第271話 『 初のゴースト・クエスト 』
お久しぶりです。
いやあ、うっかりしていたらもう4ヶ月近くお休みしていました。焦るアセる(汗;)
そうして4章で終わりにするはずでしたが、結局ズルズルとまた話が続いてしまって……。
これまた長くなりそうなので第5章としました。
もう閉店サギですやん……( ̄▽ ̄;)
初めてダンテスというその町に着いた時、空一面がどんよりとした灰色の雲に覆われているせいか、まだ昼下がりだというのに道を歩く人々がみな背を丸め、下ばかりを見て歩いている印象を受けた。
それは空や寒さのせいばかりじゃないのかもしれない。おかげでなおさら空気が重苦しく思える。
古くからある町ということだったが、石畳の敷石には所々にまだ新しそうな装飾タイルがはまり、家々も小洒落た感じの窓やドア、明るい色調に塗られた壁や屋根が多い。
また最近流行りのロートレック似のモダンな壁絵で装飾した店や共同住宅も少なくなかった。
広さや人口は知らないが、ヘタな都市周りの町よりも今風だ。
だが、どんよりとした空気が足元や体にまとわりつく。これが知らぬうちに住民の気分を重くしているのか。
その悪い氣は、階段を上がり切った広場から見える、ある丘から流れてくるようだった。
あそこが例の元凶の場なのかもしれない。
そう思うと余計にギルドに向かう俺の足取りも重くなる。
ともかくこの時点では、依頼をきっぱり断るつもりだったのだ。
***
「兄ちゃん当てに依頼が来とるよ」
今朝いつも通り役場に顔を出すと、アイザック村長がそう声を掛けてきた。
「あー、今回はなんの素材集めですか?」
ラーケル村の中では奴がべったりと付いて来る事もなく、今日は俺1人だった。
いつも通り2階の応接室に入ると、ポルクルがお茶を2つ持って来てくれた。
依頼は通常ハンター自らがやりたい仕事を探すことが多いが、難しそうな案件になるとギルドが適任者をピックアップして声を掛けてきたりする。
今や俺のハンターとしてのランクはBに認定されていた。
ヴァリアスの奴はAまで一気に伸ばしたかったようだが、あくまで仕事をやるのは俺本人だし、あとで述べるが色々と事情があるのだ。
ところで駆け出しの新人が、1年でここまで一気に伸びるのは比較的レアなケースだそうで、おまけに俺にはSSという異色の後ろ盾がある。
何かと覚え良きようにギルドも推すというものなのだろう。
Bになってから月に数件、あちこちのギルドから声がかかるようになって来た。
そこで俺は人の命を助けるような依頼、救助関連を第一希望として出しているのだが、実績のまだまだ少ないルーキーに、命のかかった案件を積極的に任せてくれる依頼者はいなかった。
何しろ俺は実際、仕事上はピンなのだから。
結果、俺の希望と実績から来るようになったのは特殊な素材集めだった。これまでにギルドに色々な物を買い取りしてもらったせいだろう。
薬草などの採集の仕事がいい、なんて思っていたのは過去のこと。今となっては複雑な気分だ。
でも貴重な薬づくりのためとかだったら良しとするか。
まあどんな仕事だって人の役に立つのだし、色んな分野で有名になった人々も、駆け出しの頃は好みじゃない仕事も一杯やって来たんだ。
俺だって地道に実績を積んでいけば、そのうち認められるようになるかもしれない。
などと思っていたら、村長がまた嬉しい事を言ってくれた。
「いや、素材集めじゃなくて今回は討伐依頼なんじゃが、なんでも兄ちゃんを推薦する人がおったそうだよ」
「えー、嬉しいですね! 以前依頼を受けた人かな? 誰ですか?
それと何んの討伐で?」
そんな風に喜んでいる俺を見て、村長が意外そうな顔をした。
「救助案件じゃなくてもいいんかね?」
「ええ、だって誰かがそれで困ってるんでしょう。それを退治するのは立派な人助けですからね」
以前は始めから戦闘を強いられる案件は気が進まなかったが、今や俺もだいぶ慣れてきた。
それに人に認められたと思うと俄然嬉しくなるものだ。
すると何故か村長の口が重くなった。
「いや、先に喜ばせておいて申し訳ないんじゃが……」
この雰囲気に草食動物、もとい小心者としてのアンテナが瞬時に立った。
なんだ、これは心構えが必要なほど危険な相手なのか?
「そのな、その依頼内容というのが、悪霊のせいで墓地が――」
「お断りです!!」
俺はクイズの早押し技で素早く断っていた。
「嫌がるとは思っとったが、流石に反応が早いな」
差し出しかけた書類を空中で止めたまま、村長が目を丸くした。
「それって、その悪霊を退治しろって話でしょ?! もう最期まで聞かなくてもわかりますよ。
絶対にやりませんっ!」
なんてこった。せっかく喜んだのもつかの間とはこの事だ。
今までは見るからに手強く狂暴な相手や、面倒な事案、厄介な場所などに行きもし、能力的に出来る依頼を受けてきたが、そういうゴースト絡みの案件だけは避けてきた。
何しろ俺は幽霊が大の苦手なのだ。
『エルム街の悪夢』のような娯楽的ホラーならいいが、怨念モノはあり得ない。
特に日本物は絶対と言っていいほど見ないし、見たくない。
何が面白くてそんな恐怖を自ら味わわなくてはいけないのか、理解出来ない。
「すまんのぉ、兄ちゃんのことはよう知っとるつもりなんじゃが、儂も一応伝えんといかんのでなあ……」
村長が申し訳なさそうに言う。
俺も急に恥ずかしくなった。
いくら気心知れる上司とはいえ、俺も大人げなかった。
「……すいません、ガキみたいなこと言って……」
「まあ、順を追って話すとしよう。まずはこれを見てくれ」
あらためて書類がテーブルに置かれた。
それはファクシミリ―で伝送されて来たお定まりの依頼書だった。
生成り色の紙にモノクロで、一番上にこの案件ランクを示す『A』という表記があり、その下に影絵のようなイラストが描いてある。
また一番下には太文字で『報酬金950万e』とあり、何故かその横に小さく『+α』と、後から書き足されたらしい文字が書いてあった。
そこも気になったが、一番俺の目を引いたのは、やはりイラストの方だった。
黒い丘の絵。その隆起した上部に大小の墓のシルエットがあり、その横に女性らしき髪の長い人物がムンクのように叫んでいる絵面だ。
もう一目で悪霊事案とわかる。
こういった案件の張り紙をギルドで見つけると、俺は絶対に請け負わないが念のため見るようにはしている。
それはうっかりそんなヤバい場所に行かないようにだ。
だがそのイラストの下の概要文はしごく簡単で、
『オルグイユ地方 町名ダンテス 共同墓地にて悪霊が発生。退治求む。
詳細は請負い人のみに伝達』とだけある。
これじゃただのタイトルと変わらない。
「……え~と、これだけじゃ全然分かりませんが、1つだけハッキリしてます。
俺のやれる案件じゃないですね」
悪霊退治の難易度は知らないが、Aともなれば相当に厄介な案件だと考えられる。金額からして知れるというものだ。
確かに1つ上のランクを請け負うことは出来るが、それなら尚さら専門の奴に頼むだろうに。
とにかくこの案件は拒否だ。NOだ。請けられない。依頼を請ける側も内容が合わなければ拒否出来るはずだ。
そうしてこの苦手ポイントが、俺がAランクに成れない主な要因だった。
DからCへ、CからBへとトントン拍子だった俺の進撃の昇格は、ここでストップした。
BとA、たった1つの違いだが、BまでがセミプロでAからが本格的なプロとなるのだと感じるほどだった。
それは総合的能力が求められるからなのだ。
どんな恐ろしい相手にも臆することなく、いかに最善を尽くせるかがAランカ―の条件なのだ。
ドラゴンを目の前にして恐怖で固まっていたら喰われるだけだ。倒せなくてもいい、ただその時どう動くかなのだ。
もちろん全てのAランカ―達が、神聖スキルを持っているわけではない。
そこは聖水やアミュレット、聖なる灰などアイテムを駆使して霊と対抗するのが基本らしい。あと必要なのは度胸と行動力である。
銀から急に評価を上げる黄金のプレートは、さすがに伊達じゃなかった。
どんな状況、相手にも揺るがないメンタルこそが真のハンターとして必要なのだが、生理的にダメなものは無理なのだ。アレルギーと一緒なのだ。
これはもうヘタレと呼ばれようが、腰抜けと言われようがしょうがないと思っている。
本当は一気に俺をAにしたかったヴァリアスの奴も、この生きていない相手だけは押し付けてこない。
俺のメンタルを著しく痛めるのが分かっているからだ。
ちなみに俺よりもなよっとしてるキリコは、やはり人外のせいなのか、感じる部分が違うのか。
そういう恐怖映画を見ても「気の毒ですねぇ」と悪霊に同情していたりする。どうやら彼には人間ドラマと変わらないらしい。
もうポイントからしてズレている。
「どの道やれる気が全くしないです。せっかくの依頼なのにすいませんが、やっぱり断ってください」
「そうじゃろうなあ。だがこちらも本当に申し訳ないんじゃが……」
本当に村長は心苦しそうに頭を下げた。
「その推薦した人物というのが、どうやらかなりの有力者らしくてな、儂の力だけじゃ断れんのよ。
どうしても兄ちゃんにやってもらいたいという事らしくてな」
「な……、なんでまた?」
「さあなぁ……、よっぽど兄ちゃんのファンなんじゃないのか?」
逆に尋ねるように俺の顔を見た。
そんな嫌がらせをする奴はファンとは呼ばない。いや、俺が幽霊を苦手なのを知らないだけかも。
しかしよりによって何故この案件なんだ? どうせ仕事を回してくれるなら外にも沢山あるだろうに、なんて迷惑な……。
だがこの謎は後になってわかった。
「その人って、なんて名前なんです? 俺がその人に断りの詫び状を送りますよ」
すると村長がまたもや眉を曇らせた。
「それが名前も素性も伏せられとってな、ただ『A』という頭文字だけじゃ。
しかもその人物にコンタクトを取るのは禁止されとる」
「え、ギルド経由で渡すのもダメなんですか?」
「どうもそういう事らしい。有力者の中にはたまにいるんじゃよ、そういう一方的な応援をする者が。
色々と立場的に知られたくない身分なのかも知らん」
謎のX氏ならぬA氏、もしくはA女史か。
しかしそのダンテスなんて町も初めて聞く名だった。
今まで何件か仕事で好感触を得る人物もいたが、そんな有力者とまでは言えないし、全然思いつかん。
なんにしてもこのままでは埒が明かない。
このまま断ると無視しても、結局村長が板挟みになるだけだ。
仕方ない。俺自身がそこのギルドに直接行って、キッパリ断って来るしかないな。
さすがに本人が言えば、少なくとも村長に迷惑はかからないだろう。
「ほんとにスマンなぁ、余計な手間ばかり取らせて。せめて早馬代だけでも――」
「大丈夫です。俺には例のスカイバットがありますから」
本当はヴァリアスの転移を当てにしていたのだが、家に戻ると奴は神界に呼び出されたとかでいなかった。
「また何かやらかしたのか、あいつ?」
「いえ、いくら副長でも毎回お叱りばかりじゃありませんよ。それにそんな雰囲気じゃなかったですし」
留守番のキリコが苦笑いしながら言った。
「お仕事ですか? ならお弁当たくさん持って行ってください」
「いやいいよ。そんなに時間かけるつもりはないし、夕方までには戻るつもりだから」
相変わらず母親のような過保護ぶりもいつもの事だ。
あらためて地図を確認する。
ダンテスはここから直線にして約120~140㎞くらい。東京から浅間山ぐらいまでの距離だ。
飛行機ではないので、もっと長い距離になると辛いがこれなら一気に行けそうだ。
本当はキリコに転移を頼もうかともチラッと考えたが、そこは思い直した。
いつまでも移動手段まで奴やキリコに頼っていては、送り迎えしてもらっている幼稚園児と変わらない。
他のハンター達はみんな自力で移動しているんだから。それが当たり前のことなのだ。
ただし途中のポイントにワイバーンみたいな空飛ぶ魔物がいるかどうかは、キリコに聞いてしまった。
地上の情報は多くても、意外と空の情報は少ないものだから。
「ワイバーンやグリフォンは今時期もっと南下してますから大丈夫ですよ。
それにしてもわざわざ時間をかけて飛んで行くなんて、ソーヤもすっかり飛行士になりましたねえ」
と、綺麗な顔で人以上の人外が、さも感心したように笑顔を見せる。
キリコ、普通は瞬間移動なんてしないもんなんだよ。
どうも奴らといると、人としての感覚が乱されそうになる。
まあそういう俺も半神なんて大概な存在なんだろうが、自分の事はあまりわからない。
「どんなお仕事かはよく知りませんが、ソーヤなら出来ますよ。自信持ってください。
案外とやってみたら、悪霊なんかへっちゃらなもんです」
知ってんじゃねえかよ!
おそらく奴が留守だから代わりに俺のまわりを窺っていたのだろうが、いつまで経ってもツッコミどころが減らないのも健在だ。
こんなヘッポコ使徒なのに、俺よりもメンタル強いのがなんか納得いかない気がする。それとも俺が弱いだけなのか?
いやもういい、支度しよう。
ポーションのチェックや、日帰りの予定だが一応着替えも持って行く。
無いとは思うが、断ったら相手が怒って、思わず手元の酒やお茶を引っ掛けられるというドラマのワンシーンを思い出したからだ。
まああらゆる可能性を想定して準備しておくのがプロというものだ。
この依頼を請けることだけは考えてないが。
などと固く決心していたにも関わらず、優柔不断な俺は結局流されてしまうのだ。
もう押しに弱い俺。
この受け身体質が、良くも悪くも図太いAランカ―になれない要因かもしれない。
おかげで俺はこのゴースト・クエストに深く関わってしまうのだ。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
ええ、今回のはホラー系にしていくつもりです。
なので恐怖ネタが苦手な方はどうぞご注意くださいませ。




