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第70話『ギトニャの町のガラクタ市』


 ギトニャに着いたのは6時、閉門ギリギリだった。

 鐘の音が余韻を残して止み、門扉が動き始めているところへ滑り込んだ。


「見かけない人種だな。どこから来た?」

 門番が尋ねてきた。

「アルメアンから来ました」

「あー それじゃ随分遠回りしたろ。今、山入れないからなぁ」

「その山を通ってきた」

 ヴァリアスが余計な事を言う。

「はぁ? 何言ってんだ、今は()()が出るんだぞ」

()()の事か?」

 こっそり精神伝達テレパシーで言われて俺が開いた空間収納から、奴がレッドアイマンティスの頭を掴み出して見せた。

「ときに良い宿を知ってるか?」

 口が開いたままになった門番に向かって奴が聞いた。


 教えてもらった宿は門前広場前の3階建て。この町ではランタン祭りはないようで、宿泊客はそれほどいないようだった。

 ヴァリアスがチップを渡すと宿の親父は相好を崩した。

 俺はいつも宿代ピッタリしか渡してなかったが、こういうタイミングで渡すものなのか。

 通された部屋は6畳くらいの3階角部屋で、ベッドは1つだが他に簡単なソファがあり、シャワー室、トイレ別で5,300エルだった。

 窓を開けると街灯に照らされた広場が見下ろせて、何か市場らしきテントの群れが市壁沿いに並んでいた。

 もちろんこの時間なので人の姿はない。


「あれはガラクタ市ですよ」

 宿の親父が愛想よく説明してくれる。

「ガラクタ? 朝市とかじゃなくて?」

「一般家庭から出た不用品を安く売る事から始まったので、そう呼ばれるようになったんです。もちろん今じゃ商人も出店したりするので、玉石混交ですがね」

 フリーマーケットみたいなもんかな。ちょっと面白そう。

「お食事はどうされます? 我が宿の自慢は ≪ ピラクーのタレ焼き ≫ と、山菜とビッヘボアを漬けた ≪ ボア酒 ≫ がありますよ」

 確かにそれを門番が推薦していた。酒と聞いて奴が断る訳がない。


 1階の食堂はすでに3分の2ほど席が埋まって賑わっていた。テーブルにつくと親父がキッチンから、仕込み前のピラクーとビッヘボアを見せてくれた。

 ピラクーはアマゾンのピラルク似の銀色の川魚で、ビッヘボアは頭でっかちで、エメラルドグリーンの鱗の綺麗な、太い胴体の割にとても短い寸詰まりな蛇だった。

 あれだ、ツチノコに似てるんだ。ちなみにビッヘというのはビッグヘッドが縮まった言葉らしい。

 精力つきそうだな。


 料理されたピラクーは白身で柔らかく、黒いタレが良く染み込んで旨かった。絶対ご飯に合う。

 白パンじゃなくて白めしで食べたい。でもここじゃ出せないし。

 俺がそうぼやいたらヴァリアスが給仕を呼び止めて、部屋で食べれるか聞いた。

 あっ そういうの訊いていいのか。

「はい、宿泊のお客様でしたら可能です。ただちょっとお時間かかりますが…」

 給仕はまた客が入って来た入口を気にしながら返事した。

「手間はかけん。自分で持って行く」

 そう言うと奴は手品師のようにサッと手を振ると、テーブルの上の料理を全部消して見せた。

 ちょっとビックリしている給仕に

「このボア酒、あと1樽あるか?」


 部屋に戻って奴が料理をまたテーブルに出すと、俺も自分の空間収納からおにぎりを出した。

 今回はアパートで炊いて作ってきた塩おにぎりだ。

「うん、うん、やっぱり魚の照り焼きは白めしに合うねぇ」

「これも辛くて結構いけるぞ。飲んでみるか?」

 きつそうな酒の匂いのするカップを向けてきた。

「いや、それは遠慮しとくよ。アルコール度数高そうだし」

 俺は持参のほうじ茶パックでマグカップにお茶を入れる。

 う~ん、この香ばしい匂い落ち着く。


「今日はよく頑張ったな」

 樽をソファの横に置いて、ボア酒をビールみたいにがぶ飲みしながら奴が言った。

「頑張るしかねえだろ。毎回モンスターの前に置き去りにするってどんな守護者だよ」 

 もうこいつのやり方には諦め始めてるが、やっぱりやられると文句の1つも言いたくなる。

「いつどんな目に遭遇するかわからないだろう。そういう時どう対応できるかで生死が決まる。慣れは必要だ」

「相変わらずスパルタだな。だけどあんなの3匹も相手したんだ、あの爺さん強かったんだなぁ」

 仲間がいたとはいえ、俺みたいに転移で咄嗟に逃げたり出来ないだろうから、相当熾烈を極めたはずだ。


「ユエリアンはアクールの亜種だ。牙が引っ込んだとはいえ、他の種より身体能力と戦闘力は高い。始めに先制攻撃を喰らわなければ、おそらく足も無事だったろうな」

「でもそんな強い種族も、今じゃ掘っ立て小屋の案内所で住み込みの受付だろ? なんか悪いけど哀れを感じるよなぁ」

「そんな惨めじゃないぞ。あのジイさん、あれでも今のお前よりは強いぞ。長年培ったテクニックと知識があるしな。あの足でもおそらくハイオークぐらいなら負けないはずだ。

 たぶん好きであの仕事をしてるんだろうよ」

「そうなのか。それならいいけど……っていうか、あんたの子孫はやっぱり強いんだな」

「子孫じゃない。オレの劣化版の複製みたいなもんだ。それの末裔ってとこだな」

 そうは言っても、自分の関わった種族が褒められるのは悪い気はしないらしい。

 ニーッと牙むき出しで笑った。


 ひと通り食事を終えて皿をドアの横に置いておく。残った汚れは水魔法で浮かせて綺麗に取り去っておいた。

 今日はもう動きたくないが、このままというのも暇である。持ってきた小説はベッドで転がって読みたいし、ちょっとスマホをいじってみる。

 久し振りに見た無料動画サイトでは、結構ラインアップが更新されていた。

 おお、だいぶ入れ替わってるな。

 あ、これなんかビデオで借りようか迷ってるうちに、うやむやになっちゃったやつだ。見ようかな。

 しかしなぁ、こんな小さな画面じゃなくてせめてパソコンサイズで見たいよなぁ。


「画面が小さいならこうすればいい」

 そう言うとスマホの画面を軽くピンチするように指で広げると、スマホの上に大きく広がった画面が浮かび上がった。

「なんだこれ?」

「光を増幅させただけだ。お前だって出来るはずだ」

 おお、そういう事か。それならもう少し、出来ればテレビ画面ぐらいに広げたいな。粒子もそれなりに細かくして見やすくしたい。

 いろいろやってみて、なんとか32インチくらいの画面が一番大きくて、画質も落ち着いて引き延ばせることが出来た。

 たぶん普段見ているウチのテレビ画面が一番なじみのある光画面だからだろう。

 それ以上やろうとすると急に画質が荒くなってしまうのだ。

「慣れてくればもっと大きく出来るようになる。今はそれを長時間維持する事のほうに集中しろ」

 あれっ、いつの間にか訓練になってるんだけど……。


「これ面白そうじゃないか」

「『エイリアン』かよ。そりゃ面白いけど、俺こっちのほうが見たいんだけど…………わかったよ」

 なんかそんなミステリー物なんか見たくないって顔してる。

「ちゃんと遮音しててくれよ。これ結構うるさいから、外にもれたらマズいからな」

 まあ英語だから何言ってるか分からないだろうが、それでも騒音には違いない。

「わかってるよ。すでにこの部屋だけ遮音済みだ」

 そのせいで俺はドアが開いたのに気がつかなかった。


「失礼します。おつまみをお持ちしました」

 宿の親父がいきなり入って来た。

『ウッギャアアアァー!!』

 部屋をつんざく絶叫が響いたのと同時だった。乗務員がエイリアンに襲われた場面シーンだった。

 ドデかい悲鳴に持ってきた皿を落としそうになる親父。

「おっと」とすかさず皿だけ救出するヴァリアス。

 慌てて音と拡大映像を消す俺。


「すいませんっ! 映画、いやっ劇っ、そうっ劇の映像を見てました」

 もう俺も何て言えばいいのかわからない。

「……劇の……映像? ですか……?」

 動悸を抑えるように胸に手を当てながら親父が目をぱちくりさせた。

「記憶石だ。聞いたことぐらいはあるだろう」と奴が言った。

「あ、ああー、なるほど、お客様はなかなか珍しい物をお持ちなんですね。音まで記憶されるとは知りませんでしたよ」

「驚かして悪かったな」

 ヴァリアスが渡したチップにまた笑顔になった親父は、食べ終わった皿を持って出て行った。


「ふーっ、こっちが驚いたよ。ノックしないで入って来るんだもの」

「いや、ちゃんとしてたぞ。遮音のせいで聞こえなかったんだろ。だからオレが返事しといたんだ」

「なにぃ、だったら教えろよっ! 下手したら俺達が奇声上げてると思われるだろうが」

「カッカッカッ、大丈夫だろ。それにちょっと変わった客なんか珍しくないから、別に実害が無ければ追い出したりしないさ」

 そう言ってつまみ用に調理された、樽から出した山菜とビッヘボアの和え物を食べ始めた。

「全然良くねぇ」

 

 ちなみに記憶石というのは、文字通りその場の景色や空間の記憶を呼び出したり、封じ込める事のできる水晶らしい。

 占い師が使ったり、貴族が結婚式や凱旋式などの記念を保存したりする、一種のメモリーアイテムなようだ。

 結局『エイリアン』はそのまま最後まで見てしまった。

 奴が地下にいる魔物に似ているとか嫌な事を言っていた。

 おい、会いには行かないぞ。



 何か人々の騒めきで目が覚めた。時刻は5時43分。

 窓の下を除くと、昨日見たテントの下にたくさんの人々がマーケットの用意をしていた。

 この町からラーケルまでは徒歩で約1時間と聞いた。契約の日は明日だからまだ余裕がある。

 朝食後ガラクタ市を見てみる事にした。


 売っているは商品というより、確かに家から持ち出した品という感じの物が多かった。

 使って黒煤がこびり付いた鍋、欠けた陶器皿、脚がぐらつく椅子、ボロボロになったロープに錆びた鎖、そうかと思うと魔石の粒が混じった土を麻袋に入れて売っていたりした。

 もちろんそんなまさしくガラクタだけではなく、工場の余り物で職人が作ったらしい、銅細工品や木製の箱、怪しい魔道具などもあった。

 売り子も主婦らしい年配の女性や、山から採ってきたらしい木の実や山菜を、荷車に載せたまま売る少年などもいた。


 俺も昔友達が、フリーマーケットに出店するのを手伝った事がある。

 粗大ごみに出すと金がかかるからと、家電や要らなくなった家具などを軽バンに載せて会場に持って行った。

 今は無きベータ版ビデオデッキとかラジカセ、4人掛けのダイニングテーブル椅子セットまで。

 持ち帰りたくないので、初めから弱気価格だった。

 そのせいか始めの1時間でビデオデッキとラジカセが売れ、最後まで残っていたダイニングセットは、近くだが持っていく車が無いという主婦に、家まで届けるサービスで売れることができた。

 あれはなかなか面白かった。



 あるテントの前で見た事のある人物を見かけた。

 その人は、やや色褪せたオレンジ色のスカートを手に取って悩んでいた。

「900エルかぁ、もう少しなんとかならない? あたしまだ小麦粉も買わなくちゃなんないだよねー」

「お嬢ちゃんそれ、あたいもあんまりはいてないのよ。だからあまり当て布が少ないでしょ?」

 リアル継ぎはぎしてる時点で日本じゃアウトな気がするんだが、ここじゃ布が貴重なので当たり前なんだなぁ。

 女物はよくわからないが、パッと見た感じストンとした一般的でシンプルなスカートのようだし、言っちゃなんだが、下町リサイクルショップのワゴンで300円くらいで売られてるようなクタクタさなんだが。


「今日は彼氏は一緒じゃないの? 彼に買って貰ったら?」

「彼氏じゃないよぉー。ただの幼馴染ぃっ」

 彼女はわざと口を尖らせながら 

「大体あいつさぁ そんなお金もってないもん。この前も武器買うのに全部使っちゃったし……。

 だから今年の誕生日のプレゼントはこれで勘弁してくれって、何くれたと思う?

 手作りの木彫りのペンダントよ ?! こんな子供だましで騙せるとでも思ってんのかしら」

 と彼女は首から紐で下げた、ちょっと歪んだバラの花のようなペンダントトップを見せた。

「あ~、でもちゃんと大事に持ってるじゃない」

「そりゃそうよ。わざと見せてやってんの。こんな贈物しか、女に渡せないんだぞってね」


 少し離れたとこで聞いていた俺は、女の本音に怖くなりながら多少の気まずさも感じていた。

「あいつが武器買い替えたって、あんたが壊したせいだからじゃないのか?」

「オレはそんな武器に頼らずに拳を鍛えろと言ったんだ」

「いや、そこんとこ、あの門番にちゃんと伝わってなかったんだと思うぞ」


 あの時ラーケル村の若い門番と話していた娘は、彼氏の愚痴を言い終わるとまた値切り交渉を始めた。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

*************************

最近のコロナ騒ぎで思った免疫のこと。

以前、インフルエンザBが治り、会社に復帰したところ、明らかに高熱と激しい咳でインフルらしい社員と2人きりで残業したことがあります。7畳ぐらいの狭い事務室で席1つしか離れていない位置で、息が苦しいからとマスクを外したまま咳され続けた。軽く注意したら一度かかってるならならないだろうと。

あんたが今かかっているのがAだったら、移っちまうよぉ。

次の日やっぱりインフルだった彼は病欠の連絡をしてきた。そのせいかその後、他の人も発病したりしていたが、あの病原菌室と化していた事務室にいたのに、再発は全くしなかった。

だから免疫って凄いなと思っていたのに、コロナって人によって免疫できづらいのでしょうかねえ?

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