第267話 間の話『ダンジョン『パレプセト』 (盗賊と猫)』
ちょっと撫でられないかな。
3匹にフライを順番に投げてやりながら、様子を窺った。
唸るほど美味しいモノをあげていても、やはり俺に対する警戒心はなかなか解いてくれない。
目を細めながらも俺の方から視線を外そうとしない。
俺に敵意の無い事はその感知で分かっていると思うが、それでも騙されないぞぉという疑念が微かに漂って来る。
もしここで手を伸ばそうものなら、すぐに後ろに跳び退り、毛を逆立てて唸って来るかもしれない。
まあ知らない奴にいきなり誰だって触られたくないだろう。
ちょっとテイム出来ないかとも思ったが、それも彼らは敏感に察知する。
接触テレパスの山猫たちにとって、探知の触手は手足と一緒だからだ。
そういう警戒心の強さが野生の本能なのだろう。餌で釣る肉食植物やハンターだっているのだろうから。
しょうがない。まあ今回は姿を見せてくれただけで良しとするか。
こんな大きな猫が3匹も旨そうに目の前で食事する。それを見ているだけでもなんだか和む。
もしかすると次に来た時には、もう少しお近づきになれるかもしれない、などと甘い考えも浮かんできた。
俺は目を細めながらウニャウニャ食べている猫たちをぼんやり眺めていた。
この時、山猫が来たのでつい探知を引っ込ませていた。
だからいきなり全身に衝撃が走って目の前が白くなった時、何が起こったのか全く意味が分からなかった。
体の中で無数の針が出現して破裂したような痛みが脳天まで走り、俺は飛び上がったあと、そのまま草むらに倒れ込んだ。
猫たちが一斉に驚いて飛び上がるように身をひるがえす。
なんだっ?! 何が起こった?
体が麻痺して動かない。キーンと耳鳴りがしているようで頭も働かない。
頭が働かないと魔法も上手く繰り出せない。
俺は転がったまま、目だけをなんとか動かした。
すると目の隅で長い草がさわさわと動いたかと思うと、突然見知らぬ男が現れた。
また斜め前方の方の茂みからも別の男が。
首を動かそうと身じろぎした瞬間、死角の方から首を押さえられた。
同時に背中にもグッと圧力が加わる。
背中を押さえつけられて息がしづらくなるように、体をめぐる魔力の動きも一気に止まった。これは魔力封じか。
「おい、まだ生きてるみたいだぞ。念のため、もう一発当てた方がいいんじゃねえのか?」
背中側(死角)から声がした。
ウッギャッッ!!
再び体の中のヤマアラシが一斉に針を立てた。比較すれば一発目より激しさは若干低いかもしれないが、それでも痛みの水準は明らかに基準以上、まさに体がバラバラになる感じ、ヘタすればショック死する痛みレベルだ。
「ぉおぃ、こぅいつぅ けぇこ~な カィミナィリ タァイセ~イが ねえぇかぁぁ。 これぇぇ、ハイオォー~ク だぁってぇ クロぉこげにぃ~ なる レぇベルだ ぜぇ~?」
耳の中がグワングワァンしていて、男たちの声が反響して聞こえる。
「きっとぉ きょぉうりょくうな お守りぃを 付けてぇや がんだよぉ。もう一発ぅ あびせぇ……」
「ーーぃや、ダメぇだぁ 。これ以上 やぁるとぉ ヤケコゲがぁ ツヨくぅなるぅ。 こぉこぉの カミぃナリぃトぉカゲ は こん こまでぇ 強かぁねえから 万一ぃ見つかった場合 バレる可能性があんぞぉ」
目の前の、泥だらけのダークブラウンのブーツが言った。
電……そうか、これは電撃だったのか。
俺もよく使っているワザ、電気ショックを受けたらしかった。もちろんいま受けたこの電撃は、スタンガン魔法とは違って高電力の代物だったが。
ただギリギリ護符のおかげか、内蔵や脳への負担は免れたようだ。
おそらく2発目も威力を軽減されている。
けれどもう少し、守ってくれても良さそうなのに……。ホントにギリギリしか助けてくれないのかよ……。
なんて文句を考えている暇もない。
茂みから現れたアッシュブロンドの不精ひげの男が、俺からカバンをひったくった。
「おろ? これ空っぽだぜ。ゴミ1つ入ってねえ」
上でバサバタとカバンを振る音がする。
同時にコートやズボンのポケットを、乱暴に弄られた。
すぐに腰のダガーが外される。
「おい、こっちにもねえぞ」
腕と肩を掴まれると、背中から押さえつけていた圧力が消えた。と、ごろんと仰向けに転がされた。
目の前に3人の男がこちらを覗き込んでいた。
ホースヘアみたいな長めのモヒカン男が、短い刺又状の道具で俺の首を押さえている。これが魔力封じの道具なようだ。
そのまま俺の右手を足で踏んづけてきた。
まだ体に力が入らない。目も完全には開けられない。
こいつら明らかに隠蔽を使って近づいて来やがった。
探知を引っ込めていたとはいえ、もっと注意していれば気がついたかもしれないのに。
確かに俺も迂闊だった。
だがそんな悔しさよりも怒りが沸々と湧いて来た。
この強盗野郎どもが……!
「んん、本当にこいつ何も持ってないぜ。素っ寒貧だ」
唯一ポケットに入っていた、ダンジョンの入場プレートをブッシュの方に放り投げられた。
「そんな訳ねえだろ。いくらなんでも――ううん、もしかしてお前、『収納』持ちかぁ?」
俺の左腕を押さえている髪も歯も疎らな男が、黄色い隙っ歯を見せて顔を近づけてきた。
「だとすると、こいつは結構持ってるかもなあ。『収納』持ちは財産を持ち歩くことは少なくないらしいから」と、モヒカン男も嬉しそう頷く。
「まっ、どのみち顔を見られてるし、殺らなくちゃなんねえ。諦めてくれよな。
大体1人でこんなとこ、うろついてるてめえが悪いんだぜ」
隙っ歯野郎もヘラヘラとしながら言った。
『収納』能力者は盗賊にあったらまず助からない。大概の盗賊は被害者を始めから殺す気だろうが、そうでなくとも能力者が死ねば収納は解かれ、一気に持ち物が出現する。
殺せば簡単に有り金が現れるという事だ。
「じゃ、さっさとやっちまおうぜ。ちょうど山猫の毛が落ちてるし、コイツを付けときゃバッチリだ」
そう言いながら不精ひげ男がバグ・ナクに似た、ナックルに鍵爪が4本付いた得物を手に装着した。
「待て、このコート、裏地もしっかり付いてる。結構な上物だぜ。せめて脱がしてからにしようや」
モヒカンが止める。
「あ~、まあそうだな。もしまたバレても遺体から剥がしたってえ事にすりゃあいい。どうせ詳しく調べねえさあ」
――さっきからこいつら、なに勝手言ってやがる!
グルグル回った怒りが、俺の護符に膨れ上がってきた。
「「「うぉっ?!」」」
護符からマグマが沸騰するような熱が急激に発せられ、魔封じの刺又に流れ込んだ。
まわりの男共が慌てて身を引く。その隙に転移 ―――― 出来たぁ!
バキバキッと音を立てて、灌木の上に落下した。
とにかくその場から離れたくて咄嗟に行き先を指定しなかったので、中途半端な空中に出現したらしい。
メチャクチャ高いところや岩の中じゃなくて助かったが、枝にあちこち体を打ち付けてしまった。くそ痛てえ。
しかし以前より増してきた超回復力のせいもあってか、何とか体を動かせるまでに回復し始めている。
すぐに樹の陰に身を寄せると、隠蔽をかけた。
クソあいつら!
よりによって猫に濡れ衣を着せるつもりだったに違いない。
確かに魔物による被害はあるだろう。
だが、こうしてそれを隠れ蓑に、人間が犯罪に利用する手だってなくはないんだ。
ましてやここはダンジョン。
防犯カメラどころか人の目もないし、半日も死体を放っておけば、魔物や野生動物に食べられて痕跡なんか消えてしまう。それでなくてもダンジョン自身に吸収されて、肥しになってしまうのだ。
たとえ運よく死体が見つかっても、傷跡から魔物の仕業らしいと思われたら、簡単に死因は事故死にされてしまう。
日本だって年間どれだけの不審死が見逃されている事か。
とにかく俺は頭にきた。
唐突に理不尽な暴力で浴びせられた激痛もそうだが、
楽しみにしていた猫との戯れを邪魔されたばかりか、猫に無実の罪まで押し付けようとする輩。
そして人から物を奪う事を何とも思っていない、理不尽な強奪者への怒りがムラムラと湧いてきた。
よく夜道を1人で歩くから犯罪に遭うんだとか、注意を怠った被害者にも非があるなどと言われることがある。
確かに自衛意識は大切だろう。
しかしまず、お前らみたいな犯罪者がいなければ、* コンビニでアイスを1人分買おうが、タクシー代を節約するために夜遅く1人で歩こうが大丈夫なはずだ。そこになんの落ち度があるというのだ。
事故と事件は違うのだ。
根本的に責める相手も追及する原因も間違っている。と、俺は思う。
(* アイス1人分を買うと、一人暮らしで近所に住んでいるとバレる説)
絵里子さんだって、あのDVストーカー野郎のせいで、実家に帰ることも出来ずに身を隠す為に引っ越しを余儀なくされたのだ。
なんで被害者がコソコソと怯えて過ごさなくちゃいけないんだ。
以前の俺だったら、このままダリオの店に駆け込むか、ホールの管理室まで被害を訴えに行くだろう。
普通はそれが一般的だ。
だが、今回はそれは後回しだ。俺の手で捕まえて引き渡してやる。
でないとあいつらが逃げてしまうかもしれない。それに一発くらいお返ししたっていいだろう。
ついでにいつの間にか、いなくなっているヴァリアスの奴にも腹が立った。
相変わらずこんな時にさっさといなくなりやがって。
まさか猫以外に賊まで呼び寄せてねえだろうな? あいつの凶悪ヅラなら、そっちを呼び寄せる方が至極自然に思えてしまうのだが。
絶対これまでの災厄の何割かは、あいつの影響で引き寄せているような気がしてならない。
おかげで俺の人生は、ハードモードの1チャンネルしか選択出来ないんじゃないのか。
いずれにせよ、あいつが姿を消したって事は、試練のゴングが鳴ったということだな。
俺はどこからか見ているだろうレフリーに、右手の中指を突きたててみせた。
こちらじゃこのサインには意味はないようだが、ヴァリアスの奴は知っているだろうか。
ついでに手をグーパーして動かしてみた。ギシギシとした痛みを感じるが、重大な損傷はとりあえず無いようだ。足もなんとか動く。
ふと左腕の袖をめくってみた。肘の上から赤紫のツリーというか、モミの木の葉模様が浮かんでいるのが見えた。雷撃傷だ。
畜生め!
あいつら人の命を、魚釣り用のミミズくらいにしか思っちゃいないんだろう。金目の物を吊り上げるただの虫くらいにしか。
犯罪はバレなければいいと思ってやがるんだ。なんで『罪』と呼ばれるか、考えもしないのだろう。
ドクドクと血液が沸騰するように、オーラがグルグルと体内を廻っていく。護符を通る魔力がさらに流れを激化した。
怒りでも、胃がぎゅーぅっと収縮するのをあらためて感じた。
…………ふうぅぅ~、落ち着け俺。
深呼吸で息を整えながら、肩や首を動かしたりして頭をほぐした。
怒りに振り回されるんじゃない、冷静に正しく怒るんだ。
ゾルフの時のように、やり過ぎてしまわないように。
ほどほどのアドレナリンで気を立たせ、魔力を底上げしていく。回復力にも拍車がかかる。
だが俺の治癒スキルでも完全回復にまだ時間がかかるかもしれない。
本当によくやってくれたもんだぜ。
仕方ないので常備していたキュアポーションを取り出して飲んだ。
痛みやギシギシ感が溶けるように消えていく。
あらためて探ると、先程いた場所から100メートルも離れていないようだ。近くの茂みにさっきの猫たちが、警戒するように首や触手をもたげているのが視える。
その少し先の樹々の間で、3人の男達が深い草むらの中をウロウロしていた。
「……やべえぞ、何処へ消えやがった!?」
集中すると奴らの慌てた話し声を聞き取れた。
「なんでぃ、なんでもっとちゃんと(魔力を)抑えとかねえんだよ?」
「ちゃんと抑えてたって。お前も見てただろ、あいつ何か腕に魔道具を仕込んでやがったんだ」
「とにかく顔を見られちまってんだ。とっととズラからねえと」
再び奴らが視えなくなった。隠蔽をかけたんだ。俺の能力じゃまだこれくらいの隠蔽を見抜けないのか。
だが、逃がすもんか。
俺は再び転移で、男達が消えた付近の高い枝に跳んだ。そうして探知と同時に、その辺りの風を視るようにした。
これは風使いのヨエルに教わった、隠蔽を見破る方法だ。
ヨエルの探知能力は俺なんかよりずっと強いが、始めから隠蔽を見破るほど強かったわけじゃない。だからその頃は、色々と工夫していたそうだ。
これはそのやり方の1つ。
一口に『隠蔽』という認識障害は色々なやり方がある。
『闇』の能力者に隠蔽が多いのは、見えない『闇』で自分を包み込み隠しているかららしい。
俺はまだ『闇』が発現していないので、『光』のスキルで光を屈折させている。
能力の強さ、技術力にもよるが、基本的に光を何かしら操作しているのだ。
だから匂いで見抜いたり、オーラで見てとったりすることは可能なのだが、大概の者は護符で余計なオーラを遮断しているし、『闇』は気配を消す。それに俺は獣人やサメじゃない。
けれど他にも探せる万象はある。
探知や光で見る事が出来ないなら、別のフィルターを使えばいい。
それは風の動きを視ることだ。
閉め切った部屋でもない限り、必ず空気は動いている。その動きの形を感知するのだ。
何もない空間なら風はそのまま横切るが、物体があれば必ずそこを迂回していく。(『風』を操る者には素通りさせる能力者もいるが)
探知で視た形と風の形が一致しないところに、隠れている奴がいる可能性が高いのだ。
以前はこんな同時に感知するような真似は出来なかったが、やっと最近は少しの間ならなんとか感覚を両立出来るようになってきた。
近くなら精度も上がる。俺はまわりを見下ろすように2つの感知に集中した。
全方向にではなく、サーチライトのように2つのフィルターの眼を動かす。
すると左手30メートルほど先に、斜めに樹々の間をよぎって動く、空気の無い空間が視えた。
そこには探知で視ると何も動くモノはいない。
さらにそのポイントに集中すると、2,3メートル離れて他にも2つ、計3つの不審な塊りが動いていた。空気の避けていく形が人型を作っていく。
どうやら本道の方へ移動しているようだ。
見つけた。
その3つの塊りのまわりの空気を、一気にガチガチに固めた。それこそコンクリートのように。風のバインドだ。
「「「!!?」」」
無に視える塊りたちが動きを止めた。まるで立ったまま金縛りに遭ったような気分だろう。
だが、流石に顔のまわりだけは操作するのは止めた。ヘタすれば窒息するかもしれないからだ。
その甘さが裏目に出た。
1人が早口に何かを唱えたかと思うと、空気の層が裂かれるように霧散した。
詠唱する隙を与えてしまった。
続いてスタンガンを撃ち込んだが、これもギリギリ奴らの手前で消えた。
どうも電流を低めるとやはり威力が弱くなる。奴らも護符を身に付けているようだし、直接撃ち込むしかないようだ。
隠蔽をかけたまま奴らの前まで転移すると、まず手前にいた奴の腹辺りに手を当て強く撃ち込んでやった。
「ウガァッ かぁあっ!!」
何もない空間からモヒカン男が姿を現すと、持っていた刺又と共に草むらに倒れ込んだ。
すぐにその男の首を押さえるように、刺又の先を地面に突き刺した。
お返しだ。俺が味わった痛みも乗せてやった。(イメージする事で再現できるのだ)
電流を弱めてやっただけでも感謝しろよ。
すでに探知と隠蔽は切っていた。もう奴らを確認しているので、通常の目と風の眼の2つで事足りる。残りの操作力を攻撃に全振りだ。
もちろん相手も大人しく待っていたりしない。バインドを破った勢いで別々の方向に跳び退った。
「姿を現わせっ!」
俺は両方に向かって腰の高さに、火炎放射器のごとく炎を横なぎに発射した。
帯状に伸びた炎が途中で、岩に当たった川の流れのように2つに割れる。
「そこにいるのは分かってんだぞっ!」
「チッ!」
このまま隠蔽に力を使うのは不利とみたのか、不精ひげと隙っ歯が姿を現した。
同時に地面から土や石が舞い上がり大きな岩石となると、俺に向かって上から吹っ飛んで来る。
砕け散れっ!
叩くようなイメージの念を岩の中心に叩き込み、空中で破壊する。飛び散る石や土塊を煙幕に不精ひげが突っ込んできた。
だが、そいつが振るった戦斧は、かかる土を払ったに過ぎなかった。
俺はすでにそいつの後ろに転移していたのだから。
バァリリリィィンッ!! 男の背中に直接電撃インパクト。同時に膝裏を思い切り蹴り飛ばしてやった。
男は膝を折り尻を突き出した格好で、顔から地面にジャンピング土下座をした。
あともう1人。
振り向くと残った賊は、後ろに走りながらこちらに向かって石がはめ込まれた棒状のモノを掲げた。こいつ魔法使いか。
懲りずに俺にまた電撃を仕掛けてきた。思い切り弾いてやる。
「なめんなっ! このクズっ」
お前もこの痛みを思い知れっ!
「チィッ!」
隙っ歯がそのまま振り向かずに脱兎のごとく走りだす。
足止めのために、男の前方に落とし穴を空けようとしたが土が動きづらかった。こいつの魔法耐性、及び護符の力は結構強い。手にしているロッドが威力を上げているんだ。
目の前に降らせた岩礫が、男の手前で全て粉塵と化す。
そうして足場の悪い山道を、獣のような速さで走りだした。魔法使い系だと思ったが、その身体能力も底上げしているのか。
だが、俺だって伊達に走らされてないぜ。いや、転移で前に出てやる。
と、その時、目の隅にチラリと赤いモノが見えた。
あ――
「待てっ! 止まれっ、そっちは危ないっ!」
咄嗟にそんな言葉しか出て来ない。
当然のごとく男は止まらない。そして――
男の足元から1メートル級の巨大なトラバサミが突然牙をむいた。
バチィィィン! その隙間を男が辛うじてすり抜ける。
さすが隙っ歯の能力なのか?!
いや、一瞬だが巨大な歯が男を挟み込む前に止まった。男の強力な護符が攻撃から守っているのだ。
奴に一撃を喰らわすには、その防衛を突破しなくてはならない。
つくづく他所の護符っていいなあと思ってしまった。それが真っ当な気がする。
いやいや、今は前の男に集中しろ。
「くそぉっ 執拗えなあっ!」
転移で目の前に現れた俺に、隙っ歯が忌々しそうに振ったワンドの石が光を放つ。
そこに向かって俺は空中から引き抜いたバスターソードを叩きつけた。
満身の気を乗せて。
激しい音を立ててワンドが折れる。そのままの勢いで男の脇腹もぶっ叩いていた。男の体がくの字に曲がる。
ゴキゴキという嫌な手ごたえが剣から伝わって来た。
樹の幹に勢い良く体を打ち付けた男は、そのままズルズルと力無く滑り落ちた。
ヤバいっ! またやっちまったか!
俺は慌てて男の口にポーションの瓶を突っ込んだ。
鞘を抜かなかったので切ってはいないが、棍棒で殴ったのと変わりない。
今ので肋骨数本、ヘタすれば内蔵をやったかもしれない。
とにかく致命傷になるのは避けたい。
まだ手に握っていたロッドを外すと、なんとか解析出来た。
うん、良かった……、重症だが一応命に別状ない。これなら死ぬことはないだろう。
……死ななければOKなんて、俺も勝手な事を考えるものだが。
はあぁ……、と少し力が抜けかかった瞬間、さっきまでいた方角から悲鳴が聞こえた。
あれは ―― 残してきた奴か?
慌ててそちらに転移すると、なんとあの太った猫が鬚ヅラの肩に噛みついているところだった。
その形相は先程までの可愛らしい大きなニャンコではなく、まさに襲いかかるトラそのものだった。
「やめろっ! そいつを殺しちゃダメだ!」
俺は手を振りながら大声で叫んだ。
『フグワァァァァー ー ー!!』
歯を立てたまま、猫が毛を逆立てて唸る。その目はギラギラした化け猫みたいだ。
彼も食事を邪魔された怒りを沸騰させているのだ。もしかすると近くにいたせいで、俺の怒気を感じ取り共鳴してしまったのかもしれない。
「ダメだ! そんなクズ野郎でも、人を殺したら人喰いになっちまうぞ!」
だが、そんな道理もちろん通用しない。人間だけの身勝手な論理なんだから。
うう~~ん、仕方ない……。
『ふぎゃっ!』
猫が大きく飛び退いた。
俺は猫の歯にだけ軽い電気ショックを与えていた。
本当に申し訳ない。
「本当にごめん! でもこれで人間を嫌わないでくれ」
俺はポー用に常備していたグリーンボアの肉を目の前で振ってみせた。
鋭くきつくなっていた山猫の目が、また真ん丸に開かれる。
それを遠くの木立の中へ投げ込むと、猫はまっしぐらに追いかけていった。
うう……なんか前もこんな事したなあ。
「相変わらず詰めが甘いが、まあ及第点にしてやるよ」
俺が男の傷を確認していると、いつも通りいつの間にかヴァリアスの奴が後ろに立っていた。
手にはどっかに捨てられていた入場プレートを持っている。
「そっちも相変わらず、陰でコソコソ見物かよ」
俺はプレートを受け取りながらダガーを拾った。
「オレもお前が酷い目に遭うのを見てるのは辛いんだぜ」
ワザとらしく眉をしかめてみせる。
「だけど可愛い我が子は谷に落とせって言うだろ。まあ必要とあらばもちろん助けてやるしな」
奴が本当に悪気なさげに言った。顔面悪意だらけなくせに。
俺もワザと大きく溜息をついてやった。
「……そうかよ。それは有難くて涙が出てくるよ……」
ホントに泣きそうだ。
だけど奴は俺の頭に手を置いて、回復を完全にしてくれた。
こいつが心配してくれてるのも本当なんだろう。ちょっとズレてるけど。
「んじゃ、手伝ってくれよ。こいつらを運ばないと」
ヴァリアスの転移で俺たちはホールに戻った。
管理室に奴らを突き出した後、もうダンジョンに戻る気は失せてしまった。
もう時間も中途半端になってしまったし、警吏に俺1人が事情聴取をされている最中に、奴はホールの売店にさっさと立ち飲みに行ってしまった。
今回の件はあっさりと正当防衛でケリがつくようだ。こいつらは常習犯なようなので、もしかすると懸賞金が出るかもしれないと警吏が言った。
正当防衛か。そう第三者に認めてもらってホッとしたが、気分はすっきりしない。
重症の隙っ歯の男も、危うく殺しそうだった。
懲らしめるためにもやり返したかったが、いざ痛めつけ過ぎると自分のやった行為に後から冷や汗が出てくる。
殺されそうになったとはいえ、俺もキレると結構ヤバい奴なのかもしれない。(昔の)ハルクだって人に対してはやり過ぎたりしないのに。
そうして自分がやられて、今更ながらに電撃の痛みを思い知った。
なるべく相手を傷つけないようにと思い、俺もスタンガン魔法を使っているが、相手にこうした苦痛を味わわせているわけだ。
死ななければいいだろうというのも驕った考え方だった。
だけど口で言ってわからない相手にどう対処していいやら。
ガンジーの非暴力主義も素晴らしいが、まず自分や家族、仲間を守りたいし……。
すると警吏が、供述調書にサインをするようにペンを渡してきながら言った。
「本当によくやったよ。
あんたがここで捕まえなければ、またどこかで被害者が出てただろう。
ダンジョンでの犯罪はまず現行犯じゃないと捕まえられないし、それにおれ達警吏の数もそう多くないからな」
そうか、俺のやったことで被害が抑えられたのか。最後の被害者が俺で良かったのかもしれないな。
今のところそんな輩には『目には目を』でしか、やった事の重さを本当に分からせる方法が俺には思いつかない。
ただナメて襲った相手に返り討ちの目にあって、これで奴らも少しは懲りたかもしれない。
そんな風にポジティブにも考えてみる。
それにしてもやはり野生と飼い猫は違うんだなあ。改めて思い知らされた。
猫も大きくなるとトラになる。当たり前のことだが、可愛くても猛獣は猛獣だった。
もう俺はポーだけでいいや。他人様の猫だけど。
しかしこれから向かったビール居酒屋『黄金の麦の穂』亭で、俺は思わぬ嬉しい再会をすることになるのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
いつまで続くんだ、この間の話は!? とお思いでしょうが(;´Д`)
すいません、あともう一話で終わらせたいと予定してます。
次回はある猫との思わぬ再会をします。
ちなみにギーレンの赤猫亭のジョシーではありません(^ω^●)
毎回我ながらなんか説教臭いなあと思いつつ、作者本人も迷っている次第であります。
こんな感じですが、これからも良ければお付き合いお願いいたします。
追伸:
相変わらずなかなか更新出来ませんが、未完で終わらせる気はありません。
更新がまちまちなのに関わらず、来てくださる読者様には感謝しかありません(❁ᴗ͈ˬᴗ͈))
頭の中がまとまらない一方で、活動報告などで呟いておりますので
宜しければ活動報告等にもお越しいただければ嬉しいです。
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