表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

229/283

第228話 『潜む不穏な影』


「昨日は不愉快な思いをさせて済まなんだ」

 軽くゴディス老人も頭を下げた。


「そこで相談なんだが――まずは座ってもいいかな?」

「ああ、どうぞ、どうぞ」

 俺はまた向かいのソファに席を移った。

 老人はゆっくりと俺の前に座る。

 それを待ってから村長のオッサンが、でんっとヴァリアスの向かいに座った。


「彼から聞いたが、君たちは酒以外に食料も持って来てくれとるとか」

「そうです。これが明細書になります。薬もありますよ」

 俺は上着のポケットから、4つ折りにした紙を取り出して広げて見せた。

 残り全部の納品書だ。もちろんポーション()も忍ばせている。


「ふむ……」

 老人は胸ポケットから、両眼用だが耳にかけるアーム無しの眼鏡を出すと、その鷲鼻に乗せた。

 さすが西洋系。こういう鼻眼鏡でも落ちないんだなあ、などと変なところに感心がいってしまう。


 左右に動く彼の目が、しっかりと内容を吟味していることを物語る。

 これは追加で購入してくれるかな。頼むから薬も買ってくれ。

 つい心の中で祈ってしまう。


 ちょっとの間があって、横の村長に顔を向けると頷いた。

「宜しければ、品を確認させてもらいたいのだが」

「構わんが、広げるにはここは狭いぞ」

 ヴァリアスが足を組み替えながら言った。


「ホンの一部でいい。例えばここら辺のだが」

 と、肉類の項目を指さした。


 途端にドン、ドスっと、テーブルの上に油紙で包んだ5キロほどの塊りが3つ出現した。

「それぞれ向かって左から『ゴブリンのバラ、オークの肩ロース、ドードーのモモ肉』だ。

 もちろん量はもっとあるぞ」


 肉の包みも解かずに、老人がそのままジッと見据える。

 霧のような触手が肉を覆うのがわかる。解析をしてるのだ。

 むろんこちらは毒なんか仕込んでないが、相手にしてみたら確認せずにはいられないのだろう。


 触手はすぐに霧散するように消えた。

「確かにこの明細通り、産地も肉の種類も合っとる。鮮度や質も問題ない」

 ゴディス氏が紙を見ながら言うと、隣のオッサンも口髭を触りながら頷いた。


「他にも検品するか? 野菜や魚、豆もあるが」

「ああ、取り敢えず今はいい。後であらためさせてもらう」

 と、明細書をオッサンに渡した。

「そうだなあ。とにかく毒が入ってなくて、腐ってなきゃもういいぜ」


「そんな物は持って来てませんし、入れてもいません。

 こちらも確認してますから」

 俺はちょっとムッとして答えた。

 買ってもらいたいのは山々だが、そんな粗悪品を騙して売ると思われるのは面白くない。

 そんな事を言われてもヘラヘラと笑ってやり過ごせるほど、俺の商人根性は図太くない。


「おお、本気で言ったわけじゃないぜ。おれは昔から口が悪くてなあ」

 スマンスマンと、また軽く謝罪の言葉を口にする。

 どうもこのオッサンは口が過ぎるところがあるようだ。


「商売人として彼は嘘をついとらんだろ。そこは信用するよ、ソーヤ君」

 ゴディス氏が膝の上で手を組み、俺の目をジッと見ながら言った。

「それはどうも」

 俺は軽く頭を下げたが、『商売人として』という部分が引っかかった。

 逆に言えば商売以外の件は、まだ信用していないという意味か?


「ではこれを全部頂こうか」

 老人がぱさりと書類を置いた。

「――というと」

 俺は顔を上げた。

「言葉どおり、これ全てだよ。薬はある程度保存が利くし、ちょうど酔い覚まし(弱い毒消し)や、身体回復薬(キュアポーション)の在庫を切らしているところだからな」


「あ、有難うございますっ!」

 俺は再び頭を下げた。

 心の中ではガッツポーズだ。

 やったあっ! 全部売れたっ。


「ただ、モノは相談なのだが、今、代金をすぐに揃えられない。手元にそんな大金置いとらんからな」


 え……、やっぱり銀行振り込みになるのか。

 どうしよう。ちゃんとお金は転送されるのだろうか。

 そんな俺の心配を察したように、老人が続けた。


「君が現金にこだわるのは、この磁気嵐のせいで、ちゃんと口座に振り込まれるか心配だからなんだろう?」

「ええ、そうです。何しろ通信もまともに出来ない状態ですから」

 本当はそれどころじゃないのだが、そういう事にしておこう。

 まだこの村が、他から隔絶しているなんて話すわけにいかない。


「ちょいと待ってくれりゃあ、用意出来るんだがなあ」

 オッサンが身を乗り出してきた。


「つまり後払いという事ですか」

「そうなっちまうが、もちろんこんなおっかない旦那相手に、踏み倒す気はさらさらないぜ」

 口髭を弄りながら、俺とヴァリアスに交互に視線を動かす。


 それは奴がいなかったら、ばっくれる気だったのか。

 なんかつい勘ぐってしまう。


「各店にまわしたあと、出来る限り現金で徴収する。そうすれば役場の現金と合わせて払えるはずだ。

 それに少しの間とはいえ、もちろん担保も用意させてもらう」

 老人がそう目配せすると、オッサンが腰のベルトポーチから銀色のインゴットを出してきた。

「こんな時のためにな、用意して置いたウチの虎の子よ」


 それはただの銀色ではなく、ランプの光を受けてプラズマのような光沢をその面に浮き上がらせた。

 プラチナでも銀でもなく、もちろんアルミやステンレスでもない。


「これは……ミスリル銀?」

 解析すると純度92%のミスリル銀だった。残りの8%は主に銀が混ざっている。


「さよう。99.99ではないが、かなり純度が高いのは保証する。

 これならこの代金よりも高い値がつくはずだ」

 どうだろうと、老人も少し前屈みになってきた。


 俺にはミスリル銀が、プラチナよりも高価という事しか知らない。

 地球にあるものではないので、ネットで調べても今日の相場なんか出て来ないし、解析では価格まではわからなかった。


 一瞬、奴に訊ねようかと考えたが思い直した。

 すぐに奴に頼るのは止めだ。

 ここは自分の判断で決めよう。


「わかりました。じゃあこれを担保に預からせてもらいます」

 手にしたインゴットは、見かけよりも軽かった。解析しなければアルミかと思うくらいだ。

 これが話に聞く、軽くて丈夫というものなのか。そしてミスリルは魔力も秘めやすかった。


「よっしゃあっ、じゃあ早速食料と酒を頂くぜ」

 パンっと、オッサンが分厚い手を叩いた。

「この嵐の中済まねえが、ちょいと外に来てくれるか?

 ここでみんなに配るには、手狭だからなあ」


 階下に降りるとオッサンは「取引が済んだから、みんなを呼ぶように」とプッサンに命じた。

「あと代金は現金だと伝えるのを忘れんな」


 彼が豪雨の中、急ぎ出ていった後、俺たちも雨具(レインコート)を着て外へ出た。

 雨風は相変わらず激しいが、昨夜と違って薄暗いが闇ではない。途中、中央の広い道――と言っても2車線くらいの幅だが――を2,3人の村人が、捲れないようにフードの端を掴みながら足早に走ってくのとすれ違った。


 村長に案内されてやって来たのは、広場のあの厩舎(きゅうしゃ)だった。

 入り口では、ゾルフや昨日役場にいた男達が待っていた。


 確かにあの役場の待合室よりは広いが、あの馬糞まみれの藁のところで出すのか?

 それにここは例の護衛ハンターのプレートが落ちていた場所だ。

 何かしら物騒な事が行われたらしい現場にやって来て、にわかに緊張感が戻って来た。


 しかし中に入ると、地面の藁は壁隅に掃き集められており、代わりに何台かの空の荷車が置いてあった。

 天井には手前と中央にランプがいくつも灯り、内部を明るく照らしている。

 どうやら彼らが中を整えたようだ。

 

 ここに置いてくれと、オッサンが荷台の上を指した。

「酒までは載らねえから直置きでいいな。じゃあ危ないからちょっと下がってろ」

 おれ達が壁の方に寄ると、奴がパチンと指を弾いた。


 ドドンッ! ドカドカッ ドサバサッ ダダンッ!

 目の前にいきなり焦げ茶色のビヤ樽が、ドカドカと出現した。同時に荷台の上には油紙で包み麻紐で結んだ肉、魚、剥き出しの野菜、果物、麻袋に入った豆類などが車輪を軋ませながら積み上った。


 今まで空の荷車しかなかった建物内部は、一気に市場のように変貌した。

 みんなもその光景に一時唖然となる。

「そうそう、こいつもな」

 最後に付け加えるように、手前に置いてあった一輪車(猫車)にポーションをガラガラと出した。


「おおっ スゲー」

「本当に持ってきやがった」

「これならあと3,4日は大丈夫なんじゃねえのか」

 あらためて男達が口々に悦びの声を上げる。


 それとは反対に、やや眉を寄せたゴディス氏が、商品と明細書をにらめっこしながら確かめ始めた。

 こんな老人1人に検品をやらせるのはなんとも心苦しいが、俺がやる訳にいかないし、何しろ解析者は彼しかいないのだから。

 

 ひと通りチェックを済ませた老人は、奥から戻ってくると村長に頷いた。

 それから「少し休ませてくれ」と飼葉桶をひっくり返して座った。

 俺は一輪車の荷台から体力ポーションを取り出すと、老人のところへ行った。


「お疲れ様です。良かったらこれどうぞ」

「うん? ああ……、もう年には勝てんな」 

 そうゴディス氏がポケットから金の入った袋を出そうとしたので、俺はやんわり断った。


「いえ、お代は要りません。

 初めての取引ですからね、サービスしますよ」

 儲けに比べればこれくらい安いものである。

「そうか。じゃあ遠慮せずに頂くとするか」


 そこへ豪雨の音に混じって、ガラガラと車輪の転がる音がしてきた。

 今朝朝食を届けに来たオバちゃんと、荷車を引く獣人の男が顔を出した。

「ああ、本当に荷が届いたんだね」

 目を輝かせる彼女の横から、いそいそとプッサンも戻って来た。


 続いて10人以上の男達が、同じく荷車や籠を持ってやって来た。

 各宿屋や食堂、娼館などの店の店主たちである。

 おかげで厩舎の中は、人と物資で一杯になった。


「おお、本当に食料があるぞ」

「見ろよ、あの魚。良い艶してるぜ」

「あー、久しぶりに新鮮な肉の匂いを嗅いだぁ~」


「まあまあ、みんな慌てるな。焦らなくてもちゃんと分配するから」

 村長のオッサンが大きな手を前に出して、詰めかけようとする村民たちを制する。

「取り敢えず、みんな金は持って来てるか?

 今回ツケは利かないからな」


「あー、用意して来たぜー」

「何しろ銀行に預けに行かれないからなあ」

「……もしかして、こんな時だから、ずい分と高いんじゃ……」

「いや、大して高くねえと思うぞ」

 そうオッサンが後ろを振り返ると、プッサンが大急ぎで値段を書いたメモ紙を、各品々に置いているところだった。

 その価格を目で追っていた人達は、まあまあだとか、いつもとそんなに変わらないとか納得してくれた。

 良かった、高いとか思われなくて。


 実は村に通常運ばれる物資には、元々運搬費用も計上されていた。

 運送ラインが地球ほど発達していないこの世界で――しかも他の地域では危険も高い――荷物を運ぶことは一大事業なのだから。

 いくら以上の注文で運賃無料なんて、あり得ないことだろう。


 そう考えると転売ヤーより、スカイバッドと収納を使って、運送業を始めたほうがイケるんじゃないのか?

 などと考えていたら、急にオッサンに腕を掴まれて前に引き出された。


「彼らがこの嵐の中、命がけでこの物資を運んで来てくれたんだぜ。

 みんな、感謝しろっ」

 いきなり持ち上げてきた。


「おぉっ、大したもんだっ」

「ありがてぇ、礼を言うぜ」

「助かるぜぇ」

「ありがとねえ」

 口々にみんなに感謝されたり、拝まれたりして、とてもこそばゆくて落ち着かない。


 奴は? と振り返ると、少し離れた壁にもたれ掛かって、気にならない程度に気配を消していた。


「よっしゃ、じゃあ肉からだ。一塊みな10Pd(ポムド)(約4.53Kg)だ。

 まずはこの『オークの肩ロース』はいるかぁっ」

 卸市場の競りよろしく、オッサンが声を張り上げる。


「50Pdくれっ」

「うちは60Pdっ」

「いやいや、ここはステーキが売りのウチに100まわしてくれ」

「待て待てっ、いくらなんでもそれじゃみんなに回らねえ。

 ここは一軒につき、40までだ。足りない場合は各自で交渉してくれ」


 村長をやってるだけはあって、場を切りまわし方は手慣れていた。

 逆に余った場合は、追加で希望者を募った。

 もっとも、野菜や豆も始めからほぼ余らなかったが。


 隣で一緒にプッサンも、忙しく品と代金を交換していく。

 俺はその横で、荷台から品がみるみる無くなっていくのを、少し感心した思いで眺めていた。

 

「まあ、よく白小麦粉も持って来てくれたよ」

 お供の男に小麦の入った袋を運ばせながら、オバちゃんが話しかけてきた。

「もうウチには全粒粉しか残ってなくてさ。

 だけどふんわり生地も作りたいじゃないか」

 嬉しそうに顔の前で手を振った。


 彼女はロンドと名乗った。

 店は役場のすぐ裏手、トイレから見えた向かいの建物らしい。


「良かったら、あとで食べに来ておくれな。

 ウチのミートパイはそこら辺の町にゃあ負けないよ」

「ええ、ぜひ後でうかがいます」

 みんなが喜んでくれて、俺もちょっと嬉しくなった。

 ゾルフなぞは、門番をしながら仲間と家飲み用にビールを一樽買っていった。


 そういや、個人的に購入したのはゾルフだけか。

 流石に個人宅までにまわす量はないし、いつも食堂で飲み食いしているようだから、まずは店の者だけに知らせたのだろう。


 とにかくあっという間に全部売り切れてしまった。

 ポーションもイーライという薬師が半分以上買い込み、残りの毒消しは薄めて酔い覚まし用に使う酒場が、また魔力ポーションなどは役場で主に非常用として購入してくれた。


「おっしゃあ、代金これで揃ったぜ」

 たんまりとコインの入った桶の中身を、斜めに見せてきながらオッサンが言った。

「一応勘定してあるが、あんたも確認してくれ」


 みんなが小銭で払ってくれたおかげで、結構な硬貨の数になった。

 本当はいちいち調べなくても解析で一発で分かるのだが、それではバレてしまうので、俺は一応数えるふりをしようとした。


 アレ?

 解析した結果は、請求額と違っていた。

 これは本当に勘定しなくちゃいけないのか。

 本気で数えるために、荷台に10枚ずつ揃えていく。

 プッサンも並べる作業を手伝ってくれた。


「あの、村長さん、これ金額多いですよ。それにポーション1つ分はサービスなので、こうして差し引いたのですが」

 俺は訂正した明細書を見せた。

 さっきこうして書き直してからオッサンに渡したはずだが、始めの請求金額よりも0.5割ほど多くなっている。


「あんた本当に正直だな。まあ良いってことよ。

 わざわざこんな中持って来てくれた礼と、昨日あんたを疑って無礼を働いちまった詫びに、少ないが取っといてくれよ」

 それに(やっこ)さんにも気遣ってくれたしな、とオッサンは太い親指をまだ座っている老人に向けながら二ッと笑った。


「それはどうも、有難うございますっ」

 良いとこあるじゃないか、スタンならぬイワンのオッサン。

 ちょっとだけ見直したよ。


「んじゃ、早速例のブツ、返してくれるか?」

 あ、そうだった。

 まだ外には荷車に樽を乗せたり、幌をかけ直したりしている村人たちが見えるので、バッグに隠しながらそっと、ミスリルのインゴットを渡した。

 オッサンはそれをすぐにベルトポーチに入れた。


 いつまでもお金を出しておくのはマズいので、ジャラジャラとコインをバッグの中に落とし込む。

 バッグが重さで全く垂れさがらない様子を見て、オッサンがほうっと声を漏らした。

 そうそう、ゾルフにも昨夜これを収納バッグと伝えているから、オッサンも信じてくれよな。


 ふと、荷を引いて戻って行く人達を見て、疑問が湧いた。

「そう言えば、ここには馬とかロックポーターのトカゲとかはいないんですか?

 みんな、人力みたいですけど」

 

 そうなのだ。

 この村に来てから家畜を一頭も見ていない。

 肉や卵は他所からの供給で賄っているようだから、食用はいないのかもしれないが、労働力としての荷馬や大トカゲはどうしたのだろう。

 第一この広い厩舎がガラ空きだ。

 嵐なので別のところにでも避難でもさせているのか。


 すると機嫌良さそうだった村長が、急に眉間にシワを寄せた。

 なんだ、訊いちゃいけない事だったのか?


「……今な、この村には1匹も残っちゃいねえんだ。この嵐のせいでな」

 ズッと手の甲で鼻をこすった。

「あ、そうでしたか。それは大変な……」

 嵐でパニックにでもなって逃げてしまったのだろうか。

 大体、この村は異常な環境下にあるのだし、動物はそういうのを敏感に感じ取るだろうから。


「みんな――っちまったんだ。……仕方ないだろ」

「え……今なんて」

「だからしょうがないだろ。

 そりゃあ今まで働いてくれてたモンを手にかけるたあ、こっちも辛かったんだぜ」

 オッサンはボリボリ頭を掻きながら、唸るように言った。


「ただ、あいつらは藁や草以外に、穀類や木の実も食べさせなくちゃ、結局弱って死ぬだけだからなぁ。

 だけど人間様の貴重な食料まで削る訳にもいかねえだろ。

 だったら痩せ細る前に、ある程度肉が残ってるうちの方が無駄にならねえってもんだ。

 トカゲも飢えに苦しまずに済むからな」


 彼は『食っちまった』と言ったのだ。

 つまり労働家畜としていたトカゲたちを、食料に変えてしまったわけだ。

 それは特に珍しいことではないだろう。

 飢饉や、こういった天災などで閉じ込められた食糧難の状態にはよくある事だ。


 しかし、たった7日間で、まず家畜が餓死しそうになるほど飼葉が尽きるものなのか?

 普通はもっと備蓄をしておくものじゃないのか??


 一体何匹いたのか、どのくらい大喰らいなのかは知らないが、あまりに食費がかかるようでは家畜として飼っていけないだろうし。

 それじゃ7日間どころか、もっと長く補給がなかったような――


 ハッとした。


 そういや、酒も節制していると言っていたが、ビールを飲んだ時の村長の顔は、本当に久しぶりに味わったという感じだった。

 もう節約しているというより、ほぼ無い状態だったのでは……。


「村長さん、今日って何曜日でしたっけ?」

「ん? それ昨夜も訊いてなかったか?」


 オッサンが突然の違う質問に、ちょっと目を開いたが

「だから今日は『第4白曜日』だよ。昨日は『黄曜日』だったからな」

「……昨夜も『白曜日』って言ってませんでしたか」

「いんや、確かに『黄曜日』と言ったぞ。そりゃあ聞き間違いだろ」


「……それで今月って『黄の月』でしたよね……?」

「いやいや、それも違うな。今月は『赤の月』だ。

 流石に月日は間違わねえぞ。何しろちゃんと日誌もつけてるしな」

 腰に手をやって自信あり気に胸を張った。

 

「じゃあもう用も済んだし、ひとまず役場に戻ろうぜ。

 こんなとこにいつまで居てもしょうがねえからなあ」

 もうこの話は終わりと、柱のフックに引っかけていた雨具を外した。

「そうですね……」

 

 俺も自分のレインコートを引っかけている柱の方へ行った。

 そこには同じく雨具の首紐を結んでいるプッサンが立っていた。


「あの、プッサンさん」

 俺は2人に聞かれないように声を潜めた。

「どうもまだこちらの歴に不慣れで、ついわかんなくなっちゃうんですけど、『赤・黄・白』の順で良かったんでしたっけ」


 するとプッサンは疑うふうもなくこう答えた。

「その通りですよ。

 だから今日は『赤の月 第4白曜日』です」


「ああ、なるほど、やっぱりそうでしたか。どうも」

 俺はうっかりしたと頭を掻きながら、レインコートを取った。

 そうして万が一、顔に出ても見られないように、着ながら後ろを向いた。


『赤の月 第4白曜日』

 それはあの日誌に書いてあった最後の日。

 そうして『赤の月』は先月の月だ。何しろ今は本当は『黄の月』なのだから。

 

 こちらも俺が亜空の門を通って地球と行き来する時のように、時間が縮まると思っていたが、短くなるどころか、先月に戻っている?

 亜空の門なら時間が縮まることはあっても、戻る事はないはずだ。

 ここは法則が違うのか?

 食料の件に続いて、更に分からなくなって来たぞ。


 奴に訊いてみるか?

 いや、自分で調べろとか言われそうだし、何より出来るだけ自分の力で探らないと。

 中間報告がてらニコルス氏に、こんな事象があるか訊いてみるか。


 そういや、あいつどこ行った?

 いつの間にか近くの壁からいなくなっていた。

 見回すと、ランプをつけていない奥の暗がりにいた。

 こちらの明かりがあまり届かない薄暗がりに、銀色の2つの月がぼうっと光っている。

 それはやや斜め上の方角を向いていた。


「おい、ヴァリアス、何やってんだ。もう帰るぞ」

 そう声をかけた時、俺の頭の中に響くようにある声が響いて来た。


【 ………… ィナ…コ…… 】


 なにっ?


【 ………… ョ ケィな コォとぉ …… シ…… 】


 俺はついその場に立ち止まって、その声に集中した。

 声のトーンは高くなったり、低くなったり、ぶわんぶわんと安定しない無線を訊いてるようなのだが、ある一定した感情が籠っていた。


 滲むような殺意に似た怒り。

 それはこう言っていたのだ。


【  余計なことをしやがって……  余計なことをしやがって…… 】


 誰かが俺に恨み言を呟いていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


しかし、この『消えた村編』、思ったより長くなる気配を見せ始めて来ました( ̄▽ ̄;)

カクヨム版でのもう一つの『ダンジョン編』が、こちらの倍以上になってるのと同じく、

こっちもその流れになるのか?!


もう蒼也と同じくあっちとこっち、二重生活をしているよう。

しかしやってしまったものはしょうがない。

広げた風呂敷は畳まねばいかぬ。


もしかしてダラダラムードになってしまったら申し訳ないですが、

宜しければ最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ