第249話 『業火と変化』
ああ、やっぱり二週間過ぎてしまいました……(;´Д`)
すいません。
ふと振り返ると、床に転がっていたはずのゾルフの姿がなかった。
「えっ、あっ?」
いや、その場にメイスや彼の身に着けていた胸当て、兜、革靴に衣服がテーブルの足元に散乱しているのだが、その中身がないのだ。
「おい、奴をどうしたんだ!? まさかもう地獄に堕としたのか?」
こいつは以前、捻じれのハンスをあっという間に地獄行きにしている。
気がつかなかったが、いつの間にか天使に連れて行かせたのかもしれない。
「それはしてねえよ。
地獄を見せるっていうのは、そういう意味じゃねえ。
そんな事より、そろそろ本当に時間がなくなるぞ」
ヴァリアスがじれったそうに肩を揺らした。
【 神の子……では 解放してくれるか 】
傀儡が無くなって、今度は直接頭に翁が伝えてきた。
「え、ええ、それはもちろんやらせてもらいますけど……」
俺はチラチラと、残された衣服と奴の方を見た。
一体奴に何をしたのか。
後でそいつから証言を取らなくてはいけないのだ。どんな状態になってるのか教えてもらってない俺は、なんだか会うのがじわじわと怖くなってきた。
ハンスの最後みたいな姿だったら……。
「とにかく外に出ろ。ここでグダグダしててもしょうがねえだろ」
確かにそうだ。
俺は目の前のドアからでなく、転移で屋根の上に出た。
感じていた通り、ドア一枚外の地面にはあの炎のオーラが流れて来ていた。
すでにそのマグマに接触してるまわりの家々の壁からは、白い煙が立ち上り始めている。
もう白灰色の山肌はどこにもなく、灼熱に赤く染まった巨大な石炭に囲まれているようだ。
ただ一か所だけ山に面しているのに、炎に包まれていない場所があった。
それはあの鉱山の麓にある石の扉前だった。
辺り一面、火山から流れ出た溶岩のようなオーラが埋め尽くす中、中州の如くここだけを炎が避けている。
あの奥にノッカーがいるからなのか。
「よし。時間がないから、特別サービスしてやる」
すぐ横で奴の声がした途端、俺の体は強制的に一瞬浮いてまた沈んだ。
奴が転移で飛ばしたのだ。
「だっ……!」
いきなりやるなっ。慣れてきたけど、自分でやるのと人にいきなりやられるのとでは訳が違うんだ。
と、ここは――
真っ暗闇だった。
探知で探るとまわりはゴツゴツした固い岩肌に囲まれている。
鉱山の中だった。
坑道は一本道ではなく、右に左に更に上や足下にも伸び、まるで蟻の巣に入り込んだようだった。
その中から微かに コン、コツン コンコン…… コン、コツン……と、岩を叩く音が響いて来る。
ノッカーが鉱石の在りかを教えているのだ。
だけどどこだ、どこにいる?
音が反響しているせいなのか、音源が1つじゃない気がする。何か遠くや近く、あちこちでしてるのだが。
すると何かが近づいて来る気配を感じた。
見ると奥の穴からふわりと、ランプくらいの光が現れた。
それは緑だったり黄色になったり、また白っぽく変化しながら蝶々のように近づいてきた。
途中、光が岩肌に触れると、コツンと音が鳴った。
これがノッカー。
傍までやって来ると、今度は俺のまわりをグルグル回り出す。度々、岩に触れてはコツンコツンと音を立てる。
そうしてまわりながらも、今来た穴のほうにスイスイと大きく動いたりする。
向こうに鉱石があると伝えようとしているのだ。
と、俺の後ろから急に笛の音のような甲高い音が聞こえてきた。
振り返ると、翁がゆっくりと首をまわして高い音を出していた。それは四方八方に木霊し、坑道の隅々まで響き渡った。
するうち、あちこちから石を叩く音が近づいてきた。
1つ、2つ、3つ……、前方から後ろから、また通気口のような細い穴からも光が集まって来る。
え、1体じゃなかったのか?!
光は蛍の集会所のように集まり、その数は10以上。
俺と翁のまわりをフワフワ、グルグルと飛び回る。
【 早く、箱を 】と翁が急かしてきた。
そう言われて手にしていた箱をあらためて見たが、で、どうやるんだ?
ガシッと、いきなり後頭部を掴まれた。
「いいか、オレがこれから教える通りに魔力を練ろ。ポイントは絡んだ鎖をほどく感覚だ」
そう言うや俺の頭にイメージが流れ込んできた。
何というか、シンプルなようで凄く複雑な波動。
絶え間ない海の穏やかな波が、1つとして同じ物ではないように、似て全て非なるもの。
まるで森羅万象のマンダラを合わせ鏡にして、無限に繰り返し頭の中に反響させているかのようにも感じる。
そうしてホントに本当に微妙なずらし方で、幾重にも重なった歯車をカチリカチリと動かし、次にその動きが別の歯車や芯棒を動かすかの如く、1つ1つの繊細な流れが伝わっていく。
これはアレだ。メチャクチャ複雑にこんがらがった知恵の輪だ。
なんだか頭が激しく締め付けられる。頭に力が入り過ぎて、遠くから吐き気がして来る前触れを感じる。緊張型頭痛の酷いやつだ。
しかしそんな弱音を吐いている場合じゃない。
箱を両手で持って前に突き出し、とにかく一心に祈るように魔力を練った。
この呪いのロックを外すように。囚われのノッカーが解放されるように。
1秒が1時間に、また1日が数秒のように感じ始めた頃、手の中で箱がモゾモゾと動き出した。
「最後の一押しだ。集中しろ」
確かにかかる魔力にも明らかに手応えを感じる。
もうちょっとだ。グッと更に念を強める。
スルリと、淡い光が箱から出てきた。それは幾つもスルスルと、鳥籠から抜け出る羽のように舞い始めた。
それは同じくまわりを廻って光の魂とそれぞれ融合した。
そうしてゆるゆると形が変わっていくと、幼児のように頭の大きな小さな子供のシルエットだった。
顔はのっぺらぼうのように目鼻がよく分からない。顔どころか着ているであろう服とか、細かい部分もぼんやりとよく見えない。
ただそれでもキョトンとしている表情などは感じることが出来た。
夢遊病から覚めて、ここがどこだか分からないという風に小首を傾げたりしている。
そんな子供たちを翁がガバッと抱きしめた。
空間を掻いたように、一気にその腕の中に全員が集まっていた。
樹々の擦れるような、鳥の声にも似た音が辺りに木霊した。
「はああぁぁ…………」
つい俺はその場にへたり込んでいた。
精神の深淵まで深くダイブして集中したのだ。もう一気に月まで跳んだ感覚だ。
疲労感が半端ない。まさしく鼻血が出そうなくらい、頭がパンパンだ。
奴がそんな俺を見下ろしながら嬉しそうに呟いた。
「初めてにしては上出来だ。結構難しい解呪をよくやった」
初めての解呪なのに、そんな難しいのやらせたのかよ。
昔スキー初めてなのに、友人たちに中級コースにいきなり連れていかれた事を思い出した。初心者とは思えなかったと云われたが、俺はムチャクチャ必死の思いで降りたのだ。
だが、そんなこと今言い返す気も出ない。
「……かいふくぅ……はやく……」
吹雪で芯まで凍り付いた体を熱いシャワーで溶かすように、頭から暖かいフワフワしたものが全身に沁み込んでいく。
ヴァリアスの回復を受けながら、俺はぼんやりと翁とノッカー達の姿を眺めていた。
時が止まっていたように思えた。
実際は十数秒しか経たなかったのだが、なんだか時間の狭間に落ちてしまったみたいに感じられた。
それだけこの場の気が濃密だった。
やがてゆっくりと翁が顔を上げた。
その顔はとてもとても穏やかだった。
【 ありがとう…… これで 安心して ぃける…… 】
そうして一つ、大きくハーっと息を吐くと
【 ぁの 地下を ぃけエェ …… 】
急に翁の姿が不鮮明になりだしたと思ったら、見えなくなってしまった。
同時に彼が抱えていたノッカー達も、タンポポの綿毛のようにぱあっと広がると、まわりの岩に吸い込まれていった。
その場には俺とヴァリアスだけが残された。
「っ! おい、時間はっ? まだ間に合うのかっ?!」
急に現実に戻された。
そうなのだ。もう感じ入ってる暇もない。
ノッカー達は助けた。翁は残念だったが、俺にはまだやらねばならない事がある。
人としてこれからが本番の大仕事なのだ。
「さあね、自分で確かめろ」
奴が面倒くさそうに、ポケットに手を突っ込みながら肩をすくめた。
「俺だって言ってみただけだよ」
もうこの後は、奴が非協力的なのは分かってる。だけどつい口に出てしまうのだ。
大体ここはどのあたりなんだよ。
探知を振り回す。
おおおっ、結構というよりかなり深いぞ、ここっ!
もうまるっきり、山の反対側に近かった。
とにかく村側の方に転移。下の扉の前の坑道に出た。
だが中腹の穴どころか、すでに扉の向こう側にも炎の分厚いカーテンが流れ降りてしまっていた。
「ちなみになあ、上の坑道は空気穴と万一の脱出口の役目があるんだ。通常はこの下の穴から出入りだ。
発掘した鉱石の運搬はロックポーターにやらせてるけどな」
「いま、要らねえよ、その情報っ」
大体その脱出口から真っ先にオーラが漏れ出ていたのだ。脱出どころか地獄への入り口だ。
おそらく下の通用口だけ最後まで残しておいたのは、ゾルフ達が焦ってノッカーの魂を返しに来るのに賭けていたからだろう。
しかしもうその必要もないし、制御出来る者もいなくなってしまった。
この村に侵入した時と同様、あのねっとりとしたオーラが邪魔して向こうに転移出来ない。
山の外側に転移は出来るが、それでは完全に村から出てしまう。
幸いこの通用口辺りは覆われてからまだ時間があまり経ってなさそうだ。
炎が他より薄い気がする。それならなんとか強行突破して――
待てよ、通用口、ここになんで石扉なんかわざわざあるんだ?
侵入者除けなら上にも付けてるはずだ。格子戸にしておけば空気も通るのに……。
手前の壁に鎖がダランと下がっている。解析でこれが扉を開けるレバーになっているのがわかった。
開けた途端に炎がドッと流れ込んでくる可能性もあるが、今はこれに賭けてみるか。
俺は鎖を強く引いた。
ゴッ、ゴ、ギィ、ギリギリ ゴゴゴゴゴ……。重量のある石が動く音がする。
そうして分厚い石扉の底から、ぶわっと深紅のフレアが舌を伸ばしてきた。
思わず後ろに飛び退きながら、やったと思った。
石扉は横や上下にスライドするのではなく、上に跳ね上がる仕組みになっていた。
上辺を支点にして、扉を下から吊り上げていく。
扉は開くと同時に防御壁となるのだ。万一の落石除けのために。
ドロドロと上から絶え間なく流れてくるマグマが、斜めになっていく石板に沿って伝いながら中に入って来ようと真っ赤な触手を何本も伸ばしてくる。
それを避けながら、収納からスカイバットを取り出すと素早くベルトを固定した。
俺は水平になっていく扉の先を見つめた。その先はクリムゾンレッドと骨も溶かしそうな金色の熱が渦巻いている……。
ううん、やはり3メートル弱くらいじゃ、この分厚いオーラを突っ切れないか。
それともちょっとだけでも距離を縮められて良しとするか。
俺は勢いをつけて飛び出そうと一歩踏み出した。
ふと、ゾルフが煙突で使った手を思い出した。
魔法認定試験の時は、俺の『土』能力は『アプレンティス+(見習い中級 E+と同じ)』だったが、あれから俺の能力は伸びたし、今ずい分テンションも上がっている。
出来ることは何でもやれ、とにかく試すのはアリだ。
そうだ出来る、俺は出来るぞっ。
自分を奮い起こし、水平に突き出した四角い板を円柱のように変形させる。
練られた粘土のように、みるみる幅が細く長く伸びていく。
あまり細くすると途中で折れるどころか、内部にオーラが入って来そうなので、同時にまわりの岩からどんどん石を追加した。
分厚かった石扉は、今や宙に横倒しに突き出す岩の丸太状態。
伸びろ伸びろーー、ちょっと支えてるのが辛くなってきたが、まだまだっ伸びてけーっ!
と、その先が炎を突き抜けた手応えを感じた。
よっしゃっ、直ちに全体を膨らませて中に空洞を作る。
空間が繋がった、転移!
俺は村側の空間に飛び出した。
バサァッ、すぐさまスカイバットの翼を広げる。グンっと上昇気流で体が持ち上げられる。
熱いっ! まるで巨大なオーブンの中に飛び込んだみたいだ。
業火に焼けた空気を吸って喉まで火傷しそうだ。
慌てて身のまわりの空気を冷却させる。
おっと、あまり上がり過ぎると、今度は空を覆っている炎に触れてしまいそうだ。
空の業火もさっきよりも確実に低くなっている。慎重に機体の角度を調整して水平を保った。
そうして空中にとどまった俺の目に、村の状況がありありと見えた。
赤と金色の斑な大きな湖に家々が沈もうとしていた。
地面はすでにマグマのうねりだらけだった。
ゴディス氏のオレンジ色の瓦屋根はとっくに見えない。すでにオーラの炎の膜にすっぽりと入ってしまっているのか、それともまわりでゴウゴウと燃えている棟の一つなのかもしれない。
村中の家屋が燃えていた。
オーラの炎にどっぷりと浸かった建物は完全に炎に包まれていて、バチバチゴウゴウと激しい音を立てる巨大な松明と化している。
やや離れたところでも、壁から煙の出ていない家は1つもない。あちこちの窓から赤い巨大なベロが覗く。それに混じって何かが弾けたり、倒れる音がした。
真っ赤な炎の中に、黒赤になった家のシルエットが見える。
煙も凄まじい。
余計な化学物質はないかもしれないが、物が焦げる臭いが半端ない。
中空はとにかく灰色と黒っぽい煙幕で雲が出来てしまいそうだ。
その立ち上る煙の中にも火の粉が派手に舞っている。
風魔法か自分のオーラが使えなければ、1分もしないうちに一酸化炭素中毒か全身火傷で落っこちるところだ。
その燃え盛る集落のまわりを、天も地も壁も、凄まじい業火が覆っている。
まさに灼熱の火炎地獄。
山火事でもここまでにはならない。空さえも塞がれて、鳥さえも逃げることが出来ない。
普通こんな密閉された空間でこれだけ燃え続けていたら、炎の勢いが弱まりそうな気もするが、これはただの炎じゃない。
精霊の怒りのオーラなのだ。
きっと村の最後のひと欠片まで灰にするまで消えないのだろう。
みんなは――彼女たちはどうなった?!
スカイバットの体勢を整えると、炎を避けながら煙の中を村の中心目指した。
「おっ!」
役場のあった辺りに、土饅頭ならぬ大きな石のドームが出来ていた。
大きさはおそらく小中学校の平均的な体育館くらい。高さは3階分くらいか。
探知しなくても相当分厚いと感じた。
中に避難した村人たちが、石壁を作って炎や熱を防いでいるのだ。
これだけの巨大なドームをこんな早く作るとは、流石に鉱山の村だ。『土』の使い手が大勢いるから出来るワザだ。
しかし悲しいかな、ほんの時間稼ぎにしかならない。
荒れ狂うマグマの炎に焙られて、接触した石壁はドロドロと溶け続けている。
内側では何十人もの『土』使いが頑張っているのだろうが、壁に穴が開くか、もしくは蒸し焼きになるのが先か。
いずれにしろ長くは持たないのは目に見えている。
中にこのまま転移したいところだが、まず沢山の侵入を拒む念でまず内部が見えづらい。
厚い壁の向こう側に、サーモグラフィーで見える熱の人型のような姿が何人もいるのはわかるが、位置関係が上手くわからない。
転移するにも人と重なったらどうなるか。
なんとも厄介だ。
石のドームのまわりを旋回しながら探知を続ける。
しかし強いオーラに抵抗しながら、結界を敷いている内部に探知の触手を入れるのは難儀な技だった。それに風も使っている。
どれか一つ引っ込めないと……。
「そういえば、ゴディスさんの遺体は? ゾルフは死んでないんだろうな?」
こんな時にまた別の事が気になってしまう。
あの老人の家はとっくに焼け落ちている。決闘の後、全てを元に戻したようだったが、遺体はどうしたのか。
せめて息子に返してやりたい。
「ジジイの体ならちゃんと持ってるぜ」
いつもながら姿は見えないが、すぐ左側から声がした。
「ゾルフならお前が連れてるし」
「えっ!?」
つい振り返ってしまい、右に大きく逸れた。慌てて立て直す。
「俺が連れてるって、どういう意味だよ」
まさか、霊体にでもなって憑けてるとか……?
凄まじい熱気の中、首筋に寒気を感じた。
「ちょっと小さくしたからな。それ、お前のポケットの中にいる」
――ポケットだと?!!
コントロールバーから手が離せないので、体のまわりを探知で探った。
すると上着の右側の大きめのポケットに、何か生き物がいた。
まさか……小人にされてるのか??!
俺は恐る恐る探知の触手で探ってみた。
それはポケットの中でクルンと体を丸くして入っていた。
その体の上に先細りの長めの尻尾が乗っている。手の指には小さな爪、顎には硬そうな髭のようなトゲが立っている。
眼は少し半目気味に白目をむいていて、伸びた口からだらりとペールオレンジ色の舌が出ていた。
服は着ていなく、焦げ赤茶色の鱗が全身をブツブツザラザラと覆っていた。
「これは―― トカゲぇ?!」
なんてこったっ。
ドワーフのゾルフは小さなトカゲに変えられていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




