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第253話 『タイムアウト?!』

 

 オッサンの漏らした声は呟きにも似て、幸い近くにいた男達にはハッキリとは聞こえなかったようだ。

 耳の良い獣人たちもちょうど1階で見張りに上がっていた。

 ただその不穏な響きに数人が振り返った。

 

「なんでもねえ。こっちの話だ。とにかく急いで気をつけて行ってくれ」

 オッサンが慌てて皆を促した。

 そうして俺を引っ張って牢屋の外に出ると、階段の横にいたプッサンに声をかけた。


「プッサン、お前ももう行け。先に外に出て待機してろ。もう少しで全員脱出できる」

 彼を押し退けるようにして、階段下に俺を押し込めた。

 途端に闇が、暗幕のように下りて外が見えなくなった。音も同じだ。

 闇で外部と閉ざしたんだ。


「てめえ、これはどういう事だ? こいつは本当にゾルフじゃねえか。幻覚でもねえ。

 これもてめえの仕業なのか……?」

 鼻先がつきそうなほど顔を近づけ、俺の首にピッケルの刃を当てながら押し殺した声で訊いてきた。


「俺にこんな力があったら、とっくにトカゲに変身して隠れてるよ!」

「なにぃ~」 

「強いて言うならこいつ自身のせいだ。

 言えよ、ゾルフ。約束しただろ? 真実を話すと」

 俺はまだ茫然としているトカゲに呼びかけた。


 すると今まで固まっていたトカゲがぶるっと体を大きく震わせると、その琥珀色の眼を瞬たかせた。

 そうしてまたオッサンに向き直ると、小さく静かに語り出した。


『……オレダ、オレガヤッタ……。オレガ アノ爺サンヲ 始末シタ……』

 ギョッとオッサンが目を剥く。

『嘘ジャネエ。嘘ハ ツケネエ。誓約シタカラ……』

 そうだ。あの果たし合いの時、彼もまた誓ったんだ。自分の魂にかけて。


「なんてこったぁ……」

 オッサンが俺の首から刃物を外すと、頭を掻きむしった。どうやらこれが言わされている訳じゃない事を、その闇のオーラで感じ取ったらしい。

 確かに今のゾルフは無防備。護符も身を護る魔力もないのだから探知され放題だ。


「……なんでそんな馬鹿な真似したんだ……」

 今度はその充血した眼をゾルフに向ける。

『……村ノタメダ。爺サン 村ヲ出テイク気ダッタ。ソンナ事ニナッタラ ドコカラ秘密ガ洩レルトモ限ラネエ ダカラ……』


 俺が帰った後、老人は家の中をあちこち照らす光玉を見て、ふと淋しさと懐かしさを感じたらしい。

 そこで仲間に相談したくなり、門番小屋のゾルフを訪ねた。

 それが老人の命取りになってしまったのだ。


 ちょっとした親切心が結果として老人の郷愁を誘い、死を招く結果にまでなってしまった。

 やるせない切なさが込み上げてくる。


 事が起きた時、まだギリギリ嵐が続いていた。

 だから防水布に包んだ遺体を斜め前の納屋に運んでも、誰も見ている者はいなかった。

 頃合いを見てみんなで発見するフリをしようとしたら、都合良く俺がいたというわけだ。


「バッ、……馬鹿野郎。だったらその前に、一言おれに相談してくれりゃあいいものを。何も殺さなくても良かったのに……」

 ガッカリと項垂(うなだ)れたオッサンが力無く呟く。


『……オレモ ナンデ ヤッチマッタノカ ワカナライ……。

 ダイブ飲ンデタシ 妙ニ怒リガ込ミ上ゲテキテ……ツイ勢イデ……』

 ゾルフが三角形の頭を申し訳なさそうに下げた。


 酒のせいにしてるが、さっき俺を追い廻してくれた様子からして、元から気が荒いんじゃないのか。

 昨夜だって、殺気でギラギラしてたし……。


 待てよ………あの時は、確か門から垂れるオーラに触れて、ゾルフ達のオーラが更に殺気立ったんだ。

 まさか、その影響が残っていて……。

 それともワザと仲間に殺させたのか、翁?!


 そんな思いを巡らせていると、急にオッサンが俺にギラギラした目を向けてきた。

「言っておくがな、てめえはあの野郎が戻ってきた時のための人質だ。

 これで犯人がわかったからって、信用すると思ったら大間違いだからな」


 なんだよ、これ外してくれないのかよ。

 それにあいつがその気になったら、俺を盾にしたって防ぎようがないぞ、と言いたかったが止めておいた。

 そんな不安を煽ったら、さらに何されるかわからない。


 それにしてもあの野郎、いつまで放っとく気だ。

 絶対どこかで面白がって見てるだろ。


 そんな事もつゆ知らず、またトカゲをジッと見下ろしていたオッサンだったが、急にハッと顔を上げた。


「まさか……これも、その、こいつがこんな姿になったのも、その精霊の呪いだとか言うんじゃないだろうなあ?」

 段々と当惑の色を見せてきたオッサンは、大きな手で自分の口を揉むように触った。

 その言葉に、ゾルフもプルプルと小さな体を震わす。

『……ソウ……カモ……シレネエ……』


 生き物を別の種に変える。それは錬金術で土から金を作り出すくらい、繊細で特殊な魔法であり驚異的能力だった。

 童話では杖のひと振りで、容易くカエルや白鳥に姿を変えられてしまう話が出て来るが、さすがに現実はそう簡単にはいかないようだ。

 少なくともこちらでは。

 

 だがもう一つ、それに匹敵する効果を出せる方法があった。

 それが呪術だ。

 呪いという思いは負ではあるが、それだけ激しいエネルギーを発揮するものなのだから。


 俺は流石にそこは黙っていることにした。

 嘘も言わないかわりに真実も言えない。

 2人ともいくらアクール人でも、ヴァリアスがそんな特殊な能力を持っているとはこれっぽちも疑っていないようだった。


「なんてこったい……。こりゃあ本気でヤバいじゃねえか……」

 さっきまで怒りの色が強かったオッサンの顔に、やっと本当の焦りの色が現れてきた。


「だから何度も言ったじゃないかよ。やっと信じる気になったか?

 こんなの人間技じゃないだろ。(トカゲに変えたのは一応使徒だし)

 ノッカ(子供)ーを誘拐したあんた達に、森の精霊が命がけで復讐したんだよ」

 俺もここぞとばかりに強調した。


「それが本当ならまだ呪いは続くかもしれねえんだな。

 ならともかくお祓いだ、解呪だっ!

 こんなでっけえ呪詛なんだから、そこら辺の司祭じゃ無理だ」と、オッサンが戦慄(わなな)くように言った。

「そうだ、子爵様んとこのあの魔導士なら何とかなるかもしれねえな」


 ゾルフが声を落した。

『……デモ ヤバクナッタラ 見捨テルンジャネエカナ……』

 するとオッサンは、ひょいとトカゲを摘まむと自分の肩に乗せた。

「やってもらうさ。こちとら秘密を共有してるんだぞ。誓約だって交わしてる。

 お前だって元の姿に戻りたいだろう?

 それに例の物だってまだ渡しちゃいねえんだぜ」

 言いながら考えを巡らすよう目を動かす。

 

「もしかして、例の物って掘り出したミスリルのことか?」

「そうだ。もうてめえも秘密を知ったからには、おれ達と一蓮托生だな」

「なんであんたと共犯になるんだよ。俺はギルドに報告するぞ。

 それともジャールのギルドも、ミスリルが出ることを知ってるのか?」

 あのニコルス氏も子爵と共謀しているのだろうか。だから彼にも誓約がついていたのか。


「ギルドはミスリルの件についちゃ知らないはずだ。

 おれ達だってこの件に関しては、おれとこいつ(ゾルフ)と爺さん、それに発掘監督たちと精錬工のオヤジの8人だけだ。

 秘密は最小人数じゃねえと守り切れねえからな」


 それから片方の口元を含むように上げて

「それに知っちゃいけない秘密をわざわざ教えるのも罪なもんだぜ。

 知ったところで、お貴族様を告訴するなんざ誰もできねえからな。

 監査官の耳に入る前にもみ消されるのがオチだ」


 だけど犯罪を知ってて通報しないのも、やっぱり罪だよなあ? 

 自分とこの領地から出たモノとはいえ、これは立派な国家財産の横領になる。

 それを黙ってるのは、王様に背くことになるんじゃないのか。


 それに俺はお貴族様に命を狙われたところで、桁外れに強力なガーディアンがついているのだ。

 ナジャ様がイアンさんを守るように、陰で露払いしてくれ……ねえかな?

 いや……なんかじわじわと不安になってきたぞ。


 すると俺が迷ってると思ったのか、イワンのオッサンが覗き込むように言ってきた。

「念のため言っとくが、告発したら多くの(もん)が不幸になるんだぞ。

 子爵様やおれ達だけじゃねえ。村の者全員だ。

 あの女たちだって、審問で拷問されて極刑になるのは間違いなしだからな」


「えっ!? だって彼女たちは何も知らないじゃないか。ただ同じ村にいるぐらいで……」

 ああ、そうだ。ここは地球とは違うんだ。

 こんな国家的犯罪は連帯責任になるんだ。

 日本だって江戸時代まで『連座』と言われて、1人の犯した罪で一族郎党全員処刑されることがあった。それこそ家族というだけで、子供まで……。


「いいかぁ、正しい事をしても、必ずしもみんなが幸せになるとは限らねえんだぜ。

 それが世の中ってもんだ。

 目さえ瞑ってりゃあ、みんなが無事にいられるって事も沢山あるんだよ」

 ペシペシと、(やいば)の背で俺の首を軽く叩きながら言った。


 このっ、偉そうに悟ったふうなこと言いやがって。

 でもここで正義を貫いて彼女たちまで罪人となったら、それはもう最善とは言えない。

 正義は正しくても常に善となるとは限らないんだな。

 

 犯罪の片棒を担ぐようで気分悪いが、知り合いが処刑されるのはもっと嫌だ。

 どうせ村はこんなだし、今回の報酬は貰えないだろう。かなり惜しいが。

 でも自己満足かもしれないが、皆の命を救えただけでもいいか……。


「わかった……。とりあえず、そのミスリルが出た事は喋らない。

 だけど鉱石商の人を殺した理由(わけ)を教えてくれよ。

 俺の推理が合ってるかどうか。

 彼もミスリルの件に絡んでたんじゃないのか? 分け前で揉めたとか」


 俺を共犯認定したせいなのか、オッサンの口が軽くなった。

「分け前の事なんかじゃねえよ。あいつが強請(ゆす)って来たんだ。

 何しろミスリルを発見したのはあいつだったからなあ」 


 オッサンの話によると、事の顛末はこうだ。


 約3ヶ月ほど前に鉱石商オッズが、以前ここで買い付けた銀を持ってやって来た。

 不純物が混ざっているというのだ。

 このシルバーには銀は銀でも、ミスリルの粒子が混ざっていると。


 そこでゴディス老人が解析したところ、見事にミスリルがほんの微量だが混ざっていることが判明した。

 あらためて残っていた他の鉱石を再解析したところ、確かにここの鉱山にミスリルがある事を発見したのだった。


 するとまだ採掘量の目処も立たないうちにオッズが口を挟んできた。

 自分が第一発見者なのだから、一枚噛ませろと言う。

 どうせ多少はパクるだろうから、その際の横流しの流通を担おうというのだ。

  

 つまり子爵様が国の目を掠め、現場では更にその子爵様から発掘量を掠め取ると、彼は考えたようだ。

 それとも自分と同じように皆も、たかだかお褒めばかりの礼金だけに満足するはずがないと、決めつけていたのだろうか。 


 だが、人は千差万別。

 同じ穴の(ムジナ)でも、それぞれ考え方は違うものだ。

 しかも子爵様と一介の商人。どちらに日和(ひよ)ったほうが利口かは一目瞭然。

 とにかく商人の口を封じるのが先決だ。


 始めは村長が闇の傀儡術(くぐつじゅつ)を使って、オッズの意識にミスリルの件を忘れさせるように、直接呪文(命令)を書き込む予定だった。

 

 だが、商人は1人ではない。使用人以外に護衛も付けていた。

 これは密かに行うのはなかなか難しい。


 そこで接待での酒に毒を盛ることにした。

 毒と言っても命を取るほどでもなく、半日ほど昏睡して前後の記憶を無くすぐらいのモノだ。ちょうどその日は村に泊まる予定。

 深酒で悪酔いしたと思わせるのにちょうど良い。


 だが、彼は二度と目覚めることがなかった。

 毒への体力・耐性は個人差があるし、元々彼は体が強い方ではなかった。

 それに焦って通常より多く盛り過ぎたのかもしれない。


 逆に護衛は体力と護符のせいか、効きめが中途半端だった。毒を盛られたことに気づき、暴れられて仕方なく始末するしかなかったという。

 ほど良く効いた使用人も可哀想にとばっちりを受けた。

 

 そうして納屋にひとまず死体を隠すところを、どこから入ったのか余所者のボロを纏った乞食に見られてしまったのだ。

 そこで乞食をゾルフが打ち殺した。(はずだった)


 後は聞いた通りだ。

 1つの嘘を隠すためにどんどん嘘を重ねていくように、人殺しが連鎖していく。

 身勝手な行為が招いた負の鎖だった。


 ハンター達の件は勘違いによる事故だったとしても、少なくとも他の4人は故意によるものだ。その中で護衛と使用人の2人なんかは巻き沿いだ。

 また犯罪者とはいえ、老人があんな殺され方をしたのもやっぱり許せない。

 やった奴は然るべき処罰を受けるべきだ。


 ……しかしさっきのゾルフの件を考えると、もしかして村長たちもやはりこのオーラの毒気にあてられたのだろうか。

 だとしたら心神喪失状態だったと言えるのではないか?

 それは彼らの罪になるのだろうか。

 でもそれを誘引した原因は、ノッカーの悪用だし……。

 ……う~ん、わからない……。


 俺には判断は無理だな。やはりここは司法に任せよう。 

 とりあえず殺人のあった事だけはギルドに報告したい。これは流石に連帯刑にはならないだろう。

 ただ、ミスリルの事を伏せてどう話すかだが、それは後で考えよう。

 今は謎解きが優先だ。


「あと、他に気になってる事がある。

 ノッカーたちをどうやって捕まえたんだ?

 そもそもなんでノッカーたちを閉じ込めようとしたんだ?」

 今度はゾルフに訊いた。

 オッサンがだんだんと外を気にしだしたからだ。


『……妖精ハ 気マグレダ。イクラ機嫌ヲ取ッテモ イナクナル時ハ イナクナル。

 ミスリル銀ヲ 確実ニ発掘スル為ニ 奴ラガ 必要ダッタ……』

 ゾルフはまだこの口で話すのに慣れないせいか、時折チロチロと舌を出しながらゆっくり喋った。


『詳シイヤリ方ハ オレモ知ラネエ。タダ、アノ魔導士ガ 召喚シテ――』

「もういい、お喋りは終わりだ」

 そこでオッサンが手を振って遮った。


「あらかた向こうも入っていったようだ。そろそろおれ達も行くぜ」

 外に洩れないよう音を吸収していても、外の音や気配を闇を通してオッサンにはわかっていたようだ。


 それから俺に向き直ると

「なんでこうベラベラと、てめえに話したと思う? こうやってすぐに今聞いた話を消せるからだよ」

 スルッとまわりの闇から蔓が伸びてきて、俺の左耳に触れた。


 ゾゾゾッーー 

 まるで氷の綿毛で撫でられたみたいだった。

 ()せて周りから、悪意の感触が俺の体を覆った。俺は金縛りのように動けなくなってしまった。

 え、マズいっ!


 それが耳の中に入って来ようとした刹那、バチッとその触手を内側から弾く手応えがあった。

 護符(アミュレット)が弾いてくれたのだ。同時に体の束縛もとれる。


 今だっ! 一気に護符から魔力を引き出した。

 瞬く間に過充電となった手枷が、音を立てて割れる。

「あっ! てめっ」

 まわりの闇が襲って来るより寸の間早く、俺はブーストした電気をまわりにスパークさせた。

 辺りを激しくフラッシュが炸裂する。


「くそっ! てめえやっぱり力を隠してやがったのかっ。このペテン師がっ!」

 オッサンが顔に手をかざしながら毒づいた。

「うるさいっ、こっちもあんたみたいな犯罪者に言われたくない!

 人を傀儡にしようとしやがって」


 またもや不毛ラウンド3が始まりそうになった時、

「――待てっ!」と、オッサンが外と隔てていた闇を剥がした。

 防音の闇が掻き消えて、俺にも牢屋の方からの喚く声が一気に聞こえてきた。


「休戦だっ、何かおかしい」

「なんだと、そっちから仕掛けておいて――」

 と言いかけたが、確かにこんなことしてる場合じゃない。


 俺が電気を引っ込めると、すぐさまオッサンが階段下から飛び出した。

 牢屋のまわりには4人の男たち、そして中の数人も戸惑っている様子が開いた入り口から見えた。


「なんだっ どうした? 何があった」

 ズカズカと牢の中へ入るオッサン。俺も壊れた手枷を外しながら後に続いた。

 

「村長、大変だぁ。急に入れなくなっちまったっ!」

 おろおろしたドワーフが、穴を指さす。

 光玉でぼんやり浮かび上がるトンネル内は、別に何も変わっていないように見えたが。


「あ、なんだって?」

「ほら」

 そう言ってドワーフがごつい手を穴に突っ込もうとすると、その薄暗い楕円の表面で指先がぴたりと止まった。

 確かにそれ以上、その穴に全く入っていこうとしない。


 ついで今度は壁を押すように両手をついて前のめりになったが、それでもその穴の表面に透明な壁でも出来たみたいに、手は1ミリも向こうに動かなかった。

 これがパフォーマンスだったら大したものだ。


 俺もオッサンの後ろからコッソリと、探知で穴の入り口を探ったが別に異常はわからなかった。

 解析もし直したが、結果は同じ。前の解析となんら変わらない。


 なんだ、何か探るポイントが違うのか。

 しかし『なぜ入れない?』という意図では、解析エラーになってしまった。


 物自体の本質を解明する解析と、それに伴う答えを導き出すことは違うせいか。

 それとも俺の力不足なのか。


 オッサンもそっと穴の空間に触れてみた。

 指先からゆっくりついて掌が垂直になる。どうやらオッサンの手も入らないようだ。

 撫でるようにその見えない表面を触っていたが、おもむろに唸った。


「……こいつは、闇の壁じゃねえ。何か別の性質のものだ」

 そうして急に振り返ると俺を睨んだ。


「てめえの仕業か? さっきの腹いせかっ」

「そんな真似するかよ。

 大体この穴は俺達が作ったんじゃない。精霊が作った通り道なんだから」

「なんだと……?!」

 オッサンは元より、まわりの男達も目を瞬かせた。

 

「言っても信じないだろうけど、ノッカーを解放してやったら、お礼にこの穴を教えてくれたんだよ。

 そうだ、ゾルフ。あんたが持ち出そうとしたあの箱に、ノッカーの魂が入ってたんだよな」


 皆の前で話を振られて、トカゲゾルフは言いづらそうに渋々答えた。

『 ……ソウダ。 イワンニ言ワレテ 持チ出ソウトシタンダ。アレガアレバ マタ鉱山ヲ 再建デキルカラ……』

 仲間と同じ名のトカゲの言葉や、状況についていけない男達がさらにキョドる。


「この牢獄に囚われてたハンター達を逃がしてくれたのも、その精霊なんだよ。

 理由はこの村の者じゃなかったからだ。その時にこの穴を作ってくれたんだ」

 あの時の穴はもっと長くて位置もズレてたが、この際そんな細かいことはどうでもいい。

 とにかく説明になっていれば。


「じゃ、じゃあ、なんで今は通れねえんだよ?! 時間制限があったとでも言うのかぁ?」

「わからないよ、俺だって……」


 もしかしてこれが解析結果の『繋がっている間は――』という意味だったのだろうか。

 元より役場から村の外までの距離自体がおかしかった。それは亜空間のせいなのだろうけど。

 という事は、今はもう空間が繋がっていないという事なのか?

 しかしだとすると、今開いているこの穴はなんなんだ??


 俺も頭を抱えたくなった。


 すると俺達のやり取りを横で見ていた別の男が、傍に落ちていたあの鉄製の壺を拾うと、穴に向けて軽く放った。

 

 カン、カラン、カラカラカラ……。

 壺は甲高い音を立てて穴の中を転がっていった。

「ぬう」

 それを見たオッサンがまた穴の前に立つと、おもむろに自分の武器を穴に差し込んだ。

 ピッケル状の得物は何に妨害されることなく、開いたその空間を通った。


「物は入るのか。一体どうなってやがる……?!」

 オッサンが苛立たしそうに顎髭をバリバリ掻いた。

 俺も横から覗き込んでみた。


 ん……?

 斜め横から見ていた時は気がつかなかったが、こうして正面から見ると――

 俺は探知の触手で奥を探ってみた。


「あっ!」

 思わず声を出していた。


「なんだっ、やっぱり何かやってたのか!」

「違うっ! よく見ろ、トンネルの奥を。さっきまでとは違うだろ?」

 そう言われてオッサンも、見えない壁ギリギリに顔を近づけると奥を覗き込んだ。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回更に混乱が進む予定です。

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