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第224話 『魚心あれば水心作戦』


 ドワーフじゃなくても、こういった鉱山で肉体労働する彼らは、束の間の潤いに酒は欠かせない嗜好品だ。

 それが嵐のために入荷がストップしている。

 ドワーフのゾルフでさえ、酒量を節約して完全に切らすのを我慢していたのだ。


 そこで奴が言うには、村人たちがピリピリしている要因の1つは、酒が切れかけているせいだという。

 食料も大事だが、まず酒が第一!

 酒さえ手土産に持って行けば、絶対に胃袋ならぬ喉を掴むことが出来るという。


 手ぶらで俺たちが、ギルドから派遣されて来たと言っても、胡散臭いだけだろう。

 なら、鼻先に餌を吊るしてやれば、思わず警戒も緩むのじゃないか? というのが、この『魚心あれば水心あり』作戦だった。


 というわけで酒と食料も持ち込むことにした。

 さすがに酒だけというのはおかしいだろ。


 ところで酒飲みの気持ちは、酒の悪魔(ドランクデビル)が良く理解していた。

 もうゾルフどころか、他の男達も奴のジョッキに釘付けだ。


「あー、せっかく持ってきてやったが、またこうして持って帰らんとなあ。

 まあ、どうせオレが飲むからいいが」

 涎を垂らしそうな男どもの前で容赦なく、グビグビと2杯目をいく。


「お、おい、何こんなとこで飲んでるんだ?!」

 村長イワンが、手の甲で口を拭きながら声を張り上げた。

「そいつはおれ達に持ってきたんじゃねえのかっ?!」


「そうだ。そのつもりだったが、お前たちの態度が気に入らないから持って帰る」

 3杯目突入。

「そ、そんな思わせぶりなこと言って――、大体、この村人数分の酒や食料って1日でもどんだけあると思ってる?」

 他の男も気を取り直して突っ込んでくる。

「いくら空間収納でも、そんなに持ってこれないだろうが」


 ドカッ!ドカドガドカッと、奴の後ろにいきなり天井近くまでビール樽がピラミッド状に出現した。

 男どもがみんな口を一斉に開く。


「もう少しあるが、ここは狭いからこれだけだ」

 フッとビールピラミッドが消えた。

 口を開けた男どもがまた同時に唸る。


「今のは、幻覚じゃねえのか?」

 まだ疑っている者がうろたえながら言う。

「いんや、本物ぽかったぜ。匂いが一気に広がった」

 獣人が鼻をしかめた。


「オレの収納容量はこんなもんじゃねえが、まあ今回は予算もあったしな」

 チラッとそう言いながら俺の方を見る。

 そう、今回は俺が出費したのだ。


 何しろ今回の件は、俺自らが個人的にどこまでやれるか試すもの。

 かかる費用も、なるたけ奴を頼らないようにと思っていたのだが、まさかこんなにかかるとは思っていなかった。


「あの、予算の都合で、お酒は黒ビールしか持ってこれませんでしたけど、もちろん皆さんの口に合うように馴染みの店から持って来ました」

 人数が多いので、質よりも量を重視した。

 ただ酒は、あの酒屋のブンのところから仕入れて来たモノだった。


 なんといっても彼はこの村の古くからの御用聞き(訪問販売人)だ。

 村人たちの好みを良く知っている。


 それに彼も、大得意様()への売り上げが無くなって、とても困っていたのだ。

 在庫の樽ビールを全部、即金で買うと言ったら、喜んで普段の卸値の1割引きにしてくれた。

 ついでに奴が、自分の分のウィスキー樽を購入したせいもある。


「本当だ。ブンとこの印がついてる」

 ゾルフが樽に付いている焼き印を見て、また目を開く。


「ちょっと待て、みんな。

 確かに酒を大量に持って来てるようだが、こんな怪しい奴が持ってきた酒だぞ?

 毒が入ってるかもしれねえだろ」

 イワン村長の言葉に、生唾を飲みこんでいた男達が、ハッとして顔を見合わせる。

 まあ普通はそう考えるよなあ。


「今そいつが飲んでる樽に入ってなくても、別のに入ってない保証はないぞ」

 そう指さされた奴は、全く気にすることなく飲みまくっている。

「別に無理しなくていいぞ。どうせオレが全部飲めるから」

 ジョッキをゆらゆらと、みんなの前に揺らして見せる。

 その度に香り立つのか、獣人が思わず鼻を抑える。


 4杯目突入。

 逆にそのふてぶてしさが、自信の表れを感じさせる。

 それに理性で分かっていても、飲みたい欲求の方が上回っていた。


「しかしよお……」

 酒樽を目の前に、もう未練が払いきれないドワーフがごもごもと言い出した。

「最悪、毒消しがありゃあなんとか、飲めるんじゃないのかい?」

「ああっ?!」

 もう欲求の前に、村長の言葉の裏を返してしまった。


「……そうだ、そうだよな。それに毒が混ざってるか匂いでわかるかもしれねえし」

 無臭に感じるモノからでも、匂いを嗅ぎ分けられる獣人が勢い込んで言った。

「イーライんとこに、毒消し何本用意してあんだ? 

 誰か今すぐ行って貰って来いよ」

 別のヒュームの男は自分では行かない気だ。


「なんだよ、言い出しっぺのおめえが行けよ」

「そんな事言って、先に飲む気じゃねえだろうなっ」

「もう何でもいいから、飲ませろよっ!」

 男達がそれぞれ騒ぎ始めた。


「待てっ、みんな落ち着けっ!」

 村長が大声で皆を制する。

「わかった。じゃあここはまず、村長であるおれが責任を持って確かめる」

 それは自分が飲みたいだけなんじゃ――という声がしたが、オッサン(村長)は無視してこちらに向き直った。

「その樽じゃない、別の樽を試させてもらおうか」


 村長に命じられて事務員の男が、奥の薬品戸棚から毒消しとコップを持って来た。

「試飲させてやってもいいが、全部の樽はさせねえぞ。

 開封したら風味が落ちちまうからな」

 いくらなんでもそんなに早く損なわれるものではないのだが、ギリギリまで鮮度を保っておきたいこだわりなのだろうか。


「どれか選びな」

 奴が再びドラム缶ほどのビール樽を、ゴンゴンと床に並べ始めた。


 これぐらいの大きさになると、樽の重さだけで50キロは下らない。

 それにおよそ180Lほどのビールが入っているのだから、確実に200キロはあるだろう。


 だが、奴はそれを空のバケツを掴むように、縁を片手で掴んでどんどん置いていく。

 これにはさすがのドワーフも目を丸くした。


「わかった、もういい」

 オッサンが両手を振って止めた。

 部屋にはテーブルもあるし、カウンターで仕切られている。俺たちだっているんだから8つも9つも出されると、身動きが取れなくなって来る。


 オッサンは窮屈に並べられた樽を、テーブル越しに首を伸ばしたりして眺めていたが

「よし、じゃあその2つ手前のにする」と、1つの樽を指さした。

「わかった、これだな。じゃあカップを寄こせ」

 しかしオッサンは断った。


「いや、注ぐのもこちらでする、おいプッサン」

 さっきの事務員が呼ばれた。

「お前が注げ」

 カップを渡されたプッサンはみんなをキョロキョロ見まわしたあと、やっと意を決したように声を出した。

 

「す、すいませんが、その樽のコックを、捻ってもらえますか……」

 え? カップを当てずに出したら、それこそ勿体ないことに――

 だが奴は無言で言われた通りに、樽のコックを捻った。


 ジョロジョロロロォーーー

 流れ出した白い泡交じりの黒い液体が、見えないホースを通るように空中を横にねじ曲がる。

 そのままドクドクトクと、男の手に持つカップの中に導かれるように入っていく。

 ああ、水魔法か。近くに寄らずともそれなら注げるわけだ。


 キュッと奴がコックを捻ると、空中を黒い蛇のような一筋の流れになって綺麗にカップに収まった。

 どうぞと、プッサンが村長に渡す。


 まず泡を見、クンクンと匂いを嗅ぎ、それからひとくち口に含んだ。

「どうでえ? 村長」

 おもむろに村長は、カップをグッと上に傾けた。

 グビグビグビぃと、良い喉音を鳴らす。

 みんな固唾を飲んでその様子を見守っている。


「ぷっハァ~~~っ、美味いっ!」

 カップを口から離したオッサンの顔は、とっても幸せそうだった。

 茶髭に白い泡があわあわとくっついている。

 村一番乗りでビールを飲んだだけだった。


「で、大丈夫なのかっ?」

「具合はっ? 気持ちは悪くなんねえかっ?」

 他の男たちも固唾から生唾に変わりながらも、口々に質問をした。


「いや、もし遅効性の毒かもしれねえし、ある程度量を飲まないと効かないかもしれねえ。

 1杯くらいじゃわからねぇなあ」

 あんた、飲みたいだけだろ。

 この時、俺も含めて全員が同じ考えを浮かべたと思う。

 もうすっかりお代わり顔になったオッサンが、空になったカップを向けて来た。


「試飲は1杯までだと言っただろ」

 そう言ってるそばから、奴は自分のお代わりを注いでいる。


「村長、おれ達も飲みてえのにっ」

「そんだあ、イワン、あんただけズルいぞっ」

 オッサンがベルトに片手をやって、軽く体を揺すった。

「しゃあねぇ、とりあえずその酒だけは貰っといてやるぜ」


 その、上から目線の態度が気に入らなかったのか、奴がぴしゃりと言った。

「誰が()()でやると言った」

「あ?」

 一瞬悦びの腕を上げようとした男達がまた止まった。

 再び妙な雰囲気になりそうなので、俺は慌てて間に入った。


「すいません、言葉足らずで。

 確かに皆さんにお持ちしましたが、これは無料(タダ)じゃありません。

 これは商品なんですから、買って頂きます。あと運搬・手数料も」

 男達からブーイングが一斉に起こる。

 

「なんでえ、人の弱みにつけ込んで、()けえ金で売ろうってのかいっ」

 ドワーフが指を突き出す。

「確かにこの嵐の中、持ってきたのは見上げた根性だが、べらぼうに高いんじゃねえのか」


「待ってください。まだ金額を言ってないでしょ。

 そういう文句は値段を聞いてからにしてくださいよ」

 まったく人の話を最後まで聞けよ。


「……一樽(ひとたる)いくらで売ろうってんでえ?」

 オッサンが太い腕を組んで口を曲げた。

 飲みたいのはヤマヤマだが、事と次第によっちゃあという顔である。


「そうですねぇ、確かにこの嵐の中、わざわざ持って来たあげく、(皆さんに)恐い思いをさせられましたので……」

 俺もちょっとだけ意地悪く肩をすくめながら、そっと村長に紙を渡した。


 ブンの店の酒の納品書である。

 明細に書いてある合計は、いつもの卸値のままの樽価格で計算された金額が書いてある。

 実際に払った正しい金額が記載されているのは、領収書の方のみだ。


「これは……ブンとこの。……いつもの値段だが……」

 と、その合計金額の下に、また追加で書いてある文字に片眉を上げた。

「プラス手数料として、()()()()でどうでしょう?」

 俺は二ッと営業スマイルで微笑んだ。


 場所が変われば同じ物でも値段が変わる。

 日本だって町では100円で買えた缶コーヒーが、山とかに行くと140円くらいになっていることはザラなのだ。

 それはボってやろうというのではなく、主に運搬費や人件費などの経費がかかっているからだ。

 

 まあ俺の場合は馬車など使わずに、こうして空間収納に入れて ―― 俺が持っていると、狙われるかもしれないので、奴に持ってもらうことにした ―― 身一つで来れた訳であるが。


 それでも酷い目に遭ったのだ。

 100が120になるくらいなら、安いモノではないだろうか。


 それに表面上、相手は2割増しの支払いになるが、元値は9掛け。

 だから俺の方は手数料として、約3割分の儲けが出ることになる。

 これならお互いウィンウィンで良いじゃないか。


「ううぬぅ……、本当にこの値段で良いんだな?」

 オッサンがまだ疑わし気に眉を寄せながら、俺のほうをまた睨むように見た。

「もちろん、私も商人ギルド登録者でもありますからね、商売の信用は落とせませんよ」

 まだ作ったばかりの新しいプレートだが、商人登録プレートをチラつかせた。


「ただ、ツケは利きませんよ。全額現金で頂かないと」

 ピクっとまたオッサンの眉が動く。


 通常ならギルドバンク経由でも良かったのだが、何しろここは異世界の中の異界。

 ここからギルドバンクに送金してくれても、果たして無事に元の世界の口座に振り込まれるか、疑問だったからだ。

(ここではプレートが通帳代わりになって、デビットカードのような役割を果たす)

 

 しばしオッサンが黙り込む。

 あれ、もしかしてそんなに現金を持っていないのか?

 常時結構な荷の行き来があると、聞いてきたのだが、もしかしてツケだった?

 いや、それよりも口座払いだった可能性も。

 ちょっと村の金回りの事まで考えてなかった……。


「よしっ、わかった!」

 パンッとオッサンが手を叩いたのに、ついこちらもピクンと反応してしまう。


「その値段で買おうじゃねえか。

 まだ完全に信用したわけじゃないが、酒が本物で毒入りじゃねえなら、こんな時に安いもんだ」

「良かった。毎度有難うございます!」

 俺は反射的に頭を下げた。


「とりあえず()()ってとこだな」

 オッサンが指で『2』を示した。

「へ?」

 つい素っ頓狂な声が出てしまった。


「こんな嵐の中、わざわざ持って来てくれたのは有難いけどよ、明日雨が止んでるっていう事も考えられるんだぜ。

 そうしたらすぐにでも、いつもの便がきてくれるはずだ。

 だったら当座、今夜の分だけ、ここの人数分だけでもいいだろう」

 ついでに一樽多めに買ってやると言われた。


「え、でもあの、食料も……チーズや小麦粉・肉も用意して来たんですけど……」

 別の納品書を見せようとしたが、もう村長のオッサンは後ろを振り返って、プッサンに金庫から2樽分だけの金を持ってくるように指示した。


 え、えと、あのぉー、全部買い取って貰わないと困るんですけど……。


 1人狼狽する俺を無視して、続いて村長のオッサンが他の男たちに、今夜のことはとりあえず他の村人には内緒にするように言い含め始める。

 でないと、ビールをたらふく飲まさないぞと。


 あの、他の人たちは本当にいいんですか? 本当にガッツリ持って来ちゃったんですけど――


 ふと横を振り向くと、奴が苦笑しながら顔を背けていた。


 てめえ、どっちの味方なんだよっ!

 確かに持ってくる量や、食料も決めたのは俺だ。

 少し儲けを出したかった助平根性もあって、目一杯買って来てしまった。

 だけどどうしても八つ当たりしたくなってしまう。


 もしかすると奴は、こうなることを予測していたのか? 

 だから他の樽を開封させなかった?!


 うぬぅぅぅ~~っ! なんで教えてくれねえんだと、喉まで出掛かったのを飲みこんだ。

 俺が基本思いつかなくちゃ駄目なんだ。 

 酒は最悪、奴に買わせるとしても、食料が……。


 あ~~~っ、この投資、回収出来るのだろうか?

 なんか報酬額(300万)より上回ってるんだが……。

 

 俺はオッサンの背中を見ながら、心の中で頭を抱えていた。


ここまで読んで頂き有難うございますヽ(´∇`)ノ

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― 新着の感想 ―
[一言] 最新話に追いついてしまい寂しい… 非常にゆっくりですが確かな成長が主人公にあり楽しんで読ませて頂きました、面白かったです。 でも1つ不満というか残念なのはこれで最終章なんですか? いやいやも…
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