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第35話『3人目の使徒』

 

 そろそろ奥さんと子供が帰ってきそうなので3時頃帰る事にした。イアンさんは俺が出したアイデアを凄く喜んでくれてすぐに取り掛かりたい様子だった。また近いうちに再会する約束をして家を出た。


「まだ時間があるから街を観光する?」ナジャ様が言った。

「ええ、ぜひ。そう言えばちょっと変な事聞きますけど」

 俺は以前、日本橋で疑問に思っていた事を聞いてみた。

「女性を褒めるときに人形みたいだとか言うのって変ですか?」

「人形ねー。こちらの人形は子供の玩具が一般的だから、相手が小さい子ならおかしくないけどねー。大人の女には言わないかなぁ」

 ああそうなんだ。やっぱり考え方がちょっと違うんだなぁ。

「妙齢の女に言うなら精霊のように神秘的とか、女神様とかに例えておけば無難だよ」

 おお、それは覚えておこう。


「閉門までに3時間くらいあるから、博物館でも行くか?小さいところならそれくらいで回り切れるだろ」

 ヴァリアスが言ってきた。

「良いね。見てみたい」

 それなら2つブロック先に小さな歴史博物館があるというのでそこに行く事にする。

 大通りに出ると相変わらず人が多い。一般的な町人風から旅人、農民、兵士まで様々な人達が行きかっている。


 ふとヴァリアスが呟くように言った。

「ここは他所の奴らが結構いるな」

 それに少女が振り向く。

「そりゃそうだよ。この国の王都だしね。よそ者にはやっぱりメジャーな観光スポットだからさ」

 やっぱり観光客が多いんだな。


「蒼也、今言った他所の奴らというのは人間の事じゃないぞ」

「えっじゃあ何?」

「オレ達と同じ使徒とか天使の奴らだよ。ただし他の星のな。換金所で聞いただろ?

 地球でもうちの星の人気が上がってるって」


 ああ、あれか。観光客って他所の星から来た天使なのかよ。

 俺は念のため索敵してみたが、それっぽいのは全然わからなかった。護符を付けているのか半数以上は解析不能だったし、判った人は皆人間だった。

 どこにいるんだ? 全然わかんないよ。

「みんなちゃんとこちらの人間に偽装してるからわからないよ」

「さすがに見分けは無理だろうな。相手は腐っても天使だし、逆にお前程度に見抜かれたら問題だ」

 まあそりゃそうか。

 

 横を荷車を引いた足の太いロバのような顔した、草色の毛並みの小柄な馬がゆっくり通って行く。それとも馬じゃなくてロバなのかな。ここで初めて見た種類だ。目のまわりと鼻筋が白くて可愛い顔をしている。

「あれはコニーっていう馬の仲間だが、小型で比較的餌が少なくて済むから飼いやすい種なんだ。冬になると長い毛が生えて来て寒さにも―――」

 

 そこで馬の方を向いていたヴァリアスが急に反対側を向いた。

 次の瞬間目の前にいきなり黒い人物が現れた。

 そいつは前を行くナジャ様の横をすり抜けて、真っ直ぐヴァリアスに向けて右腕をラリアットするみたいに素早く振ってきた。

 が、ヴァリアスが手前でそいつの手を掴んで止めた。

 俺は隣で事態がわからず固まっていた。


「こんな人間がいっぱいいる所で隠蔽使うな、リース」

「なんだ、やっぱ驚かないか。大丈夫だよ。今誰もこっちに注意を向けてないから」

 そう言った男は全身黒い姿をしていた。黒いシャツにくすんだ黒い、騎士が着るサーコートのような袖なしの上着を着てフードを目深に被っていたが、妙なのは目を黒い布で覆っていたことだ。


「おお、ナジャッ久しぶりっ。30年ぶりかな? 相変わらず小さいな」

 と、横にいたナジャ様の頭を雑に撫でた。

 背丈はヴァリアスよりやや大きいから2メートルはありそうだ。

「やめろよ。髪がクシャクシャになっちゃうよ」

 ナジャ様が男の手を払った。

「お前何してんだ? 昼間に地上にいるのって珍しいじゃないか」とヴァリアス。

「仕事だよ、ちゃんと」

 クルッと俺の方に向き直ると「誰?」と聞いてきた。


「蒼也だよ。地球に行くとき話した召喚者だ」

「あー、例のクレィアーレ様のとこの」

 黒い布越しに見られているのがハッキリわかる。やっぱり使徒か天使か。

『じゃあ多言語スキルはあるよね。この言葉わかる?』

 男はイタリア語で話してきた。

『ええ、わかります』


『おれは闇の神オスクリダール様の666番目の使徒リブリース。ヨロシクね』

 そう言って黒い男が右手を出してきたので、俺も名乗っておそるおそる手を出す。

 強い力で掴まれてブンブン振られた。

『うんうん、若いのに老いてるねー、君』


『お前さん大体なんで目を隠してる?いくら光に弱いっていってもこれぐらい調整は出来るだろう?』

『これ?一種のパフォーマンスだよ。ちょっとこっち来てくれる?』

 そういうと男は店の日除けの下に誘った。

 その日陰になったところで男はフードを取ると目のまわりに巻いた布を額の上にバンダナのようにずらした。


『今回さ、観光案内してるんだよ、おれ』

 もちろん、他所の天使のね、と俺に向いて言った男は、黒髪に灰色メッシュの短髪で淡いブルー系の目をしていた。見た目は30前後かな。

『えっ? ガイドは基本うちのファミリーの担当だよ。なんでお前さんが?』

『もちろん知識のとこの天使がメインでツアーガイドしてるけど今回のツアーが観光兼見学なんだって。で、地獄巡りもあるんでちょうど手が空いたおれが補佐してるって訳』


『コイツはな、地獄の極卒なんだよ。お前のとこで言うと悪魔とか鬼みたいな存在だ』

  ヴァリアスが言った。

『悪魔ってのはヒドイなぁー。おれって全然優しいぜぇ』

 そう言って男は俺にニッと笑った。

 歯は犬歯以外尖ってないし、なんとなく人懐っこそうな笑顔をする。


『嘘つけっ拷問局長のくせに』とナジャ様。

『えっ! 拷問局長?!』

『そのあだ名やめてくれる? ちょっと罪人の刑罰担当主任ってだけだろう。もうおれのイメージと評判がダダ下がりなんだけど』とリブリースは両手で顔を覆って泣く真似をした。

『全然可愛くない』

 すかさずナジャ様が一蹴する。

『おれは平和主義者だし、基本生きてる人間には手を出さないよ』

 そう言ってニコッと笑ってまた俺のほうを見たけどなんかもう素直に頷けない。


『そうやっておれみたいな手を汚すタイプ――別に疾しいことじゃないけど、こういう仕事を悪視や蔑視する星が結構あるからさ。特に地球なんか神界の対立勢力みたいだし。

 そういう奴が自分より強かったら嫌じゃん? 観光に来るのって文官とか一般系の天使や使徒が多いから武力系じゃないんだよね。だからこうして弱点強調してお客さんに優越感を持たせてるんだよ』

 と両手で目を隠す仕草をした。


『闇の神オスクリダール様は戦いの神、軍神でもあるんだ。だから使徒の半数は武人なんだ』とヴァリアス。

『そういうヴァリーだって戦闘能力なら絶対うちのファミリーなんだけどねぇ』

『戦闘力だけなら火の奴とか他にもいっぱいいるだろうが』

 ああ、やっぱりヴァリアスって戦闘系だったのか。もし違う使徒が俺についてたら指導方法が変わってきてたのかなぁ。まぁこの知識や闇の使徒様じゃなくて良かったけど。


『ヴァリー、今ここに観光に来ている奴らってどこのだと思う?』

 ヴァリアスは辺りを仰ぎながらクンクンと匂いを嗅いだ。

『まず地球だな。それとベーラとサウザー、ジルチゼムと…あと2つは知らないとこだ』

『当たり。その6星からなんだけど、実はヴァリーに教えようと思ったのは―――』


『ん、この地球のヤツの匂い…知ってるヤツだ』

 ヴァリアスはイブリースの右手の辺りを嗅いで言った。

『さすがだな。おれ握手した後にちゃんと手ぇ洗ってるのに……』

『アイツかぁ―――オレの事最後まで疑りやがった、あの地球の税関野郎………』

 ヴァリアスの目の白い部分が黒くなった。

 なんか今日これ多くないか。

 それにしても税関って以前に地球に来たときヴァリアスが悪魔と疑われた件か。


『大正解! あいつさ、全然おれの事忘れてたみたいだったけど。

 まっあいつにとっちゃ何億以上相手にしてる渡航者の1人だからイチイチ覚えちゃいないだろうけどさ。

 で、あいつを見つけたんでおれが今回補佐役を買って出たって訳』

『大体なんでオレがディアボリカと疑われて、真性のお前がすんなり通るんだよ?!』

『ヴァリーはもうちょっと愛想良くすりゃいいんだよ。おれみたいに』

 するとナジャ様が俺に囁いた。

『こいつは外面だけは良いから気をつけろよー』

『何言ってんだい。おれは中身もクリーンだよ』


 それからリブリースはあらためてヴァリアスのほうを見ると、急に目が白目ごと全部真っ黒になった。というよりも闇より深い黒になった。

 その黒が目窩の中で渦を巻いている。闇の男はニヤリと笑って言った。

『勿論あいつも地獄巡り来るんだってよ。どうするヴァリー?』

 喋ると口から黒い霧が冷たい息のように漏れた。

 するとヴァリスも白目が再び黒くなり牙を見せて凶悪な顔になった。白灰色と黒の悪魔が目の前にいる。


『おいっ何企んでるか知らないけど、星間問題になるから止めなっ!』

 ナジャ様が慌てて言う。

『なぁに、ちょっとしたお客様へのサプライズだよ』

 また普通の目に戻ったリブリースが笑みを浮かべた。

『大丈夫だ。オレ達はそんなヘマやらん』

 ヴァリアスも通常に戻った。

『あーもう、あたいは何も知らないっ。聞いてないよ』

 少女は両手で耳を塞ぐ仕草をした。

『そうそう、おれも今まで怒られたことほとんどないもん』

『それはクレィアーレ様とオスクリダール様が寛容な方だからだよー。

 もうこれだから悪ガキ共がー』


『おっとそろそろ行かないと』

 リブリースはまた黒い布で目を覆うとフードを被った。

『あっこの前貰ったチェーンソーとかいう武器?アリガトな。

 面白いから試用してみて良かったら採用するわ』

 えーあれ拷問道具になっちゃうの? 買って使ってくれるのはいいけどなんか複雑だな。


『ナジャ、今度また女の子紹介してくれよー。君よりもう少し大きいお姉さんが良いなぁ。

 あっ、でも光と火のはやめてね。ちょっと眩し過ぎるは苦手なんだよね、疲れちゃうし』

『もうオークとでもやってろよ』

『えーだってあいつら雄ばっかじゃん。それにもう少し柔らかいのが好みなんだけど』

 なんか評判落としてる要因が違うところにありそうなんだが。

『じゃあまたね、後で連絡するわ』

 リブリースは黒い爪をした右手を挙げてひらひらさせながら、大通りを俺たちが来たほうに歩いていった。


「………俺、もしもこっちに移籍して死んだら、あの使徒様のやっかいになっちゃうのかな……」

「お前のとこにも似たようなのがいるんだろ。そんなの地獄に堕ちなきゃいいだけだ」

「ヴァリハリアス、お前さん妙なマネしないほうがいいよ」

「何のことだ?」ヴァリアスがケロッとした顔で言う。

「わかった……もうあたいノータッチにする」少女は溜息をついた。

 俺達はまた歩き出した。


「さっきの使徒様、前に聞いた地球の税関一緒に通った仲間のひと?」

「そうだ。オレは日本だったがアイツはイタリアとかヨーロッパ大陸を巡るって言ってた。地獄とか拷問器具の見学だな」

「どうせ主に女漁りだったんだろー?」

「………否定…できないな」


 ふと耳に聞いた事のある声が聞こえてきた。

「そこのカノジョー、おれとメイクベビーしないかい?」

 だいぶ離れているはずだが、雑踏のざわめきの中、つい声を拾ってしまった。

 リブリース様が誰かに声をかけたようだ。


「……馬鹿リース、もっと離れてからやれよ」

 ヴァリアスが苦い顔をした。

「ああいうヒトが俺みたいなのが生まれる原因を作るんじゃないのか……いい迷惑だな……」

 俺はつい呟いてしまった。

「大丈夫だよ。あいつは種無しだからさ、子供出来ないんだよー」

 少女がケケケと笑いながら言った。

 それって男が傷つくベスト5に入る言葉ですよ!


「違うぞ、アイツは遺伝子の相性が凄く悪いんだ。弁護する気はないが一応言っとく」

 同じ男としてのメンツなのかヴァリアスが弁解した。

「結果は同じでしょー? あっ花売り娘に振られた」

 俺にはもう聞こえないがナジャ様にはわかるようだ。

「おーっ懲りずに今度は人妻に声かけてるよ。隣の旦那めっちゃ怒ってるよ、ケケケ」

「なんだろう、究極のイタリア男みたいな使徒様ですね」

「わかるのか、蒼也。アイツ確かに地球での身分証はイタリア人にしてたんだぞ」

 ヴァリアスが感心したように俺に言った。

「あっ、そうなの? そうかパスポート必要だもんね。うーん、的を得てるというか、自分の事良く知ってるというか……」

 あれ、ということは……。


「じゃあヴァリアスも地球でのパスポートってあるんだよね? それって自分で勝手に作るのかい?」

「いや、そういうのは地元の星の税関で手続きして作ってもらうんだ。アイツは前もって調べてたらしくて、イタリア籍を自己申告したんだ。オレは良く分からないから税関の奴らに任せた。

 そしたらお前は色素が薄いから北欧系でいけって言われた」


 あー、適当にアメリカ人にはしなかったのか。地球には戦闘民族なんかいないしな。

「なんかフィンランドとかいうとこにされたぞ。どうせ日本人に違いは分からないからとか」

 ……フィンランドの人なんかすいません。



ここまで読んでいただき有難うございます!

明日12月21日(土)はお昼と夜の2回更新したいと思います。

どうかお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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