第261話 『消えた村タムラム その顛末 (その7:その後のみんなとオッサン達の行方)』
うおおおぉぉ……、終わる終わるセールが終わらない!
またもプラナリア現象で一話に収まらない……(;´Д`)
事件から約一カ月後、あらためて鉱山跡に行ってみた。
白灰色だった岩肌は、すっかり黒っぽい焦げ茶色に変っていた。
禁足地となった村の門があった場所には鎮魂碑が作られ、定期的に領主の使いが供物を捧げに来ることになった。
そこがギリギリ、彼らがやって来れる場所でもあった。
だが俺はあえて岩山の坑道まで入っていった。
奴が俺なら、妖精たちは人として認識しないから大丈夫だと言ったからだ。
少し複雑な気分だが、やはりお供えをするなら現場の方がいいだろう。
そこにビスケットやキャンディ、ケーキをたっぷり入れた大きなバスケットを置いた。
そうしてキリコにまた教えてもらった謝罪文を読み上げながら、妖精たちに詫びた。
人間のエゴイズムがなければ、彼らも平穏に過ごせただろうに。
妖精たちには、人間を一括りで嫌いにならないで欲しい。
俺が穴の中にいる間は何も起こらなかったが、穴から外に出た途端、一陣の風が中から吹いて来て俺のコートの裾をはためかせていった。
その後寄ったギルドでは、ニコルス氏が俺達の突然の訪問にも嫌な顔一つせずに迎えてくれた。
彼の話によると、無事にこの騒動は数ある『妖精事件』の1つとして片付けられたそうだ。
『妖精事件』
妖精の被害は山で熊に襲われるくらい珍しくないが、流石にここまでの規模となると後世に残る事件となった。
また今回の責任は、かの城代と失踪した村長達にあるとされたが、容疑者全員不在のまま、事件は終決となった。
スーパーナチュラルな存在をあれだけ怒らせたのだから、行方知れずの彼らもただでは済まなかっただろうと察せられたからだ。
領主のサー・ガーランド=ザザビック子爵は、サイラス城代に操られていたとして、かろうじて極刑は免れた。
本当に彼は叔父に、呪術的マインドコントロールを受けていたらしい。
領地内の管理がおざなりの割に少なからぬ徴税を課し、自らの暮らしも縮衣節食して、財をせっせと叔父に貢いでいたのだ。
その暗示が解けて、今までなぜそんな事に加担したのか、自分でも理解出来ないと弁解したそうだ。
それは審問の真偽でも証明された。
ただ、ミスリルの件だけはおくびにも出さなかった。
そんな事が知られれば、操られていようがやらされたのであろうが、首が飛ぶのは間違いなかったからだ。
そのまま被害者でもあり加害者でもあった君主は、国境近くの辺境へと領土を移した。
文字通りの左遷である。
しばらくしてその地域の風土病で亡くなったと、後にニコルス氏から聞いた。
ただその熱病は例年としては季節外れの発症で、ガーランド公以外にその時期に罹る者はいなかったという。
密やかな噂によると、その病に特効薬とされた薬もポーションも、何も効かなかったそうだ。
ちなみにザザビック地方では、新領主として統治を任された成り上がり者男爵が意欲を見せ、痩せた土地の利用法などを色々と模索しているらしい。
これで少しでも領民たちが暮らしやすくなることを願いたい。
またシザクとミケー達とは、その後しばらく会う事はなかった。
彼らはこの地に寄り付かないようになったからだ。
あの時彼らは『審判の火』以外に、実は違う儀式を受けていた。
それは村で見たことを忘却するという、記憶操作の処置だ。
俺がギルドに着いたあの時、ちょうどその処理直後であり、彼らは脳を休めると同時に記憶を混濁させるための深い眠りについていた。
完全に記憶を消すのではなく、夢で見たように記憶を曖昧模糊にする。
それはやがてまさに夢のように、自然に薄れ消え去って行くのだ。
ただ、俺のことは覚えていてくれて、後に王都の近くで先に俺を見つけてくれたのは嬉しかった。
ダッチはハンターを辞めて、情報屋になったとシザクから聞いた。
王都近くの町のタブロイド紙を発行する情報発信社ーーいわゆる新聞屋ーーの記者になったという事だ。
彼らしいと言えばらしいと言える。
それから忘れてはならないタムラム村の人たち。
彼らは一時教会の講堂や庭――これだけの人数をひとまとめにする場所が他になかった――に寝泊まりしながら事情聴取を受けた。
そうしてひと通りの手続きが終わった後、ギルド銀行から村長の遺言で各自に配られた支度金を手に、それぞれバラバラな地に散っていった。
マチルダとメイは女将さんと一緒に、このジャールの町でまた小さな店から始めたらしい。
それは娼館ではなく、女将自慢のミートパイを売る屋台だった。
彼女達は昼は売り子、時には街娼として夜の辻に立つが、ゆくゆくは昼の食堂一本に絞っていくつもりだそうだ。
驚いたのは、これを機に娼婦を辞めたイヴリーンが、あのプッサンと結婚したことだった。
プッサンは彼女の常連客の1人だったらしい。
彼女も落ち着きたかったのかもしれないが、よりによってプッサンを選ぶとは――。
本当に世の中わからない事だらけだ。
そのプッサンは、商業ギルドの会計係にあらためて職が決まり、嫁も得ての再スタートに張り切っていた。
なんだかちょっと羨ましい。いや、俺も頑張ろう。
ただ1つ妙に思ったのは、ジャールのギルドを訪問した際にニコルス氏が
「トカゲ達は元気ですか?」と訊いてきたことだ。
「トカゲ?」
俺が聞き返すのと同時に奴が塞ぐように答えた。
「トカゲの話はするな。コイツは今ペットロス中なんだ」
「おぉ……、そうでしたか。それはなんとも……」
何かを勝手に察した主任が少し淋しそうな顔をした。
「おい、ペットロスってなんだよ? それはペットをーー」
「もうその話はいい。それより今日はその後の話を聞きに来たんだろ」
なんだか無理やり話を逸らされた感があった。
確かに飼うペットを思案中だったが、こちらに来ると意外と忙しくて探しにいけなかった。
この辺りではトカゲの従魔が多いようだが、やっぱり俺はポーみたいなモフモフの子がいいし、爬虫類は候補にないよなぁ。
……うん、多分ないだろうなぁ……。
主任がその後の経過を話しだすと、もうあまり気にならなくなった。
***
そうしてこちらの時間で1年の歳月が流れ、異星アドアステラでの2度目の冬を迎えた。
俺は大仕事を片付けたばかりで、しばらくギルドの仕事を休もうかと考えている頃だった。
この頃になると俺のランクも上がって来たし、各地のギルドからのご指名で依頼も増えてきていた。
普通、救助依頼はスピードが重要だから、移動する時間を考えても現場近くのハンターに依頼するのが一般的なのだが、俺は特殊タイプとして位置づけられていた。
それはひとえに俺達の移動手段のせいだった。
転移能力があると知られた俺と、魔王並みパワーを持つヴァリアスとのコンビ。
俺が転移システムで、奴がそのエネルギーを供給することで、とんでもない距離を即座に移動することが可能(と思われたらしい)。
それにまず俺を呼べば、奴がセットでついて来る。
奴自身が仕事を請け負うかは別だが。
とにかくどんな遠くからでもすぐに来れるし、ああだこうだと足元を見て依頼料を吊り上げない俺が、指名を受けるのは当然だったのかもしれない。
何しろ救助と聞いてしまっては断るわけにいかない、断れない性格。
そこに縋られ、更に厄介な依頼が増えていく。
だからその日は久しぶりにのんびりと、アイザック村長と仕事の話抜きでボードゲームを楽しむつもりでいた。
が、急に俺の頭の中に1年前の出来事が、今さっきのことのように甦って来た。
今やっと、全て思い出した。
忌々しい奴のせいで、俺は記憶をすり替えられていたのだ。
「正確にはまだ数時間残っているが、探しに行くなら明るいうちの方がいいだろ。
あの時はもう夜だったからな。」
家に着くなりソファにふんぞり返った極悪なサメが、いけしゃあしゃあと言った。
「てんめぇ~~やりやがったなあっ! 人の記憶を改ざんしやがって。
これじゃ操られているのと一緒じゃねえかよ!」
「同じじゃねえよ。
そうでもしないとお前はいつまでもグチグチと、あの野郎たちの安否を気にして落ち着かなかっただろ?
お前の場合、ただメンタルを削るだけだ。
だから当然の処置したまでだ」
くそぉ~、当たってるだけに腹立たしいことこの上ない。
「だったらせめて勝手にやるなよな。本人の俺にまず相談しろ。
俺の許可無しにやるんじゃねえよ。
――そういや、あの時『また』とか言ってなかったか?
もしかして他にもやってるのか?!」
マトリックスじゃないが、完全に記憶を操作されたらもうお手上げだ。
「この前返してやっただろ?」
奴が組んだ上の足をぶらぶらさせて、俺の目を見据えた。
「……アレか」
実はすでに1つの記憶が返却されていた。
それは俺のもう一つの肩書き、日本での『アイデア企画部長』としての仕事兼訓練の最中に起こった。
VRでの森の中、ハイオークやロードオーク(ハイオークより上位)と交戦中にいきなり強いデジャブに襲われた。
それは俺が初めてオークと戦った時、ハイオークから穢らわしい気を浴びたトラウマだった。
VRでもまた俺は、群れのボスにマウントを取られた瞬間だった。
記憶と目の前の状況が重なった。
けれど今度はやられっぱなしじゃない。
その気色悪いオーラを気合いで吹っ飛ばし、同時にオークのブサイクな頭のこめかみに剣をぶち込んでやった。
もう俺はあの頃のような軟弱野郎じゃない(と思う)。
少なくともこれくらいの毒で、具合が悪くなるようなことはなくなった。
何しろ今まで散々な目に遭わされて、多少なりとも免疫がついてきたからだ。
悔しい事に奴の荒療治的指導は、それなりに成果を出してきたという訳だ。
とにかく俺がソレに耐えられるようになった頃を見計らって、預かっていた記憶を返してきたのだ。
全くご丁寧なこった。
「まあ今度、記憶をいじる時にはちゃんと説明してやるよ」
奴が軽く肩をすくめてみせた。
そう言って奴はもう1つ、記憶のタイムカプセルが残っている事を上手くはぐらかしていた。
それは最大で最悪なメモリー。あの地獄での記憶だった。
これだけはその後もしばらくの間お預けのままだった。
だが、もちろん俺が死ぬ前には返してもらったよ。
いくらなんでも次にまで引きずっていたくないからな。
ただ流石にこれは一気にではなく、夢や仕事などで前触れとして追体験していきながら、徐々にその片鱗を思い出していく事になった。
おかげで完全に想起する前に心構えが出来た。
全然平気だったと言えば嘘になるが、当時のように慙愧の念に身を焦がすだけではなくなった。
自己嫌悪に陥ってるだけじゃ先に進めないし、誰のためにもならないからな。
とにかく出来ることからしていかないと。
まあ話を戻すと、俺はすぐさまヴァリアスにジャール近くのあの森に飛ばしてもらうことにした。
俺が厚手のコート――冬物の上着を新調していた――を着ていると、奴がするりと空中から銀色に光るモノを出した。
「ほら、預かってたヤツだ。1年分の利子も付けといてやったぜ」
勝手に預かっときながら全く悪びれることない。
涼しい顔してミスリルのインゴットをヒラヒラと振った。
***
転移した先はジャールの町のすぐそばの森の中だった。
森の常緑広葉樹は白い綿胞子にすっかり覆われて、辺り一面真っ白な世界に変わっていた。
ザザビックは最北の地方であり、すでに雪が降る季節となっていた。
去年はどうやら暖冬だったらしい。本来はこれがこの時期本来の景色だったのだ。
白い木立の間から半分開いている門扉が見えたが、出入りする人影はいない。
こちらの谷側の門から続く道は、途中から隣町へ行く枝道もあるのだが遠回りになるため、森に入るかタムラム村に行くくらいしか使われていなかった。
森の真ん中を通る街道も、染み1つない真っ新なマットレスを敷いたかのようだ。
その上をさらに白い大粒のパウダーが舞っている。
時折、山から吹き下ろして来る冷たい風に身がすくんだ。
オッサン達は大丈夫だろうか。
いつものトレッキングシューズを長靴に履き替えながら不安が浮かぶ。
とにかくまずは村に行って確認だ。
俺は道の真ん中に出ると、収納からスカイバットを取り出した。
とそこへ俺が飛行具を装着していると、道の向こうから3頭のロックポーターがそれぞれの背に人を乗せてやってきた。
馬並のトカゲ達は鞍の下に紋章付きの胴巻きつけ、8本の太い足首にも同じ色合いの布をアームバンドのように巻き付けていた。
先頭の兵士らしき男が、同じ紋章の入った旗の付いた槍を立て持っている。
後ろの兵士も同じだ。
ただ真ん中のトカゲだけは、1人用の四角いボックス型の駕籠を載せていた。
その側面にも見慣れぬ紋章が印してある。
ああ、領主のとこの使者だ。
今日は村の月命日、村へ捧げ物をする日でもあるのだ。
ここら辺のトカゲはさすがに寒さに耐性があるようだが、それでも真冬には冬眠して餌の少ない厳しい季節をやり過ごすものも少なくない。
だけどトカゲになったばかりのオッサン達に、果たして安心して冬眠が出来たかどうか。
大体、冬眠できるタイプなのかも疑わしい。
また奴は1年後の今日、村跡に来いと言っていた。
カレンダーも無いだろう状況で、オッサン達はちゃんと間違えずに今日という日がわかるのだろうか。あれから無事に村まで辿り着けているのか。
そもそも生きて――
いや、止めよう。
そんな風に心配したところでどうにもならない。
まず今の俺に出来るのは、オッサン達を探し出すことだ。
俺が端に避けると、兵士たちはジロリと不審げな視線を向けてきたが、そのまま止まらずに横を通り過ぎた。
こちらも軽く頭を下げたまま、やり過ごそうとした。
――!?
「貴様ぁっ! 何をする!」
俺は思わず、一番後ろのトカゲに走り寄っていた。
「あの、トカゲを、トカゲがいませんでしたか? ここに!」
槍の先が目の前に向けられるのも構わず、俺は大トカゲの腰辺りを指さした。
そこにはまだ新しい小さなオーラがペタペタと、ガラスにつけた手の跡のように残っていた。
それは見覚えのあるオーラだった。
「逃げたトカゲを探してるんです。ここに跡が残ってて――」
すると白いボックスの中から落ち着いた声がした。
「その者は大丈夫ですよ」
意外と若い女性の声だった。
それを聞いて槍をゆっくりと外した兵士が、片手で面頬を上げた。
「さっきのトカゲ達の飼い主か」
「そうです! そのトカゲはどこにいるんですか?」
「タムラムの村跡に行く途中に、いつの間にかこいつにしがみついていた。
導師殿が追い払わずにそっとしておいてやれと言われたから、そのまま放っておいた」
それから軽く左肩を揺すって
「村跡から戻る時にはいなくなっていたがな」
村で――か。
「あぁ、有難うございましたっ!」
俺は胸の前で手を交差させると、90度に頭を下げた。
バコンと、スカイバットの先がトカゲの足に当たり、トカゲが大きな頭をこちらに向けてひと啼きした。
申し訳ないがもう謝るのもそこそこに俺はその場で急上昇すると、白い道の上空を一気に飛ばした。
静かだった降雪が即座に猛烈な吹雪となったが、風で逸らしていける。
慌てて何匹だったのか、数えるのを忘れていた事に途中で思い出したが、とにかく複数いるのは確かだった。
俺は更に加速した。
飛行しながら転移すると、加速エネルギーが加わって更に遠くへ跳ぶことが出来る。
流石に数回では村まで到達出来ないが、俺は幾度か激しく転移を繰り返した。
以前連続でやらされて起こした転移酔いもなく、十数回めには村の頭上に出現することが出来た。
焼け残った壁や家の残骸を汚れのない真っ新な雪がすっぽりと包んでいて、ボコボコとした蔵王の樹氷地帯のように見えた。
だが感慨と期待に心ひたらせる暇はなかった。
出た途端に金切り声が響いてきたからだ。
キアァアァーー ヒアァアァァ―― キッキッキッキッ!
門扉のあった場所、鎮魂碑の辺りでその声は上がっていた。
見ると4匹の小猿達が、石碑の足元で何やら大騒ぎをしている。
石碑の足元には供物を供える台座があり、折しもその上には菓子や果物、ドライフルーツたっぷりのミンスパイなどが大皿にもうけてあった。
が、小ザルたちはそんな美味そうな食べ物そっちのけで、台座のまわりを左右にグルグル回ったり、雪の中を飛び跳ねたり、台座下をほじったりしていた。
それは柔らかい雪に遊んでいるわけではなかった。
小猿――ピグミー鵺達はその可愛い顔にかかわらず肉食系で、普段は虫や蛇をとって食べている。
尻尾が蛇のくせに小さな蛇が大好物なのだ。
そういったタンパク質が取れない時だけ、木の実や果物を食べて忍んでいるらしい。
つまり甘い菓子より好物は爬虫類という事。
俺の首筋の毛が逆立ったのは、その奇声の中に混じった、聞き覚えのある高い悲鳴のせいだった。
ここまでお読み頂きどうも有難うございます。
今回も結局13,000字近くになってしまったので、2話に分けました(トホホホ……)
けれど次回こそ本当にあと一話で終われます。(もちろんこのエピソードのことですけど)
次回は明日月曜日 朝6時更新予定です。
どうか最後までお付き合い下されば嬉しいです。




