第248話 『誓いと言葉足らず』
もう正月も終わってしまいましたが、あけましておめでとうございます m(●_ _)))m
「てめえ、いきなり来てナニ言いやがる」
ヴァリアスの白目の部分がさっと黒く変わる。
同時にまわりの空気がピシピシと張りつめた。
空気が痛いっ。
だが、翁は動じない。それどころか更に一歩踏み出してきた。
「こいつは「ノッカー」の仇だ。それに今持っているソレは、お主たちには不要なも物じゃないのか?」
話しているのは暖炉前の翁本人なのだろうが、実際に声を発しているのは俺の足元のゾルフの口だ。
どっちを見て返事すればいいのか、つい迷っていると、ヴァリアスが真っ直ぐ暖炉前の翁を睨みながら答えた。
「コレは蒼也の獲物だ。せめてもうちょっとくらい待てねえのかよ」
「待てん。目の前に我が子の『心臓』があるのに、落ち着いていられるものか!」
翁が、今までになく感情を昂らせ叫ぶように言った。
「え?」
翁の目はゾルフではなく、俺の手元に向けられていた。
この箱に入っているモノがそうなのか?!
そういえば触って気がついたが、箱の表面は小さな模様でエンボス状になっている。
しかしよく見るとただの装飾ではなく、非情に小さく、だがしっかりと文字の形をしていた。
それは魔除けの呪文。金属の箱にはびっしりと魔法式が刻み込まれていたのだ。
「これは、その、貴方の、ノッカーの心臓?」
「そうだ。我が子のに違いない。返してくれ」
すると寝っ転がったままのゾルフが、右腕を上げて手を開いた。
今やゾルフは翁の傀儡だ。こいつに渡せという事か。
俺もついそのまま渡しそうになった。
と、その手をヴァリアスが横から下ろさせた。
「言われてすぐにホイホイ渡すな、このバカが」
「なにぃ、これがノッカーのなら翁に返すのは当然だろう?」
「自分で確かめもせずに、相手の言葉をそのまま鵜呑みにするなってんだよ」
「なっ――! 翁が嘘をついてる可能性があるって言うのか!?」
翁は少し当惑するように眉をしかめた。ゾルフはそのまま腕を上げたまま固まっている。
「我は嘘はつかん。人間とは違う」
「嘘はつかなくても、騙す事は出来る。てめえは意図せずにも言葉足らずだしな」
そう言って俺の方に黒銀になった目を向けた。
「お前はすぐに相手を信じようとするから、勝手に良い方に解釈しちまう。
もっと警戒しろ」
「翁、あんたも俺を騙そうとしてたのか?」
今まで善人と思ってた人が悪人だったり隠し事があったり、この村では色々と人の裏の顔を見てきた。
精霊は嘘はつかないと勝手に思っていたが、うっかり信じちゃいけなかったのか。
「違う。騙す気など我にはない。今こうしていてもソレは我には見えん……その忌々しい呪文のせいでな。
だが、お前の手にあるのに見えないというのは、ソレにノッカーが封じられている証拠だ」
その声には真実の響きが込められていた。
実際、箱はこうして目で目視出来るのに、探知にはまったく引っ掛からないのだ。
先程ゾルフが取り出すまで、俺の探知ではその存在さえ分からなかった。
精霊にまで通じるのかどうか分からないが、かなり強い呪文がかけられているのは確かだった。
俺はどう確認していいか分からず、奴の顔を見た。
「ああ言ってるが、これ本当にノッカーの『心臓』なのか?」
「まあな。コイツは『心臓』と言ってるが、魂の一部だな。
それとも半身とでもいうべきか」
そう言いながら軽く肩を揺すった。
「それなら、やっぱり返すべきじゃ――」
「だから、お前はすぐに騙されるんだよ。ちっとは考えろ」
奴がピンッと俺の額を指で弾いてきた。
「イテぇなっ! なんだよっ、これを返したところで、なんの害になるんだよ?
ノッカーに戻してやるのが筋じゃないのか」
これが何か、敵の最終兵器の鍵となるようなモノだったら絶対に渡したりはしないが、壊れてしまった妖精が元に戻るかもしれないなら良い事じゃないか。
――ん? 戻る?
「……もしかして妖精が元に戻ったら、怒って村人に仕返しするかもしれないとか……?」
「近い。
というか、何のために今までコイツが時間をかけて村に呪いをかけていたと思う?
こんな手間暇かけずにさっさとコレを奪い取って、村を焼き払えば済むことだったろ」
「そりゃあ、この箱がどこにあるか分からなかったとか」
俺のこの言葉に翁が答えた。
「……そうだ。今まで村中探したのに分からなんだ。
知っていそうな奴らを傀儡にしたところで、肝心なことは行動しなかった。
だからじわじわと炙り出すしかなかったんだ。
奴らがこの呪いの意味に気がつけば、自ずと返すやもしれんと思ったのだ」
「それで……。じゃあこれを探すためにこんな事をしてたんですか」
なんとも大袈裟なやり方だが、人と意識というか感覚も違う彼らならやりかねないと思った。
「じゃあこれで解決ですね。良かった」
「これだけで済むわけねえだろっ」
横からならず者が口を挟んできた。
「お前も少しは別の可能性を考えろ!」
俺を見ながら舌打ちしてみせた。
「さっき自分で言ってただろ、仕返しするかもしれないって。
ノッカーの『心臓』はいわゆる人質だったって事だよ。
そいつを取り戻したらもう容赦しないで済むじゃねえか。
コイツはな、ソレを奪い返したら村を焼き滅ぼすつもりなんだよ」
ぁあっ……、足りない言葉の裏……。
翁は確かに返してくれとは言った。だけどそうすれば村から手を引くとは言わなかった。
危なかった。
俺がこのまますんなりと渡していたら、一緒に人質を焼いてしまう心配がなくなった翁は、村人を容赦なく焼き殺していたのか。
そうなったら俺にはもう止められなかった。
俺は慌てて箱を胸に抱え込むと、一歩横に傀儡になっているゾルフからも距離を取った。
本当は収納したかったが、そんなことをしたら――収納には生きたモノを入れられないので――『魂』に影響があるかもしれないと思い入れられなかった。
「……確かにそのつもりだった。
だが、それはお主たちには関係ないだろう」
翁は困ったように哀願するように眉をひそめた。
「もちろん返します。
だけど返しますから、村からもう手を引いてください。
こいつらは貴方たちに悪さをしたけど、もう十分でしょう?
それに村にはこの件に関係ない人たちだっているし」
「それは出来ん!」
きっぱりと翁が言い放った。
「すでに元には戻れん。我の怒りも。
我らを欺き騙した人間共に鉄槌を下してやらねば収まらん」
ブワァッと翁のまわりから、激しい炎のような気が立ち上がった。
それはいきなり地獄の溶鉱炉の口が開いたかのように、凄まじい熱気とエナジーを発していた。
「ちっとは抑えろっ! 蒼也は人間なんだぞ」
俺の横から、これまた地獄のブリザードみたいな冷気(瘴気)が吹き抜けて熱波を抑え込んだ。
「ただの人じゃない。半神だ」
怒りに体を震わせる翁の目が赤く、マグマのうねりを覗かせる。
「半分は人間だ。それにコイツのメンタルは『スクォンク』同様脆すぎる。そんな怒気を当てられたら精神が焼けちまうだろうが」
しれっとディスってないか。
そういうあんたの瘴気も、凍傷になりそうなくらい痛いんだが。
「そうやってそ奴を守るお主ならわかるだろうに……我の気持ちが」
ふと真っ赤な目が悲しそうに細まった。
「理解は出来るが共感はしない。あくまで理解だけだ」
あっさり奴が切り捨てる。
「……言葉遊びはもういい。
言葉なんぞという不確かな記号に、我も我が子も振り回された……」
翁がふと目を伏せ、またヴァリアスを見上げた。
「けれどお主だって、そ奴のためにわざと誓いを軽んじてみせたじゃないか。
そ奴が誓いを破った罪を、お主が被る気なんだろう?」
「え……? それはどういう……」
俺は思わず隣の奴に振り返った。
「フンッ、そりゃ考えすぎだぜ」とヴァリアスは鼻を鳴らしたが、その目はいつも通りの銀目に戻っていた。
翁から発せられていた深紅のオーラもなくなり、瞳からマグマは消えていた。
「半神の者よ、お前は知らないのか。誓いというモノがどれだけ厳粛で、魂の芯にかかる重きものか。
お前の浅はかな行為は、その上のガーディアンの所為とするために――」
「オレはオレの好きなようにやってるだけだ」
ヴァリアスは最後まで言わせなかった。
ただ続けてこう言った。
「蒼也、なんでコイツはこんなボロボロの姿をしていると思う?」
「え? それは人じゃないから、別に衣服を気にしてないとか……」
実際に裂けたような衣を纏った妖精なんかもいる。人と美感が違うからじゃないのか。
それに何故今そんな事を聞く? 話を逸らしたいのか。
「昔、ここを切り開いて村を作る際、初代の村長になる男が森の精霊に願いをかけたんだ」
急に昔話。
「村が盗賊や災いから免れるようにと、数人の生贄を捧げてな」
「……人柱をたてたのかよ……」
ということは翁は、それを受け入れたのか……。
「そいつらは元々戦さの捕虜だったのさ。
そのまま虜囚として奴隷になるよりも、贄として神の御許に行きたいと自ら望んだんだよ」
翁も弁明してきた。
「それで我もその気持ちに免じて、大地の糧として還すことにしたのだ」
「だからてめえは言葉が足りないってんだ」
契約には人一倍煩い悪魔が物申す。
「約束事の時はなあ、裏切ったらタダじゃおかないとか、一言そえるもんなんだよ」
そんな際どい約束したくない。
「……毎年村の創立日には、変わらず他所で採れた食べ物だが供え物を欠かさなかった。
奴らは基本的には誓いを守ってきた。
なのに、まさかこんな真似をするとは思わなんだ……。
……人と関わらなければ良かった……」
翁が呻くように言った。
「まて、この話と翁の姿とどう関係があるんだ?」
今の村人に裏切られたらしいとはわかるが、これとどう繋がるのかわからない。
なんだか煙に巻かれたようで、少し焦れてきた。
「わかんねえか? コイツはその時、その誓いに応じた。
つまり契約が交わされたって事になる。
すなわちコイツも村に手出しはしないっていう、誓いをたてた事になるんだよ。
けれどコイツはその禁を破って村に手を出した。
ここまで言えばわかるだろ?」と奴が俺の前に手をヒラつかせた。
……やっと俺にも、自分のした軽率な行動の重大さを少しずつ理解することが出来た。
誓いはまさに宣誓。神様や誓いをたてる対象だけでなく、己の魂にもかけた言霊の枷。
その拘束力により祈りは神聖化され、より崇高なものへとなる。
だがそれは時として諸刃の剣。
もし誓いを破った場合、罪悪感、後ろめたさなどという心の澱だけでなく、ここでは真の罰がやって来るのだ。
それは神様から下される天罰だけにとどまらず、呪文を間違えた時のような反作用。火の扱いを間違えれば火傷をする自然の摂理。
神様がもし赦してくれたとしても、自分自身に発した裏切りと愚行は津波のように打ち返えされてくるのだ。
まさしく自業自得という結果が。
今の翁の姿は、その誓いを破ったことによる負のエネルギーのせいだ。
おそらく姿だけが変ってるだけじゃないのかもしれない。
そうしてヴァリアスは、俺に向けられるはずの負の摂理の流れを変えるために、わざとあんな誓いを軽くするような事を言ったのだ。
守護する者の指導が原因とするために。
「ヴァリアス、……すまない。
俺は誓いというのを軽々しく考えすぎてた。
日本じゃあまり馴染みがなかったし、勝手に誓った相手のことも考えてなかったよ。
名前を借りただけぐらいにしか思ってなかった……」
ああ、でも考えてみたら子供の頃、約束する時に『指切り』をしていた。
あれはただの子供の遊びじゃなくて、約束の大切さを教えていたんだ。
父さん……神様にも申し訳ない。
「よしよし、わかればいいんだ。特にお前は宗教や哲学とか学んでないからなあ。
まあこれで今後は誓いを厳格に考えられるだろう。
なら良い勉強になったな」
そう言いながら奴は俺の頭をグシャグシャと撫でてきた。
「……でも、天罰とかならないのか? 父さんが俺にしなくてもあんたには……」
「なに、別にオレなら大丈夫だ。慣れてるしな。
どうせしばらく酒が不味くなったりするだけだ」
実際はそれどころじゃない負のエネルギーが来るのだが、奴は主のモノでなければ全部そのイレギュラーな力で蹴散らせていた。
まさに魔王以上の無法者だった。
「なんだ、それだけかよ? 心配して損した」
ちょっと考えてみたら、こいつの悪影響は確かに受けている。わざとじゃなくて、それこそ当たり前の摂理なんじゃないのか?
「それだけってなんだよっ!? 大事なことじゃねえかっ、酒が美味くなくなるんだぞ!
お前は気の抜けたビールや、劣化したワインを飲んだ事がないから簡単に言えるんだ。
せっかく菌共が働いて天上の旨味になったものが、嫌味に変っちまうんだぞ。
それじゃ奴らのせっかくの働きが台無しだろ。
発酵じゃなくて腐敗に――」
「すまないが、もうあまり時間がない。
どうかソレをこちらに返してくれないか」
翁のことは目の前にいるし、もちろん忘れていたわけじゃない。
ただどうしても押しの強いこいつのペースに振り回されてしまうのだ。
本当に申し訳ない。
「……こっちこそすいません。大事な話の途中にこいつが」
俺は翁に謝りながら、奴の顔のほうに片手を払うように振った。
「このやろぉ~」
奴がまた文句がある時にする、牙を打ち鳴らすガチガチという音を立てた。
まったくこれが本当に神様の使徒なのだろうか。神聖というより真正の猛獣なのだが。
先程の厳粛さが吹っ飛んでしまった。
でも俺は、心の中でちゃんと感謝もしていたのだ。
ただなんだかあんたには、どうも素直に口に出して言いづらいんだよ。もしかすると俺は不器用なんかじゃなくて、へそ曲がりなのかもしれないな。
「……クソ、とにかく後はお前の好きにしろ。オレはもうアドバイスしてやらん」
ムスくれた奴が腕組みをしながらそっぽを向いた。
子供かっ。
「さっきも言いましたが、これは返すつもりですが、どうかせめて関係ない人達だけでも助けてくれませんか。
罪のない人達まで巻き込むのは理不尽でしょう」
俺は頼むように言ったのだが。
「恵みを与えたノッカーがこんな目に遭う方が理不尽だ。
だから関係ない者などおらん。この村の者は全員関係者だっ」
また翁の口調が荒々しくなった。
「親が憎けりゃ子まで憎いって事だな」
舌の根も乾かぬうちに、横から奴が口を挟む。
その気持ちはわからなくもないが、そこまで感情論を広げられてもなあ。
こっちはこうして返す気でいるし、1カ月間も一応苦しめたんだからもういいのでは……。
やはり人外は考え方が違うのか、それともこれは被害者としてあり得るものなのかと、この時の俺は思っていた。
精霊は人とは感覚が違う。
けれど愛情の深さはある。
後に子供を持つようになり、やっとこの時の翁の気持ちがあらためて分かるようになった。
誘拐された我が子が、酷い目に遭わされ続けているとしたら、親はどう感じるのだろうか。どんな思いになるのだろうか。
まさに筆舌に尽くし難い、それこそ五臓六腑がズタズタになる苦しみ以上なのではないか。
そんな事態は考えたくもないが、それならそう簡単には相手を許したりは出来ないだろう。
多分、俺もそうなると思う。
だが、とにかく俺は人として、いや、俺個人としてこの時助けたい人達がいた。
なんとか妥協してもらえないかと、そればかりを思うばかりだった。
このままでは、今度は俺がこのノッカーの心臓を人質に取らざる得なくなる。そんな卑怯な真似もしたくなかった。
するとなかなか話が進まないことに焦れたのか、またヴァリアスが横から口を出してきた。
「お前、大体コレをどうやって開ける気だ? このまま返されてもお前じゃ開けられないんだろ」
そう言って俺が持っている箱を顎でしゃくった。
「なに? 翁には開けられないのか」
「そうだ。まずこの状態だとコイツには見えないんだぞ。
魔封じの呪文と一口に言っても色々あるが、これは対妖精・精霊用に特化した呪文も刻まれている。
でなけりゃ中身はとっくに逃げてるところだ」
ヘタなドラゴンより高位の精霊にも、苦手なモノがあった。光と闇、木と火のように相性というのがある。合わないものもある。
それで余計に翁はコレを見つけられなかったんだ。
しかしそんな高度な呪文、あのゴディス老人が仕掛けたのだろうか?
「それはこの男にやらせる」
半目のゾルフの口から翁の言葉と共に、太い指が焼けた胸当てを突いた。
傀儡でも人なら解呪可能なのか。
「待て、それは蒼也にやらせろ」
「ぇえっ?!」
いきなりの無茶ぶりが連続で酷い。
「さっきも言ったように、コレは蒼也の獲物だ。コイツにどうにかする権利がある。
それに解呪をやる良い機会だからな。
コイツにやらせたい。もちろんオレが指導するから失敗はさせねえぜ」
はあ~……、あんたは俺にどうにかさせたいだけじゃないのか。
ついため息が出てしまった。
しかし翁は、俺と奴を交互に見て頷いた。
「わかった。確かに傀儡を使うとはいえ、我が確実に出来るとは言い難い。
だがお主なら完璧にやってくれよう。
神の子、お前にそれを託す」
ずっと上げたままになっていたゾルフの手が、ストンと下に落ちた。
「待ってください」
俺は慌てて片手を前に出した。
「この後は?
彼を焼き殺す気なんじゃないですか」
「元より憎い仇だ。もう生かしておく理由もない」
「そっちはなくても、こっちにはあるんです。
俺っ、私はこいつと自供をかけて勝負したんです。まだ一言も聞いていない」
「なら、後で魂魄に聞け。地獄に堕ちるまでの時間は、そちらのガーディアンが調整出来るだろう。
だがこちらはもう時間がない。グズグズしているとここにもいられなくなるぞ」
ハッとした。
探知をかけるまでもなく、部屋が寒くなくなっていた。温度が上がっている。
すでに外に、家の近くまで灼熱のオーラが迫って来ていたのだ。
なんだよっ、時間がないって。
いくら怒りを抑えられないからって、もう少しくらい待てないのかよ。
それにいくら悪い奴とはいえ、みすみす私情で処刑されるのが分かっていながら引き渡すのは嫌な気分だった。
せめて司法の手によって正しく罰せられて欲しいと思った。
俺の考え方はまだまだ既成概念に囚われがちで、融通が利かず視野が狭かった。
被害者の本当の痛みは当の本人にしかわからない。
そうして俺はまだ、残りの言葉の裏を読み取っていなかった。
「よし、ならこうしたらどうだ」
ヴァリアスがパンと軽く手を打った。
「コイツをそのまま簡単に焼き殺しちまっても、物足りないだろ。
どうせなら長く地獄を味わせてやった方がよくないか」
「どうするというのだ。まさかお主も人の手に裁きを委ねろとでも言うのか?」
「違えよ。そんな事したって、どうせ領主にもみ消されるだけだ。そしたらあっという間に始末されるだけだろ。
だから***――*****――*っていうのはどうだ?
それならもっと無力になるし、生きて自然に逆らったことを後悔させられるぜ」
途中、何か甲高くて音としか聞こえない言葉が発せられた。
おそらく精霊語なのだろう。俺には聞かさない気か。
翁がちょっと驚いたような顔をした。
「……それは、確かに創造主らしい考え方だが……我にはそんな能力も力も残っておらん」
「オレがやってやるよ」
ズイッとマフィアが話を畳みかけた。
「コイツはウチのファミリーを痛ぶってくれたヤロウだ。
こっちにも落とし前をつけさせる権利があるじゃねえか」
「しかしそれでは、お主は決闘の誓いを破ることになるのではないか?」
そうだ。
奴はあの時『後腐れない』とか『仕返ししない』とか言ってなかったか。
それじゃ本当に誓いを破ったことになって、神罰が下るんじゃ――
「言っとくが、あれは蒼也が負けたらって話だろ。それに引き分けでもなく、これは蒼也のポイント勝ちだ。
誓いを破ったことにはならねえよ」
ニーッと魔王の口が裂けた。
翁も目を丸くしている。
俺の為なのだろうが、過保護なんだか、試練を与えたいのか、いつもわからん。
ただ、ヤクザの常套的思考というのは改めて分かったが。
「おい、時間がねえんだろ。早く決めろよ」
束の間迷う精霊に、ヤクザの常套手段『考える暇を与えない』が発動する。
「大体お前、あと持ってどれくらいだ? 半刻(約1時間)ってとこじゃないのか」
「……そんなに持たん。せいぜいあと四半刻(約30分)ぐらいだ」
「なにっ それは村が焼け落ちるまでの時間なのか!?」
俺もとうとう落ち着いていられなくなった。
冗談じゃないっ。そんな短時間で何が出来るっていうんだよ!
もうゾルフの心配をしてる暇も、人の道を守る場合でもなくなってきた。
こうなったらこれを人質にしてでも翁に炎を消させないと。
すると代わりに奴が俺に答えた。
「近いがそうじゃない。
コイツは村に手出ししない誓いを破って無茶をした。
全生命力を使って、村に呪いをかけたんだ。ノッカーを助けるためにな。
もう燃えカスしか残ってない。
だからこの炎の強さはコイツ自身の気に反応するが、自分自身でももう消せねえんだよ。
時間がないのはコイツの寿命の方なんだ」
な……時間がないってそれは、本当に言葉が足りないというか説明不足な……。
いや、俺が一方的に考えていて理解しなかっただけなのか。
まさかそこまでしているとは思わなかった。
それが子を攫われた親の思いなのか。
翁がどこか淋しそうな顔を向けてきた。
いつも読んで頂き有難うございます!
またもや長くなってしまって、ちょっと中途半端なとこで切ってしまいました。
そうでないと、もっと更新が遅くなってしまいそうでしたので(;´Д`A ```
次でやっと事態が終息に向けて動き出します。
次回はなんとか二週間以内をめどに頑張ります。
どうか今年もどうか宜しくお願い致します。
最近イギリス王室の暴露本で、何かと物議を巻き起こしている某元王子の発言。
『チェスの駒25人を殺した』
当時そう思わなくちゃ出来なかったと想像できるが、終わった今もそのまんまなのかっていう感じ。いくら敵だとしても人として公に言っちゃいけなかった発言。
ヤバいんじゃない元王子……(;^ω^)
で、思い出したタリバンと『誓い』の話。
以前ネットで読んだ話。
タリバンに支配されている地域で、ある一般民、DVで実家に逃げた嫁をタリバンが説得したらしい。
支配地域ではそういう管理もしてるんだな。まあ女性蔑視だけど。
旦那にコーランに手を乗せさせて、もう暴力は振るわないと誓わせて嫁を帰したそうな。
ところが帰ったその夜に暴力が爆発!
なんと嫁の鼻を赤ん坊の前で切り落してしまった。
そのまま男は逃亡、若い嫁は瀕死のところを保護された。
今は赤ん坊と二人保護団体のところで、義鼻をつける募金を募っているとされていた。
気になるのは姿をくらました旦那の方。
仲裁に入ったタリバンは顔に泥を塗られた形だし、何よりコーランに誓った誓約を破っている。
この後の話が伝わってこないので分からないけど、
この誓いは相当に重いツケがまわってくること、想像に難くない……。




