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第277話 『不穏の光』

 うおおぉぉぉ、すいません、今回も長いです。一万字越えてます( ̄▽ ̄;)


 門まで戻るとすでに若者たちの姿はなかった。警吏も始めの2人だけで、残りは彼らを連れて町に戻ったとのことだった。


 ここを出る時、門扉の護符に手を暫く付けるように言われたが、あの煙で巻かれるという事はなかった。

 あの若者たちがやられていたのは単なる嫌がらせだったようだ。


 実は警吏達は、アンデッド(祈祷済み)用の毒消しを携帯していた。すぐに使わなかったのは、彼らに思い知らせる為だったとか。

 本気で見殺しにするつもりはないよと、2人の警吏は少しニヤつきながら言った。

 それが本当だとしても一歩間違えば手遅れになりそうに見えたのだが。


「あの慰霊碑だが、なぜあんな状態に放置されてるんだね?」

 煙を操る警吏に先生が尋ねる。

「さあね、昔からあんな感じだよ」

 錠前がしっかり掛かっているか確かめながら男が答えた。


「もしかして放ったらかしだから、悪霊が湧いたと?」

 2番目に現れた警吏が逆に訊いてきた。

「それも要因の1つかもしれんが、ただ慰霊碑というのにあの扱いが気になってな」


「だったらそれは、元々が『光』派が起こしたモノじゃないからかもな。何しろここの住民の8割以上は『光』派の奴らだから」

「じゃあ『地』の教会は何をやってるんです? あの慰霊碑は『地』が建てたのでしょう」と俺。

 いくら『光』派が多いにしても、せめてそれくらい管理しないのか。


「ウチの町には『地』の教会はないよ。合同礼拝堂ならあるけどね。ちなみに『闇』ももちろんありゃしない」

 と、やや自嘲気味に闇の男が肩をすくめた。


        *


 ギルドに戻るとオットー所長は急用で出かけたという事だった。代わりに副長という3,40代の女性が現れた。

 栗毛色の髪を天辺でキッチリと巻いたその副長は、地球ならスーツにパンプス、シャープなメガネをキリッとかけたやり手秘書を連想させる。

 はたして二言三言話してみて、その第一印象が的外れではないことが分かった。


「失礼ですが、そちらの方もパーティの方でしょうか? こちらの登録では協力者は『アクール人』のみとなっておりますが」

 簡単な挨拶をする間もなく、会った途端にそう言われた。 


「こちらはアグロスで『水』の教会を守ってらっしゃるハルベリー司祭です。今回、プリーストとして協力してもらえることになりました」

「副長のアリョーシャです。

 それでは正式なスタッフとして、こちらに誓約をお願いします」


 センシティブな案件の場合、話をする前に秘密厳守を誓わせる。

 オットー所長は俺たちに縋るような感じだったから、最後にいかにも申し訳なさそうに出してきたが、この人はなんだかキリキリしたビジネスライクだ。


 だが先生はこれまでの経験で慣れているのか、眉一つ動かさずそのまま出された宣誓書にサインした。


「それでは訊きたいのだが、元凶と言われている碑は本当に慰霊碑なのかな。

 わたしにはどうしても(とむら)っているとは思えなかったのだが。

 慰霊碑なら何故あれほど荒れるに任せているのか。本来は違うモノだったのじゃないのかね?」


「あれはこの町の建立時から慰霊碑とされております。町の史書にもそう記載されてます。

 碑の現状に関してはあいにくギルドの管理するところではありませんので、不確かな事はお答えいたしかねます」


「ではこの町の建立は何年に?」

「A.H.952年 土の月、437年前です」

 A.H.とは『人の暦』という意味らしい。ちなみに『人族』のということだ。


「437年前……」

 先生が小さな声でぽつっと復唱した。

 そういや先生は最初に、この町が出来たのは400年以上前かと気にしていた。

 その年数にやはり何かあるのか。


 それから10分ほど話したが、ほとんどこれといった情報は得られなかった。

 所長に見せてもらった報告書の内容を、言い方を変えただけのものだった。


 最後に先生が、俺の気にしていなかった質問をした。

「この町を創る際に犠牲となった者たちだが、名前や何人(なにじん)だったかなどの記録は残っていないだろうか」

「残念ながら139人という人数しか記録はありません。それは重要な事ですか?」


「いや、まだ分からん。ともかく解決の糸口を見つけるためにも色々と情報が欲しいものでな」

「そうですか。こちらも依頼している以上、協力は惜しみませんが、事態は貴方がたが思っている以上に深刻です。

 あまり横道に逸れた調査で時間を潰すことは謹んでください」


 現在進行形の事案当事者とはいえ、なんともにべもない口調だった。

 これがオットー所長だったら、もう少し違う言い方をするのだろうが。

 

「ご質問はこれくらいでよろしいでしょうか」

 自分達の依頼なのにもう時間の無駄というふうに、早く切り上げたい感じがひしひしと伝わってきた。


「所長のオットーから、貴方達の宿を手配するよううかがっております。すぐにご案内いたします」

 アリョーシャ女史はそう事務的に話すと腰を上げた。


「いえ、まだまわるところがありますから、今夜は遠慮します」

 つい断ってしまった。

 なんだかこの副長の態度が気に入らなかったからだ。

 

「そうですか。一応お伝えはしましたが、ではご自由に」

 副長はそのままドアを開けると横にどいた。

 俺たちは無言のままドアを通った。


 ハンターとギルド、仕事とはいえ組合員とその組織。乱暴な言い方をすれば会社組織のような上下関係はないはずだ。

 ましてや仕事内容は命懸けなのだ。それを上から目線のような冷ややかな態度をされてはもやもやする。

 父さんの勧めじゃなければ違約金を払ってでもキャンセルしたくなったところだ。


 でもきっと広くて良い部屋を用意してくれていたはずだから、先生に休んでもらうには良かったかもしれない。

 つい勝手に宿を蹴ったことを先生に謝ると、

「そんな高級な部屋じゃ、逆に落ち着かんわ」と笑ってくれた。


 ギルドを出ると先生はすぐさま「次は『光』の教会へ行こう」と言った。

 今日のうちに行けるところはまわっておこうというのだ。


 何しろ今回の案件、なにから手をつけていいのかよく分からない。これじゃどっちが助っ人なのか分からなくなりそうだ。

 ひとまず先生のやり方に従おう。


 大通りを急ぎ早歩きで歩く。

 先生はノーム人なので俺より20cm以上背が低いが、それでも足は遅くない。

 始めの頃俺が気を使ってゆっくり歩いたら、もっと早くても大丈夫だと言われた。

 

 そういやヴァリアスと初めて歩いた頃、奴の歩調が早すぎて文句を言ったが、足の長さ以前に俺自身があの頃タラタラと歩いていたのかもしれない。


 そんなことを考えながら暮れ始めた通りを行くと、同じようにせかせかと行き交う人達の姿があった。

 

 昼頃に来た時は人の姿は少なめでその足取りはどこか重そうだったが、夕暮れ時の今は家路に急ぐのか、皆せかせかと急ぎ足だ。

 閉門前1の鐘(閉門30分前)が鳴る前で、普通冬でも街中ならまだまだ買い物などで賑わう時間帯なのだが、店自体がガタガタとあちこちで片付けを始めていた。


 寒いから当たり前なのかもしれないが、通り沿いの”inn”と看板が出ている宿という宿の窓や扉もみなぴたりと閉められていて、煙突から湯気はおろか軒先のランプも点いていないところもある。

 失礼ながらそっと探知で宿内を探ると、人どころか暖炉の残り火の気配さえない宿もあった。


 迂闊だった。

 いま町は観光客どころか出入りの商人もほとんど来なくなって、町の死活問題になっているとオットー所長が嘆いていたのだ。

 人が少なくて宿は空き放題だろうと呑気に考えていたが、客が来ないならと始めから営業を放棄している可能性もあった。


 何しろ町はいつこの騒動が収まるのか分からない。無事に収まったとしてもすぐに客足が戻るとは限らない。

 それならば他の仕事や近隣の町なりに出稼ぎ(スキマバイト)に行くということもあるのだろう。


 これはギルドの宿を断ったのは早計だったかと、ちょっと心配になってきた。

 いま目につくドアに営業中のランプが下がっているところに飛び込んで、ひとまず部屋だけでも押さえておくほうがいいのではないか。

 

 けれど先生はそんな不安をよそに大通りをどんどん進んで行く。

 人に尋ねたり地図を見ずとも、建物の隙間や上からあの高いモニュメントが見え隠れしているからだ。 


「先生、さっき町の創立年を気にしてましたけど」

「あぁ」

 先生が橋の欄干から川を覗き込む。水には特に変わった様子はない。

 ただ薄暗い空を映してどことなく濁った水面に見えた。


「400年前以上って目安には何か意味があるんですか?」

「うん、まあ一概には言えんのだが、今から350~500年ほど前の時代、この国、いや、この大陸はある激動の時代だったんだ。

 人贄の儀が盛んに行われた歴史でもあるんだよ」


「それは……嫌な時代ですねえ」

 もちろん不快感しかないが、俺にはどこか他人事の気持ちがあった。

 先生だってここの国に人だが、そんな昔には生まれているはずもない。だから多くの戦後生まれのように、昔の事にそこまで深い哀悼は抱かないだろうと思うところがあった。


 だが先生は水面から目を外すと、一つ深く溜息をついた。

「そう、嫌な時代だよな……」


 やはり聖職者として過去の痛ましい歴史に憂いを感じるのだろうか。当事者でないにしてもなんだか関わりがありそうな気がする。

 もしや先生の先祖とかに犠牲になった人がいるのかもしれない。

 なので俺はそれ以上この事は尋ねないようにした。


 だが俺のこの推測は間違っていた。

 その歴史はなおも現代に、重く暗い闇を引きずっていたのだ。


 橋を渡り緩い坂道を上がって行くと、道の先に例の黄金のモニュメントの鐘楼とその他幾つかの尖塔、そして正面に城のような聖堂が見えてきた。


 聖なる白と眩く黄金で構築された巨大で荘厳な大聖堂。暮れゆく灰色の空を背景に薄っすらと光り輝いて見える。

 おそらく建物自体が実際に光を発しているのだろう。


 ブロンズに黄金と白金で飾られた扉は5つあり、そのどれも芸術的なレリーフが施されているのだが、圧巻なのはその大きさだ。

 みな優に10メートルは近くあるだろう。ウチの古い3階建てアパートと同じくらいか。


 中央の大扉なんかはそれ以上だ。

 扉だけでもこの大きさと荘重さ。今まで多少なりとも大きな建物は見てきたが、これまた別格だった。


 大通りは更に広がり、その巨大な建造物のまわりをぐるりと廻っている。俺たちの先を横切っていく人達も、その大聖堂の前では急ぐ足を緩めて一礼をしていく。

 まさに人々の崇拝する場所なのだ。


 きっと内部は天井がもっと高くて壮麗なんだろうなあ。ふとテレビで見た天井画で有名な大聖堂を思い出す。

 信者じゃないけどちょっと覗いてみたいかも。

 

 しかしその立派で重厚な扉は5つとも固く閉ざされ、僧兵らしき衛兵がそれぞれの扉前で立ちはだかっていた。

 違う意味で重々しい。


「何用か」

 中央扉前にいた3人の衛兵のうち、一番手前にいた男が声を上げて来た。

「只今我がガルディーニャ大聖堂は一般人の仕様を禁じている。

 観光ならもってのほか。礼拝なら小教区の教会で行えるゆえそちらに行かれよ」

 つかの間観光モードになっていた俺は、また現実の緊張感に戻された。


「わたしはマルゴー地方はアグロスにて『水』の教会を預からせてもらっている、ハルベリーと申す」

 先生はそう言うと、軽く両手を開いてマントの前を割った。そのまま手を交差して会釈したが、相手には司祭の礼服が見えたのだろう。

 他の僧兵も居住まいを正した。

 

「こっちは弟子のソーヤ。

 この度のこちらで起きている事案について伺いたいことがあり参った」

「伺いたいこと? 助勢に来られたのではないのですか?」

 僧兵が戸惑ったように俺と先生を交互に見る。


 さっきの警吏もそうだったが、他所から僧侶が来た=支援と思われるようだ。

 ややこしくなるから俺は弟子として紹介されたけど、まあ治療を教えてもらってるから嘘じゃないよな。信徒とは言ってないし。

 

「ではご面会の約束はおありでしょうか?」

「急だったのでそれはしておらん。

 まあ話が聞ければ誰でもいい。貴殿でもいいが任務中であろう。ここで立ち話をする訳にもいくまい」

 その言葉に更に僧兵が困った様子を見せる。


 宗旨が違うとはいえ、こちらは司祭。宗教関係者としてのヒエラルキーがあり、ただの信徒と違って無下に断れないのだろう。

 先生はそこのところをよく分かっているので、無理は承知だがなんとか誰か話の出来る人を呼んで欲しいと、穏やかだがゴリ押しの一手で押しまくる。


 そんな押し問答をしていると右側から声がした。

「何の御用でしょうか」

 振り向くと右端の扉が半分開いて、白地に金のラインの入った礼服の祭司がやって来るところだった。


「わたしはこのガルディーニャにて司教総代理を務めております、主任司祭のリヒトマイヤーです」

 細い鷲鼻に薄い眉と唇、金色の目をした40絡みの司祭は、俺と先生の頭から下までサッと目を動かした。


「何かお聞きになりたい事があるとか。

 ご存じかと思いますが、当院はただ今多忙を極めております。

 遠路はるばるお越しいただき恐縮ですが、危急の用でなければご遠慮ください」

 言葉つきは丁寧だが、先程の僧兵よりも口調は冷たい。


「状況は重々承知しております。

 ですが我らも物見遊山で来た訳でなく、この難局を少しでも早く解決に導きたくやって参りました。

 ちょうど今、その墓地を見てきたところです」

 最期の言葉にピクっとリヒトマイヤー司祭の眉が動く。


「悪霊が湧き出たとあった慰霊碑は、どう見ても追悼されているとは思えない状態でした。

 こちらが管理されているとお聞きしましたが、何か意図がおありなのでしょうか」


 すると光の司祭は溜息をつくように、瞬きを一つゆっくりとしてから口を開いた。


「あの碑の(いわ)れはご存じでしょうか?」

「はい。ただギルドでも犠牲になった人々の名前や人種は把握していないという事でした。

 墓地を管理されているこちらなら、古い記録が残っているかと」


「アレは元々『土』教派が残していった負の遺産なのです」

 冷たい金の目がジッと見据えながら言った。


「犠牲者と言われるが、贄になったのは元は全員が罪人(つみびと)。贄になることで罪を(あがな)い許しを()うた者たちです。

 ですから我々はその行いに対しては祈りを捧げますが、碑に関しては自然のなるがままにしているのです」


「全員が罪人……」

 思っていなかった事実に先生が目を開いた。

「それでは、せめて各人の名前や――」

 先生が言いかけた時、1台の豪奢な馬車がこちらに向かってやって来た。


 それを見た光の司祭は

「失礼ながらかような状況ゆえ、ここまでにして頂こう」と冷たく話を打ち切ると衛兵に顔を向けた。

 すぐに4人の兵達が俺たちを取り囲む。

 仕方ないので俺たちは礼を言って退くことにした。ちょうど閉門前1の鐘も打ち散らしてくるように大音量で鳴り始めた。



 僧兵たちは広場を数十メートル、俺たちに付いて来た。

 しっかり聖堂から離れるまで目を放さない気だ。本当に悪いことをして追っ払われている気分になる。

 

 が、思わず途中で振り返った。

 すれ違った馬車の窓越しに、あのブロンド・カーリーヘアの娘に似た横顔を見たからだ。


 しかし視界をすぐに2人の兵に塞がれ、無言の圧で押されて立ち止まっていることは出来なかった。

 俺たちはそのまま大通りの向かいの建物前まで、兵士に囲まれながら移動した。


「宗旨が違うとはいえ同じ神職なのに、なんだか塩対応ですね」

 兵士たちがだいぶ離れてから印象を言ってみた。

「なんだかお貴族様みたいに偉そうだし」


「うん、まあ非常時だからなぁ。地元としては余裕がないんだろう」

 先生も難しい顔をする。 

「だがこう真実が分からんと対処のしようがないな。このペースではかなり日が掛かりそうだ」


 確かに。所長も父さんもやれるところまでで良いとは言っていたが、ヘタすればただの探偵ごっこで終わりそうだ。

 あの悪霊にはもう二度と遭いたくないが、頼まれた以上は何かしら実績を残したい。


「あの、素人考えなんですが、聖水を一気に振り撒いてあの墓地を浄化するってのは無理なんですか?」

 俺みたいなド素人が思いつくぐらいだから、すでに誰かが考えているだろうと思ったが案の定即却下された。


「そんな大量の聖水は用意出来んよ。国の一大事とかで国王クラスの者が動かん限りまず集まらんだろう。

 それにそんなの一時しのぎに過ぎん。悪霊やグールどもは束の間どっかに引っ込むだけだ。解決にならん」


 う~ん、その一時的に追っ払って、その間にもう戻って来れないような処置とか出来ないもんかな。 

 あんな風に毎日町のまわりをお清めしている分を、墓地でまわせば……、あ、それで何人かの僧侶とボディガードのハンターがやられてたんだった。

 我ながら下手な考えしか浮かばない。


「とはいえ確かに一滴も聖水が手元にないのは落ち着かんな。

 どこかで分けてもらえばいいのだが、こんな事態では余所者に譲るほど余裕はないかもしれんし……」

 先生が広いおでこを撫でた。


「あ、そういえば『水』派のシスターならいると聞いてますよ。もしかすると例の合同礼拝堂にいるのかも。

 同じ宗旨なら協力してくれるんじゃないですか」

 そうだ、父さんがここの水のシスターがどうのって言ってたんだ。ちょっと実親のニヤケ話はアレだが、貴重な情報だった。

 

「そうか、同じ信徒がいるのは有難い。ちなみにそれは常駐なんだろうな?」

「えっ、常駐じゃない場合もあるんですか?」

 先生が眉を曲げ八の字にして苦笑いした。


「小さな教会とかになるとな、ミサの時などに定期的に巡回はするが普段は祭司がいないところは少なくないんだよ。ましてや礼拝堂というからなあ」

 知らなかった……。


 しかし父さんが”ここの”と言ったのだ。きっと、おそらく、多分……ここにいるはずだ。

「とりあえずこうしててもしょうがないから、そこに行ってみませんか? で、誰もいなかったら旅の無事をお祈りして近くで宿探しましょうよ」

 先生に(なら)ってちょっとポジティブにいってみた。

 先生もそれには頷いた。


 ギルドから渡された資料の中にこの町の地図があった。

 しかし簡単な観光マップなのか、主要な建物や場所しか表示されていない。

 中心地に東京タワーよろしくデカデカと先の大聖堂が描かれている他、宗教施設は四方に小教区の光教会しか示されていない。

 全く他の宗教には優しくないな。


 試しに探知でなく索敵(検索として)で礼拝堂を探してみる。

 だがなんとなく気配は感じるのだが、どうも風に吹き飛ばされる砂のように手応えが微か過ぎる。おそらく2,3キロは離れているのだろう。

 遠くておまけにまわりの人達の気に邪魔されてしまうのだ。せめて方向さえ分かればいいのだが。


 ひとまず道を訊こうと通る人に声をかけてみるが、せかせかと行きすぎる人達はこちらに目も合わせようとしない。

 閉門前の鐘が鳴ったとはいえ、もう街中なのだからそんなに焦ることもないだろうに。 

 それとも俺が異邦人だから警戒しているのか。非常時だし。


 ちょっとプチ被害妄想を抱きながら辺りを見回していると、斜め前の店先で商品台を片付けていた黄色のエプロンの男が声を掛けてきた。

「もしかして道に迷ったのかい?」

 

 どうも俺たちが地図を片手にオロオロしているので、観光客が道に迷っていると察してくれたらしい。

 良かった、優しい人もいた。


「ああ、合同礼拝堂ね。それならここだよ」

 と、店主が地図の端っこを指した。そこはさっき入って来た門に近いエリアだった。またあっちに戻るのか。

 ノック式のボールペンをカチカチ鳴らして印をつけるのを店主は珍しそうに見ていた。


「助かりました。ええと、ここはパン屋さんですか?」

 あらためて店の中を覗くと、小さいながら中央の台には布を敷いた浅いバスケットやバゲットが2本入った籠、片側の壁にはパイらしきものが載った木製トレーが並んでいる。


「うん、パンとお菓子の店さ。もしよかったら何か1つ買ってくれるかい?」

 1つと言わずもっと買いますよ。何しろ腹が減り始めている。


 どうせ空間収納(ストレージ)に入れておけば腐ることはないのだし、結局ポムム(リンゴ)パイとバゲット、赤ワインとミックスベリーのベーグルにベーコンチーズのナン風パン、ドードー鳥と赤大豆(プチトマト似)のピロシキ風サンドといっぱい買ってしまった。


 蜂蜜漬けの瓶入り黒クルミとキャラメル・プチシューは、ウチ(ラーケル村)の孤児院のお土産にしよう。

 スイトープ(甘い芋虫)だけは未だに慣れないので止めておいた。まあ俺は食べるつもりじゃないのだが、出したら勧められそうだから。

(* スイトープ 第29話『王都で服を買う』参照)


 残っていたパンや菓子が一気にはけて、嬉しそうに俺が渡したレジ袋に入れながら店主がふと心配そうに話した。

「しかしお客さん、今からそこへ行くので? 悪いこと言わないから明日にした方がいいですよ。もう遅いから」


「そういや冬とはいえ、街の中なのにみな帰宅が早いようだが。何か戒厳令みたいなものがしかれているのかね?」

 先生が何も知らぬ顔をして尋ねる。


 それに店主が一瞬、無理に笑みをつくろうとしたような、なんとも妙な顔をした。

「……いえね、今ちょっと時期が悪いんですよ。季節風というか、その、日が暮れると良くない風が吹くもんでね」


「良くない風……」

 そういえば昼間より風が強くなっている。寒い時期だからなおさら強風は応えるが、それだけの意味じゃなさそうだ。


 それはどんな感じのと訊こうとしたが、店主は店じまいの途中だったことを急に思い出したように落ち着きをなくし始めた。

 なので代金を払うとすぐに店の外に出た。


 3歩ほど歩いたところで先生があっと声を漏らした。

「そういやパン選びに夢中で、シスターがいるのか確認するのを忘れとったわい」

「あっ、本当だ! しまった」

 慌てて店の方を振り返ったが、店のドアはピタリと閉められた後だった。


「しょうがない、おれも腹減ってたからな。まっ、行けばわかるだろ」

 そう言って先生は袋をあさると、歩きながらベーコンチーズナンをパクつきだした。

 俺も地図を片手にピロシキをくわえた。

 赤大豆の丸味(まろみ)ある酸味が肉と合って旨い。あそこのパンを買ったのは正解だった。


 さてこれで礼拝堂も当たりだといいのだけど。言い出した手前責任を感じずにはいられない。

 いてくれ、シスター。そして宿も見つかりますように。


 それにしてもまさか食堂まで閉まってしまうのだろうか。

 フォークとジョッキのモチーフを吊るした店も、煙突から湯気は出ているものの、ドア上のランプにまだ灯りは灯っていない。


 閉門と同時に居酒屋や食べ物屋が営業終了したら、それこそ独り者は困る事になりそうだ。

 江戸時代だって夜鳴き蕎麦の屋台は深夜までやっていたのに。(まあ比較にはならないか)


 あと10分くらいで閉門となる頃には、お洒落な店が並ぶ通りは夜の街中のように閉じた店ばかりとなっていた。


 と、そこへ斜め右先のドアが内側に開いた。

「毎度どうも、またお越しくださいませぇ」

 続いて中から現れたのは見慣れたグレーのコート。


「ありゃ、旦那、こんなとこにいたのかい?」

 先生がヴァリアスと酒屋の看板を交互に見て目を丸くする。

「これから礼拝堂に行くんだろ。ならまずは御神酒(おみき)は持って行くべきだろうが」


 ヴァリアスの後ろでは、戸口のところまで出てきた店員がペコペコとお辞儀をしてからドアをゆっくりと閉めた。

 見た目は手ぶらだが、きっとたんまり買ったんだろう。店からすれば上客さまさまだ。


「ビールも御神酒になるのか?」

 洋酒やビールが御神酒と言われるとどうも違和感があるのは、俺が古い日本人だからなのか。

(*実際は地域特産とかでビールもありです)


「神に捧げればなんでも御神酒だろ。ちなみに買ったのはウォッカとダークラムと蜂蜜酒(ミード)だ」

 どこのヴァイキングだよ。

 でもこいつが飲めば一応御神酒になるのか。いまいち腑に落ちねえ。

 

 そうしてとうとう最後の閉門の鐘が鳴り始めた。

 それはこれまで聞いたどの町のよりも、重く低く長く、身体や町全体を包み込むように音の波を広げていった。


 ここまでお読み頂き有難うございます。

 なんとも話が進まない……(;´Д`A ```

 これも字数制限がないから、全部ぶっ込みたくなるからなんですね。

 絶対プロじゃやっていけん。

 まあ、ということで開き直って書いてます。


 次回は 水のシスター と、恐怖症の正体 ……までいけるかな?(;^ω^)

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