第238話 『ダイイング・メッセージ』
ああ、村にたどり着けませんでした。すいません……(-_-;)
そして今回もややグロ(?)な描写がありますので、どうかご容赦お願いします。
「そう言えば番人て?」
俺は森の中の痕跡に注意しながら訊ねた。
さっきの騒動でうっかり聞き忘れていたが、気にはなっていた。
「この森の番人だ。
ある一定の場所を縄張りとしてる者をそう呼んでいる。
ただ自分のテリトリーとするだけじゃなく、そこに棲みついて自分が過ごしやすいように管理する存在というとこだな。
秩序を保つために、迷った者たちを適切に導くこともする。
それを担うのはそれぞれの属性にそった天使がやることが多い。
だがここの番人は神界の者じゃない」
「というと?」
「以前、ジェンマの奴と一緒に飛んだ時、ウンディーネを見た事があるだろ?
アレはあの湖の番人だ」
「あっ、じゃあ精霊とか妖精の類なのか」
「まあな。アイツらもそれなりの力を持ってるし、一介の天使じゃ昇天させていいか裁決出来ないからな」
小動物が通った足跡のように、小さなブラックホール状の跡を追った。
オッズは本当に当てもなく彷徨っていたようだ。軌跡が途中から真っ直ぐではなく、ウロウロと曲がりくねったり、行ったり来たりした跡もある。
長く佇んでいたのか、木の根元に濃く深い染みが広がっていたり、同じところをグルグルまわっていたりする。
彼の迷いそのものの動きだ。
噂話にもこの森で、彼の姿が目撃されたとあった。
まだまだ事業や今生でやりたい事があったのだろう。それがいきなり失われたのだ。
そう簡単に思い切れることなんか出来ないのだろう。
ましてや導く者が――
「そういや、その番人は何してるんだ? 放ったらかしにすることあるのか?」
俺は足跡から目を離さないように、視線を下に向けたまま訊いた。
「ある。精霊どもは元々気まぐれだからな。
気に入らなくなったら、他の場所へと流れていくんだ。
まあ大概は、その場所が外部者に荒らされるかして、やる気が失せちまうことが多いんだが。
そうしてここのように、長く留守にするか、もう帰って来なくなると、その場は荒れていくんだよ」
ここの森の番人はいま不在なのか。ストライキ中というところだろうか。
ん、森の番人……。
俺はバッと奴を振り返った。
「もしかして、あの『森の翁』って、ここの番人なんじゃ――」
噂の中には『森の老人』の話があった。あれはここの精霊の話だったんじゃないのか。
「やっと気がついたか。散々ヒントが出ていたのに遅かったな」
奴が肩を揺すりながら、少し顔を顰めた。
「あれだけの呪いを、そう簡単に人が出来ると思うか?」
「……それはなんか邪神とかを召喚しちゃったのかなと、考えていたよ。
まさかその精霊自身だったとは思わなかったけど……」
考えてみたら、俺もここに邪神召喚してるんだよなあ。
「おまけに『ノッカー』を『ドアのノッカ―?』などと返しやがって。
聞いてるこっちの方が恥ずかしかったぞ」
そう言って口をへの字にした。
「アイツらは人間とは違う。言葉も人の言葉とピッタリと合うものばかりじゃない。
そもそも言葉という概念じゃない。意思だからな。
だから人語の『ダメージを与える』『殺す』『滅ぼす』などは『壊す』と同義語なんだよ。
なのにお前は――」
「そんな人外の考え方までわかるかぁっ!」
もう目の前に卓袱台があったら、ひっくり返すところだった。
「俺は人なんだぞ。『壊した』なんて言い方されたら、物かと思うじゃないかよ」
こいつは俺を何だと思ってやがるんだ。
確かに俺は半分アレらしいが、中身はちゃきちゃきの地球人なんだぞ。オール人外の基準で考えられても迷惑だ。
けれど考え方というのは、相手の行動の意味を知る上での重要なポイントだった。
小魚が敵から身を守るために群れで固まって泳ぐように、何かしらそれには理由がある。
犯罪小説でいうところの『犯人』の考え方を知る事が、解明の糸口になるということ。
動機だけでなく、それを行うやり方にも行動原理が伴う。
人とは違う者とはいえ、何かしらの論理があるはずだ。
なぜ村をあの日から隔離したのか、なぜ食べ物が泥や石とすり替わっているのか、何故じわじわと弱らせていくのか――
俺の疑問はまた『『ノッカ―』を壊した』という言葉に戻っていた。
『ノッカー』とは生き物の可能性もあるのか。
ノッカー……。ゴディス老人のドアノッカーは啄木鳥の形をしていた。
もしかしてウッドペッカーとか言わずに、こちらではノッカーとでも言うのだろうか?
とにかくソレを壊した事が、かの翁をこのような行動に駆り立てた要因には違いない気がする。
「じゃあノッカーって本当は何なんだ? 啄木鳥のことか」
すると奴がムスッとした顔で言った。
「自分で調べろ。人外の言う事は聞かないんだろ」
ンなろ~~っ!
普段は認めないくせに、都合よく人外になりやがって。
しかし奴はそうは言いながら、いつも手がかりだけは与えてくれていた。
後は俺が努力すれば分かるところまでは導いていたのだ。
「まあいいや。村に戻ったら他の人に訊いてみる。
ひとまずプッサンか、物知りそうなゴディス氏にでも――」
と、急な勾配を上がった樹々が少し開けた猫の額ほどの場所に、特に大きな影が視えた。
通常の視覚で見ると、枯れ葉や枝の転がった何の変哲もない地面だが、探知で視るその大地には、足跡どころかビール樽以上の大きさの歪んだ黒い靄があるのだ。
間違いなくオッズはここに埋まっている。
そうリアルに感じた途端、今更ながらに気がついた。
あれ、これは遺留品どころか、死体を掘り起こすことになるのか?!
そう馬鹿である。
色々とあったせいで深く考えている暇がなかった俺は、遺留品を探している感覚のままだった。
せいぜい彼の持ち物を見つける気だったのだ。
それが指輪どころか、いきなりご遺体本人である。
しかも1人じゃなく3体もある。
サッとよぎるように探知しても、この下に麻袋に入れられ、膝を曲げて項垂れたり横向きになった人体が視えた。
あまりのリアルさに、申し訳ないがちょっとだけ腰が引けた。
だが、本人はもちろん、遺族だって遺留品より本人自身を連れ帰った方が良いに決まっている。
ボコボコと土を動かして穴を空けていると、奴が横からじれったそうに言ってきた。
「お前、そんな事しなくても転移を使えば一発だろ。それほど深く埋まってるわけじゃなし、簡単に出せるだろうが」
「わかってるよ。だけど触手といえども直に触りたくないんだよ」
そう、触手はいわゆる気の感覚だ。
それで触れる物は手触りや質感など、皮膚で触れたのと同じように、いや、素手以上に感じるものなのだ。
だから通常でも触りたくないものは、なおさら触りたくないのだ。
「あ”あ”? 今更何言ってやがる。
死体くらいこの前のダンジョンで沢山見ただろ。アレに比べれば破損度は低いじゃねえか」
「思い出させるなよ。
確かにそうだが、あの時はフィルターをかけてくれてたじゃないか。それにこっちとはまず質が違う」
初めての死体は奴が気を使ってくれて、モノクロフィルターをつけてくれた。
あれでずい分インパクトが薄れたのだが、今やそんなものはないし、現れた穴の中から強烈な臭いが漂い始めている。
あの異様なダンジョンという場所だからこそ、意識を現実感からどこか逸らせる事が出来ていたのだ。
こんな森の中の埋められた死体なんて、普通にありそうで生々しすぎる。
茶色く変色した麻袋の頭が見えたところで、底から土で突き上げた。
ワームが這い出てくるように、3つの袋が地上に現れる。
ううっ、当たり前だが、これ持って帰らなくちゃいけないんだよな。
また収納に入れるのか。
もう俺の収納、絶対ひっくり返して消毒したい……。キリコ、帰ったら浄化してくれ。
「おい、お前そのまま持ってくつもりか?」
俺が簡単に袋の前で膝をついて祈った後、手をかざして収納しようとすると、またもや奴が口出しして来た。
「それは重要な手がかりなんだぞ。調べなくてどうする」
すでに『警察24時』どころか、『科捜研』の領域になってしまった。
「……そりゃそうだが、やっぱりやらなくちゃダメか?」
死体は語るというが、今の俺は、さっきの幽霊と対話した方がずっと気が楽だった。
初めてのは持って帰って専門の人に見てもらいたい。そういう職業の人がいればの話だが。
「なに怖気づいてるんだよ。もうソレには何も残っちゃいねえ。
ただの死んだ肉と骨の塊りだ。
本当ならこのまま森の栄養にした方がずっと無駄なく活用されるんだが」
「人の遺体をこのままにしとく訳にいかないだろ」
ホントにこいつは、人も動物も虫も一緒なんだな。
しかして、本当にどうして同じ死体でも、魚や動物は平気で、人間となるとこうも嫌悪感(?)が出るのだろう。
同族としての恐怖心なのだろうか。
「グズグズしてねえでサッサとやれよっ!」
奴が少し苛立って、声を荒げてきた。
「オレがこんなに親切にヒントを与えてやってるのに」
全然優しくないっ。
だが、奴の言う通りだ。
真相を知るためにはこれは避けては通れない手段。
ハンターという仕事をしていれば、いつかやらなくてはいけない時が来るのだろうから、今のうちに慣れるべきだ。
今回は恐らく本人たちも許してくれるだろう。
いや、きっと望んでいるに違いない。
俺はここで頭の中を『科捜研』ならぬ『CSI』の方に切り替えた。イメージがスタイリッシュなせいか、現実逃避出来そうな気がしたのだ。
そう、俺は今やアメリカ科学捜査班の新米鑑識員だ。今日は初現場でちょっとばかし上がっている。
先輩たちはたまたま場を外していて、今現場にいるのは俺と鬼教官だけだ。だから先に新米の俺が、ある程度検死をしなくてはならない。
現実逃避の為にこんなストーリーを組み立てていた。
「何ブツブツ言ってるんだよ? 早くしろよっ」
鬼教官が頭上で激を飛ばしてくる。
チャチャ入れないでくれ。俺は今、自分に暗示をかけるので忙しいんだ。
しかし実際の鑑識とは違って、結局は解析と探知で行うことになった。
まず布袋の上から解析でザッと死因を調べる。
それによると3人とも、トリカブトに似た植物毒による中毒死だった。胃から摂取されたようだ。
それで護衛の人もやられてしまったのか。
無理やり飲まされたわけではないのなら、恐らくそれは安心できる場所、もしくは警戒してない相手が提供した食事か飲み物を口にしたのだろう。
遺体は全て下着姿だった。他に持ち物らしきものは一切ない。
オッズは婦人とお揃いの指輪をしていたはずだが、指に跡が残っているだけで、それすらない。
『謎の乞食』の存在を知った時は、3人も彼にやられたのかとも思ったが、やはり何か違う。
あの翁だったら、毒なんか使わなそうな気がするし、たとえ使ったとしても身包み剥いだりはしないのじゃないのか。
これは人間臭いやり方だ。
人外の気持ちはわからないが、とにかく違和感があるのだ。
これがエルキュール・ポアロなら『性格と違う方法はとらない』とか言うところか。
やっぱり村人の誰かが3人を殺した可能性が高い。
という事は今回の件は2つの事件、別々の犯人がいるという事か。
う~ん、とにかく複雑になったという事だけがわかった……。
俺が今度こそ遺体を収納しようとすると、三度、奴が横やりを入れてきた。
「それで終わりか? それじゃコイツが伝えたかった事が分かってないだろ」
「彼はおそらく人に毒殺されたんだろう。それともまだ何かあるのか?」
「大サービスで教えてやる。胃の中身を調べろ。
ちゃんと調べてやらないと、化けて出るぞ」
「怖いこと言うなよっ。なんだよ、俺だってそれぐらいちゃんと視たぞ」
そうなのだ。
俺は一応、体や服のどこかに『ダイイング・メッセージ』でも残ってないか、探知で確認したのだが、それらしい物はなかった。
胃の内容物も、簡単にだが視てはいた。
遅効性の毒ではなかったようで、食べた物が結構残っていた。
ワイン、ビール、ドードーの卵、トカゲ肉、赤豆、黒パン、小石……。
犯人の名前でも書いたメモなり布なりは見つからなかった。
そういやオッズの胃にだけ入っていた、たった1個の錠剤くらいの小さな石コロ。
たまたま料理に入っていたと思っていた。稀によく洗わない料理とかに紛れ込んで、歯を痛める事なんか珍しくないのだから。
しかしうっかり飲みこむには少し大きいほうか。
もしかしてこれなのか?
ちょっと躊躇したのち、それだけを転移で草むらに出現させた。
水で洗うと、赤茶と黒色の混じった鉱石だった。表面にはむろん何も書いてなかったが、川の玉砂利と違ってゴツゴツして飲みづらそうだ。
とすると、ワザと飲んだのか、飲まされたのか。
俺はその小石を解析してみた。
【 マグネタイト ヘマタイト マグネシウム ミスリル銀…… 】
ミスリル銀?
詳しく調べてみると、ほんの僅かだがその小石には貴重な金属が混じっていた。
純銀どころか、純金よりも価値が高いとされている、魔鉱石ミスリル銀。
もちろん金よりも断然採掘量が少なく、希少価値は非常に高い。
それがオッズが飲みこんでいた石に含まれていた。これは何を意味するのか。
ダッチはあの鉱山に何かあると言っていた。
そうしてオッズは鉱石商だった。だから原石に目利きは利くだろう。
これをワザと自分で飲みこんだとしたのなら――
あの鉱山に彼らが殺された原因がある。
これが彼のダイイング・メッセージなんだ。
「やっとわかったか?」
奴が眉を上げて訊いてきた。
「ああ、まだ確かめないといけないが、多分合ってる気がする」
俺はオッズの遺体に向かって話しかけた。
「オッズさん、あなた達を殺した犯人を必ず暴きますよ。そうしてあなたを待っている奥さんの元に必ず帰しますから、もう少し待っててくださいね」
すると気のせいか、泥だらけの麻袋が朝露に濡れたみたいに一瞬キラキラ光って見えた。
やっぱり繋がっているのか?
あらためて3体の遺体を厳かに収納した。
もう腐乱死体扱いした非礼を詫びたい。
俺は収納からスカイバッドを取り出すと、その場で装着し始めた。
タムラムは、鉄と銀の発掘で持っている村だ。
そうしてダッチの情報を信じるなら、依頼主の子爵はそんな鉱山と痩せた土地しか持たない貧乏領主。
なのにその貧乏領主様の支配下にある村の長は、虎の子としてもミスリル銀のインゴットなんかを持っていた。
そしてこのミスリル銀を含んだ鉱石の欠片。
ああ、そういえばここら辺の山脈は、地中で暴れたゴーレムが鉱山の元になっているという伝説がある。だから様々な鉱石が発掘されると。
それなら鉄や銀に混じって、こんな風にミスリルがあってもおかしくない。
鉄と銀のみの鉱山と思っていた山から、ある日いきなり超貴重な金属が見つかったらとしたら?
しかも偶々ではなく、ほどほどに埋蔵量がありそうだったら――
そう考えると同じ頃に、領主がいきなり来村したり、商談の回数を増やした鉱石商の行動も納得がいく。
しかしそこにどう森の精霊が絡んで来るんだろう? やはりこれはたまたま偶発しただけの別件なのか?
まあいいや、とにかく今は鉱山を調べるのが先だ。
日数もあと3日しか残ってないのだから、今は行動あるのみだ。
ハーネスの留まり具合を確認して、上を見上げた。
木立の先端から、陽射しが微かに洩れ見える。まだまだ太陽は高い。
だいぶ森の奥に来てしまったので、俺は道に戻らずに最短距離で行く事にした。
スカイバッドの羽を畳んだまま、一気に上へ転移した。
足元に緑色の絨毯が見え、頭上を青と白と灰色の混濁した空が覆っている。
そこでスカイバッドに魔力を流すと、羽が一気に左右に広がった。
落ちかけた体がまたグンっと、上に引っ張り上げられる。
首をまわすと7時の方向に、茶色い道筋が見つかった。緑の地平線上の5時の方角に灰色の山々がそびえ立っている。
軽く重心を移動させて、俺は山に向かって方向転換した。
風に乗ると、さらに追い風を作ってスピードアップさせる。
このまま空の上から村に入って、採掘場に行こう。
あの嵐の村では、赤いオーラが邪魔して入れなかったが、通常の村では感じることはなかった。
また別次元に入り込むにしても、今までの経験からすると少しはタイムラグがあるはずだ。
今度はきっちり時間を計って、呪いの空間へ跳ばされる前に外に出てやる。
まるで泥棒に入るみたいに短い時間だが、探知などを使えばある程度は早く捜索出来そうだ。
うん、やっぱり能力と道具は使い用だ。
俺結構、探索向いてるかも。
などと、また多少浮かれ始めた俺は物事を甘く見ていた。
それは村をひと目見て思い知ったのだ。
ここまでお読み頂き有難うございます。




