第247話 『開眼』
ハアハア……。またこんなに遅くなってしまってすいません(´Д`;)
ガタンッ……!
ベッドサイドに立てかけてあったステッキが急に倒れた。
ついそちらに目が動いてしまった。
ブワァッ・・、音と気配に、反射的に剣を顔の前に上げ体をそらした。
ガツンッと、バレーボール大の岩の塊りが剣にぶつかる。
次の瞬間には、バアァーーと、岩が砕け散り砂と化した。
俺は何もしていない。
もしかして父さんの護符が守ってくれたのか。
―― じゃなかったっ!
砕けた岩は無害な砂粒になったわけでなく、俺の顔にむやみやたらに降り注いで来た。
イデテテッ、目潰しかよっ!
アミュレット効果に似せた罠だった。
間髪入れずにゾルフが鋭く突っ込んできた。
左からの強い横振りを躱しながら右に跳び退ける。
痛てぇーっ、両目がジャリジャリする。とても涙ぐらいじゃ取れやしない。
早く魔法で取り除きたいところだが、そんな暇がない。
ゾルフが思った以上に俊敏な動きを見せて、俺の動きに食らいついて来たのだ。
ゴッワァンッ!!
メイスが頭を掠めた上で、暖炉棚が激しい音を立て砕けた石を飛ばす。
ヴァリアスの奴は、いつもの如くすでにいない。
俺は横にすり抜けざま、バチッと奴の鼻面めがけて電撃を放った。
しかしスパークは音こそ少し立てたが、虚しく宙に線香花火程度の火花を散らしただけだった。
電気ショックもピリとも感じないだろう。
再び一足飛びに反対側に跳ぶと、ドアに駆けた。なんとか一瞬だけでも壁を盾に出来れば、目から砂を出せる。
こう言うと、さっさと魔法でやればいいじゃないかと思うだろうが、これは僅か1,2秒くらいの出来事なのだ。
別々の魔法を同時に発動させることは、出来るには出来るが条件によって結構難しい。
手足をバラバラに動かすパフォーマンスなどがあるが、あれだって練習した同じパターンだからこそすぐ出来るのであって、こんな戦闘中に魔法を繰り出すのは、暗算をしながら同時に外国語のリスニングをするような感覚なのだ。
それぞれが軽い動作ならまだしも、今や探知や五感に全神経を集中して攻撃をかわしている。
ほんのちょっとの気も他に回せなくなっているのだ。
さっきの電撃も、本当に中途半端にしか出来なかった。
そのような状況だから、目などという繊細な部分から砂を一瞬にして取るのはせめて1秒欲しかった。
また連続で2つ目を打ち出すのには、一拍どうしても間がかかる。
だが、ゾルフの素早い攻撃がその余地を与えない。
バンッ! と鼻先をかすめて目の前で、扉が勢いよく閉まった。おそらく金具の金属を操ったのだろう。
即、左に飛び退く。
右肩すれすれにメイスが宙を切る。
間っに合うか?! 転移ぃーーっ!
前に倒した背中にメイスの風圧がかかって来た瞬間、俺は1階に転移出来た。
そこは真下の居間ではなく、となりの食堂兼台所、こちらも床は板作りになっている。
すぐさま目から『土』魔法で砂粒を外に出す。
うわっ、目の表面を細かい砂が一気に動いて、ぞわっぞわした。
なんて感じいってる暇もない。
足元から板を破って、石の杭が強烈に突き上がってきた。
どうにか避けたが、バキャン、ドガッ、バリバリバリッとまさに機銃掃射のように追いかけてくる。
しかも真っ直ぐだけでなく、斜めや急に∠っと曲がってきたりするのだ。 あっという間に、食堂は岩の林になってしまった。
その間をすり抜けて更に隣の納屋へ飛び込んだ。
我ながらよく躱せていると思うが、これも探知に神経を注いでいるおかげで、一種の脊髄反射のような動きが出来ているのだ。
『お前は攻撃型でもパワータイプでもなく回避型だから、ヒット&アウェイを心がけろ』
悔しいことにその反射神経を養ったのも、ヴァリアスに今まで散々振り回されたおかげだった。
納屋は石の床だった。
間髪入れずに足元が太い剣山と化す。それに靴の底を押し上げられる。
足元の針山が天井まで抜ける前に転移。
今度は老人とお茶をした居間だ。
途端に飛び乗ったテーブルの下から、ドゴォンと突き上げを食らった。
下敷きになる前にテーブルを蹴って横に逃げる。
そこへ横から岩の槍が突如として繰り出される。
咄嗟に『く』の字に引っ込めた腹を掠めていく。
戦闘は相手に余裕を与えないのが基本だが、特に魔法使い相手には有効だ。
大きな魔法を練るには詠唱しなくても時間がかかる。
だからその隙を与えないよう、こうして連続攻撃が効くのだ。
なんて、やられっぱなしでいられっかよっ!
俺は再び2階に跳んだ。
ゾルフがいる寝室ではなく、2つ先の角部屋だ。
老人の言っていた2人の息子のどちらかの部屋だったのだろう。
こちらにも天蓋付きのベッドやクローゼットなどがある。
また岩の砲弾が飛んでくるのを感じた刹那、俺は飛び上がって天井に出ている梁に掴まると、ゾルフに向かって火炎流を打ち出した。
しかしまたしてもゾルフのまわりを包む前に、炎の龍はスルリと赤い糸くずのようになって消えてしまった。
瞬間的で練りが足りないとはいえ、確実に弾かれている。
イワンのオッサンにさえ、押し退けてみせたのに。
村長よりも強いのか? 魔法の相性?
奴の力か耐性か、もしくは護符の守りが強力なのか。
そうだ、きっと護符のせいかもしれない。
護符にはあの防御システムのように、魔石や魔力で更にブーストさせることが出来る仕組みがつく物がある。
兵士が戦闘準備にそういった物を使うことがあると聞いた。
奴は村長から俺の能力を聞いて、用心して準備していたに違いない。
しかし距離があると弾かれるとなると、ハイオークになった『捻じれのハンス』の時のように、もう直接叩き込まなければ効かないのだろうか。
しかしそんな事したら、本当に殺す気でやらないと……。
しっかりしろっ、俺っ!
俺はただ、殺人という負い目を背負いたくないだけなんだ。
相手の命を尊重するために、自分の命を犠牲にするのとはわけが違う。
それに自分の命を蔑ろにするのは、もっと罪深い。
他人の命を大切に思うなら、自分の持っている命も大事にしなくては。
だったら自分が少しでも正しいと思うことをやるしかない。
奴は人殺しなんだ。
躊躇してたらこっちがやられる。自分の命を守れ。
追撃の岩の剛球を避けながら転移、ゾルフの真後ろに出た。
反射的にドワーフが振り返る。
だが、俺の方がほんの少し先だった。
ガッツンッ!!
まるで巨木に打ち込んだみたいな手応え。
胸当ての上とはいえ、初めて人に対してフルスイングで剣を振った。
自惚れじゃないが魔力で強化した時の俺の腕力は、瞬間的にならアンディ・フグのキック並みの威力が出せるのだ。
同時に剣の乗せてスタンガンを目一杯かました。
ヴァヂィィンッ!! 鎧の金属部分から白い火花が散った。
ゾルフの体が一瞬ビクンッと震えた。
届いたっ。
が、そのまま勢いを衰えずに太い腕が振られてきた。
避けられない。
腕をクロスさせ、その前に剣を沿わせ、エアクッションを発動。衝撃に備えた。
―― 吹っ飛んでいた。
80キロ以上出したバンにはねられたみたいな衝撃。
壁に激突する寸前に、すぐさま突っ込んで来るゾルフが目に映った。
ドワーフは見かけのせいで動きが鈍いように思われがちだが、実はそんなことはない。
走りが早いかどうかも足の長さではなく、まずフォームが正しいかというのがポイントだし、彼らの大地を蹴る脚力は熊並みだ。
のんびりしてそうなカバだってボルトより早く走れるのだ。
彼らの身体能力をあらためて生で実感した。
なんとか壁を蹴り、斜めに飛び退ける。鋼鉄の凶器が、赤茶とマスタードイエローの煉瓦壁を無残に破壊する。
そのまま角を三角飛びざま、こちらに向き直ったゾルフに炎の膜をぶっかけた。
もちろん奴のメイスのひと振りで、霧のようにかき消えたが、その間に俺はまた1階に転移していた。
くそぉ、本気を出したドワーフはオーク以上だ。
この打撃で剣越しとはいえ、受けた腕が痛い。
しかも転移のやり過ぎで、少し頭痛もし始めてきた。
マズいぞ、なんとかしないと……。
ここは隠蔽にかけるか。
探知と隠蔽を3:7の割合で力を切り替える。
フッと、ゾルフの気配が消えた。
ん?! いくら探知を小さくしたとしても、そんな完全に視えなくなるとは――
慌てて探知をMAXにしたが、すぐにゾルフの姿を感知出来なかった。
その代わりに2階、天井へと続く煙突が膨れ上がっているのに気がついた。
階上からの直行スロープ!
バッと大きな暖炉から、サンタが殺しにやって来たっ!
後ろに飛び退きざま、転移っ!
また2階天井と梁の間に出る。
そこに岩のランスが追いかけて来た。
俺が避けた瞬間、轟音を立てて梁を破壊する。
もう2階の床や天井はボロボロだ。足の置き場が限られてきた。
そうしてゾルフもまた視えなくなっている。
なんだっ、どこに行った?!
それにさっきからなんで俺の位置が正確にわかる?
ラーケルのアイザック村長みたいな、『土』の探知(土の触手で感知するやり方)の気配もない。
それともこの結界全体が土と岩に覆われているせいなのか。
この家は煉瓦造りだ。
地面の土がなくても奴には素材に困らない。砕けた石の粉が俺の上着にも沢山飛び散っている。
――これかっ!
土魔法で体にこびり付いた砂を横に弾き飛ばす。
同時にそれに向かって下から岩弾が打ち上がった。
目潰し効果だけじゃなかった。奴はこれで感知してたんだ。
すると俺からGPSが取れたのがわかったのか、急に攻撃が止んだ。
急にざわざわとしていた張りつめた気配が消え、辺りは文字通り静かになった。
何を企んでいる。
それとも奴も魔力が切れかかって来たか。
何しろ戦いが始まって、まだ1分とは経っていない。
そう、1分もだ。
動画にしたらあっという間のあいだに、これだけの魔力を使ったのだ。俺も体力と神経が擦り切れてるが、向こうだって魔力がつき欠けてる可能性がある。
俺も今のうちに少しでも回復しないと。
探知を残しながら、深呼吸で回復を促す。さすがにこの場で瞑想までは出来ない。
そうして更に1分ほど経ったか。
頭痛は収まってきたが、何も起こらないのが逆に気味が悪い。
なにしろ、奴の位置が把握できない。
奴も隠蔽が使えるのだろうか。という事は『闇』の素質もあるのか。
切り札は最後まで隠しておくものだし、何の能力を持っているかは解析出来ない限り分からないものだ。
とか考えていたら、いきなりバリバリッ ガリバリンッと、壁と床の四つ角から石杭が突き出した。
バキバキバキーーッ 床が抜けた。
隣の部屋も一緒だ。
落ちる床を蹴りながら、瞬時に壁に『土』で足場を作った。
だが、目の前にボウリングボール並みの石球が出現する。
チッ! 土石を操作するとすぐにバレる。
スレスレに身をよじって回避。
そのままひっくり返ったテーブルの上に着地。
どこだ、奴はどこにいる。
この時隠蔽をかければ良かったが、つい探知に力を注いでしまった。
刹那、ざわっとした。
足元っ?!
俺はテーブルごと、はじき飛ばされていた。
まるでクジラに下から突き上げられた小船のように。
ゾルフは床下、いや、土の中に潜っていたのだ。
迂闊だった。
隠れる事が出来るのは『闇』だけじゃなかった。
属性に合った物質の中に、自分の気配を紛れ込ませるのだ。
さっきも石の煙突内だからこそ、奴は気配を消せたんだ。
すかさず転移しようとしたが、寸でのところで奴に足首を掴まれた。
次の瞬間、思い切り石の柱に叩きつけられていた。
ゴキゴキィーーッ 不愉快な音と共に、左腕につんざくような激しい痛みが突き抜ける。
折れた――
続いて床に背中を激しく打ち付けた。
「ゲハッ!」
一瞬、息が止まる。
間を置かずに床から岩の杭が巨人の指のように伸びると、一気に俺の体に巻き付いた。
「よっしゃ! やっと捕まえたぜ」
ゾルフが俺を足からやっと手を離しながら言った。
俺は岩の枷に拘束されてしまった。
むろん俺は転移を試みた。
だが、転移どころか発した魔力がまわりに抑え込まれた。
『土』の結界 ―― 俺を拘束したこの枷が、魔力を抑止している。
右手は剣を掴んだままだが、剣ごと枷がはまってピクリとも動かせない。
それどころかあちこち痛くて力が出せない。
骨折による貧血の気持ち悪さと背中を打った衝撃で、ハァーハァー……とした荒い息しか出なかった。
そこにゾルフが覗き込むように見下ろしてきた。
「さすがアクール人と連むだけのことはあるな。転移能力まで持ってるたあ恐れ入ったぜ」
それから得意げに口角を上げた。
「だが、魔法使いはこうなっちゃお終めえだな」
ふざけんなよ、と言いたかったが、息を整えるのがやっとだった。
俺は下から睨み上げるのが精一杯だった。
「殺しやしねえよ。
いくら約束は守るって誓っても、本当に仲間をヤっちまったら|反故にするかもしれねえからな」
そう言いながらメイスを俺の鼻先にブラブラと振る。
「だから大人しくギブアップしろよ。これ以上痛い目見るのは嫌だろ?」
「……ぃヤダねっ、あんたなんかに、絶対にギブするかよ……」
やっと声が出た。
「じゃあしょうがねえ、もう一本……」と、ゾルフは俺の右腕を枷の間から踏んづけた。
だが、力を入れずにフンと鼻を鳴らした。
「……これ以上痛めつけたら、本当にあの旦那の怒りを買いそうだな。
まあてめえが戦闘不能になれば良いわけなんだから」
そう言うやいなや、スルリと蔓のように粘土状の土が俺の首に巻き付いてきた。
「グクゥ……!」
泥が筋肉質の大蛇のように首を締め上げてくる。
マズいっ! 気道と血流を確保しないと。
全力を首まわりの身体強化に注ぐ。
しかし、痛みと奴の結界のせいで力が思うように出せない。
息よりも血が登らなくなっているのがわかる。
ダメだ、駄目だっ! 意識を失ったら負けだっ。
おい、俺の体っ 持ちこたえてくれ! 今負けたら全て終わりになるっ!
だが、俺の強化より相手の妨害の方が上だ。
目の前に白い膜が段々と重なって、段々と暗くなってきた。
……悔しい…………
その薄れゆく意識の中、奴がすでに勝ち誇りながらベラベラと喋ってきた。
「本当にあの爺さんも厄介だったぜ。
急に弱腰になりやがって、急に村を出るとか言いやがったんだ」
黒いシルエットがメイスを引っ込めると、軽く肩をすくめてみせる。
「どっかにいる息子と一緒に暮らしたいとかぬかしやがって。
冗談じゃねえや。
外に出たらどこでボロを出すかもわからねえ」
声に少し怒気が混ざっている。
「大体てめえのせいなんだぞ。あのジジイがそんな弱気になったのは。
てめえのせいで思い出したんだとさ。
昔、奴のガキがよく光玉を作っていたのをよ」
―― のせいなのか――
俺が家中に明かりを灯したのを、息子さんと重ねて……それで足を洗おうとした――
「ぐ、ぎぃぎぎぎぎぃ……」
テメエだけは、絶対に許さねえぇっ!
「見かけによらずシブといな。さっさと落ちろよ。
ん……」
異変を感じたゾルフが、咄嗟に俺から剣をねじ取ろうとした。
だが、その剛力にも今度は剣がビクともしなかった。
それどころか右腕にかかっていた手枷が弾け飛んだ。
剣に俺の気が強く流れ込んでいる。まるで俺の分身のように。
それは瞬く間に共鳴し、青白くオーラを発するほど力を増した。
「このっ!」
ゾルフが首に仕掛けた枷に力を入れると同時に、メイスを振り降ろす。
しかし俺の方が一手早かった。
凶器を弾き、敵の胸に向かって剣を突きつける。
喰らえっ!! 本気のイカズチをっ!!
目の前が全て白くなった――
******
「ちょっとギリギリだったが、まあ結果オーライだな。とにかく良くやった」
始めに色が戻って見えたのは灰色と銀色だった。
「……うぇ、あんたかよ……」
思わずゲンナリしてしまった。
「目覚めの一言がそれかよっ」
俺に屈んで覗き込んでいたヴァリアスが、またガチガチ文句を言って来た。
「それはこっちだって……あっ!」
確かに怪我は治してくれたようだが、今はそれどころじゃなかった。
「おいっ あいつは、ゾルフはどうしたっ?」
俺はまだゴディス老人の1階居間の床の上に転がっていた。
ただあの石の乱立や、破壊された痕跡は全く消えていた。
家の中は何事もなかったかのように、すっかり元の姿に戻っている。
暖炉上には老人の妻のポートレートや息子からの手紙の束が、まるで昨日から動かしていないかのように置いてあった。
ただ1つ違うものが――
4人掛けの木製テーブル下、椅子の脚の間から、その先に転がっている黒っぽい塊りが見えた。
喉の奥がギュッと詰まった。
「安心しろ。まだ死んじゃいねえよ」
奴はしれっと普通に言ったが、むろん俺は気が気じゃない。
「まだってなんだよっ!」
テーブルを飛び越えて、傍に駆け込んだ。
ゾルフの焦げ茶色の髪や自慢だったろう強い髭は、今や真っ黒に細かい縮れ毛になり、髪の燃える嫌な臭いを発していた。
首から顔にかけて、赤い血管のような雷撃傷がくっきり現れている。
胸当ての革部分の表面には、剣が当たった部分が黒くなっていた。
目は半開きだった。
「おい、死ぬなよっ、ゾルフ。死なないでくれっ!」
思わずそう叫んでいた。
とにかく回復だ。
俺はゾルフの頭と心臓の部分に手を当てて、すぐに回復促進をかけた。
俺はあの時、人に対して本気で殺す気だった。
もうスタンガンとしてではなく、電流も電圧も全て力一杯容赦なく叩き込んでいた。
それは本当にイメージと同様、何千メートルもの空気の層を貫いて地上を叩く天の怒り、イカズチと同じ力だった。
しかも殺意を帯びた――
「治れっ 頼む、助かってくれ……俺を人殺しにしないでくれ」
必死だった。慎重にそうして神経を集中してヒールを全力でかけた。
これは生命エナジーも一緒に注ぐ、俺の出来る限りの最高のやり方だった。
殺す気でやっておいて、本当に自分勝手だと思う。
けれど凄まじい興奮が去った後の頭には、反動で恐ろしい現実の冷たさが滴って来た。
自分の暴力がおかした結果が、目の前に黒焦げの塊りとなって転がっている。
まさに身勝手だとは思うが、相手に申し訳ないと思うより、自分が人殺しになりたくないという気持ちの方がこの時強かった。
たとえ暴漢に襲われての正当防衛だとしても心に闇を残してしまうのに、これは始めから決闘、殺し合いだった。
逮捕されて『殺す気はなかった』とか言う殺人犯はよくいるが、そんな状況になったら俺もそう言ってしまうのだろうか。
それとも『殺す気でやったが、とても後悔している』と言えるのだろうか。
後悔しても取り換えしがつかないことを、俺は前世で魂に刻んでいたのに。
戦争帰還者がPTSDを起こすように、後にじわじわと殺した相手を『人』として感じだすのは間違いない。
それは時間が経てば経つほど、鮮明に思い起こされてくるのだ。
相手の最後の顔は脳裏にべったりと残る……。
一生取れる事の出来ない、魂へ血の染みをつけてしまう恐ろしさ。
『ひと殺し』になるのがとても怖くこわく……感じられた。
……しかしあらためてよく視ると、肩や胸の筋肉の一部が壊死しているが、心臓や脳など主要な部分のダメージは思ったより少なかった。
これは無意識にやはり急所を避けていたのか……?
「あー、まあ良かったな。コイツがドワーフで。そこら辺の一般人だったらまず即死だったろうし」
奴がゆっくりと傍にやって来ながら言った。
やはりドワーフの頑健さの賜物なのか。
戦う相手としては厄介だったが、とにかく今はそれが救いだ。
少し息がつけた……。
「コイツが馬鹿じゃなかったとこもな。
もしあれ以上お前を痛めつけてたら、オレは精霊に殺らせてたとこだ。
誓いはあくまでオレ自身が直接手を下さなければいいんだからな」
奴がチラリと銀色の目に殺意の陰をよぎらせた。
誓いの重みを使徒が羽毛より軽くしてる……。
ゾルフ……勘が鋭くて助かったな。まずこの手の顔は絶対信じられないって事をよく分かっていた。
……全く誰が『そんなみっともねえ真似はしねえよ』だよ。
悪魔でもこんなに簡単に開き直らないぞ。
あ……俺も翁にやってた……。ちょっと自己嫌悪……。
しかしヴァリアスの言葉を俺はストレートに取り過ぎていた。
こいつは確かに神界のならず者だが、それでも大切なところはちゃんと重んじていた。
あんなに誓いの重みをギャンギャン言っていた奴が、こんなに簡単に手の平を返すような事を言うなんて、やはり変な事だったのに。
それに奴は俺を人殺しにしないように、ギリギリ急所への電流を回避していたのだ。
ただそのことは、俺自身が力をもっと使いこなせるまで秘密としていた。
知ってしまうと俺の修行に影響するからだとか。
ホントに良くも悪くも守護神サマだよ。
それにしても、さっきのは何だったんだろう。
ほとんどこいつの結界に抑え込まれていたのに、どこからあんなエネルギーが出せたのか。
回復をかけながら振り返ると、俺が倒れていたところに鞘に入ったバスターソードが落ちていた。
それはやはりただの剣にしか見えなかった。
「不思議か? 雷の精霊が力を貸してくれたみたいだったろ」
「え、そうなのか?」
「いいや、上に積乱雲がないからまずここら辺にはいないな」
「なんだよ、思わせぶりだな」
すると奴がニヤリと牙を見せた。
「今回のはお前の力だよ、蒼也」
「えっ、俺?」
「以前、武器を自分の体の延長として扱う方法があるって言った事があるだろ。武器をテイムするみたいな。
あれをお前は無意識にやってのけたんだ」
「あれが……そうだったのか」
そう言われれば剣が急に、俺の腕の先みたいに感じた。
そこに残りの魔力が集中して、急激に増幅したようだった。
「まあ、正確に言うとそれだけじゃなく、あの剣がいわゆる魔法使いの杖の役割を果たしたってところだな。
相性もあるが、お前はあの剣を共鳴・共感させたんだ。
偶々とはいえ、これは結構上級な操作方法なんだぞ。
それに――」
一拍置いて嬉しそうにニーッと破顔した。口が更に大きく裂ける。
毎度怖い……。
裏社会の魔王が、何か企んでいる顔にしか見えない。
「お前はやっとリミッターを外したんだ。ほんのちょっぴりだけどな」
と、親指と人差し指で、何かを薄い物を摘まむマネをした。
「リミッターって、限界を越えたって事か?」
「お前、時々自分の本質を忘れてるだろ? お前は半神なんだぞ。
今は人間の色が強いが、お前には創造神クレィアーレ様の血が流れているんだ。これくらい出来ないわけがないだろ」
「人としてのリミッターって事か。
しかしそれが、本気の殺意で外せたって……」
あまり喜べる気になれない……。
そんな俺の気持ちを察したのか、ヴァリアスは傍に屈むと俺の頭をポンポンと叩いた。
「だから早く強くなれ、蒼也。始めから圧倒的な差があれば、誰も傷つけずに済むように出来る。
それが力の使い道だ」
それが本当に正しい使い方なのか、圧倒的な力で相手をねじ伏せるのが良い方法と言えるのか、一概に言えることではないが、少なくとも相手を殺さずに済むのならまだ悪くないかもしれない。
答えはまだまだ遠い先だ。
「それにオレを一発殴るんだろ? 早く出来るように体も作らないとなあ」
どうしてそう嬉しそうに言うんだ。ドSのくせに気持ち悪いんだよ。
―― って、そうだった、思い出したぁっ!
「あーっ!!」
つい叫んでいた。
「どうしたっ?」
「俺、何時間寝てたっ?? あれからどのくらい経ったんだ、外はどうなった!?」
オロオロして、ドアに向かって駆けだそうか、どうしようか迷った。
死闘の記憶とゾルフの重体さに気を取られていたが、村の状況も待ったなしだった。
せっかく謎を解いても、みんなが助からないんじゃ元も子もない。
「焦るな。まだ30分くらいしか経ってねえよ。今回はタイムアウトになる前にちゃんと起こしてやったんだ」
「30分って……、そんな微妙な時間放置するんなら、いっそのことすぐ起こしてくれよ」
今この事態での30分間はかなり貴重だ。焦るなという方が無理だ。
とはいえ、いつもなら俺の神経を休ませる事を優先する奴が起こしたのだ。奴としてもギリギリの計らいだったのかもしれないが。
とにかくゾルフを回復させて、せめて口が聞けるようにしなくては。
幸い命の危険は無くなったようだ。
生命エナジーの方はもういいだろう。流石に疲れる。
でも後どれくらい回復に時間がかかるのか……。
そういえば奴は、2階の床から何か取り出していたな。まるで隠し収納みたいなとこから。
確かここら辺に入れたはず。
俺がゾルフのベルトポーチに手を触れた途端、ヴァリアスが後ろを振り返った。
つられて俺もそちらに顔を向ける。
暖炉の前にボロを纏った老人、森の翁が立っていた。
彼がすっと右手をこちらに指さすと、倒れていたゾルフの目が白目に開いた。
「そいつをこっちに引き渡してもらおうか……」
ゾルフの口から違う響きの声がした。
いつも読んで頂き有難うございます。
今回も遅くなるのにただただ、気持ちだけが焦ってて……。
そのせいか、それともドラマ『相棒』の『丑三つのキョウコ』を見たせいなのか、久しぶりに怖い夢見っちゃったよおん(泣;)
白いコートの女じゃなくて、白いワンピの貞子みたいな背の高い女が、両手に鎌を持って追いかけてくるのだ。
しかも凄まじく早いっ!
もう『口裂け女』混ざってるかも。
とにかくスゲー恐ろしかったよぉ、この追っかけっこは(´TωT`;)泣く暇もない。
多分リアル『カラダ探し』だな、このスリルと恐怖感は。
久しぶりに命がけの全力疾走した。
ああ、マジで夢で良かった……(;´Д`A ```
でも映画やマンガじゃ感じ取れない、ある意味リアルな臨場感を貰いました。
ネタありがとうございます! 使わせてもらいます。
ところで、この『消えた村』編もあと少し。
ラストスパートに向けてもう少しスピードも上げたい……です。
それでは、どうか皆さまも良いお年をお迎えくださいませ(❁ᴗ͈ˬᴗ͈))))




