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第264話 間の話 『ダンジョン『パレプセト(Πάλεψέτο)』(その2:赤鬼の家)


 それからまた元の道に戻ってしばらく行くと道が2つに別れ、真ん中に道標が立っていた。


右には

『 ヤブルー(マンドレイク)自生地 この先 218 Y(ヨー)(約200m)→』 


「おー、いいじゃないか。あれはそこそこ売れるぞ」

 奴がまた少し興味を見せた。

「ヤブルーってマンドレイクの事なんだろ。やっぱりアレか、抜くときに悲鳴をあげたりするのか?」


「そんなの遮音して聞かなきゃいいんだ。もし聞いたって少し具合が悪くなるだけだから、死にはせん」

 うーん、やっぱり悲鳴あげるのか。

 なんか気持ち良くないなあ。

 普通、植物採取って、もっと楽しいモノじゃないのか。


 もう一つの左の道標には

『 ← 売店  この先 164Y(ヨー)(約150m)』となっていた。


 その道標には更に

『 蔓山猫の好物あります。 ★ビールのおつまみにもどうぞ★ 』

 と、ベニヤのような薄い小さな板が、下に打ち付けてあった。


「山猫の餌も売ってるのか。っていうか、やっぱり名物なのかな」

 こんな風に書いてあるという事は、やはりそこら辺に出るということだな。


 ああ、もう少しだ。やっとこれで大きなニャンコに会える。

 そう思うと俺の気分も上がった。先程の恥ずかしさも和らいだ。


 野生の蔓山猫は危険らしいが、そんなのはどうって事ないだろ。

 まず餌を与えてやればいいんだ。

 本当は子猫から飼いたいが、今は繁殖期じゃないから成獣ばかりらしい。

 でも、以前ポーの記憶から見た限りでは、いろんな種類がいるようだから見るだけでも一興だ。

 俺はとにかく他の子も見てみたかったのだ。


「ああん? 商魂たくましい奴がいるなぁ」

 奴も道標の広告を覗き込んだ。

「なあ、ダンジョンの中に売店って普通なのか?」

 つい気にしなかったが、前に入ったメカトロやアジーレには無かったと思うが。


「あるにはあるが、そういうのは普通、ゲートに隣接してるもんなんだ」

 探知で視たところ、この先にゲートらしきモノはないらしい。

 奴に言わせると、一般的にダンジョン内の店や設備は、先程のような出入口の中にあるらしい。


 よくゲームとかでもあるように、階層になっているダンジョンなどでは、層と層を結ぶ階段やゲートがある。

 設備や店はそれを囲む結界内、もしくは隣接しているのが基本なのだそうだ。


 それにハンターでもないのに、ワザワザ魔物が跋扈(ばっこ)するような場所にずっといるのは危険だ。

 もちろん結界などを敷いて野宿する場合もあるが、先にも言ったように、その危険地帯を行き来するのはリスクが高い。

 単に人相手に商売するだけなら、ゲート内の安全地帯でやるのが普通だ。


「まあ、やれない事はないからな。それにここは初心者用だ。多少腕に自信があれば平気だろ」

 それから奴はまた広告に目をやって

「それにしても蔓山猫の好物って、『グリーンボア』や『ワイルドターキー』とかだぞ。両方ともドードー鳥やホップバードよりも高い代物だ。

 本当にそんな食材使ってやがるのかな? たかが魔物の餌に」

 ちょっと疑わしそうに片眉を上げた。


「だったら、探知で確認してみればいいじゃないか。さっきだってテーブルがあるのを視たんだろ?」

 こいつはその気になれば、星の裏側だって見通せるんだろうし。


「いや、なんでも簡単に分かっちまうのはつまらないだろ。行って確認してやる。

 それにマズいモン出しやがったら、ただじゃおかねぇ」


 あ~、酒のつまみにもなるって、余計なこと書いてあったからなあ。大丈夫だろうか。

 もうこんな奴が文句つけたら、クレーマーどころかテロリストになりそうなんだが。

 一抹の不安を抱えながら、俺たちは左の道を進んだ。


 横から伸びる枝葉や蔦を掻き分けると、急に開けた場所に出た。

 見回すとほぼ円状に、魔物除けの杭が等間隔に立っている。

 樹を伐採した後の切り株に板を渡した、簡単なテーブルが1つあった。そのまわりにも幾つか切り株があり、人の手で切り開いた場所だとわかる。


 その真ん中に建物があった。開いた窓の上に『売店』と簡単な木の看板がある。

 建物は無骨な石壁で出来た円筒型だが、可愛らしいトンガリ帽子の赤い鱗屋根をしていた。

 そこから短い煙突がにょっきり出ていて、窓枠は森と同じ緑色。

 開けた窓の鎧戸を左右横から鎖で支えて、カウンターになっているその前には、数段の階段もある。

 なんとなくムーミンの家を思い出した。


「屋根を見てみろ、レッドドラゴンの鱗を真似てるんだ。これには弱い魔物に威嚇効果がある」

 赤い鱗はレッドドラゴンのそれに似ているらしく、よく見るとただのU字型ではなく、水鳥の足のような形をしていた。

 特にハッキリとした赤色は威嚇色でもあるので、弱い魔物や動物は敬遠するらしい。


 う~ん、イメージが急カーブしてムーミン谷から離れていったぞ。

 というか、その窓に佇んでいる店員を見て、昔話の赤鬼の家を思い出してしまったのだ。


 その人物は窓辺で、ジョッキのような大きなティーカップを手にしながら、ぼんやり外を見ていた。

 赤みの強い褐色の肌の見るからにガタイの良い男で、頭の大きさや肩幅の広さから、座っていても相当な大男だとわかる。

 そしてその男の顔。

 思わず俺は隣の奴を見返してしまった。


 額にモスグリーンのバンダナをつけたその下の、モアイ像のように引っ込んだ眼窩の瞳は赤く燃えるような光を放ち、その間の眉間には深い皺が刻まれている。どっしりした鼻の下に結んだ唇は厚く、横に大きかった。


 造作的に似ているわけではないが、こいつの親類かと一瞬思ってしまったほどの凶悪ヅラ。

 少なくとも暗黒街の者に、即スカウトされる器量だ。

 まさかこんなとこで堂々と、指名手配犯が商売やってるとは思えないが。


「こんにちは、初めて見る顔だね」

 男はその強面に似合わず、ニッと笑みを見せて挨拶してきた。その口元から長めな下の犬歯がハッキリ見えた。


「蔓山猫の餌を売ってるようだが、本当にビールのつまみにもなるのか?」

 俺がおどおどと挨拶する横で、奴が単刀直入に訊いた。

「ああ、ウチのお勧めでね。ちょっと味見してみるかい?」

 窓の格子戸を下げると、男がのっそりと立ち上がって店の奥に行った。

 そのおかげで店の中がすこし見えた。


 中は円形の3分の2くらいのところで、真っ直ぐな壁で仕切られていた。そこに立てかけられた棚には、何かラベルを張った壺やビンなどが並んでいる。

 その下の方に樽が2個置いてあるのが見えた。


 いや、その置いてある床がすごく下にあるのだ。

 半地下かと思われるほど、恐らく1m以上は俺たちの位置から下がっているだろう。どうやらこの階段分だけ、窓の位置が高くなっているのだろう。中は地上と変わらない高さに床があるのだ。

 なのに、男の後ろ姿は俺たちの目線とほとんど変わらない。


 巨人族なんだ。近くで見てあらためてわかった。


 男はその仕切り壁向こうの部屋から戻ってくると、再び格子戸を上げて

「はいよ、冷めても旨いから試してくれよ」

 小皿に茶色のかりんとうのようなのを2つ載せて出してきた。

 猫のカリカリ?


「すいません、じゃあ頂きま―――」

「ふん、まあ悪くはないな」

 相変わらず早えな。

「口に合ったかな」

 少し嬉しそうに巨人が笑った。

 こいつは滅多に褒めないが、そう言うってことは旨いってことだな。

 良かった。とりあえずテロ行為は起きなそうだ。


 味はトリの唐揚げに似ていた。

 だが、中身はどうやら肉ではなく、何かニョッキのようにもっちりしている。

 それにただモチモチしているだけでなく、中にコリコリした軟骨のようなモノが入っていて、結構な歯ごたえになっている。

 元もと山猫用なのだ。これなら獣人にも受けるだろう。

 俺はちょっと顎が疲れるが。


「うん、確かに美味しいです。これは肉じゃなさそうですけど、何ですか?」

 代用肉のような物だろうか。

「小麦粉にグリーンスライムの粉を混ぜてるんだ。弾力感と歯ごたえのバランスがちょうどいいだろ? これがウチのウリなんだよ」


 うおぉ、スライムかよ。微妙な味になってしまった……。

「それだけじゃないだろ。これ、中に入れてるのはドードーの軟骨だな。それに中に混ぜてあるのは、『ワイルドターキー』の粉じゃないのか?」


 巨人がその奥まった赤い目を少し見開いた。

「おお、お客さん、よく分かったね。もしかして解析持ちかい? その通りだよ。『ワイルドターキー』は蔓山猫の好物だろ。ただ高いから、干し肉の粉だけ混ぜてるんだ。それでお安く提供出来るってわけだよ」

 ちなみに『ワイルドターキー』は普通の鳥肉より、味が濃いそうで、このように混ぜて使うことで鳥肉風味を味わえるらしい。


「これ、いくらですか?」

「4OS(アンス)(約112g)170エルだよ。揚げたての熱々を提供できるから、ダンジョン価格にしては安いもんだろ?」

 ダンジョン価格ってのがよくわからんが、あれか、登山での峠価格みたいなものか。


「ヴァリアスも、もちろん食べるだろ?」

 肉じゃないけど気に入ったようだし、こいつは結構食うから多めに買っとこう。

「まあまあいいが、もう少し辛味とかインパクトが欲しいところだな」

 グルメじゃなく、ただの辛いモノ好きな奴が意見する。


「シーズニングなら塩はひと振り無料だよ。あとは追加でひと振りごとに10エル、マイルドマスタード粉が50エル、ホットペッパーが100エル、デスソースが300エルだね」

「ふうん、じゃあこれで買えるだけくれ。あと、デスソース全掛けで」

 と、奴が鎧戸のカウンターに大銀貨を1枚(10,000エル)を置いた。


「待て待てっ、待って。ソースかけるの、半分にしてください!」

 俺は慌てて言った。

 デスソースってなんだよ。地球にもそんな名前のスパイスがあるが、もう俺にしたら罰ゲームの何物でもない。

 第一、猫にもあげられないじゃないか。


「えっ、こんなにかい? ちょっと待ってくれよ」

 巨人の男は手元の物差しのような計算尺を使って計算すると、それからまた格子を降ろして隣の部屋に行った。

 どうも防犯のためなのか、席を離れるたびに格子を下げるようだが、こんな店員から盗むを働くような根性のある奴がいるのだろうか。


「悪い、いま仕込みが済んでるのが、0.7ST(ストーン)(約4,438g)しかない。それでいいかい?」

 戻ってきた巨人は、無い眉の代わりに少し申し訳なさそうにシワを寄せた。

「ああ、それだけでいい。全部くれ」

「絶対に半分は、ソースかけないでくださいね」


 5分ほどかかると言われて、俺たちはテーブルで待つことにした。

 ついでに奴はビールも注文。

 俺は昼メシ用に収納から、お握りとインスタント味噌汁を取り出した。


 まあ、もう食べてしまったし、あと少しくらいスライムを食っても変わらないか。クラゲのように思えなくもないし。

 俺もだいぶこちらの食文化にあゆみ寄るつもりになっていた。


 だが忘れていたがスライムは、片栗粉のようにとろみや増粘剤の役割をしていて、食用にも広く使われていた。

 実は、すでにこれまで食べてきた食事の中に、少なからずスライムが入っていたのを、この時はまだ知らなかった。


「お待たせ、こっちがデスソースがけ、こっちがプレーンだよ」

 2皿に山盛りフリッターをカウンターで受け取る。

 言われなくても赤黒いソースがたっぷりかかった見た目で、すぐどちらかがわかる。


 先程のは試食用だったのか、それとも欠片だったのか、販売用として出されて来た唐揚げは、普通に市販されている揚げ物サイズだった。


 結局デスソースを半分にたっぷりかけたので、大銀貨1枚じゃ足りなくなった。むろん追加料金を払って、揚げ物が見えなくなるくらいかけてもらった。

 おかげで恐るべし刺激臭があたりに漂い、目が痛いどころか、吸い込んでしまって思わずむせた。


「うん、やっぱりこれくらいパンチがないとな」

 そんな殺人兵器みたいなモノを平気で喰ってる奴に、俺は軽く風を送った。

「ちょっと、こっちにその匂いを来させないでくれよ。風向きがこっちになってるぞ」


「大袈裟だな。ちょっと1つ喰ってみないか? なかなかイケるぞ」

 奴がたっぷりソースのかかったのを持ってヒラヒラさせた。

「ノーサンキューだ。

 大体その匂いで鼻がやられそうだ。もう味噌汁の味が分からなくなりそうだよ」


 これは大袈裟でも比喩でもない。マジである。

 あとで聞いたら、このデスソースは魔物撃退にも使われるような代物だったらしい。

 本当にダンジョンキオスクで売る物って、何かがおかしい。


 でも確かに揚げたては、更に鳥の唐揚げに近くなって旨かった。

 俺も顎が疲れたが、5個ほど食べてしまった。お握りとも相性がいい。

 残りのプレーンを猫にあげるためにポリ袋に入れていると、後ろでドアの開く音がして店員の男が外に出てきた。


 デカい。想像はしていた以上に大きい。

 ラーケルのカカも大きかったが、こっちの男は横幅もあるし、ついでに腹も出てる。

 なんかデカい人が太ってるとよけいに圧が凄い。

 まるで背の高い外国人相撲取りのようだ。


 巨人は手にジョッキを2つと、木皿を持ってやってきた。

 その盥のような大皿にはタコスライスみたいに、マッシュポテトの上にソーセージや目玉焼き、青菜、パンまで、一緒くたにこんもり盛られている。


「お邪魔してもいいかい? 中で食べるのもなんだか窮屈なんでね」

「構わん」

 ヴァリアスの前にお代わりのビールを置くと、巨人はテーブルの短辺側の椅子をどかして草地に直接腰を下ろした。

 身長差がありすぎて、そうしないと座れないのだろう。まるで卓袱台に座っているようだ。


 赤い巨人と一緒に囲む食卓。やっぱり日本昔ばなしを思い出してしまう。

【 美味しいお菓子とお茶があります。ぜひ遊びに来てください 】

 そんな立札を立てて、毎日人が遊びに来てくれないかと心待ちにしていた赤鬼。


 ふと彼の胸にぶら下がっているプレートが目が入った。

『パレプセト販売員 ダリオ』と書いてあった。


「あの、ダリオさん?」

「ん?」

 レードルスプーンでマッシュポテトとソーセージを一度に、アイスクリームみたいに掬った赤鬼が顔を上げた。 


「ダリオさんはここで暮らしてるんですか?」

「いんや、おいらは近くの『カリボラ』っていう町に住んでるんだ。ここも三交代制なんでね」

 それから口元を上げて

「たまにね(町の)閉門時間までに帰るのが間に合わないときは、ホールに泊まったり、ここで寝るときもあるなあ。

 おいらには夜の町中と大して変わらないからさ」

 そう言って低い声で笑った。


「確かに。巨人族の人には初級ダンジョンぐらい、何ともないでしょうね」

 俺は心からそう思って言った。

 もう彼には狭い町中より、この森の中のほうが(勝手なイメージだが)似合っている気がした。


 するとダリオは赤い目をさらに輝かせて

「ほう、おいらが巨人族に見えるんだね。そいつはいいや」

 と、何故かまた低く笑った。

 え、なに? 


「お前、『ハーフオーガ』だろ」

 ヴァリアスがジョッキを傾けながら言った。

「えっ?」


「うっふふふ、さすが、アクールの旦那。分かってるようだね。

 まあこのツラを見りゃ普通は気づくもんだが、そっちのお兄ちゃんは知らないようだね」


 そう言ってダリオはおもむろに頭のバンダナを外した。

 まるっときれいなスキンヘッドが現れる。

 ただその頭には額の上、髪の生え際に位置するところに2本、小さな角が生えていた。


 本当に鬼だ。俺は知らないうちに口をあんぐり開けていた。


「どうしたんだい? 今までただの巨人族と見てくれてたのに、ハーフオーガと知ってビビっちまったかい?」

 ダリオがふっと悲しそうな顔をした。

 眉毛はないが、眉のあたりの皺が八の字になってるのがわかる。


 また『泣いた赤鬼』を思い出してしまった。


ここまでご覧頂きどうも有難うございます。


『泣いた赤鬼』

 彼には青鬼という親友がいたのに、なんでわざわざ人と友達になりたかったんだろうと思ったりします。ただ単に人が好きとかじゃなくて、もしかして近くに鬼は彼らしかいなかったのだろうかと。

 絶対的少数派だから、大勢で暮らしている人間の生活に憧れていたのかなあとか。

 なんにしても青鬼には、ほとぼりが冷めた頃に戻って来て欲しいものです。

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