第265話 間の話『ダンジョン『パレプセト』(その3:もう一つの赤鬼の家)
「いえ、その……巨人の人とは違うんですか?」
まさか、ハーフオーガが人間だとは思ってなかった。何しろ魔物だと思っていたのだから。
しかしそんなこと本人を前にして言えない。
すると奴が代わりに説明してきた。
「ハーフオーガはな、蒼也、鬼人の一種なんだよ。亜人なんだが、その名の通りに魔物オーガの血が混じってる。
巨人族とオーガのミックスが元なんだ」
「まあ、おいらの両親は巨人族なんだが、親父さんの曾婆様がハーフオーガの血を引いてたらしくてね。おいらにその血が濃く出たってわけさ」
と、そのハゲ頭を大きな手でさすった。
「蒼也、お前が一瞬イメージしたように、ハーフオーガと聞くと、未だにオーガと同じに考える奴が多いんだよ。特にベーシス系はな。
本当は狼とオオカミ犬が違うように、ずい分違うんだがな」
ふぅ と軽くダリオがため息をつきながら、またバンダナを頭につけた。
「そうなんでさ。だけどこの通り、オーガ面だし、体も大きいから余計に怖く感じちまうらしいんでね。
だからせめてこうして、角を見せないようにしてるのさ」
それから俺の方を見て二ッと、牙を見せて笑った。
「でも初めて会って、おいらを普通の大人しい巨人族に見てくれたとは、なんか嬉しいねぇ。
少しは先入観無しで見てくれるベーシスもいるって事だなあ」
いや……どうなんだろ。奴や若頭のおかげで、悪役商会に慣れてきたといえばいいのか……。
それにオーガ面ってなに? そういう鬼顔の事を言うのか??
あーっ! アイザック村長が奴と初めて会った時に、それで聞いてきたのかっ!?
どちらかというとこいつは悪魔顔なんだが……。
「いやね、普通はこの牙でみんな、すぐにオーガって気付いちまうんだが、あんたはそんなの気にしてなかったしなあ」
ダリオは勝手に勘違いして喜んでいる。
ああ、そういえば、カカもサウロもこんなにハッキリした牙はなかったな。今思い出した。
「もしかしてお前、ハーフオーガなのを気にしてこんなとこで隠れるように仕事してんのか?」
奴が不躾な質問を浴びせた。
でも俺もそこのとこは気になってた。
彼ならこんな商売するより、それこそハンターでも生業にした方が儲かるだろうに。
「ふふ、良く言われるよ。確かにおいらは昔魔物ハンターだったんだ。
だけどもう年だろ? ハンターなんかいつまでもやってられないからなあ。
だから体がまだ動くうちに転職したのさ」
聞くところによると、ただのダンジョンキヨスクの売り子だけじゃなく、ここの管理も任されているらしい。
つまりダンジョン管理人という訳だ。
ダンジョンは普通、領主の家臣の配下、差配人にあたる町長や村長などの管理下に入る。ダンジョンの管理経営はその部下、ダンジョン監督官という役人が仕切っている。
管理人はその役人たちに雇われた民間人だが、特殊業務ということもあって役人に近い恩給制度があるらしい。
ギルドにも共済基金制度はあるが、あれはあくまで一時的なもので、継続的に貰えるわけではない。
額が低くてもやはり年金のように、ずっと支給されるのは後々有難い。
ダリオもそれを考えて、ハンターからこちらに転職したそうだ。
「確かに老後の安定した収入は大事ですよね。私もこのままハンターを続けていっていいのか、今思案中でして」
本当に老後2千万円貯金どころか、俺は人の何倍も生きるらしい予定なのだから、色々伝手を作っとかなくては。考えさせられるなあ。
「お前はまだハンターになって半年も経ってないだろ」
何も考えて無さそうな奴が言う。
「時間は関係ないだろ。手を打つのは早い方がいいんだよ」
「まあそうだよなあ。若いうちに気が付いておいた方が良い事は、色々あるからなあ」
少し感慨深げにダリオは呟いた。
「おいらも若い頃はハンターっていう職業柄、大陸間を渡り歩いててね、無宿人で居住地を定めてなかったんだよ。
色んな町や国を渡り歩くのは面白かったしね」
そこで赤鬼が遠くを見るように目を細めた。
「で、そろそろ落ち着きたいと思って気がついたんだ。
ハンターとして町に一時的に滞在するのと、市民として定住するのとは訳が違うって事を」
大きな肩をゆっくりと丸めて、体を小さくするようにしながら
「市民権を得る以外にも、住むならその町の人達に受け入れてもらわなくちゃいけないだろ?
だけどおいらはこの体とご面相だ。
これが一番難しかった。住民の信用を得るのがね」
ハーフオーガは力もそうだが、気性も荒いというのが一般的な認識だそうだ。
そこが他の巨人族と一線を画する部分らしい。おそらく魔物オーガの血がそうさせるのだろう。
ダリオも若い頃は結構ヤンチャしていたらしい。
この見た目と推測される力でヤンチャされたら、そりゃあ普通の人は怖いだろう。
本人は軽く言ってるが、ヤンチャで済まされるレベルではないと想像できる。
年を取って気性も丸くなり、やっと一つの所に落ち着こうとしたら、自分が周囲から疎まれていることを知ったのだという。
「巨人族にも白い目で見られてる感じでね。それにおいらの故郷は別大陸の田舎だし、今更帰るのも気が引けて……。
そんな時に『カリボラ』にあるビール居酒屋のおやっさんと、ビールの話でウマが合ったんだ。
今はほとんど使ってない隣の醸造室――天井が高い――を貸してくれて、それから厄介になるようになったんだよ」
ビール居酒屋と聞いて、微かに奴の眉が反応する。
「だから面倒でも、ちょっとくらい狭くても下宿に帰るようにしてるんだ。人との繋がりを無くさないようにね。
もっと早くそのことに気が付いてれば、こんな苦労はしなかったかもしれないけどねぇ」
確かにご近所さんと信頼を築いておくのは重要だよな。住めても村八分だったら辛すぎる。
「だけど初めての人にこんな話するのは、おやっさん以外初めてだよ。その、アクールの旦那もそういう苦労があるんじゃないのかい?」
ダリオは向かいに座っている奴に話を振った。
どうやら彼はヴァリアスに、ある種の同類意識を持ったようだ。おそらくそれでこんな身の上話をする気になったのだろう。
「確かにアクール人は魔族みたいだって恐れられる事はあるが、心配するほどは疎まれないぞ。ユエリアンだって市井のもんに溶け込んでるだろ」
違う、違う、力じゃなくて、その悪魔面のことを言ってるんだよ。
第一どうやってあんたのその魔王臭を世間に隠せるんだよ。
見ろっ、ダリオが目を丸くしてるじゃないか。
「ハハ、旦那はこうしてベーシスのお仲間さんもいるし、淋しくないんだろうね」
察したのか、ダリオは深追いしなかった。
ここで俺は本来の目的を訊いてみた。
「あの、ここで山猫の好物が売っているって事は、ここら辺によく来るんですか?」
「ああ、よく見かけるよ。ここでお客さんたちが面白半分に残飯をやったら、それを覚えちまってね。あいつら賢いから。
まあ、それでこうしてウチも看板メニューが出来たわけなんだけど」
「どのくらいの数がいるんです?」
「そうさなあ、ハッキリと数えたことはないけど、おいらが見たのは7,8くらいかな。柄で見分けてるから。
仕事仲間が別柄のを見たって言ってたから、ざっと9,10はいるようだね」
10頭くらいかあ。全部は見れないだろうけど、可愛い子いるかなあ。
俺のそんな夢想が顔に出ていたのか、ダリオがこちらに首を伸ばした。
「もしかして、蔓山猫を見に来たのかい?」
「ええ、そうです。ここによくいると聞いて、楽しみで」
するとダリオが無い眉をしかめた。
「あ~、だったら先に言ってくれれば注意出来たのに……」
「え?」
「いや、このデスソースの匂い、かなりキツイだろ? だから山猫どころか虫も近寄らないよ。相当かけちまったからね」
ああーっ! そうだった。このデスソースは魔物避けにもなるんだった。
それを俺は風で散らしてしまった。
もう熊撃退スプレーを辺りにバラ撒いてしまったも同じだ。
「まあここにはしばらく来ないだろうが、この森のどこかにはいるだろ。
なら探せばいいだけだ」
原因を招いた奴があっけらかんと言う。
絶対にあんた、気づいてただろ。
ガッカリしている俺にダリオが気を使って、また助言をくれた。
「食べ物の匂いで寄って来ることがあるから、餌の1つでも持ち歩いているといいよ。
旦那と一緒なら他の魔物が寄って来ても大丈夫だろうし」
そうか、来ないならおびき寄せればいいんだ。
俺は早速先程の袋を取り出すと、割りばしに付いていた爪楊枝でプツプツと穴を開けた。
これで匂いに敏感な山猫なら、きっとすっ飛んでくるに違いない。
そこをモフってやる。
それからしばらくして客がポツポツとやってきた。
食べ物以外に薬や油などを買っていく。あの狩りガールの2人も、罠用のロープが足りなくなったとやって来た。
俺に気がつくと、2人は軽くこちらにウィンクしてみせた。俺も苦笑いで返した。
座って休む人も出てきたので、そろそろお暇することにしよう。
「なっ、これでわかったろ?」
「何が?」
道に戻ると奴が当然のように訊いてきた。
「オーガがオレと似てないって事さ」
自信満々だ。
「……う、うん、そうだな……(パーツ単位なら……)」
どこからこの絶対的錯誤が出てくるのか、いつも謎だ。
フライの入った袋を振りながら歩いていると、奴が藪の方へ顎をしゃくった。
人道を行くより、ブッシュの中の方が出会いやすいというのだ。
「ただ言っておくが、閉門まであと3時間と47分だぞ」
「なに、このダンジョンには閉門時間なんてあるのか?」
他のダンジョンでは聞いたことないし、門番も何とも言わなかったが。
「町のに決まってんだろが。どうせ今夜ここに泊まる気はねえだろ。
なら、店が混む前に行かねえとならねえじゃないか」
「今、宿じゃなくて店って言ったな?」
俺はその些細な違いを聞き逃さなかった。
ちなみに今は真冬なので、夏の頃に比べて1時間近く門限が早くなっている。
「結構地元じゃ人気な店なんだとさ。閉門過ぎには一杯になっちまうそうだ」と、肩と片手をすくめてみせた。
こいつ、俺がトイレに行っている間に、しっかりと居酒屋の事を聞き出してやがった。
「電話予約なんて、こっちじゃ出来ないだろ。それとも今から行くか?」
「なんでだよ。あんたが飲みたいだけじゃねえかよ。行きたいならあんた1人で行って来いよ。
俺はここで猫を探すから」
「そうはいかん。オレはお前の保護者なんだから、お前を1人でほっとくわけにいかねえだろ」
「いつもヤバい時に放ったらかしじゃねえか! てか、なんで俺のほうが予定を合わせなくちゃなんねえんだよっ?!」
もうやだなっ、こんな守護神!
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その後、王都に用があった時に、たまにこのダンジョンに寄るようになった。
ダリオでない係の時もあったが、そんな時は決まってビール居酒屋に行くと会えた。
そうしてこちらの時間で30年近く経った頃、彼は管理人を引退してカリボラの町に引っ込んだ。
貯金と年金で4階建ての一軒家を買い、2階建てに立て直すとそこでフライを売る店を始めたのだ。
ここと同じくトンガリ屋根をしていたが色は威嚇的な赤ではなく、穏やかなターコイズブルーの瓦屋根で、石壁は淡い蜂蜜色に塗られていた。
店は坂道の多いカリボラの町の中でも更に小高い丘の上にあり、その青く尖がった屋根は、町の鐘撞堂と同く目印の1つとなった。
彼が懇意にしていた居酒屋は、その途中の坂にある。
ビールのつまみ用に、このフライも時々卸していたらしい。ダンジョンまで行かずとも、町で食べたいという要望があったからだという。
それで独立して個人の店を出すと聞いた時、俺もアドバイスと言うほどではないが、味変として他のソースを提案したりした。
マスタードや塩も良いが、トマトケチャップやバーベキューソース、タルタルソースなんかも相性が良い。
ソースの種類を増やしたことでこのフライは、看板商品として末永く人気を保つことになった。
また俺が教えた揚げパンも新たなメニューとして加えた。
砂糖はとても高価なので、代わりに安い甘草や樹液をまぶしたが、それでも甘くて美味しいと庶民の人気を得ることとなった。
実はその甘味料、俺が『創造力』で糖度を上げたモノを使用していたのだ。
この頃になるとやっと俺にも『創造』属性のスキルが発現し始めていた。
そこでダリオの扱う食材で練習させてもらいがてら、商売に貢献することにしたのだ。
おかげで比較的安価に甘い物を提供出来るようになった。
それもあってダリオの店は、長い坂上にあるにも関わらず町の人気の店として長く愛された。
その場で休んで食べられるように、横の庭にテーブルと椅子を作って置いた。
元々はビールの摘まみとして作ったフライなのに、ダリオの店では酒は出さず、飲み物は紅茶とライム水だけだった。
それは酔った客に場を荒らされたくなかったからだ。
人気になった甘い揚げパンを、子供もたまにコインを握りしめて買いに来た。そうするとダリオは決まって売り物にならないからと、中途半端な大きさのモノをオマケした。
本当はワザと別に小さく作っておいたのだが。
いつも店を仕舞うといそいそと、こちらからは坂下になるビール居酒屋『黄金の麦の穂』亭に出かけていった。
ベーシスのおやっさんの後を継いだのは、彼を生まれた頃から知る長女の娘婿で、むろん気持ちよく彼を常連客として迎えた。
2つの月が明るい晩は、気の置けない仲間たちがビール樽を担いで外で飲もうとやって来た。
そんな時ダリオは大皿に小山のようにフライを揚げて、庭で待つ友たちにふるまった。
小高い坂の上にあるので、庭や店の表からカリボラの町が一望できる。
彼はそこでよくお茶を飲みながら、のんびりと窓辺に持たれて外を眺めていた。
特に夕暮れ時の町が赤から深い青に染まり、街灯や家々に蛍のように明かりが灯る光景は、100万ドルの夜景とは違う、優しく懐かしい美しさだった。
そんな情景を背に、長い長い坂を上っていくと、青いトンガリ屋根の下で赤い顔をした大男が穏やかな笑みで迎えてくれた。
昔話の赤鬼と違ってダリオの青鬼は去らず、彼は晩年を心から穏やかにこの町で過ごしていった。
ここまでお読み頂き有難うございました。
まだこの【ダンジョン『パレプセト』】編続きます。あと2話くらい……?
もう間の話というか、閑話じゃないですね( ̄▽ ̄;)
次回はヤブルー(マンドレイク)登場の予定です。




