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第246話 『コロシアムの開幕』


 むっと、ゾルフが横の窓に目を走らせた。獣人のように動きはしないが、外に耳をそばだたせたのがわかった。


 だが部屋の窓はピタリと閉められ、厚手のカーテンも下りている。しかもここは2階だ。

 俺が発した声は、人のいなくなった通りでは誰にも聞こえていなかった。


「ふうー、いきなり出てきて物騒な事言いやがって。誰に聞かれるかわからねえだろ」

 軽く息を吐きながら、太い指で眉毛のあたりを掻いた。

「当たってるから聞かれたくないんだろっ! あんたが殺したんだ、この老人を――!」


 ガタ、ガタンンン……!  あちこちから戸が音を立てた。

 視ると、先程の窓や隣の部屋、また一階の窓やドア全てに、内側から硬い粘土が隙間にめり込んでいた。

「これでちょっとやそっと、叫んだところで外には聞こえねえぜ。ついでに開かねえしな」

 ゾルフがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「こっちだって都合がいいぜ」

 俺も余裕の態度で言い返した。

 そんなことしても俺には転移があるから、いざとなったら脱出できる。それにヘタにまわりに気付かれたら、それこそ面倒なことになる。


 ボトォ……。

 今は燃えていない薪の燃えカスだけが残る暖炉の中に、ヤモリに似たトカゲが落ちた。俺が電気ショックで痺れさせたのだ。

 この暖炉に繋がる煙突口だけは開いている。また外に知らせに行かれるところだった。


「ほう……、昨日までは世間知らずの臆病な青二才(ガキ)かと思ってたが……」

 ドワーフがその硬そうなアゴ髭に手をやった。

「さすがスパイ野郎だな。イワンも見かけに惑わされるなと言ってたが、おれもちょいと騙されてたぜ」と少し感心したように眉を上げてみせる。


「俺はスパイでも若くもねえよ。ただギルドから正式に依頼されたは本当だ。

 はからずも、あんた達の不正を暴くことになっちまったけどな」

「不正? 何がだ。ミスリルの件はギルドだって知ってるぞ。

 もちろん子爵(領主)様もなあ。なんも後ろめてえ事なんざねえ。

 他国の奴らには知られたくねえけどなぁ」


「それ、国には申請してるのかっ? 隠して地元だけで儲けようとしてるんじゃないのか!?」

 急にゾルフの顔つきが変った。

 ニヘラ笑いが引っ込み、太く長い眉の下の目が鋭くなる。

「……他所んちの探り屋(スパイ)かと思ってたら、てめえ、監察官(インスペクター)の方だったのか。

 なら尚更生かしちゃおけねえ……」


 ここでの監察官というのは、村や町の役人たちが不正を働いていないか、見張りや調査をする官吏のことである。

 たとえば地元民から徴収し集めた税金を、国に収める際に誤魔化していないかなどを調べる、まさしく国家のスパイのことだ。


 こいつら、敵国のスパイより自国の監視役のほうが怖いのかよ。

 しかしそんな事はこの際問題ねえ。

 

「俺は監察官でもねえよっ! 別にミスリルのことはどうでもいいんだ。

 地元ぐるみの汚職なんか知ったことじゃない。

 ここの村の異変が解ければいいだけだ。

 ただ、この人(ゴディス)を殺したあんたは許せない」


「はあ、何のことだ? おれがいつそんな事を言った?」

 ドワーフがわざとらしく肩をすくめてみせた。

「さっきの言い方だと、村長もあんたが殺したとは知らない。そうだろ、そうなんだろ?

 一体、何があったんだ。この人は仲間だったんじゃないのか?」

「……てめえなんかに教えてなんになる? とにかく面倒事はゴメンだ」


 あたりをザワザワした気配が包みだす。ゾルフの気が周囲を覆い出したのだ。

 相手は少しも動いていないのに、ジリジリとにじり寄って来る気配がする。

 相手の気に飲みこまれないように、俺も自分の闘気(オーラ)を意識して強めた。

 

 しかしさっきからの転移の連続で少し疲れを感じる。

 まるで2キロほど全力疾走したあとに、犯人と鉢合わせしてしまった刑事の気分だ。

 魔力は護符から得られるが、体力までは補充されない。


 だが、俺だって負けるわけにいかない。

 こんな奴に負けてたまるか。 


 ゾルフは俺がオッサンに使った(魔法)を聞いているのだろう。メイスを握りしめながらもすぐに打って出ては来ない。


 剣や刀での戦いでも相手の出方を見ながら、睨み合いを続ける場合があるが、魔法も同じだ。

 くり出した魔法がもし相手に通じなかったら、その瞬間スキが出来てしまう。

 もしくはそれを掻い潜って突っ込んでくる可能性もある。

 だからお互いの動きを注視しながらタイミングを見計らうのだ。


 いま、僅かでも目を逸らしたら、一気に詰め寄られそうな気がする

 だから収納から剣を抜きたいのだが、その動作さえも危険をおびる。

 息をするのも忘れるほどだ。

 

 こういう場合、先に仕掛けたほうがやられるセオリーなのだが、この緊張感は耐えがたい。

 いっそのこと、こっちから仕掛けるか―― 


「蒼也、手を貸してやろうか?」


 その声に振り向くと、暖炉の棚上(マントルシェルフ)にヴァリアスが座っていた。

 女性の肖像画(ポートレート)や手紙などが、いつの間にか老人の胸の上に乗っている。

 ゾルフがギョッとして凍り付いた。


「手伝ってくれるのか?!」

 俺はゾルフから目を離さずに答えた。

 今まで奴が戦闘中に手伝ってくれた事と言えば、グラウンドドラゴンを折れた剣で刺した時くらいだ。

 

 それだけ俺にとって強敵ということなのか? 

 だが、今はとても有難い。

「頼むっ!」

「よし」


 フッと、外の気配が消えた。

 急に世界が狭まったというか、地下室に放り込まれたような感じだ。

 なんだ、何をやった?!?


「これで邪魔者は入って来れない。思う存分一騎打ちに専念できるぞ」

 奴がしゃあしゃあとした顔で言った。

「はあっ!?」

 あらためて探って(探知で視て)俺は愕然とした。


 家のまわり――というか、壁や天井の煉瓦の外側から薄皮一枚のところで結界に包まれていた。

 まるでドアが閉まった後の鉄壁の金庫室の中のよう。

 このオレンジ瓦屋根の家の内部が、外界と完全に遮断された亜空間と化していた。


「何だっ?! これ、どういう意味だっ」

「だからちょっと場所を整えてやったまでだ」

 相変わらず態度の悪い悪魔は、暖炉の上で行儀悪く足を組んだ。

「このままだとソイツが逃げる可能性もあるだろ。それにいつまでも戻らなければ、援軍が来るかもしれない。

 だからこうして空間を閉じた。気が利いてるだろ」


「ふざけんなっ! これじゃ俺も逃げられないじゃないかよ」

「逃げてばかりいたら、調査もへったくれもねえだろが」

「バァ……、バッカじゃないのかっ、あんたっ!」

 いや、こいつがまだちょっとでも、まともに助けてくれると思った俺の方が馬鹿だった。


「だからって……はあ……。どうせ俺に最後まで戦わせたいだけだろ、あんた」

 思い出してみると、ここでの戦闘はみんな、俺が逃げ出して終わりになっていた。きっとそんな中途半端な戦い方が、奴には気に入らなかったんだろう。


「ったく、これじゃコロシアムと一緒だろ……」

「まっ、簡単に言うとそうだな。観客はオレ1人だけだが」

 もう……こんな守護神は嫌だっ!!


 ゾルフも急に出現した奴に恐れと警戒の形相で睨んでいたが、今や『ちょっと何言ってるのかわからない』っていう顔になってしまっている。

 そりゃそうなるよなあ。

 その元凶が戸惑う男に向かって言った。


「安心しろ。オレはお前たちの戦いには一切手を出さん。

 これは正式なバトルだからな」

「はぁっ?!」

 思わずドワーフの口から素っ頓狂な声が洩れる。


「オレは確かにコイツの仲間だが、決闘となれば話は別だ。

 今、コイツはお前に対して憤怒をぶつけたがっている。そうしてお前はコイツを自分のためにも倒したい。

 そうだろ?」

 もうゾルフの鬚だらけの口が開いて塞がらない。


「なら、両者それぞれ戦う意味はある。タイマン多いに結構。

 だからたとえお前がコイツを殺したとしても、オレはお前に一切仕返しはしない。

 倒された方が負けだからな」

 それから床を指さした。

「だから公平を期するために、床下の結界だけは深くしてある。『土』が十分使えるようにな」


 慌てて真下を探知すると、確かに土台を通り抜けて地下深く、何十メートルに渡っても結界に突き当らない。少なくとも俺の探知の触手が届く範囲には結界はない。

 だが、この建物の敷地から出ようとすると、急に遮断される。

 あくまでこの闘技場から出さない気だ。


「罠じゃねえだろうな……。これじゃおれに有利にならねえか?」

 まだ訝しげにゾルフが上目遣いに奴を見た。

「お互いに能力を全力で使えてこそ勝負だろ。その方が後腐れなくていい」

「……それ本気で言ってるのか?」

 ゾルフが目を見開く。 


「ああ、オレは()()()()()()()嘘は言わん。お前だって分かるだろ?」

 ニヤリとノコギリより鋭利な牙が覘いた。

「……アクール人の血か。それならわかるぜ……」

 ドワーフの目から怖れの色が消え、かわりに違う闘志の色が映りだす。

 この、バトルフリーク共がっ!


「ルールは簡単。どちらかが戦闘不能になるかギブアップするまでだ。

 もし、お前が勝てばすぐに結界を解いて自由にしてやる。オレもここから速やかに退散する」


 勝手に段取りを進めていく奴に俺はテレパシーで言った。

『(おい、戦うのはしょうがないが、せめて体力ぐらいは回復してくれよ。少し転移を使い過ぎた。

 見たところ相手は全然疲れてないじゃないか。このままじゃ俺が不利になる)』


『(何が不利だ。お前が先にコイツに仕掛けたんだろうが。

 大体、戦闘ってのはいつでも不意に起こるもんだ。そんな時にいちいち体調を整えていられるか?

 その場で持てる限りの力で対応しろ)』


 ……こ、このぉ~~っ、妙に正論だから余計にムカつく。

 敵に塩を送って、保護対象を追い込むってどんな守護神だよ。

 このドSがぁっ! 


 そんな俺達のやり取りを全く気付かずに、ゾルフがまだ半信半疑の様子で訊いた。

「だけど本当にいいのか? このガキをやっちまって……」

「何度も言わせるな。信用出来ないなら、オレの(あるじ)に誓ってもいいぞ。 

 なんならコイツの死体を証拠に持ち帰っても構わない。

 ()()()()()()()()()


 お父さん(神様)っ! こんなトンデモナイ事をお父さんに誓ってますけど、いいんですか? もうちょっとくらい罰を与えた方が良くないですか??


「よし、その誓い、後で後悔して取り下げるなよ」

 ゾルフがメイスを突き出すようにヴァリアスに向けた。

「そんなみっともねえ真似はしねえよ」

 肩を揺すりながら足を組み替える姿は、ヤクザ映画と奴しか見た事がない。


「ただし、お前が負けた場合、コイツの言う通りにしろ。

 コイツが話せと言ったら、洗いざらい全部吐き出してもらうからな。

 その事も忘れるなよ」

 殺気としか言いようのない陰が奴の顔にさした。

 ゴクリと髭男の喉奥が鳴る。

「……わかった。おれも男だ。勝負が決まったらそれに従うぜ」


「よしっ! これで決まりだ」

 パンッと、小気味良い音を立てて奴が両手を叩いた。


「そういうわけで蒼也、ちゃんとチャンスを作ってやった。後はお前次第だ」

 さも良い事したみたいにニッと笑いながら俺にサムズアップしてみせた。


 何がチャンスだ。

 こりゃあ絶好の転機どころか、絶対の危機になるかもしれないじゃないかよ。

 分かってるくせに体力も治してくれない。(それは俺の甘えだが……)

 ホントに創造神じゃなくて、疫病神なんじゃないのか、この野郎は……。


 ……しかし転機には違いないのか。

 時間もないし、手がかりを聞き出すチャンスではあるわけだ。


 ゾルフの方に目を向けると、メイスを床に下げ、ふぅ~と長く息を吐きながら、ゆっくりと太い首をまわしていた。

 続いてごつい肩も上下に動かす。


 余裕しゃくしゃくだな。完全に舐められてる。

 だが俺もこの僅かな時間稼ぎで呼吸が落ち着いて、余分な肩の力が抜けた。

 そうすると疲れも回復してきた気がするから不思議だ。


「ヴァリアス、せめてゴディスさんをどこか安全な場所に移動させてくれ。

 これ以上遺体を傷つけたくないし、これじゃ落ち着かない」

「わかってる。これはオレが預かる」


 パチンと奴が指を鳴らすと、ベッド下の床板が急に砂地の蟻地獄のように湾曲して中心に向かって陥没し始めた。

 その歪んだ床板と共に、遺体がベッドごと滑り落ちる。

 そのベッドが完全に飲みこまれると、あとには変色していない四角い床板だけが残っていた。


 この野郎、始めからコロシアムでやらせる気満々だったろ。

 だから一階にあったはずの手紙なんかを、わざと見せてから移動させたんだ。

 俺が()()()()()()()に気を使うと思って。

 まったくワザとらしいお膳立てしやがって。


「おっと、オレは公平無私をモットーにしてるからな。

 お前んとこのトカゲたちはちゃんと()に避難させてあるぞ。

 だから巻き込む心配はねえぜ」

 ヴァリアスが組んだ足をブラブラさせながらゾルフに言った。


「そいつはありがてぇ」

 ゾルフが頑丈そうな歯を見せる。


 どの口から『無私』が出てくるんだよ! 無私どころかいつでも『オレ様』基準のくせしやがって。

 と、言ってやりたかったが、ゾルフが奴に目を向けた隙に、俺はカバンを収納するとバスターソードとベルトを取り出していた。


 以前のファルシオンより長い刀身。そうして両刃だ。

 当たり前だが、どちらが当たっても切れることになる。

 それを鞘の上から革ベルトを巻きつける。

 これは前にターヴィとテイムの練習の際に使っていたベルトだ。


「お前、まだ()()()()()躊躇してるのか」

 ヴァリアスが片方の口角を歪ませながら言ってきた。

「躊躇しない為にやるんだ。この方が思い切りやれる」

 俺は刃が鞘から抜けないように、ベルトでグリップと固定した。


 これなら剣自身を掴んでも手を切らないし――実際の戦闘では刃を手で直接掴む場合もあるが――相手や自分を切らずにすむ。

 真剣と木刀の違いが、殺傷能力を緩和させる気がしたのだ。


 木刀もまともに打てば人を殺す力はあるのに、切るよりはマシだと何故か思えた。

 聖職者たちが血を流すのはいけないことだからと、殴打武器を使ったという狂った論理に似ていなくもない。

 強く殴れば血も出るし、まず相手を破壊することに変わりないのに。


 目的のために、少しでも負い目を減らしたかったのかもしれない。

 俺も今、少しでも()()()()()()()()思い込みたいのだ。

 やり切るために。


「それに相手は打撃専用武器だぞ。まともに受けたらこっちの刃が折れちゃうかもしれないだろ」

 そうだ、後から思いついたがこれも正論だろ。

「そんなことしても折れる時は折れるぞ」

 え、そうなの?


「ふん、まあいい。お前が思いきり()()()()()ならな」

 そうしてゾルフの方を見た。

「お前の方は準備いいか」

「ああ、おれはいつでもいいぜ」

 

 2人の視線がこちらに流れる。

 俺は深く息をしてから対戦相手に顔を向けた。


「あんた、さっきこいつが勝手に決めてたが、本当に喋ってくれるんだろうな。嘘は無しで」

「当たり前だ。おれは勝負事の約束は守るぜ」

「じゃあ妖精の事も、知ってることは全部話してもらうぞ」


「妖精? ノッカーなんて話で聞いた事しか知らねえぜ。それでいいならなあ」

 おどけるように目をクルンとまわして見せた。


 この野郎~、絶対知ってやがるな。

 俺は『鉱山の』とは言ってない。

 森や家の中に出る妖精だって一杯いるんだ。いくら鉱夫だからってノッカーだけに絞るのはオカシイだろ。

 絶対に口を割らせてやる。


「よし、もうお喋りは終わりだ。今度は力で話し合え」

 魔の審判員が戦いの開始を告げた。

 

 もう後には引けない。

 コロシアムという名の殺し合いの始まりだ。


 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 なかなか話が進まない……(;´Д`A ```


 言い訳ですが、一週間前に近況にも書いた通り、帯状疱疹を発症しました。

 個人差があるかと思いますが、色々な痛みの他、妙に疲れるものですね。

 やはり体がウィルスとの戦いになるせいでしょうか。

 それとも回復に魔力全振りしたせい? いや、元から魔力なんかないだろ……(;´・ω・)


 水ぶくれは早々に治ってきましたが、神経痛がのほうがキツイ。

 しかしこの神経痛の痛み方、ちょっとネタに使えるかも(?!)などと、タダではやられないつもりです。


 おかげさまでピークも過ぎ、だいぶ治りつつあります。

 コロナ禍で意外と流行っているそうですから、

 皆さまもどうかお体大切にしてくださいませ。

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