第230話 『謎の流行り病』
異常な光景はほんの数秒だった。
あたりはまた賑やかな酒場の風景に戻った。
外では相変わらず豪雨が建物を叩く音を立てていたが、中では酒と料理を囲んで楽し気な笑いが上がったりしていた。
暖炉の火もメラメラパチンパチンと、炎の帯を上げて食堂を温めている。
陽気なドワーフがおもむろに立ち上がり、腰を屈めてドカドカとコサックダンスに似た踊りを披露し始めた。
「ねえ、ホントに大丈夫?」
マチルダが少し遠慮がちに俺の顔を見ていた。
「あ、うん、ゴメン、ちょっと……眩暈が……」
俺はわざとらしく目の辺りに手をやった。
「エッ?!」
「実は俺、恥ずかしいけど貧血気味なんだ」
咄嗟にもう上手い言い訳が思いつかずに言ってしまったが、これちょっとひ弱とか思われないか?
今じゃほぼ低血圧も治ってるんだが。
「ええっ やだ、大丈夫なのお?」
マチルダは馬鹿にする様子もなく、本当に心配そうに眉を曇らせた。
「う、うん、もう治ったから。ありがと」
「もぉー、偏った食事してるんじゃないのお? ほらっ、ウチのシチューはその点栄養満点よ。冷めないうちに食べて」
例のシチューを勧めて来る。
「君もツマミだけじゃなくて、何か食べたら? もちろん奢るからさ」
「えーと、じゃあフルーツが食べたいわあ」
彼女はフルーツの盛り合わせを頼みたいと言ってきた。
果物も俺が野菜と一緒に仕入れてきている。ビール同様、やはり新鮮な果物が食べたかったようだ。
一皿ウン万円のフルーツ盛り合わせじゃないなら頼んでいいよ。
喜んで彼女がカウンターに注文しに行った隙に、俺は今度こそ目の前のシチューに解析をかけた。
――これは何なのか?――
材料は何か? 毒はあるのか? どう作ったのか? ではなく、物の根本的なありさまを素直に感じようと意識した。
余計な思い込みを捨て、出来るだけ初めて見るモノのように、素で視られるように。
《 ――森の赤土、花崗岩、川砂、塩化ナトリウム、ヌマスギの樹皮、水…… 》
皿の中の彩りのあったシチューが、焦げ茶色をした小石混じりで湯気を立てた泥水に変った。
まるで子供の泥んこ遊びで作ったママゴト料理だ。
つい顔を上げてまわりのテーブルを見回した。
右手のテーブルで、美味そうにビールを喉に流し込んでいる男の前にあるのは、一見ソーセージとマッシュポテトに見える。
だが、それはやや湾曲した木の枝と藁屑を練った塊りだ。
また向かいの席のは、トウモロコシの粉で作った皮で具を巻いた、生春巻き似の料理だったが、解析をかけて視ると、薪の灰で練った皮状のモノに枯葉と小石だった。
客はそれを大きな口に入れると、ジャリジャリと咀嚼する。
その表情は普通に味わっている顔だ。
とても泥団子を食べているとは思えない。
他の客もそうだ。
みんな、泥や葉っぱ、木屑、枝、時には砂利をなんの不思議もなく食べている。
まるで始めからそういう食事をしてきたかのように。
もう一度、泥シチューに意識を向ける。
――何故こんな風に見えるのか――
《 ◇*▲*◎による~~~のため、認知の誤作動が起こっている―― 》
肝心なところが分からない。
ただ俺の解析能力を上回る力がかかっている事だけはわかった。
そういやマチルダがなかなか戻って来ないな。
気がつくとカウンターにもいない。
探知すると、奥で料理人がカットする傍ら、フルーツを皿に持っていた。
そうしながら端切れをつまみ食いしている。
よっぽど食べたかったんだな。
しかしこんな泥と枯葉を、料理として出されていたなんて。
確かに毒入りではないが、ワームじゃないんだし、もう食べ物じゃないだろ。
まるで狐に化かされて、馬糞を食べさせられる昔話みたいだ。
――いや待てよ、本当にその手の話なんじゃないのか?
奴が『渦中にいると視野が狭まる』とか言っていた。
そして『認知の誤作動』という解析結果。
狭まるどころか、幻覚を見せられているのだとしたら――
ちょっと怖ろしい想像が頭をよぎった。
どうなんだろう。でもまずは確かめないと。
彼女が戻って来そうだったので、まわりの目が俺に向いていないのを確認してから、目の前の偽シチューをさっと収納する。
「お待たせえ」
カットフルーツを彩り良く皿に盛って、マチルダが戻って来た。
「あらあ、綺麗に食べたわねえ。何も入ってなかったみたい」
一筋の汁も残さず空になったスープ皿を見て、彼女が感心するように言った。
「うん、やっぱり旨いね、ここのシチュー」
全部綺麗に収納しすぎた。今度はほんの少し汚れを残しておこう。
「でしょお。
でも今はこの新鮮なフルーツが一番よお。
うん、美味しいっ」
バナナに似た匂いを発するコブ瓜という果実のブロックカットを一口頬張って、本当に嬉しそうな顔をした。
「そう。じゃあ全部食べていいよ。
実は俺、ちょっと用を思い出したから、もう行かないと」
「え、そうなの?」
「うん、また来るから」
そう言いながら俺はあらためて彼女を解析した。
《 状態異常あり 中度の栄養失調 消化器官に炎症あり 胃・十二指腸…… 》
そりゃそうだろう。こんな泥や下手すれば砂利を食っているんだから。
ますますヤバい状況が浮かんできた。
「ええと、そういや、この村に医者はいるのかな?」
「もちろんいるわよ。1軒だけだけど」
その診療所の名前と場所を聞いておく。
「ホントに大丈夫う? 具合悪くなったんじゃないのよね?」
それにはちょっと曖昧に苦笑いで返した。
「マチルダ、君もとにかく新しい食材を食べてくれ。古いモノは胃に悪いからね」
「え? あたしが最近お腹壊したこと、なんで知ってるの?」
彼女はまた不思議そうな顔をした。
再び豪雨の中に出ると、人気の無い通りに診療所ではなく、まず食堂の看板を探した。
通りと言っても大して建物がある訳でない。
2,3軒固まっているかと思えば、家と家の間が道でもなく草茫々のただの空地になっていたり、屋根と柱だけの荷車置き場になっていたりする。
民家はほぼ平屋で、大きめな平屋は主に鉄工関係の工房とかのようだ。
ただ店として看板を出しているところは、ほとんどが宿屋か酒場兼食堂だった。
目についた2階建ての宿屋に行ってみる。
当たり前だが、扉も窓もきっちり閉じている。
けれど営業はしているらしくそばでよく見ると、屋根付きの煙突口から風が弱まった瞬間、湯気のような煙が微かに出ているのがわかる。
中に入ろうかと思ったが、俺はここでは余所者でとにかく目立つし、すぐ出てくるのもなんか挙動不審だ。
壁側の空地にまわる。
建物に耳をすませると、確かに何人かの客らしき男達に話し声がする。
幸いなことに、役場と違ってこれらの店は厄介な結界は敷いてない。
探知で窺うと、7人ほどの客がテーブルを囲み、ビールで喉を潤していた。
その間を給仕が料理を運んでいる。
さて、壁越しだが、果たして解析できるだろうか。
壁に背を向けて座っている、手前の男の前にあるハンバーグと豆の盛り合わせに意識を集中した。
《 カラ松のヤニ 砂鉄 薄力粉 ジンジャー 川石…… 》
かなり胃に重そう。
微妙にちゃんとした食材が混じってるが、以前、オプレビトゥ様が担当していた、*土食の星の人でもない限り、栄養は摂れないだろう。
(*第22話『下町の宿 赤猫亭』参照)
他の客のツマミも葉や枝、小石混じりだ。
念のためにもう1軒、別の食堂も探る。
そこでも出されている料理は似たり寄ったりだった。
更にその店の厨房の裏手すぐに厩舎があり、通りから死角になっていた。
こっそりその裏手にまわる。
壁越しに中で食材を調理する、料理人たちが忙しく立ち振る舞っている気配がよく分かる。
調理台の木製の長テーブルの上には、俺から買った馬鈴薯や青菜野菜、そして肉の包みが置かれている。
そして壁際に置かれた麻袋には、残り4分の1程度になったライ麦粉が入っている。
だがそれは粒石混じりの腐葉土だ。
同じく傍にある大樽には、酢に漬けたニシンに似た魚が入っている。
しかしそれは、汚物に染まった樹の皮だ。
料理人の1人がスープをかき混ぜながら、棚から辛子粉の入った缶を取ると、大鍋の中に振った。
出てきたのは赤錆の砂鉄だ。
俺が持って来た物以外、ほぼ泥や石、木片が食材として使われている。
おそらくもうこの村ぐるみが、化かされているに違いない。
今度こそ聞いた診療所に行く。
『イーライ診療所』は役場のすぐ近く、裏庭とは反対側の角を曲がったすぐ横にあった。
中は長椅子が1脚と狭いカウンターのみ。
町で見かける小さな調剤薬局と言った感じだ。この村の薬局も兼ねていた。
そのカウンターの上に乗っているハンドベルをカランカランと鳴らすと、奥からのっそりと背の高い獣人の男が出て来た。
「あれ、あんた、さっき食料と薬を持って来た――」
どうやらこの獣人の男も厩舎に来ていたらしい。
「さっきはお買い上げ有難うございます。ええと、あなたがイーライさん?」
ポーションを買っていったのは、ベーシス系の初老の男だった気がするが。
「いんや、先生は薬を持って早速往診に行っちまったよ。
俺っちはここの薬剤師で留守番だ」
ヤンと名乗った草食系の獣人は、手前のカウンターに肘をついた。
彼はちょうど回復ポーションが切れていたとこで、とても助かったと礼を言った。
「で、どうしたい? どこか具合でも?」
「いえ、思ったより薬も需要あるのかなと思いまして。
やっぱりアレですか、こういう鉱山とかだと傷薬系の需要が高いですよね?」
一般的に回復ポーションは、外傷などの怪我を直すのに使用することが少なくない。
それは携帯薬として、外で使われる頻度が高いせいもある。
病院などもない森や山で、咄嗟の緊急事態になった場合、怪我をすることが多いからだ。
中身は基本、体を正常な状態に治す魔法操作した魔素と、破損した細胞の再生を促進させる薬草エッセンス、体力を補う栄養素などが主な成分になっている。
これが破損した細胞の修復の成分が多ければ傷薬。毒消しや免疫力活性、正常な状態に治す操作魔素が多い物が病用の薬となる。
一般的に回復ポーションと呼ばれている物は、これらが全て万遍なく入っているタイプを指している。
俺が今回持って来たのも、この一般的な総合回復ポーションだった。
だが、風邪薬にも『咳』用と『鼻水』用とかがあるように、本来なら用途が分かれている物の方がいいのだ。
「あ~、まあそうだな。発掘に怪我はつきものだから。
だけど今は休業状態だし、最近はなんだか病気の方が多いからなぁ」
「病気ですか。
じゃあ今度は、そっちの方を持って来た方がいいですね」
「おいおい、まさかこの嵐の中、また往復して物資を持ってくる気かい?
さすがにそろそろ止むかもしれないんだぜ。
そうしたらいつもの荷が再開するし――」
さすがに後の『用無しになる』と言った言葉はつぐんだようだ。
「いやあ、だって再開しても、第一陣はきっといつも通りの物資でしょう?
何が足りないか詳しく知っている方が、すぐに欲しい物資を揃えられるじゃないですか」
「ほぉ~、さすが商人。考えてるなあ。
確かにいま役場のファクシミリーが使えないから、細かい注文が出来ないんだよなあ」
感心したようにキャメル色の耳をパタパタ動かした。
「そうでしょう。そしたらまた買ってくれますよね?」
俺もビジネスライクに愛想をふりながら、探りを入れた。
「ちなみにどんな病気なんです? 風邪とかですか」
「いんや、ここ最近多いのは腹痛だな。
実は先生がさっき診にいったのも、その腹痛の患者んとこなんだ」
「ああ、そうなんですか。長雨で食べ物が腐りやすいんですかね」
やはり消化器系を壊す人が増えてるんだ。
「いんや、腐るつったって、この寒さなんだからそんなんじゃねえよ」
ヤンが軽く手を振る。
「原因はまだハッキリしねえんだが、もしかするとこの豪雨のせいで井戸水が濁ってるのかもしれんって、先生は言ってな」
いやいや、まず食ってる物だって。
あんただって、顔色悪いよ。
ただ草食系のせいか、葉っぱや枝は比較的対応しやすそうだから、比較的まだ堪えられてるようだけど。
「うーん、あとは体力回復ポーションがあるといいかな。
最近この天候のせいで気が滅入るせいか、みんな疲れやすいんだなあ」
ヤンが商売の情報をくれた。
それも栄養失調せいですよ。
本当は真実をすぐに教えてあげたいけど。ごめん、まだ言えないんだ。
何しろそれを証明出来ないから、変に思われるだけだし。
とにかくまともな食材を食べてくれ。
「わかりました。体力ポーションですね。
もうビンビンに24時間働けるようなのを用意してきますよ」
「おおう、そりゃ頼むぜ」
綺麗に四角い歯を見せてヤンが笑った。
俺は礼を言って出ようとした。
後ろでヤンが、軽くため息をついた。
「しょうがねえけど、もう少し早く、あんたが薬を持って来てくれてたらなあって考えちまうよ」
振り返ると薬剤師は、組んだ手に顎を乗せて、少し遠くを見るような目でこちらを見ていた。
「腹痛めてたヘヴンの爺さんが、一昨日いけなくなっちまったんだ。
あん時薬さえあればなあ……」
ぐいっと鼻を擦った。
すでに被害者が出ていた。
ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!
おかげさまで、最近だいぶ胃の調子が良くなってきました。
ホントに心身ともに健康が一番ですわ(^▽^)/
皆さまが見に来てくださってるのも、本当に力になります。
そして甘えついでに、すいませんが出来ればお願いであります。
以前からご連絡しておりました、もう一つの『アナザーライフ』
別サイト『カクヨム』様にも投稿しております。
あちらには第3章の『ダンジョン』編の部分が別ストーリーとして展開中です。
出来れば1人でも多くの方に読んで頂きたいので、再度書かせて頂きます。
あちらの『ダンジョン』編は、『アジーレ』と同時刻に事件が起きていた別ダンジョンに、もし蒼也たちが行っていたらという内容です。
レッカ達も出てきますが、違う形で会うことになります。
敵もこちらとは違います。
そしてヨエルは蒼也の一時的に教育官として始めから一緒にダンジョンに入りますが、またもやヤバい事になります。
どちらかというと、『アジーレ』編より辛辣かもしれませんが……( ̄▽ ̄;)
ぜひこちらも覗きに来てくださいませ。
第3章の『☆』マークが話タイトルに付いているのが、分岐したストーリーです。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054921157262
どうか宜しくお願い致します(* ᴗ͈ˬᴗ͈)”




