第268話 間の話 『邂逅のビール居酒屋 その1』
ヤバいです(;´Д`)もう一カ月も開いてしまった……。
結局途中ですが上げさせてもらいました。
ううっ、続きます。
山々が近いせいか起伏の多い土地で、その大きな丘の上にベージュ色の市壁があった。
奴は一気に店の前まで転移するつもりだったようだが、不法侵入になるし閉門にはまだ時間があったので塀の外に跳んだ。
正々堂々と門を潜る。
『カリボラ』は坂の多い町だった。
通常こちらでは町を作るときに、土魔法などで地面を出来る限り平にならしたりするのだが、この町はそのままの地形を生かした作りになっている。
なんでも建設の際の占いで、そのまま坂を潰さないようにとの託宣が出たということだった。
中に入ると、建物の間にはあちこちに坂道が点在していた。
時々斜面だけでなく、階段も現れたりする。
階段は坂道同様、角度がキツく踏面の狭いタイプから、なだらかで幅広なのまで様々だ。
そういうところでは段差を箱で調整した商品台や、樽が置かれていたりしていた。
そうして『ジャール』や『タムラム』のように、ここにもロックポーター達がいた。
ただあちらのような派手な縞模様ではなく、鱗の色も青緑一色でサイズもひと回り小さいように思える。どうやら種類が違うらしい。
それでも太い脚でしっかりと背に載せた荷や人を運びながら、坂や階段を難なくスムーズに移動していく。
爪もきちんと切られていて、石畳を8本の脚が軽快に動いてもほとんど足音は立てなかった。
ドラゴンタクシーならぬトカゲタクシー、ちょっと乗ってみたい気もする。
幾つかの坂道と階段を登り、結構長い坂を上がって行くと、色褪せた青色の壁に出窓付き屋根の3階建ての建物が見えてきた。
くすんだ赤色のドアの上に『黄金の麦の穂亭』と青いレンガに直接黄色の塗料で書いてある。
横に突き出た鉄製の枠に下がった木製の看板には、麦とジョッキの絵が描かれていた。
夜も早い冬の時期とはいえ、まだ閉門前。窓の隙間から中を覗うと店内にはまだ2人の客しかいなかった。
人気の店ですぐにテーブルが埋まってしまう心配どころか、ガラガラじゃねえか。奴が聞いた話とずい分違うんだが……。
これって知り合いの店を推したい、ダリオの宣伝トークだったんじゃないのか。
しかしそんな大袈裟な宣伝に乗せられたことに、奴は全く意に介さないようだった。
「ふーん、確かに小さな店の割には結構な種類があるじゃないか」
酒の匂いを嗅ぎ分けたサメが横で満足そうに呟いた。
良かった。ひとまずゴジラ降臨は避けられたようだ。
赤い木扉を開けるとカラカランと上部に取り付けられたカウベルが鳴った。
「いらっしゃ~い」
壁のランプに火を灯していた小柄なオバちゃんが振り返る。
奴はさっさとドア横の角席に座った。俺もいつも通り向かいに座る。
「お客さん、そこは寒いよ。狭い店だけど、まだ一杯(席は)空いてるからさ」と、オバちゃんが奥の方に手招きした。
突き当りには暖炉がパチパチと音を爆ぜながら、赤オレンジの光と共に熱を発していた。先客たちも冬の特等席、暖炉際のテーブル席に座っている。
よく外国人は体温が高いから、冬でも半袖でいる人が多いという印象があるが、やはりジッと座っていれば寒くなるのだろう。
客達は何枚か重ね着をした姿で、首には布製だがしっかりと襟巻をしてホットビールを飲んでいた。
何しろ現代と違って断熱材なんか入ってない、底冷えする石の家なのだから。
その為テーブル下には、石を円形に積んだ小さな井戸のようなモノが備え付けられており、その中に火鉢を入れるようになっていた。
括りつけにしてあるのは、酔っ払いが誤って倒さないようにだ。
「平気だ」
そう言う奴は、首にこそ俺が以前やったネックゲイターを付けてはいるが、いつものオールシーズンフリーな薄手のコート姿だ。
こんな季節にずっとこんな恰好でいられるのは獣人ぐらいだろう。
魔力で体温を維持するという方法もないではないが、ある程度の一般人がずっと維持しているのは結構大変なのである。
あのアクール人のアルだって、体の欠陥のせいで冷え性だった。(今は治っているが)
ともあれ奴に付き合わされる俺も、自分のまわりの空気を温めて維持するようにした。
「あの『ガンダルフ』ってのは辛口か?」
奴が目ざとく、カウンターの下に立てかけてあった黒板を指さした。
そこには石灰で、
『本日のお勧め 限定品 ランカスター地方産 ガンダルフ 380e』と書いてあった。
「ああ、レッドホップを使った赤ラガーで、苦味と辛味が上手く絡んでコクのある逸品でさ」
右手のカウンター内にいたマスターらしい初老の男が顔を出した。
「ただ小さい醸造所でやってるもんで一度に造る量が少なくて。
昨日来たビール商から2樽しか買えなかったんで、本日1人1杯の限定でお願いしてますけどね」と新しいジョッキを棚から取り出した。
「じゃあそれ2杯だ」
俺のほうを見ながら顎でしゃくった。
「待て、待ってください。俺、いやこっちは辛くない白ビールで」
俺は慌てて注文を訂正した。こいつの嗜好に合わせていたら堪ったもんじゃない。
「あら、お客さん、悪いけどもう少し細かいお金をお持ちでないです? これじゃお釣りがすぐに用意出来るか……」
ビールを持って来た女将さんが、奴がテーブルの上に出した金貨に目を丸くした。
こういった飲食店では、会計はまとめてではなく、その都度支払う方式が一般的だ。
庶民の居酒屋で出されるビール2杯が、まさか10万はしないだろう。
「いちいち出すのは面倒だからだ。それに今日はそれくらい飲むつもりでいる。もし余ったらチップに取っとけ」
今日”は”じゃなくて、今日”も”だろうが。なに初めての店では、そら惚けてるんだか。
「ありゃまあ、そりゃ豪気なことで。じゃあたんと飲んでいってくださいね」
女将さんは嬉しそうに金貨をエプロンのポケットに仕舞った。
そしてカウンターに戻った女将さんが報告したようで、マスターがこちらに向かってニマッと笑みを浮かべた。
それから普通の人間が食べられそうなドードーのミートボールの入ったポトフと、肉食系獣人と奴しか食べられないだろう、カッチコチの石蟹(川蟹)のフライなどを頼んだ。
俺は自分の白ビールを軽く温めながら、半分開いた窓から外を眺めた。
この店は緩くカーブしたポイントに建っているので坂道を見渡すことが出来る。
坂下から小さな明かりがポツンポツンと点いてくると思ったら、長い火付け棒を持った男が2メートルくらいのロックポーターの背に乗って、街灯に明かりを灯しながら上がって来るところだった。
頭には雄鶏の鶏冠のような赤い房を付けた兜を被っていて、トカゲの頭にも同じような飾りが括りつけられていた。
見ていると実際は火付け棒で直接点火するのではなく、俺が前にゴディス老人宅でやったように光玉を中に灯しているようだ。
火付け棒と見えたのは、どうやら魔法使い用のワンドらしい。先っちょにオレンジ色の魔石が付いている。
あんなに長くなくても良さそうなものだが、どうやらその火付け棒と兜が正式な火付け男としてのスタイルらしい。その槍のように長いワンドを灯具の傍で軽く振ると、中にぽっと明かりが灯るのだ。
深いインディゴブルーに包まれていく街中を、大トカゲに乗った男が長い棒を振って明かりをつけて行く。
なんだか絵本の一場面のようだ。
相変わらず夜の街中は、映画エクソシストのポスターに描かれたような深淵とした暗さがあって、夜なお明るい都会育ちの俺には慣れないところもあるが、こんな風情もたまにはいいものだと思う。
雨や曇りの夜は、街灯が近くに無いと本当に墨を流したような闇の世界になり、探知能力のある俺でも深海に沈んでしまったような心細さを感じる時もある。
その逆に、2つの月が煌々と輝く晴れた夜には、影絵のような家々の上に、満点の星空が輝いているのを見る事が出来る。
当たり前だが、人工のプラネタリウムには足元にも及ばない壮麗さだ。
星降る夜という言葉があるが、まさしくその輝きを見ていると、いつ星の欠片が降って来てもおかしくないと思われるほどだ。
闇は怖いが、暗くなければあの星々は見れないのだなあとつくづく感じたものだ。
などとぼんやり物思いにふけっていたら、料理を持って来たオバちゃんにパタンと窓扉を閉められてしまった。
「すいませんねぇ、寒かったでしょう」
いや、いやいや、こっちは開いていた方が全然いいのだが。
と、思ったが確かに窓から冷たい風が吹き込んでいた。俺たちが良くても他の客には迷惑だろう。
今も入って来た客が座るやいなや
「ブラウンポーター(黒ビール)ホットで。あとジンジャーちょい入れで」と、いかにも常連らしい注文の仕方をした。
そんな体を温めたい人がいるのに、北風ピュウピュウとはさせられないか。
でもビールにジンジャーか。
紅茶に入れるのはよく聞くけど、温まりそうだが辛くなりすぎないのだろうか。
どうも辛いモノが苦手な俺には出来ない組み合わせだ。
顔を前に戻すと、ヴァリアスの奴は3杯目の同じ赤ビールを飲みながら、手にした木板のメニューをガン見していた。
頭数的には2杯までのはずだが、マスターがニヤニヤしながらお代わりのジョッキを持ってきて
「さすがアクール人、良い飲みっぷりだね。こいつはおれの驕りだよ」
と、3杯目を置いていったのだ。
さすが酒友。ビール好きは人種も越えるようだ。
「言っちゃあなんだが、こんな場末の店にしてはなかなかの酒を置いてるぞ」
メニューから目を放さず感心するように奴が言う。
「言っちゃあなんなら言うなよ」
俺はちょっとまわりを気にして声をひそめた。
ダリオの言葉もまんざら嘘ではなかったようで、だんだんと客がやって来て店の中の半分以上が埋まり始めていた。
店の人や誰かに聞かれたら失礼だろ。
だが俺の言葉が全く聞こえなかったように、奴は顔を上げながら宙に漂う匂いを嗅いだ。さては次に何を頼むのか、真剣に悩んでんな、こいつ。
「う~ん、どれなのか分からんのがある。おそらくこのクラフトビールのどれかだと思うのだが――」
どうやら匂いによる利き酒(?)と名称のイメージが一致しないらしい。
まあクラフトビールだから、商品名もオリジナルなんだろうなあ。
日本にも『●曜日の猫』とか『夜な●なエール』とか名前から味の想像がつかないのもあるからなあ。
俺だって『ガンダルフ』って聞いても、某有名映画の魔法使いしか思い出さないし。
しかし一応神の部類が、そんな事でいちいち頭を悩ますのかねえ。
「そんなのあんたなら一発で調べられるだろ?」
すると奴は真剣な顔をして反論した。
「こういうのは自分で考えて当てることに意味があるんじゃねえか!
神力で正解を得るのは答えを決めてからだ」
どうやら簡単に神の能力で調べてしまうのは、奴の酒道に反するらしい。
神様を超える前に、ナニを極めようとしているのか。
もう勝手にやらせておく。
赤大豆(細長のプチトマト似)や馬鈴薯がゴロゴロ入った熱いシチューをふうふうして食べながら、俺はまた昼間のことを思い起こしていた。
やっぱり猫触りたかったなあ。あんな間近に大きなモフモフがいたのに。
ポーももちろん可愛いのだが、だからこそ浮気じゃないが他の猫もたまには愛でてみたくなるのだ。
ラーケル村に慣れたのか、ポーは時々外に独りで出歩くようになっていた。
どうも村全体を自分の縄張りと認識したようである。
もっとも快い住人たちはこの新しい住民にも寛容で、彼女が一匹で村中を歩いていても目くじら立てるどころか、まるで普通の家猫が塀を通って行くような目で見ている。
例の姦しシスターズなどは、わざわざキャットニップ(マタタビのような物)を混ぜたクッキーを焼いてポーが家の前を通るのを待っている。
そんなあちこちで餌をもらっているのに、最近の彼女は少し肉ががっしりして来た……気がする。
今までは都会の街で勝手に出歩くわけにもいかず、自然と動く時間も限られてて暇があると寝転んでいたが、ここに来て毎日の散歩という日課が出来た。それが程よく良い運動になっているようだ。
もちろん彼女は元々丸っこい骨格をしていて、折れた耳のせいで真ん丸の頭なんかは変わらず可愛らしいのだが、どうもぽよんぽよんの脇腹が以前より締まった感じがして、そこのところが俺としてはちょっと残念なのだ。
他人のペットなのだから俺がどうのと注文するのはアレだが、やっぱり俺の好みとしてはモフモフ動物は柔らかくいて欲しいのだ。まあこれは俺の我儘だな。
ただ良い事もあって、今まで硬い石畳ばかり歩いていたポーの肉球が、若干柔らかくなって来たのだ。
おそらく舗装されたところの少ない、土丸出しの地面のおかげで肉球への負担が減って来たのかもしれない。
となると、石畳なんかに無縁の野生の猫ならば、もっと肉球は柔らかいのでは? などと勝手な妄想も膨らんできていた。
もしかするとあの野生の山猫たちも、時間をもう少しかけていれば撫でさせてくれたかもしれないのに、強盗のせいで……。
怒りとガッカリ感が入り混じって、なんだか中途半端な気分になって来た。
『……ミュゥゥ~~……』
混み始めた店内のざわめきに混じって、確かに子猫のような声が聞こえた。
え、まさか幻聴?
つい回りをキョロキョロしてしまった。こんな人混みの中で探知の触手なんか出すのは失礼だから。
もちろん猫の姿どころか、ネズミ一匹動物らしき存在はいない。いるのは酔っ払いと女将さん、カウンターの中で横に積まれた樽のコックを捻って忙しくジョッキにビールを注ぐ親父さんだけだ。
もしかすると階上に猫がいるのかも。俺は一瞬2階を覗こうとして寸でのところで止めた。
やだなあ、俺。ちょっと未練がましいかも。
それに上は宿の部屋のようだし、他人の家を覗き見するようで気が引けた。
前は宿探しで平気で探知したりしたのに、どうも俺の倫理観も時と場合によって定まらないようだ。
というか、魔法が普通にある世界でのマナーってどうなんだろう。
これってまた人によって少しずつ違うから厄介だ。
護符に守られているモノを無理やりに視るのはNGだが、防御されてなければ視ても別にいいとか、答えがグレーゾーンなのが多い。
俺の指導係は脳ミソがゴジラだから、奴に一般常識を尋ねてはいけない。
こうなると自分の倫理観で判断って、あらためて難しいと思う。
と、何かが俺の頭に触れてきた。
これは誰かの触手?! いや、念波、氣か?
一瞬だったが、それは懐かしい記憶を問うように語りかけてきた。
え? ―― ??!
俺はつい勢い良く立ち上がって、椅子の脚をギーッと鳴らしていた。
奴がチラッと一瞬だけ眼を向けたが、またメニューに戻した。
今の、気にならないのか。それならやはり危ないものじゃなさそうだな。
俺がそのまま外に出ようとすると、皿を持った女将さんが察してくれた。
「トイレならこっちのドアから出られますんで」と、左壁奥にある茶色いドアを指さした。
「あ、どうも」
居酒屋の左隣には簡単な柵で囲まれた側庭があった。俺は言われたとおりトイレに行くふりをして、勝手口から庭に出た。
いつもお読み頂き有難うございます。
次回こそある猫と再会します。




