第62話『アクール人と4人の盗賊』
唇の捻じれた大男は、6メートル手前で止まった。他の2人も同様に手綱を引く。
「ほぉー、アクール人か。ユエリアンは何度かあるが、こいつは初めてだな」
「オレもお前みたいな臭い奴は久しぶりだよ」
あっけらかんと奴が言う。
「ぁんだとぉ!」
他の2人がいきり立つのを軽く大男が手で制して
「そいつはすまなかったなぁ。アクール人ってのは確か身体能力が高くて、鼻も獣人並みなんだってな。
おれはそんなに臭いか?」
と、左手の男に聞く。
その男は黒と焦げ茶の毛並みの獣人だ。
「いや、全然臭わないっすよ」
「だそうだ。参考までに聞いときたいが、おれはどんな匂いがするんだぁ?」
「生まれてからずっと風呂に入らないゴブリンより臭ってるぞ。お前を呪ってる恨みの血がプンプンする」
「ふーん、まっそりゃそうだろうな。何人殺ったか覚えてねぇがよ」
大男はボリボリ頭を掻いた。
「頭ぁ、そいつは収納能力者だ。こっちの若いのは土魔法を使うぜぇ」
ギョロ目男が盗賊頭に叫んだ。
「おお、それはそれは、なかなかのスキル持ちじゃねぇか。もったいないねえなぁ、そういう希少な奴を殺らなくちゃいけないとわねぇ」
大男と他2人はグフグフと下卑た笑いをした。
「おー、そりゃ恐いな。蒼也、オレ殺されそうなんだけど、どうしよう?」
奴がこっちをニヤニヤしながら振り返る。
なんでそう嬉しそうなんだよ。こっちは狭いとこで刀を突き付けられてるんだぞ。
一歩踏み込まれたら刺さる距離だ。だけど――。
「ヴァリアス! 殺すなよっ 人を殺したら俺は日本に帰るからなっ。
もうこっちに2度と来ないぞっ!」
「あ~ 中途半端が一番面倒くさいんだよなぁ」
本当に面倒くさそうな顔をした。
「お前ら立場わかってんのかぁ?」
ギョロ目がまた刀をヒラつかせながら
「兄ちゃんはよぉ、大人しく服と持ち物全部差し出しゃあ、まだ命は助けてもらえるかもしれないぜ。
うちの頭は慈悲深いからよぉ」
いやらしく口元を歪ませた。そして刀を商人に向けると
「そっちの親父もだよ。あんた今朝、闘犬場で大勝ちしたろ?
隠したって知ってるんだぜ。ずっと尾けてたからな。
そのままどこか店にでも入るのかと思ってたら、急いで帰ろうとするし、馬車には傭兵が乗ってるしって、少し慌てたけどよ。
ま、頭達も来てくれたから、もう観念して全部出せや」
言われて腹帯にハシッと手をやる食堂店主。あんたが狙われてたのか。
ヴァリアスをじっと見据えていた大男から笑みが消えて、目に殺気の色がにじみ出した。
「そういう事だ。だけどあんたには死んでもらうぜ。おれの事を汚物呼ばわりしたし、空間収納した物を全部出してもらうからな」
3人が馬の横腹を蹴った瞬間、ヴァリアスが前に向き直った。
こちらに走ろうとした馬たちがガクンと蹴躓いたように急に止まった。
いきなり前のめりになった3人は、なんとかしがみついて落馬を免れる。
ボトン。
さっきまで上を舞っていた、カラスのような鳥が荷台に落ちてきた。
「そいつはピーピングバード、コイツらの目になってた。そいつでコイツらと連絡を取り合ってたんだ」
ヴァリアスがこちらに背を向けながら言う。
この鳥で俺達の様子を監視してたのか。
「てめぇもテイマーか !?」
3頭の馬はへなへなとその場にしゃがみ込んでしまって、いくら男共が手綱を引こうと横腹を蹴ろうとビクとも動かなくなった。
「動物ってのは素直だからな、誰が一番強いかわかるんだよ。
いつでもいいぞ。お前ら相手に剣はいらない。素手で相手してやるよ」
奴が右手のひらを上に向けて盗賊を挑発した。
盗賊の4人うち、3人のヒュームは度胸があるのか、鈍感なのかわからないが、獣人だけは奴の抑えた威嚇を敏感に感じ取ったようで、武者震いのように微かに震えた。
「よっくもベルをっ!」
農夫が手鎌を振り上げながら、荷台に登ろうとしてきた。
「うっせぇ!」
ギョロ目男が、俺達に向けていた半月刀を農夫に向けた瞬間、俺は賭けに出た。
魔力に対する力は、耐性と抗性というのがあるという。
耐性は自分に害を及ぼすタイプの魔力に、自らの魔力で打ち消して拮抗する力だ。
いわゆる抵抗力ともいえる。
抗性も同じく対抗する力なのだが、これは打ち消すのではなく、表面で受け流したり弾いたりする、
主に護符などで使用できる力だ。
表面に防御膜のようにシールドを張っているといったところか。
免疫とシールド、どちらが打ち破りやすいかは一概に言えないが、抵抗力が同じなら細かいことを無視すれば、シールドの方が打破しやすい。
以前の護符付きハイオークのような相手の対策に、宿で奴に護符を渡されて、このシールドを打ち破る訓練をやらされた。
受け流される以上の魔力を一点集中で打つ。
一瞬でも破る事さえできれば、耐性はその部分だけだが、抗性なら全体に広げられる。
炎でやれば相手を黒焦げに出来るし、肺に水や酸欠空気を送り込むという、エゲつない事も理論上可能だ。
だがそれをしたら相手はまず死ぬだろう。
そんな事はしたくない。
農夫に振り下ろそうとした半月刀を、空間収納からファルシオンを出しざまに、横に打ち逸らす。
驚いてこちらに振り返るギョロ目と、目が合いながら大きく踏み込むと、奴の右ひじに左手を当てて思い切り魔力を集中させた。
それは火でも水でも、もちろん酸欠空気でもない。
電気だ。電流は低く、だけど電圧は高く。
一瞬のインパクトで叩きこむスタンガンの要領。
ほんの刹那、シールドを抜けた手ごたえを感じた瞬間、電圧を上げてぶち込んだ。
「ンギャッ!!」
ギョロ目男が海老反りになって動きを止めた後、ゆっくり後ろにひっくり返っていった。
俺はそのまま右手を掴んで、半月刀を落とさないようにした。
「よし、良くやった」
ヴァリアスがこっちを向いてニッと牙を見せた。
そこへ馬から素早く降りた賊どもが剣を振りかざしてきた。
だが、もちろんこいつが目だけで物を視ているわけじゃない。
斜め上から、大剣を振り下ろしたボスの右脇をするりと抜けると、鳩尾の辺りにドンと右手で掌打した。
同時に横にいたヒュームの男の顎を、左手で素早く弾く。
大男は捻じれた唇が、ただの分厚い唇になるくらい大口を開けた。
もう1人は脳が揺れたらしく白目をむく。
2人共その場に崩れるように倒れた。
「蒼也、見てたかぁー? あれから少し、速度を調整出来るようになったんだぞ」
得意げに言ってきてるが、こっちはそれどころじゃない。
倒れたギョロ目の左腕からすぐに護符の腕輪を外すと、俺は状態を確認するため解析した。
《 状態:感電によるショック状態、意識混迷…… 》
良かった。死んでない。
念のため心臓と脳には流れないようにしたし 、火傷もしてないよな。
コントロールしているとはいえ、接触して電気を流すのは自分も感電しそうで、ちょっと怖かったけど上手くいったようだ。
「グルルルゥ…」
たった1人残された獣人が唸り声を上げた。
逃げないが虚勢をはってるのがわかる。
「ほう、お前の威嚇はそんなものか。せっかくだからオレもアクール人の威嚇を見せてやるよ」
そう言うやヴァリアスは「ガチガチガチガチ!」と牙を打ち鳴らし始めた。
それは高く耳障りな音で、耳どころか全身に響いて聞こえた。
『 お前を喰い殺す 』と。
最後の虚勢も吹っ飛んでしまった獣人の男は、その場に頭を抱えてうずくまった。
「ヴァリアス、馬を見てやってくれよ」
俺とヨーンさんが盗賊を縛り上げて、盗賊の馬に括り付けているのを、のんびり見ている奴に言った。
馬のベルは不規則な呼吸をしながら、涎を垂らして倒れたままになっている。
農夫はそんな馬を心配そうにさすっていた。
「ホースドラッグだな。主にウマ科の脳に作用する麻薬みたいなものだ。暴れ馬とかを大人しくさせたりするときに使うものだよ」
「じゃあ害はないのかい?」
「精製度にもよるんだが……これはこの馬にはちょっと強すぎたな。
ほっとくと麻痺が残るか、最悪 呼吸困難になって死ぬ」
それを聞いて農夫が細い悲鳴をあげた。
「蒼也、これ飲ませてやれ」
空中から小瓶を取り出して俺に渡してきた。
毒消しか。
「御者さん、ちょっと危ないから離れてて」
首にすがり付いて、馬の顔を覗き込んでいる農夫をどかす。
そんな風に覗いてると絶対煙を吸ってしまう。
馬の首を持ち上げながら、舌がはみ出した口に瓶をつけて飲ませる。
するうちに馬の頭部から焦げ茶色の煙が、染みだすように立ち昇ってきた。
農夫とヨーンさんも恐る恐る見ている。
半目をしていた馬の目が正面を見ると、パチパチとしばたいた。
馬はハッと気がついたように首をあげると、勢いをつけて立ち上がった。
ブルルルンと調子を取り戻すように口と首を震わす。
「やった! ベル、良かったんなぁっ。いやぁ、ありがとうございやす!アリガトう!」
「わ、わかりました!わかりましたから離してっ」
俺は農夫に思い切りハグされ、頬にキスされて辟易した。
外国人ってどうしてこうオーバーリアクションなんだろ。
ふと奴がみんなの注意がこっちにきている隙に、馬に回復魔法をかけているのが見えた。
「……恥ずかしながらワタシ、ちょっと賭け事が好きでして…」
軽快に動き出した荷馬車の上で、ヨーンさんが照れ臭そうに話した。
地元のトランドでも余裕があれば、賭博場に通っていたそうだ。もちろんこうして他の町に来た時には、必ずそこの賭博場に顔を出していた。
「今朝は本当に、運命の女神様が微笑んだと思うぐらい調子良くて……」
2連続当たりが来て、勝負とばかりに大穴に賭けたのが見事大当たり。
場が非常に荒れたので、怖くなってすぐに、賭博場を出て帰ろうとしたのだという。
「あそこで最後の大勝負まで残ってなければ、ワゴネットに間に合ったかもしれんのですけど、そうすると、せっかくのってきた運を逃しちゃいそうでつい……でも、おかげでこうして大金を得ましたので」
と腹帯の下をめくって見せる。
そこにベルトポーチのような、左右に紐が伸びた巾着袋が見えた。
「でもそこで目をつけられたようですね」
「ええ、本当に恐ろしいことです」
また先程の光景を思い出したのか、ヨーンさんはブルっと身を震わせた。
「護衛のいない奴は、できる限り大金を持ち歩かないのが鉄則だ。
お前も商人なら、商人ギルドにでも預けておけば良かったんだ」
ヴァリアスが後から盗賊を乗せてついてくる馬達を見ながら言った。
「はい、ごもっともなんですが、あの時はなんか急に怖くなって、すぐに馬車に乗りたかったものですから……」
今だってそうやすやすと、他人にお金見せない方がいいですよ。
それにしても何故か、ヴァリアスの立ててる膝の上に、さっき落ちてきた黒い鳥が乗っている。
カラスに似ているが、嘴がもっと細くて、黒い頭に一本クルンと深紅の毛が伸びている。
これが周りの気配を感じとる、アンテナのような役割をするんだそうだ。
その高感度の性質を利用して、テイマーが偵察用によく使う鳥らしい。
奴は顔を後方に向けながら、鳥の首下を撫でている。
それを鳥は気持ちよさそうに首を伸ばして目を細めている。
俺も触っても良い?
「ソーヤさん達はラーケル村まで行くんで?」
俺が地図を見ているのを覗き込んで、ヨーンさんが訊いてきた。
「だったら次の一番近い町はモーリヤですね。トランドからは1刻(約2時間)かからないですから。
確か3時の祈りの頃まで結構便がありますよ。
この調子でいけば最終便に乗れるかもしれないですね」
地図で見るとモーリヤは、カイルが言っていたマリーヤの少し先、
川の手前の町だった。一気にそこまで行けるかもしれない。
俺も御者が心配するほど、元気に走るベルの後ろ姿を見て思った。
が、現実はそう甘くなかった。
ハプニングがあったにもかかわらず、予想より早く2時過ぎにトランドの町に到着したのに、
門の詰所で足止めを食ってしまったのだ。
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