第245話 『怒りのほうこう』
あああ、今回ずい分間が空いてしまいました……(;´Д`)
顔を上げると、井戸のあった場所は大きな穴が開き、辺りには瓦礫が散乱していた。
何人かの人々がうめき声を上げながら転がっている。さっきの火炎弾を放った男らしい姿は見あたらない。
瓦礫に埋まってしまったのか、それとも跡形もなく吹っ飛んでしまったのか。
前の俺ならこんな惨状に動揺して居ても立っても居られず、立場もわきまえずについ出ていったかもしれない。
だが、幾人かの村人たちが駆け寄って怪我人を救助しているようだし、いまの俺のやるべきことではない。
何をいま優先すべきかという事を、この年になってようやく理解出来てきた気がする。
そういえば村長のオッサンたちはどうしてるんだろう。もう俺どころじゃなくなっただろうに。
それともこの事態も俺の仕業とか思っているのだろうか。
そんな事を考えながら、再び転移で屋根伝いに役場へ向かう。
各家の中でも人々が戸惑っていた。
少しでも私財を持っていこうとするのか、服や小物を大きな籠に詰めて、背負子に括り付けている夫婦がいた。
そうかと思うと、動揺してただただ同じところを行ったり来たりするだけの男もいる。
家の前でへたり込んでいる中年の婦人を、通りがかりの男が助け起こす。
村の市壁は、手前の3分の1ほどの人工物で築かれているが、その両サイドの途中から鋭く上に伸びる天然の絶壁に囲まれていた。
切り立ったほぼ垂直の岩山だが、ここには岩や土を扱える『土』使いたちが沢山いる。
本来ならその能力を使い岩山を登って逃げることも出来そうだが、それを阻むように空から流れた赤いオーラが、その岩肌をもマグマのように垂れ流れ覆っていた。
人々は逃げ場を失い混乱しつつあった。
「奥だぁっ 奥に逃げろぉっ 炎が入って来たぞぉーっ!」
先程の惨事を見ていた奴かどうかはわからないが、あちこちで叫ぶ声がする。
それが余計に人々の恐怖を煽る。
こんな時にこそ人々にまず注意喚起とかするもんじゃないのか?
警鐘も鳴らさないから、みんなどうしていいか分からず、ただただパニックになっている。
あ、嵐だったから鐘は下ろしてあるって言ってたか。
それでも役場は村の中心にある。
否が応でも逃げようとする人々は、そちらに向かって眼下の道を走っていく。
近くの宿屋の上まで来ると、すでに役場のまわりは人で一杯だった。
「村長っ! いないのかぁっ!」
「おいっ ここを開けろってんだっ! いるんだろぉ」
「まさか、おいら達を残して先に逃げたんじゃ――」
だが扉は固く閉まったまま、ちっとも開く気配はない。
横の窓から覘く者もいたが、中からカーテンがしっかりと閉じられている。
視るとカウンター内で、プッサンが独りブルブルと震えながら隠れているのがわかった。
村長はいないようだ。
こうした暴徒にもすぐに破られないように、役場は結構強固な作りをしていたが、民衆が本気で破壊しようとしたら、防犯シールドが切れたこの建物がいつまで持つことか。
中にいるプッサンも生きた心地がしないだろう。
ふと娼館の方を視ると、部屋の窓からメイとマチルダが外に顔を出して、右往左往する人々を不安そうに眺めていた。
イブリーンは1階階段下で、用心棒や他2人の女たちと深刻そうに話をしている。
俺は隠蔽を保ったまま、先程の部屋の中に転移した。
隠蔽を解くと同時に2人がこちらを振り返ってきた。
「あ、戻ってきたぁ」とメイがちょっと場違いに明るい声を出した。
おっと、先に遮音しておくべきだった。
けれど用心棒の獣人は今度は飛び込んできた男と大声で話し出した。おかげでこちらを全く気にしていない。
それを機にイブリーンが階段を上がって来た。
「いまロンドさんが――まず村長に話を聞いてくるから、みんなここで待つようにって。勝手な行動はしないようにってね」
イブリーンは、いつの間にか部屋に戻っていた俺にちょっと言葉を止めたが、すぐにおくびにも出さずに言った。
「今遮音したから喋っても大丈夫だ。外の喧騒が聞こえなくなっただろ?」
階下を気にしながらドアを閉めた彼女に俺は言った。
「そう。それにしても本当にどうなってるの? 『炎が中まで入って来た』ってみんなが叫んでるけど」
「そうだよぉ、ホントに入って来ちゃったのぉ?」
メイがまた怯えながら言う。
ここからは市壁までは見通せないし、ちょうどこの部屋の窓の位置からだと、向かいの役場に塞がれて山側が隠れている。ただ下を行く人々の騒ぎしか見えないのだ。
中途半端な情報で余計不安が起きてるのだろう。
「残念だけど本当だ。確認してきた。まわりを囲まれてる」
それに対してイブリーンが目を見開き、メイは「ヒッ」と喉を引き攣らせた。
ただマチルダだけが少し顔を顰めただけだった。
「でもこの村全体を飲みこむのには、まだ時間がかかるはずだ」
実際には一日も持たないだろうけど、それを教えて更に不安を煽る必要はない。
「それってどのくらい?」とイブリーン。
俺はそれに答えずに、軽く手を前に出しながら窓の方へ向かった。
役場の方に動きがあった。
隠蔽をかけながらそっと探知の触手を伸ばす。
人々を掻き分けて村長が戻ってきた。ゾルフと他に獣人や特に屈強な男3人を連れだっている。
遮音を解いてそちらの方に耳をそばだてた。
「まずは落ち着けぇいっ!」
ドアの前まで来ると、怒鳴るように村長のオッサンが大声を上げた。
「これが落ちついてられっかよぉ!」
「どうするんでいっ」
また詰め寄ろうとする人々を、オッサンの手前でゾルフや部下の男達が、メイスや棍を横にして押し返す。
「だからまず話を聞けって! いいかっ、騒いだって事態は変わらねえぞ。ヘタすりゃ余計マズい事になるだけだ」
このオッサンの一喝に、バラバラに喚いていた民衆が一斉に大人しくなった。
「お前ら、とにかく勝手な行動はするな。
先に言っておくが、まず穴を掘って塀の外に逃げようなんかするなよ。
とんでもねえからな」
すると手前の鉱夫にしては細めの男が、驚いたように言った。
「へっ、なんでだい? そいつは今おれっちも考えてたとこだあ。魔法障壁の下もある程度深く掘れば通り抜けられるじゃねえのか?
みんなで力を合わせりゃ――」
「だからダメだったんだよ。それはさっきおれ達も門の前で試しにやってみた。
そうしたら穴から炎が伸びて来やがった。壁の近くのせいかもしれねえが、ヘタに地面に穴を開けるとそこから侵入してくる危険がある」
群衆から戸惑いと絶望の悲鳴に似た声が洩れた。
「……じゃあどうすんだよ。このままじゃおいら達、あの妙な炎に焼き殺されちまうぜぇ……」
「もちろん大人しくそんなの待つわけねえだろ。実はあの炎の正体はわかってるんだ」
まるで痒みを堪えているかのように、不快そうに鼻に皺を寄せながら村長のオッサンが言った。
「一言で言やあ……呪いだ」
呪い?! と、またまわりが騒ぎだすのを、オッサンが静まれいとばかりに両手を振って制する。
なんだかんだ言って、こんな時は村長だ。なかなか統率力がある。
「呪いとは言ったが、正確には呪術によるもんだと思う。いや、妖術と言うべきかな」
「なんなんだよ、妖術って。そんなもん、誰がこの村にかけたんだ?!」
「何のために?」
「理由はわからねえが、やった奴はわかってる。
知ってる奴もいるかもしれねえが、昨日やって来た余所者だ。
あいつら妖術使いだったんだ」
おぉーーー!と、群衆から声が上がる。
「奴らはあの善良なゴディス老人も殺した。彼がこの村の重鎮だからだ。
詳しいことはまだわからねえが、あいつらはこの村を潰す気だ。
このままじゃ村もろとも全滅させられる。
見つけ次第ぶっ殺せっ!」
オオオオォッ!! 更にまわりから雄叫びような、怒り混じりの声が大きく広がった。
あの野郎、全て俺に擦り付ける気だな。
ミスリルの事もノッカーの件も全部伏せて、邪魔な俺達もろとも葬り隠そうとしてる。そんな事したって、もうギルドには半分バレてるのに。
「しかしよぉ、その場ですぐに殺しちまっていいのかい?」
獣人やヒュームの中から、背丈の低いドワーフが手を上げて発言した。
「だってそいつが妖術をかけていたんなら、術を解かせるのが先じゃないのか?
もし殺しちまっても解けない術だったら……」
「そいつは大丈夫だ」
自信あり気にオッサンが胸を張って答えた。
「おれの闇魔法の能力は知ってるだろ。死んですぐなら記憶は覘ける。傀儡にすりゃあ術を解くなんざ簡単だあ」
民衆からまたもや声が上がる。今度は尊敬と信頼の色も混じっている。
おっかねえこと言いやがる。
確かにあのオッサンの『闇』の力ならそんな事も出来るのかもしれないが。
だけどそんな自信満々に宣言して、本当の犯人じゃなかったらどうする気なんだよ。
いや、絶対オッサンは俺が犯人だと信じてるんだろうけど。
「とにかく事は急ぐぞっ。男どもは奴らを探せっ、見つけてぶっ殺せ!
女達は中に避難していろ」
すると扉一枚向こうで聞いていたのか、それともオッサンが何か合図を送ったのか、内側から鍵が開いてプッサンが顔を覗かせた。
「……では、ご婦人方どうぞ」
そうして村長の方へ顔を向けると
「1階だけじゃ窮屈ですので、2階3階も解放しますか?」
「……しょうがねえな。もちろんカウンターの中と資料室へは入れるなよ。
あと、おれの部屋には若い女だけな」
はい、とプッサンが上目遣いに肩をすくめた。
と、娼館の階下も騒がしくなった。
ロンドさんが戻って来たのだ。その場にいる店の者たちに、いま村長から聞いた話を興奮気味に伝える。
「あたしもいまだに信じられないよ。まだ悪夢を見てる気分さ。
だけどとにかく娘たちは役場に避難だよ。お前さんは(用心棒に向かって)村長の指示を仰いでおくれ。
さあ、みんな早くっ!」
そう言いながら長いスカートの裾を摘まむと、せかせかと階段を上がって来た。
「女将さんが上がって来る。あの人、水とかで隠蔽を見破れるかい?」
俺はまだ姿を隠したままで彼女たちに訊いた。
「この部屋に入らなければ大丈夫だと思う。ただ念のため隠れてて」
イブリーンがサッとドアを開けて廊下に出ていった。
それならこの部屋にいない方がいいかな。
俺はまた宿屋の屋根の上に転移した。
ちょうど階段を上がり切ったところで、イブリーンと女将さんが鉢合わせした感じになった。
メイとマチルダの2人もドアから出て、部屋に入れないようにしている。
「金や大事な物だけは持っていくんだよ。こんな時に馬鹿な気を起こす奴もいるかもしれないからね。用心に越した事ないから」
「わかったわ、女将さん」
「急いでね。あたしも支度したらすぐ向かうから」
そんな会話を聞きつつ、役場のほうにも意識を向けると
「あの炭鉱に隠れてるかもしれないぜ。あそこも探すんだろ?」と、すでに大きなツルハシを握った男が村長に訊いているところだった。
「あそこはダメだっ!」
オッサンの一喝のような大声が、聞き耳を立てなくてこちらまでハッキリ聞こえた。
「あそこは危険だ。さっきも言った通り、地面の穴から炎が漏れて来たんだぞ。
炎が溢れ出て来る可能性があるだろ」
今更気がついたが、普通炭鉱口ってもっと低い位置に入り口を作らないか?
そう思ってあらためて山を見ると、あの炎を吹き出していた穴は、今や上から覆う赤いドームの垂れ幕に隠れて見えなくなっていた。
そうして穴のあったところからずっと下――平地に当たるところに、楕円形の石の扉があった。
それは岩山と同じく灰色の岩石で出来ていた。
この間は嵐だったし、途中の穴ばかりに目がいって気がつかなかったが、もしかしてあそこからも入れるのだろうか。あれが下の入り口なのか。
それにしても他の山々や壁まわりにはすでに足元まで降りてきているのに、あそこだけ――ちょうど穴があったすぐ下あたりでオーラが止まっている。
ワザと開けているみたいだ。まるで誘い込むように。
「もしかすると罠が仕掛けてあるかもしれねえ」
オッサンも同じ事を考えたか。
「ひとまずみんなは他の場所を当たってくれ。あそこはおれとゾルフが後でなんとか確認してみる。
護符や防具が必要だからな」
「そうかい。じゃあ任せるが、村長、あんたも気ぃ付けてくれよ。あんたがここのリーダーなんだからな」
「任せろ」
オッサンがビシッと太い親指を立てた。
一見頼れるリーダーに見えるが、俺には今あそこに入らせたくない何かがあるのじゃないかという疑惑を抱かせた。怪しい。
だがこの混乱を収めたのも事実だ。なんかムカつくが、恐怖を怒り――行動に変えさせて上手くまとめ上げた。
この脅威をもたらした犯人という敵を仕立て上げて。
そのまま男達が散開していくと、また後からやって来た村民たちに指示をしていく。
役場の中ではプッサンが入って来た女たちを忙しく誘導したり世話していた。
するとオッサンがゾルフを招き寄せて、何か耳打ちした。集中したがちょうどまわりの声が五月蠅くて聞こえなかった。
ゾルフが小さく頷くと、ゆっくり役場から離れていく。
これは追わないと。
と、その前に離れることを言っとかないと。俺はまた部屋に戻ると隠蔽を解いた。
女将さんはすでに階下に降りていて、他の女たちも自分の身支度に忙しい。用心棒の男もすでにいない。
「俺はもう行くから、君たちも避難してくれ」
自分の部屋に戻って支度するか思案していたイブリーンが振り返った。
「行くって、どこに?」
「逃げたりしないさ。調べに行って来る」
「え……大丈夫なのぉ」
メイが不安そうに言う。
「もちろん! それに君たちも大丈夫、助かるよ」
俺は安心させたくて力強く言った。
もし最悪この村の怪異に収拾をつけられなくても、人だけは助けたい。
一度に沢山は無理でも1人ずつなら、俺が抱えて炎を突っ切ることが出来るかもしれない。
俺がいつも着ているこのチュニックも、裏に魔法式が縫い込まれていてちょっとした防御服になっている。これを被せてその上から、俺のオーラで包むのも有効だと思う。
でもおそらく全員は無理だろうな。
ここに入る時に目一杯頑張ったが、本当にギリギリだった。
アレを何度もやるのは疲弊が激しいし、失敗すれば俺どころか相手をこの腕の中で死なすことになる。
それは絶対に嫌だな。
命の選択なんかしたくないが、俺も人間。
どうしても近しい相手、自分の好ましい相手を優先するのはしょうがないだろう。
しょうがないんだ。
とにかく何が何でもこの女たちだけは助けないと。
我がままかもしれないが、これが俺のプライドだ。
……その後はプッサンか。
助けるって約束したからなぁ。約束は守らないと。
ああ、だけどあの人の好さそうな女将さんを置いていくのも……。
後になればなるほど、疲弊して成功率が減っていくはずだ。
問題は何回出来るかよりも、その時の順番か。
ううっ……、こういう優柔不断なとこはなかなか直らないなあ……。
「信じてるわよお。妖術使いさん」
そっと俺の肩にマチルダが手を添えてきた。
「いや、俺、妖術使いなんかじゃないよ」
その言い方、イヤなんだよな。なんだか悪い魔法使いのように聞こえるから。
「そう、じゃあウィザードさんと言った方がいいかしら?
あんた確かに只者じゃなさそうだし」
煌めくアメジストのような瞳がすぐ目の前にあった。
スルッと二の腕が俺の背中にまわされて、胸に柔らかいものが当たってくる。
「さっき姿を消しただけじゃなく、本当に一瞬で消えたでしょう。窓から出ていった気配もなかったわよ」
耳元で小さく囁いた。
あ、そうだった。ここは彼女の結界の中だった。転移も見破られてるのか。
「でも本当に気をつけてねえ……」
押し付けられた体から、隠しきれない不安と恐怖の入り混じった波動が伝わって来る。
「うん、絶対に助けに戻るから、絶対に」
本当なら彼女たちにせめて回復をかけてやりたいところだが、これから何が起こるかわからない。
すまないが、俺も体力は温存しておかなくてはならないのだ。
これも取捨選択だな。
「じゃあ3人とも離れずに待っててくれ。必ず戻るから」
彼女からそっと体を外すと、俺は隠蔽と共に外に転移した。
屋根の上に体を低くしながら、ゾルフを追う。
奴はこれから役場の方に向かう人達とは逆に、斜めに横道を抜けながら炭鉱側の方へ進んで行く。
役場から離れると小走りになっていた。
危なくゾルフを見逃すところだった。
オーラで跡を辿るにも、こう人々が入り乱れてると荒らされてしまって、見分けるのが難しくなる。
探知の触手で一応マーキングしていたが、どんどん離れていくのに気が気じゃなかった。
時々通りすがりの男たちに「1人じゃ危なくないか」と声をかけられたりしていたが
「平気だ。それにちょっとした用事だ」と答えていた。
そうは言っても腰にはしっかりメイスを携えている。
用ってなんだ。
もしかしてあの鉱山の下の入り口にでに行くつもりか。
それなら俺もついでに中を調べたいところだ。
しかし尾行というのは思ったより神経と体力を消耗するものだ。
何しろ俺は絶賛逃走中。相手に見つからないようにどころか、全員に見られてはならない。
転移よりも屋根伝いに走ったり飛んだりしたほうがずっと力を使わないのだが、今や異変の始まりの時とは違って、みんな俺を探すのに血眼になっている。
移動中に何かの気配でも感じ取られる可能性がないとは言えない。
俺の隠蔽にはまだまだムラがあるのだ。
慣れない隠蔽を最大限しつつ、さっきから短い転移の繰り返しに若干疲れてきた。
ゾルフはそんな俺の事なんか知る由もなく、斜めに岩肌に近い家々の間を通って行く。
まわりの山壁はすでにほとんどがオーラに隠れてしまい、灰色の岩肌を見せているのはあの炭鉱口のあるところしか残っていない。
そのおかげでここら辺まで来ると、グッと人々の数が少なくなった。
と、ゾルフがある2階建ての木造の家に入って行った。
オレンジ色の瓦屋根にドアにはあのキツツキのノッカー。
ゴディス老人の家だ。
俺はその屋根の上に跳ぶと、瓦に身を伏せながら中を覗った。
中は窓が閉め切ってあるのに、俺がつけた灯り玉のせいでとても明るかった。
それが妙に悲しく感じられた。
ゾルフは居間を通り抜け左手に折れた。
そこには上に続く階段がある。彼は躊躇せずにズンズン上がっていった。
――あ、
寝室に老人がいた。
天蓋付きのダブルベッドで、両端から遮光カーテンのように厚みのある布が垂れ下がっている。
ベッドの四隅から伸びる柱の内側には、俺が灯りを入れてやったランプが引っ掛けられていて、今や白く血の気のなくなった老人の顔を薄明るく照らしていた。
老人は棺桶ではなく、自身のベッドの白いシーツの上に、胸の前で両手を交差させて横たわっていた。
頭には白い包帯が厚く巻かれている。
こうしてあらためて見ても、この老人が鉱石商達を毒殺したという話がやはり信じられなかった。
オッサンが咄嗟に嘘をついた可能性もあるし、その反面どんな人間にも裏表はある。
ただ息子の話をした時の嬉しそうな顔だけは、本物だったと思う。
ちょっとだけ胸の奥がつかえたが、ゾルフが部屋に入って来たために感傷に浸ることはなかった。
ドワーフは部屋の角に屈むと、くすんだボルドー色のマットをめくった。その下の板の隙間にナイフを刺し込む。
ん、そこは梁しかないはずだが。
しかし板を2枚外して中に入れた手は、何やらペンケースぐらいの黒い箱を掴んでいた。
何か護符で守られているのか。それで探知に引っかからなかったのかもしれない。
ゾルフはそれを自分のベルトポーチに突っ込むと、また床板を元通りにした。
続いてベッドの前に来ると、老人の顔を覗き込んだ。
「爺さん、あんたとは結構長い付き合いだったな」
ゾルフは静かに話し始めた。
「こんな別れ方になったのはとても残念だよ」
そう言いながら左手で頭の包帯を擦った。
ゾルフは老人と村長とで、この村の三本指と言われている存在だと聞いた。
やはり彼もゴディス氏の死が悲しんでいるのか。
そりゃそうだよなあ……、長年の仲間だったんだろうから。
そんな風に勝手にしんみりしていたので、続いてゾルフが腰のメイスを手にしたのに違和感があったが、すぐにその意味が分からなかった。
ボグッ!! 鈍い音が響いた。老人のベッドが一瞬跳ねた。
――エッ?!
探知とはいえ、いや、だからこそ生々しく感じ取ってしまった。
ちょっと間をおいてから身震いが体を揺らす。
首筋の毛が逆立った。
ズルリと肉片の付いたメイスを持ち上げると、ゾルフはキョロキョロと辺りを見まわしてから、おもむろに足元に畳まれていた毛布でソレを拭った。
「本当に済まねえ。だが、あんたなら分かるだろ。
村のためにはしょうがねえんだよ」
一度メイスをまわしながら確認すると、また念入りに残っている血糊を拭いた。
「死人に追い打ちをかけるような真似はしたくなかったんだが、仕方ねえんだ。
イワンがあんたの頭を覘くかもしれねえんだ。
そんな事になったらおれ達の関係が崩れちまうだろ?
そうなったら村のために良くねえからなあ」
本来なら今見たモノの衝撃で吐き気と同時に思考が吹っ飛んでいるところだが、あのダンジョンで俺は少し鍛えられたようだ。
ただ知っている人の顔が陥没したのには、少なからず衝撃を受けたが。
いや、それよりも今こいつ何て言った?!
今度は俺の頭の中に違う震えが湧きあがってきた。
もうこうなったら相手に勝てないかもしれないなんて、へっぴり腰な考えはクソくらえだっ!
気がつくと俺はゾルフの後ろに出現していた。
ビクッとしながらも反射的にドワーフが、振り向きざまメイスを横殴りに振った。
だが高揚して神経が高まっている俺も瞬時に避け退った。
「てめえ、こんなとこに隠れてやがったのかぁ」
ゾルフがメイスを握り直す。ピキピキと奴の体から殺気が立ち上るのがわかった。
けれど怒りを発しているのは俺も同じだ。
しかも相手は自分勝手で理不尽な怒り。俺は悲しい上にさらに怒ってるんだ。
こいつは知ってて俺に人殺しまでを擦り付けやがった。
「ゾルフッ! あんただな、あんたがこのゴディスさんを殺したんだろっ!!」
いつも読んで頂き有難うございます!
今回は三週間強も更新が遅れて、ちょっと焦りました……。
出来る限り10日間、もしくは二週間以内に抑えたいところです。
どうか次回もよろしくお願いします。




