代に手を出すのは俺の理性が許さんぞ。

「ヤダぁー、赤くなって、お兄さん可愛いっ」

 本当に何でも可愛いんだな。箸が転がってもっていう年頃なのか?

 

 ひとしきりコロコロ笑ってから2人は、鏡とさっきの肌着、キース・ヘリングのポップなイラストTシャツ、ピンクのタオルを買って行った。

「じゃあ、今日は私が使うね」

「ホント気を付けてね、割らないでよ」

 どうやら2人で鏡を共有するようだ。もう少し買っとけばよかった。


「せっかくだから触らせてもらえば良かったのに」

 俺は後ろを振り向いた。

 ヴァリアスがいつの間にか起き上がっていた。やっぱり寝てなかった。

「んなの、出来るわけないだろう。犯罪じゃないかっ」

「こっちじゃ珍しいことじゃないぞ。しかもアチラから誘ってきたんだしな」

「そ、そうなのか? イヤイヤッ、だけどやっぱ駄目だ。そんな事に慣れ過ぎてたら、日本でうっかりやっちゃうかもしれないじゃないか」

 草食系と言われたことがあるが、俺だって男だもん、何か間違いを起こすかもしれないし。

 普段からボーダーラインはハッキリさせとかないと。


 しかし、こちらに来てからなんか 女どもに振り回されてないか。

 つい、リリエラやダリア、あの日本橋の天女を思い浮かべた俺だった。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

すいません、このフリマの話もあと2話分になりそうです。

どうかお付き合いお願いします。

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