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第240話 『逃亡と翁の思い』

ああ今回思ったより遅くなりました……(;´Д`)

そうしてまた1万字前後と長いので、お暇な時にでも読んでください。


「てめえ、その2人に何しやがったんだっ!」

 ゾルフの視線は俺の足元の老人と、少し離れたところに転がる村長の両方を行き来している。


「……信じてもらえないと思うけど……俺じゃない。

 すでに死んでたんだ」

 まさか自分がこんなセリフを吐く時が来るとは思わなかった。

 いつもドラマや映画を見ながら、俺だったらもっと気の利いたことを言うのになんて思っていたが、いざ自分がその立場になると定番な言葉しか出て来ない。

 

 俺は敵意のないことを見せる為に、ゆっくりと手を下ろしたまま立ち上がった。

 地球ならこういう場合、手を上げるものだろうが、魔法使いは魔法が武器だ。

 俺みたいに無詠唱でロッドなどの道具を使わない者もいるが、発動条件やコントロールの為に手を使う者は少なからずいる。

 手を向けることは、銃口を向けるのと同じことを意味するのだ。


「信じられっかよっ! 大体なんでこんなとこに入って来たんだ」

 ゾルフの後ろで別の男が叫ぶ。

「それは村長を探しに――」

「嘘つけっ」

 大声でゾルフが一喝する。


 頭から聞く耳を持たない、いや、そもそも信じようとしていない。

 俺はここでは突然侵入してきた、怪しい異邦人なのだ。


 と、イワン村長がぶるっと頭を動かした。

「ぅ、うん、何やってんだ、お前ら……」

 寝ぼけまなこといった感じで、オッサンが体を起こしてきた。


「……イテ、なんだか体中が痛てえなあ……ぁあんっ?」

 オッサンが腕や足を摩りながら、何気に首を横に向けて止まった。

 その先にはゴディス老人の遺体が横たわっている。


 もうどうせ信じてもらえないだろう。

 今度はボコられるどころか、間違いなく殺される。

 昨夜はヴァリアスにビビっていた者もいたのに、今やすっかり頭に血が上っている。

 集団心理と怒りに、奴への恐怖もすっ飛んでるのかもしれない。


 ゾルフが一歩近づこうとした時、俺は風を使って藁を目の前に巻き上げた。

 ブワァッと誰かがそれに火をつけた。攻撃されたと思ったのだろうが、俺にとっては好都合だ。更に目隠しになった。


 こちらからも相手の姿が見えなくなった瞬間、俺は厩舎横に何台か置いてあった荷車の陰に転移した。

 この荷車には木箱が幾つか載っていて、その上に幌がかかっているので隠れやすかったのだ。

 外にいる人達がみんな、中に注意を払っている事は探知で感知済みだった。俺が姿を消したので、どっと厩舎内に入り込んでいった。


 ただちに隠蔽で気配を消す。

 相変わらずあまり上手とは言えないが、しないよりは全然マシだろう。

 そうして人がいない家の裏手などを探知しながら、転移を繰り返した。

 とにかくこの場所から離れることしか頭になかった。


 しかし嵐の時と違って、外にも人々が戸惑いつつ行ったり来たりしている。

 そこに人がいないと思っても、次の瞬間には角からひょこっと入って来ないとも限らない、動きが読めない状態だった。


 屋根伝いに行きたいところだが、嵐の時と違って皆がみんな上を見上げているところを、フラッシュ的に出たり消えたりしたら光の違和感で見つかる可能性がある。

 それに大勢の視線を浴びながらじゃ落ち着かない。


 どうする、どうする? 一旦また村の外に出るか? 

 だがもし出られたとしても、今度こそ入れなくなるかもしれない。

 そうなったらこの異変の解明どころか、ゴディスさんの仇も取れなくなってしまう。

 それに殺人の疑いをつけられたままなのも嫌だ。


 とりあえずどこか一旦落ち着ける場所。

 俺は石壁に背中をつけながら考えた。

 けどそんなとこ、この村の中のどこにある。


 岩山に囲まれた狭い村の中だ。

 きっとどこもかしこも、追手がかかって来るに違いない。

 しかも奴らの中には獣人もちらほらいるのだ。

 俺がちょっとでも気を抜いたら、きっと匂いに気付くはずだ。

 この中にいる限り、俺は袋のネズミだった。


 もう少し、隠蔽も練習しておけば良かった。毎回後悔ばかりする俺。


 けど言い訳すれば、俺だってこっちに来ている時は、練習ぐらいはしている。

 ただいつでも俺の訓練は実戦といえるくらい、忙しくトラブルに巻き込まれているのだ。


 ふとプッサンはどうしてるだろうと思った。

 彼なら俺のことを信じてくれるだろうか。 


 俺は何度かの転移を繰り返しながら、役場の裏庭に出た。


 納屋の陰から見上げる赤茶色の煉瓦造りの建物には、今や防犯シールドの抵抗は皆無だ。やはり現実の時の流れに戻っているから、動力が切れているのだ。

 まだ追手は来ていないようだが、時間の問題だな。


 裏庭には2本の木と、裏手に隣家の壁、納屋と温泉小屋があるが、横道に面した鉄柵は腰高までしかない。

 普通に通りから丸見えだ。

  

 もしそこそこの探知能力者がいたら、俺くらいの弱い隠蔽じゃすく見破られてしまうかもしれない。

 隠蔽を乱さないように早る鼓動をなんとか落ち着かせながら、探知の触手にも注意しなくてはならない。


 中を探知すると、一階のカウンター前で1人不安そうにプッサンが椅子に座っているのが視えた。

 よし、なんとか事情を話して――


 そこへ通りをバタバタと走る男達が、この裏庭の横を通り過ぎていった。その中には村長もいた。

 通りとは反対側の納屋の物陰に隠れながら、気配を消す事に集中する。

 すぐさま役場のドアが開き、中になだれ込む音がした。


 聞き耳を立てると、事態を知らないプッサンに村長が怒鳴るように訊いた。

「あいつはいるかぁ! あの魔法使い野郎はっ」

「な、なんですかっ、村長、いきなり?! ソーヤさんはさっき出ていったきり帰って来てないですよ」

「本当かあっ」


 他にも別の男の声がする。

「それとあの、アクール野郎は、いるのか?」

 これは少しだけ声の腰が引けている。奴の威嚇を見た者だ。


「ヴァリアスさんもいませんよ。あの人ならもっと前に出ていったままですから。

 何があったんです?」

「ギルドから来たとか言ってたが、胡散臭せえと思ってたぜ。やりやがてったぜっチクショウ!」

「しかしよぉ、あいつはかなりヤバそうだぜ」と、また別の声。


「数はこっちの方が圧倒的に多いんだ。

 昨夜はいきなりで脅かされたが、いくらアクール人だって1人くらいなんだっ。

 相手はドラゴンじゃねえだろっ。

 こちとら毎日鉱山で鍛えてるんだ。鉱夫をナメるなよぉっ!」 

 村長のオッサンが奮い立つように声を荒げた。


 完全に頭に血が上ってる。

 流石に奴がSSというのを知らないからなあ。(ここでも表向きは傭兵で通していた)

 ましてやブラックドラゴンを従魔にしてるような奴なんて。 


「まったく、何があったんです?」

「あの異人野郎がゴディスの爺さんを無残にも殺したんだよ」

「え……エエッ?!」

「間違いないぜ。俺たちこの目で犯行を見たんだからな」とゾルフの声がした。

 嘘つけっ! 犯行の瞬間は見てないだろ。それは思い込みだ。

 

「そんな……ソーヤさんがそんな事するなんて……」

 プッサンのにわかに信じ難いというような声。

 そうだよ。あんたなら信じてくれるか。


「考えて見りゃあ、この異変だってあいつらが来てからだ。

 こいつはあいつらの仕業かもしれねえぞぉっ」

 オッサンが決めつけるように言う。

「……でも確かにソーヤさん、ゴディスさんのとこに行くって言ってましたけど……」

「それ見ろっ、やっぱりだ!」

 ゾルフの勝ち誇ったような声が上がった。


「お前らは上を調べろ。そっちは1階だ。風呂もな。

 おれとゾルフは庭を調べる」

 オッサンが村長らしく采配を振る。

 数人の男達がダダダッと階段を駆け上がり、部屋を調べに行った。


「…………きっとモノの弾みか……、何か理由があったんだと思います……」

 プッサンの沈んだ声が小さく聞こえる。

 だから誤解なんだってっ!  

 

 つい釈明しに出て行きたくなるのを抑えて、俺は裏手の屋根の上に転移した。

 入れ替わりにオッサンとゾルフが庭に入って来た。

 オッサンは探知能力は持っていないようだが、隠蔽能力は俺より上だ。

 もしかするとそういった同類の周波を、感知しないとも限らない。同じ空間にいない方がいい。


 斜めに張られた木の板の上に腹ばいになって、ジッと息を殺す。

 体臭が流れていかないように、体まわりの風を押さえた。 


 何故なら3階の窓が同時に開き、獣人が顔を出したからだ。

 こちらの方が2階建てで、斜め向かいに見下ろされる形になる。心音も聞こえないように遮音した。

 彼は辺りを見回しながら、匂いを嗅いでいた。


 ちょっとの間、左右に首を動かしていたが、やがて中に引っ込んでいった。

 良かった。

 なんとか俺の隠蔽を見破られなかったようだ。


 そのまま息を殺して覗っていると、庭をざっと調べたオッサンがゾルフと小声で話をしていた。

「あの魔法使い、さっきまでここにいたようだぞ。きっとまだ近くにいるはずだ」


 思った通り、隠蔽を使うことのできる『闇』属性の彼は、探知とは違う触手で辺りを探っていた。


 それは『闇』の触手、黒い影を波紋のように広げていく感知。

 その感知能力は確かなようで、俺が隠蔽していたにも関わらず、納屋の横に残った微かな気配を感じ取ったらしい。


 ただ幸いな事にオッサンの感知できる範囲は、半径10メートルくらいだった。

 ギリギリオッサンのところから、この屋根上まではその黒い波は届かなかった。

 再び役場の中に戻ると他の者たちに指示をし、再びゾルフを含む男達が外に散って行った。


 しかし呪いが解けて、現実の状況が明らかになったのに、オッサン達の顔色は悪くない。

 少しくらい泥を食っててもやっぱり頑丈なのだろうか。


 実は彼らは俺から薬を買ったあと、しっかり飲んでいたのだ。

 鉱夫は体が資本だから、最近の不調に早速一本、体力ポーションで回復させていたのだ。

 俺は知らないうちに、敵に塩を送っていた。


 指揮官としてなのか、オッサンはプッサンと共に役場に残った。

 そうしてまた自分を中心に、闇の触手を広げる。

 それは役場の敷地を覆うのに十分だった。


 どうやらこのまま出しっぱなしにしておくようだ。

 俺が一歩でも役場に近づいたらわかるように。


 幸い役場の建物全体を覆うほどの表面積には広がっていないので、闇の触手に引っ掛からないように転移で入ることは可能だ。

 ただ、こちらもオッサンやプッサンの様子も視ることが出来なくなった。


 何故ならこちらが探知で探ろうとすれば、その触手(気配)に勘付かれるからだ。

 以前、ギトニャのガラクタ市で浴びた、ワイゼン(バッハ)男爵の解析の触手を感じ取ったようにたちまち気付かれてしまう。

 

 どうしたものか……。


 ん、待てよ。

 二度同じところに爆弾は落ちないと錯誤されるように、人は一度調べたところはまた確かめないのでは?

 少なくとも一度確認した場所には、すぐには戻って来ないかもしれない。 

 それに犯人の痕跡が、厩舎に残っている可能性もある。

 今はそっちを調べた方がいいか……。

 

 しかし……また別の心配も浮かんでくる。

 犯人は必ず現場に戻るという定番心理。

 そんな風に罠でも仕掛けられてないか。  


 この時俺の頭の中は、完全に追い詰められた逃亡者のまま、いろんな考えが入り乱れていた。


 ええいっ! ウダウダ考えてても何も進まない。

 もう行動あるのみだ。出来るところからやるしかないっ。

 自分の直感を信じろ、俺。


 ある意味、この直感は当たっていた。

 人の気配に注意しながら、転移を繰り返し、再び厩舎近くまでやって来た。

 また荷車の陰に隠れながら、厩舎の中を覗う。


 門扉の前や手前の番人小屋の辺りなど、ひっきりなしに人がオロオロ通って行くが、厩舎の中は先程の騒ぎが嘘のように、人っ子一人いなかった。

 老人の遺体も。


 幸いなことに厩舎の扉は外から閉められて、鍵まで掛けられている。横並びの長い窓も今や閉じられているので、これならすぐには勘付かれないだろう。

 もう一度罠がないか確認してから、転移で入った。


 内部は当たり前だが、真っ暗だ。

 しかし流石に光玉を使うわけにもいかない。


『闇』の力があれば、こういう真っ暗闇も白夜のように見えるらしいが、俺にとって『闇』スキルに偏見――悪いイメージを持っているせいか、なかなかちゃんと発現してこない。

 この隠蔽も『光』や『風』などを駆使した、ごちゃ混ぜ方式である。

 なので先程同様、探知で辺りを視る。


 中は普通の目で見れば、人気の無くなったガランとした厩舎である。

 しかし探知の眼で視ると、そこかしこにさっきまで大勢の人が荒らしまわっていた気配が、まるで残存した熱をサーモグラフィーで見ているみたいに現れるのだ。


 まったく、現場を保存するという意識はないのか。

 そこらじゅう踏み散らかした足跡なんか問題外だ。

 つい文句を言いたくなるが、もう俺という犯人がいるので関係ないのだろう。


 ともかく老人が倒れていた辺りを、また探ってみた。

 そこに落ちている藁には、当然ながら血があちこちに付いている。

 だが、少しおかしい。


 あの傷からして相当な量の出血があったと思われるのだが、ここに落ちているのはポタポタと垂らした血を擦りつけた程度だ。

 地面まで染み込んでさえいない。

 厩舎全体の地面を探知で調べてみたが、血が滴っているのはこの場所だけだった。


 水魔法とかで血が垂れるのを押さえたのか?

 しかしそれならなんで? 何故そんな真似をする必要がある。


 これが地球なら、即座に殺害現場はここじゃない、とかいう展開になりそうだが……。

 もしかしてそうなのか?! いや、わざとそう思わせるように仕組んだのかも……。

 

 俺は顔を上げた。

 そうだ、先入観は駄目だ。

 現場がこことか決めつけずに、あくまで可能性の1つとして考えよう。

 それからまた厩舎の中を念入りに探知してみた。

 

 中央に何本かの柱が大きな屋根を支え、上には太い梁が架かっている。

 奥には用なしになった飼い葉桶が、乱雑に積み重ねてある。

 左手の壁際には、ロックポーター達を繋ぐ鎖を引っ掛けるフックが、横に渡ったがっしりした棒に何個も打ち付けられている。

 そうして4本爪のピッチフォークがそこに立てかけられていた。


 これにも血液反応というか、老人の残存オーラも無い。

 壁や柱にもそういった不穏なモノは感じられなかった。

 

 地面はどうなんだろう。もしかして何か埋められているとか。

 土魔法を使えば、掘り返した跡を自然に均すのなんか朝めし前だろう。


 しかし何もなかった。

 いたのは、冬眠中の小さなワームやダンゴ虫、またそれを食べるのか、藁の中に潜っているカナヘビ似のトカゲぐらいだった。

 

 釘の1本さえ落ちていない。

 考えてみれば当たり前のことで、元々ここにはロックポーターや馬がいたらしいのだから、そんな踏んだら危ない物は落ちてないか。


 ナジャ様みたいに、物の記憶とかが読めれば簡単に状況がわかるのに。

 俺の超能力捜査官というか、魔法捜査の能力は便利そうで、痒いところに今一つ手が届かないなあ。


 やはり遺体を調べた方がいいのだろうか。

 そう言えば、遺体はどこに運ばれたのだろう。ここには鐘撞堂はあったが、教会はなかったように思う。


 続いてどうするか。

 俺は奥のひっくり返った飼葉桶の上に腰を下ろした。

 収納から本を出す。


 目次で探すと持っていた本のうち、2冊に『ノッカー』の項目があった。

 俺はまわりに探知の触手を出したまま、本に眼を通した。


 1冊目の子供用の本には、地球でも言われているような簡単な内容しかなかった。


 ノッカーは鉱山にとって座敷童的存在。

 彼らを怒らせると鉱山からいなくなってしまい、その鉱脈は枯れてしまう。

 だから鉱夫はノッカーの機嫌を損ねないようにするのが当たり前なのだが……。


 それを『壊した』?

 わからん。

 不慮の事故とか過失で、うっかり彼を傷つけるかしてしまったのだろうか。

 それで森の精霊の翁が怒っている? そもそもノッカーと翁の関係はなんだ?

 精霊と妖精という仲間意識なのだろうか。


 2冊目は今までの子供用と違って全年齢用に、グレードが上がっていた。

 絵が少なく、専門用語もあるが、その分内容が濃くなっている。

 絵姿や専門用語の照らし合わせなどは子供用で、もう少し調べたい時はこちらと使い分けている。


『ノッカー』の項目は、あまりページを割かれておらず、言い回しを変えただけでほぼ同じだった。

 だが、一つ最後の行が俺の目を引いた。


【* ノッカーの捕らえ方 ―― 『妖精の捕獲』参照 ―― 】


 ノッカーの捕らえ方?! 妖精って捕まえる事が出来るのか!


 気を早らせながらページをめくっていた時、後ろに誰か立つ気配がした。

 振り返ると、イワンのオッサンが俺の肩越しに本を覗き込んでいた。


 いつの間にっ! 俺はひとっ跳びに離れた。

 探知には引っ掛からなかった。隠蔽の能力が俺の探知能力を上回っているからだ。


 咄嗟に外に転移しようとして、気がついた。

 こいつはオッサンじゃない。

 足を少し開きながらビシッとした姿勢、さっきと同じ、だらしなさがない。

 重要な手がかりが向こうからやって来てくれた。


「あんた、翁かっ!」

 オッサンに憑依した精霊がゆっくり頷いた。そうして顔を顰めた。

「……関わらないと神に誓ったはずなのに、これだから人間は信用できんのだ……」

 そう忌々しそうに呟いた。


「騙したのは済まなかった。

 だけどあんただって、シザク達を人質にしただろ。狡いのはお互い様だ」

「我は助けないと言っただけだ。

 あやつらが牢に入れられていたのは我のせいではない」

「まあ、それはそうだけど……」

 なんか俺の方が分が悪い。


「しかし我はお前に直接手出しが出来ない。だからお前の心情を利用したのは確かだ。

 そこは認める」

 あれ、なんだか潔い。やはり精霊。そういうところは人よりさっぱりしているのか。


「それなら教えてくれよ。

 ここで死んでいた老人を知ってるだろう。彼は誰に殺られたんだ?

 もしかしてあんたかっ?」

「違う、それは我ではない。我はまだ誰も壊していない」

 すっぱり言い切った。


「じゃあ誰なんだ、知ってるんだろう」

「それは教えられん」

 これもハッキリ断られた。


「……やっぱり怒ってるのか……」

「我としては教える事はやぶさかではないが、お前のガーディアンから口止めされている」


「あのっ 馬鹿ヴァリーッ!!」

 嫌な手回しだけはキッチリとやりやがって。 

 あっ! つい大声を出してしまった。慌てて厩舎の外を探知する。


「案じるな。今ここは結界が敷いてある。何も聞こえないし、誰も入れない」

「……ああ、それは色々とすいません……」

 もうなんかいろいろと申し訳なくて、自然とへこへことへりくだってしまった。


「あの……それでは、あなたの事をお聞きするのはいいですか?」

 もういつもの低姿勢である。威勢のいいのは数分も持たなかった。


「なんだ?」

「ノッカー……さんの事で怒ってらっしゃるようですけど、何があったんですか?

 壊したって、ノッカーさんがここの村人に、その……殺されたとか……」

「……それも言えん。お前のガーディアンが、お前に探らせろと言っている」

 あんのぉお野郎ぉ~~っ!


「とにかくお前が我を疑っていたようだから伝えに来た。それだけだ」

 オッサン、いや翁はそう言って後ろに半身を捻るような仕草をした。

「ちょっと待って、待ってください」

 俺は慌てて止めた。さっき2メートルくらい離れてしまったので、彼のすぐそばに走り寄った。


「この赤いオーラはあなたの呪いのようだが、これを消してもらう事は出来ないんですか?」

「我の怒りが収まらん限り、消すつもりはない」

「それは復讐ということで……」

 村人がノッカーに何かやってしまい、それが彼の怒りを買ったことは間違いない。

 しかし怒りを解くというのは……。


「その……村人が全員、あなたを怒らせるような事をしたんですか?」

「全員ではない。だが、同じく恩恵にあやかっていた者、同じ村の者として同罪だ」

「そんな、それじゃ罪のない人たちは、ただのとばっちりだ。せめて直接罪を犯していない者たちは逃がしてやってくださいよ」


 多分、というか先入観かもしれないが、マチルダ達はきっと関係なさそうだ。

 あの気の良い娼婦たちは助けたい。もう知り合いが不幸になるのは嫌だ。


「それも出来ん。そうすれば、お前の捜索を()()()()()()()()と言っておる」

 翁がチラリと天井を見た。


「クソッたれっ! ヴァリ―ッ!! 後で覚えてやがれっ てめえのツラぶん殴って――いや、蹴り入れてやるっ」

 俺は天井に向かって叫んだ。

 すかさずすぐ左側から声がする。

「いいぞ、やれるもんならやってみろ」

 畜生っ! なんてガーディアンだっ!!


「もういいか」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 俺はオッサンの毛深い手を掴んだ。

 分厚くガッチリとして、俺なんかより全然大きい。まるで子供と大人みたいだ。

 これで普通に殴られてもヤバいなあ、ついそんな事が浮かんだ。


「で、なんだ?」

「あ、その、どうしても意味がわからないのですが、何故、食べ物を泥や土と入れ替えたんですか? 

 しかもこんな日数をかけて」


「それは食せる糧を無駄にしたくないからだ。奴らの体を通して大地の糧として生まれ変わるなら、それはそれでいい。

 だから残っている食べ物には手を加えなかった。

 時間をかけたのは、奴ら自身をじっくり時間をかけて熟成させ、より良い堆肥にしたかったからだ。

 少しずつ体内に土や石を入れて、土と同化させるつもりだった」


 ―― そんな、生きながら完熟した肥やしにするつもりだったのかよ!

 サラッと言ってくれてるけど、やっぱり人外の考えることは恐ろしい。


 しかし後で考えてみたら、人間も同じような事を平気でしていた。

 フォアグラは残酷な育成方法で知られているし、食殺するために他の生物を育てるのは人間だけだった。


「我はもう行く。

 もしかしたらお前が、我のこの怒りを少しは沈めてくれるのかと期待したが、思い違いだったようだ」

 そう翁は、少しだけ遠くを見るような目つきで俺を見た。

 

「待ってっ! じゃあ あなたとノッカーさんの関係は? やっぱり精霊・妖精仲間だから?」

 すると翁はちょっと躊躇うように下を向いてから、顔を上げた。


「あの『ノッカー』は我の子だ」


 ガクンとオッサンの体が低くなった。力が抜けて両膝をついたのだ。

 倒れはしないが、両手をだらんとして、頭が眠り込んだように前に垂れる。


 翁は行ってしまった。


 子供……。

 ここのノッカーは彼の子供だったということか。

 それを『壊された』――

 

 どういう状態なのかはわからないが、確かに我が子に危害を加えられたら、その怒りは半端なものじゃないだろう。 


 俺はちょっとの間、その場で思いを巡らせていた。

 翁の怒りもわからないでもない。

 けれど俺は人側だ。

 今は悪いが人を助ける方に力を尽くさねばならない。


 しかし、さっきの言葉、もし俺が彼の怒りを沈める事が出来たら、もしかして村人を解放してくれるのか。

 でもどうやって……。


 うーん、やはりノッカーに村人が何をしたのか、突き止めなくては。


 と、オッサンがピクンと頭を動かした。

 ゆっくりと顔を上げて、あたりを見回す。そうしてあらためて俺に向き直った。


「ああんっ?! なんだ、おめえっ そっちから捕まりに来たのかあっ!」 

 オッサンが俺の腕を強く掴んで来た。


 ばっ、バッカァヤロォ~~~ッ!!

 帰るなら、オッサンも元の場所へ戻していけよぉっ!

 置いてくんじゃねぇ~っ。

 

 おかげで俺はいきなりオッサンに捕まってしまったのだ。


いつも読んで頂き有難うございます。

最近また自律神経失調症のせいで、やや不調ですが(姿勢も悪いせい?)

完結目指して頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします。

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