第269話 間の話 『邂逅のビール居酒屋 その2(外飲み用テント)』
毎回遅くなっております(汗;)不定期更新ですみません。
結局ダラダラと一万字近くになってしまいそうなので、また二つに分けることなりました。
ううむ、なかなか終わらない……(;´Д`A ```
庭に出ると左手にL字型の形で店と続く棟が出ているが、同じく3階建てくらいなのに窓らしきものが上の方にしかない。
おそらくこれがダリオが現在の宿としている、元醸造所なのだろうか。
そうしてその反対、庭の中央より右側の坂の通り側に寄せて草色のテントが立っていた。
天幕はサーカス小屋のように真ん中が尖っていて、そこから一本の紐が電線のように伸び、店の勝手口扉の横の小さな穴に通っている。
地球なら電線かと思うところだが、きっとこれは店の呼び鈴と繋がっているのだろう。
テント本体(横幕)は六角形でざっと3平方メートル、6畳くらいの大きさか。
坂道通りの様子を覗う振りをして横から前を通ってみたのだが、入り口は当たり前だが垂れ幕で閉じられていた。
暖房のために二重になっているせいなのか、明かりは灯っているようなのだが、内部の影はまったく見えない。
ちょっと探知で視てみようかとスケベ心も出したが、客用の個室なのだろうからそれも躊躇われた。
ただ中からあの猫の気配が、フラフラと漂うように感じられた。
どうしよう。
勝手に開けるのはもちろんNGだが、どう声をかけていいやら。
『おたくの猫の気配を感じまして――』 なんて、ちょっとどころか怪しい奴だしなあ。
テントの横でそんな事を考えながら佇んでいたら、ブルッと身震いが来た。
本当にトイレに行きたくなった。
俺はそそくさと醸造所の端にある、木造の小さな納屋のようなトイレに入った。
さてどうしたもんか。
気になるが、相手が出て来るまでここは待った方がいいだろうか。
などと考えながらトイレから出て来て思わずギョッとした。
テントの左横から女が首を伸ばしてこちらを見ていたのだ。
ほぼ陰になった顔と右肩が、仄暗い闇の中に浮かび上がっている。女だと咄嗟に思ったのはそのシルエットと、右胸に膨らむラインが見えるからだ。
その黒い顔にうすぼんやりと赤く光る瞳が2つ。
しだれた緩いウェーブの長い髪が、妙にボサボサに見える。
西洋人の髪の毛は細くて柔らかく、無造作に流していてもふんわりと決まっている髪型が多い気がするが、この人のは本当にバサバサカットだ。
あちこちに枝毛のように短い跳ね毛が飛び出ている。
そして細い首から流れる丸い肩、どうやら肌を露出しているみたいだ。
もしかして娼婦か?
彼女たちは寒くてもナイトドレスのように肩を出したり、胸の谷間を見せる服をよく着ている。その上からショールをかけていたりするのだが、基本肌を見せるためだ。
このボサボサヘアも、事の後と考えればなんとなく納得いく気がする。
いや、勝手にそう決めつけるのは失礼だな。
もしや酔ってうたた寝しているところに、俺の気配を感じて出て来たのかもしれない。
探知までしてないとはいえ、何しろ不躾にジロジロとまわりを窺っていたのだ。もしかすると相手は、そんな覗きの気配を感じたのかもしれない。
「あの、こんばんは……」
ほんの2秒くらい見つめ合っていたか。ハッと思い直して挨拶した。
ダメだな、こういう時まずはスマートに挨拶すればいいのに、これじゃただの不審者だし――
『ケアァー!』
突然 女が奇声を上げた。
同時に両腕も広げるように上げたのだろう、入り口の垂れた幕がめくれ、中の明かりが女を横から照らした。
口は獣のように裂けて鋭い牙が見えた。獣人も口が大きく広がるが、こんな裂ける感じまではいかない。
そうして上げたのは腕ではなかった。
赤に鮮やかなオレンジと緑の差し色の羽毛。女の前肢は上腕の途中から大きく広がる翼となっていた。
そうしてうねるように波打った赤毛に、翼と同じ色の羽が草原に群生する草花みたいに生えていた。
髪に混じった羽根。これがシルエットで跳ね毛に見えていたのだ。
そうしてこちらを睨むように、赤々と見開かれた眼。
白目部分はなく、眼球いっぱいにクリムゾンレッドの生々しい光を放っていた。
こいつは人じゃない ―― もしかして ハーピーか?!
ハーピー ―― 魔物の本で見た挿絵はどこか童話に登場する怪物的だったし、ハンター試験で一度だけ戦ったヤツは、怖かったがやはり闇で造られた偽者という感じが否めなかった。
しかし目の前にいるのは、明らかにこの世に存在する魔物だった。
その目から、俺に対する警戒と意志がハッキリと発せられていた。
「ジェシカ、威嚇するんじゃない」
野太い男の声がした。
するとハーピーはテントの方に振り返り、俺の方を訝しそうに見ながらもノロノロと中に戻って行った。
俺が呆然と立ち尽くしていると、再び中から声がした。
「用があるんだろ? 入っていいよ」
「……え、ぁ、まあ……」
そう言われても、ハーピーがいるテントの中に誰が気軽に入れるかよ。一瞬で夢から覚めた思いだ。
念のため探知してみたが、やはり中は濃い霧に覆われているみたいに何も視えない。煙幕のような防御魔法が使われている。
男の声は人の声のようだが、これだって人間とは限らない。
何かの罠かもしれない……。そんな警戒心が浮かんだ。
『みゃおぉ~~ん』
今度こそハッキリと耳に聞こえた。確実にテントの中からだ。そして先程と同じく、とても懐かしく慕うような氣。
これは本物なのか……?
先程までの郷愁の念に揺り動かされて、今まで奥底に沈んでいた記憶がひっそりと浮上してきたんじゃないのか。
それで何かの幻覚を感じている……もしくはさせられている?
相変わらずテントの中は全くわからない。普通に考えたら回避すべき事案だ。
だが、あの猫の懐かしい気配が俺を捕らえて離さない。
『(おおい、ヴァリアス! これはなんだ? 何が起こってるんだ?)』
俺はテレパシーで奴に訊ねた。
『(そんなもん、自分で確かめろよ。こっちは今クソ忙しいんだ)』
つっけんどんな返事が返って来た。
(探知で)店の中を視ると、テーブルの傍に店主の親父がいて奴と話をしている。
どうやら許容範囲のヒントとして、各オリジナルビールの産地名だけを教えてもらっているらしい。
それのどこが忙しいんだよ!
……いや……、むしろ奴らしくて、いっそ清々しいかもしれない。
ふと思った。
もしかして今まで俺が窮地に陥っていた時も、こうして酒の事を考えていやしなかったのか?
……うぅむ、流石にそれはないと思いたいな……。
そういや待てよ、ここは街中だ。そんな簡単にあんな魔物が入れるわけがないし、侵入しているとしたら大事だ。
となると、さっきのハーピーは従魔かもしれない。この世界ならあり得ないことではない。それならばさっきの男の言い方にも合点がいく。
そうか、そう考えた方が納得がいくな。
俺は自分の考えについ頭の中で手を打った。
しかし今まで短い間に色んな目に遭って来た俺。少し慎重な心持にもなっていた。
まだこれが罠かもしれない疑いは拭えないし、何故突然、古い記憶のあの猫が呼んでいるのか。
だってあの猫は、生きているはずはないんだから。
こればかりはテントに入ってみないと分からないな。
『虎穴に入らずんば虎子を得ず』 ならぬ猫を得ずだ。
くそっ、やってやろうじゃないか。どうせ何かの罠だとしても、確認せずにはいられない。
以前の俺だったら、後ろ髪を引かれながらも危険には近寄らずに、ずっとモヤモヤしたままで終わらせるところだったが、今やそれよりも白か黒かハッキリさせてスッキリさせたい気の方が強いのだ。
確かに奴のおかげで俺は変わった。これが改善なのか改悪かは、俺自身にはよくわからない。
こうして奴に慣らされてしまった身としては、奴のゴジラ級ポジティブシンキングをたまに羨ましいと思えるようになってしまったからだ。
もう俺は以前の俺には戻れないかもしれない。
ただ一つ言えるのは、もしキリコが俺の守護神としてついていたならば、きっと俺は変われなかったと思う。まずこんな短期間では。
とにかく罠と分かっていれば、多少なりとも身構える事は出来る。
オーラを自分のまわりに強く纏わせながら、テントの横を回った。
入り口の緑色の垂れ幕は、そのまま閉じたままだ。外からでは何も分からない。
失礼かと思うが、中にハーピーがいるのだからこれくらい許して貰えるだろう。
俺は収納から鞘を付けたままのバスターソードを出すと、先でそっと垂れ幕をめくった。
すると入り口のすぐ手前に巨大なフカフカの豆大福があった。そこから何本かの尻尾ならぬ、触手がゆらゆらと動いている。
後ろを向いて箱座りしていたその豆大福がこちらに振り返った。
「―― お前、生きてたのかぁ ?!」
思わず上擦った声が出た。
『あごぉおぉぉ~~んんん』
大福猫が啼きながらこちらにやって来たので、俺も自然と片膝をついてしゃがみ込んだ。同時に大きな頭が俺の顔に押し付けられてきた。
「ホントにおまえなのか! なんだよ、てっきり死んだとばかりに思ってたのに」
俺もつい嬉しくて、大きな猫の頭に自分の顔を擦り付けて応えていた。
まん丸い顔とそれに合った丸っこい骨格。白地に所々黒い島のようなブチ模様。
その大きな頭に似ず、左右の端にある小さな三角形の黒い耳。
そして細い三日月型の目の上には、見事な八の字をした黒い眉がはっきりとあった。
嬉しそうな声と氣を出しながらも顔は困っている。
間違いなく彼だ。
この猫はポーの兄弟――ほんの子猫の頃に、大きな鳥に攫われていった*あのブチ猫だった。
(第175話☆ 『それぞれの闇と浄化 (ポーの死生観) その2』に、ほんのチラッと登場)
俺は夢でポーのリアルな記憶を味わったせいで、このブチ柄をただの山猫というよりもまるで兄弟のような感覚で覚えており、彼も俺の中にポーの記憶を感じたのだろう。
俺たちはまるで生き別れた兄弟が、十数年ぶりに再会したかのように抱き合っていた。
あの状況で喰われてなかったなんて、本当に奇跡なんじゃないのか。今までどうしてたのか。
訊きたい事が山ほど頭を駆け巡ってきたが、それよりもこのふくふくとした体。
なんて気持ちいい抱き心地なんだ。
毛並みも綺麗に手入れされていてスベスベだが、それよりもこの丸っとした見かけに違わず毛皮の下の肉の柔らかいこと。
奥の方に確かに筋肉はあるようだがそれを包み込むこの脂肪、まるでビーズクッションのようだ。
もうこれは赤ちゃんのお腹に近いのではないだろうか。
そして何よりも温かい。このままお腹に顔を埋めながら、この場で寝たいぐらいだ。
纏わりつかせてきた触手からも物懐かしき親しみが沁みて来て、つい2人だけの世界に没頭してしまった。
おかげで軽い咳払いでハッと現実に戻った次第だ。
「――すいません! その、失礼しました……」
俺は慌てて猫から手を放したが、太った猫にがっしり前脚と触手で掴まれていたのですぐに離れられなかった。
人のテントに入って挨拶する前より真っ先に猫とじゃれてしまった。全く以って失礼な奴である。
俺は再度頭を下げた。が、猫の頭が邪魔をして中途半端な体勢となった。
なんて間抜けな絵面……。
俺は急に恥ずかしくなって頭を下げたままとなった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
残りはある程度書いているので、もう少し早い……はずなので、続きも宜しくお願いいたします。




