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第221話 『北国の宿と噂話』

 

 ジャールの町の手前で着陸すると、スカイバットを収納した。

 さすがに飛んで町に入るのは、特別な許可が必要だ。

 もし間違ってそんな事をしたら、不法侵入で間違いなく門兵に攻撃されるだろう。


 戻ってきた頃には、太陽はすでに山に隠れていた。

 途中道に降りて休憩したし、帰りはだいぶ速度を落としたこともあるが、やはり冬の日の入りは早い。完全に暮れてしまう前に帰って来れて良かった。

 まだギルドはやっているだろうが、明日でいいか。

 今日も色々あり過ぎた。


 ナジャ様は飛行中に帰っていった。

 笑いながら『また来るよー』と声が消えていった。

 毎度変な時ばかりに来ないでほしい。

 奴もドラマの続きを見るとかで、またいなくなった。

 本当にみんな勝手気ままに来やがるな。


 宿屋に戻ると女将さんともう1人、40前後の男が厨房で立ち働いていた。

 夜の食堂の準備をしているようだ。

 本当は家に戻って熱い風呂につかりたいところだが、奴も帰ってしまったので宿のを使う事にする。


 女将さんに風呂を使用することを伝え、使用料もとい薪代として400エルをカウンターに置くと、男が出てきて金を手に取った。


 風呂は裏庭の物置ぐらいの小屋で、床は()の子状の板張り、木製の湯舟が壁につくように置かれている。

 そこに設置された手押し式ポンプで、井戸水を勢いよく流し込む。


 外壁にボイラーが付いていて、五右衛門風呂のように追い焚きが出来るタイプのようだ。

 すぐにお湯が冷めてしまう寒い地方では必要な機能らしい。


 こんな寒い地方では火の魔石はもちろん、薪代も馬鹿にならないだろう。

 近くに森林があるとはいえ、自前で薪を用意するのは結構な労力だ。

 知っての通り、生木は燃えにくいし煙も出やすい。

 しっかり乾燥させなくてはいけないし、薪を切ったり運んだりするのはとても重労働だ。

 毎日使う物なので、量もそれなりに必要になってくる。


 で、結局大半の町の人達は、薪売りからお金を出して買うのである。

 

 とはいえ、食堂の暖炉の炎は、薪どころか落ち葉さえ使っておらず、魔法による火が燃えていた。

 男はもっともらしくボイラー横に薪の入ったバケツを持ってきたが、本当は無料(ただ)の魔法で火をつけるのだろう。

 別にオプションならそれで薪代とか言わずに、始めっから使用料とか言えばいいのに。

 

 などとセコい事を考えてたら、男がおもむろに細い薪から入れ始めた。

 あれっ、俺が見てるからかな?

 一瞬悪い気がしたが、男は別に気にするふうでもなく、無言で淡々と作業を進めていく。

 そして薪をくべ終わると、ポッと小さく魔法で火をつけた。

 やっぱ、火魔法使ってる。

 

 男は火加減を調節して湯が沸くと、そのまま軽く頭を下げただけで宿に引っ込んでいった。 


 なんでここでも全部魔法にしなかったんだろう。

 薪使ってねーじゃんとか、ゴネるとでも思ったんだろうか。


 そこでもう一度、ボイラーと暖炉の炎を交互に視てわかった。

 これがあの男の精一杯のパワーなんだ。


 俺も使徒たちと同じように、自分を基準に考えていた。

 一般人の魔法力は、生活魔法と呼ばれるレベルだ。

 程度に幅はあるが、普通の生活に役立つぐらいであって、攻撃力と言えるほどではない。(暖炉ぐらいの火力なら、攻撃力の範疇に入りそうではあるが)


 彼もあの暖炉の炎を操り、維持するのがやっとなのだろう。同時に2つ以上は出来ないのかもしれない。

 俺はもうこれくらいの炎なら、複数でも簡単になったのだが。


 この剣と魔法が当たり前の世界で、やはり俺は魔法使いと呼ばれるレベルなんだなあ。

 熱い湯に浸かりながら、あらためて実感した。


 風呂から上がると、すでに広くない食堂には半分以上の客が入っていた。

 今日は寒いので暖炉寄りに座りたい。

 だが、みんな考えている事は同じで、すでに暖炉際の席は一杯だった。

 仕方ないので、いつも通り窓際の隅に座る。

 また自分のまわりだけ気温を高めればいいか。あんな嵐の中でなければやり易い。


 そこへまた男が寸胴のような物を持ってやってきた。

 本体の大きさは30㎝くらいだが、下に同じくらいの長さの脚が3本付いている。

 中には短い薪が燃えていた。


 ここでは『ファイヤーピット』と呼ばれる、いわゆる火鉢だった。

(焚火台とも言う)

 それを暖炉から離れた俺の近くの壁際にゴトリと置くと、また無言で戻って行った。

 素っ気ないが、その小さな気遣いに少し感動した。


 あっ、こういう時こそ、チップを渡すべきなんじゃないのかっ?

 ~~っ、またしくじった。タイミングって難しい。


 注文を訊きに来た女将さんに、それとなく火鉢の礼を言うと

「ああ、ウチの長男だあよ。娘は出てっちまったが、あの子はウチを継ぐと言ってくれてね。

 だどさ、ちょっと客商売に無愛想がイカンていつも言っとるんだけ、中々直らんのさ」

 眉をややしかめつつも、女将さんは口元を綻ばせて厨房に入っていった。


 飲み物はホットビールがお勧めと言われた。

 寒い地方なので、ここではビールを当たり前のように温めて飲んでいた。

 黒ビールを熱したら、それこそ苦味が増すのではないかと思ったが、意外とほんのりと甘味があって美味しかった。

 種類にもよるのかもしれないが、ちょっとコーヒーに似てる。


「はいよ、ポトフとガーリックトースト、カリカリチキンね」

 紫菜を使ったロールキャベツもどき入りのポトフと、ドードーの薄皮を油で揚げたチキン。

 寒い夜はこういう暖かいシチューが有難いが、舌がどうしても日本人の俺は、もう一つ旨味が欲しい。

 俺はコッソリと手で隠しながら、チキンに胡椒瓶を振った。

 う~~ん、ペッパー偉大なり。


 開けていると寒いし、外はもう暗いので窓は閉め切られている。

 暖炉以外に、壁や柱に付けてあるカンテラが食堂内を薄明るく照らしている。

 始めの頃はちょっと物足りない感じだったが、慣れてしまうとこういう店は煌々と照らすより、このくらいが丁度良いのだと感じるようになる。


 カンテラやランプの風防ガラス部分は、純粋なガラスが高いので、代替品として貝殻や虫の翅が使われていることが多い。

 なので透明度は決して高くないが、逆に曇りガラスとも違う、何かの(はね)越しに光を通しているような色味を帯びることがあって、とても柔らかい。


 なのにさっきのカンテラの光はちょっと怖い印象だったよなあと、柱のランプの優しい光を見ながら思い返した。 


 幸い俺のまわりに他の客が来なかったので、食べながらあの役場で見つけた業務日誌を取り出した。


 まず最後のページから。

『――月 第4白曜日 

 

 一向に嵐の止む気配がない。

 荷の運搬が完全に停滞中。

 備蓄の食料や酒も底をつきかけている。

 明日もこの調子なら、有志を選抜して近隣の町まで物資の確保に強行せねばならなくなる模様。』


 やはりあの嵐の最中の日付だ。

 手前のページをめくる。


『――月 第4黄曜日

 相変わらずの強風と豪雨。

 それに伴い光源の供給や、魔石等の動力不足のため、採掘の中断を余儀なくされる。

 ○○班 採掘量 ###――

 **班 採掘量 ▲▲――』


『――月 第4赤曜日

 本日も強風と豪雨。

 安全のため採掘作業を2時間で終了させる。

 **班 採掘量 #●#――』


 ここの一週間は『土、種、葉、空、花、実、赤、黄、白(又は陰)』という基本9曜日だ。

 遡った『第4葉曜日』までは、嵐が始まった事以外に目新しい事は書いてなかった。


 ただ、嵐がやって来た前々日の『第4土曜日』の始めの行が、乱暴に塗りつぶされていた。

 まるで一度書いてはみたものの、思いとどまって消したかのように。


「お客さん、どうで? 口に合いなさるかい?」

 顔を上げると、女将さんが空のジョッキを持って横に立っていた。


「あ、ええ、とても美味しいです」

 ちょっと行儀悪く、ながら食べをしているのを見咎められたように、俺は慌ててまたスプーンを手に取った。


「それなら良かった。何しろ都の人にこんな田舎の食べ物が合うか、心配だったかんね」

 女将さんは屈託なく言った。

「そんでもう、森には行きんさったのかい? 何もないところだったろ」


「ええ……」

 そうだった。女将さんには、この近辺の森に用があると言ってあったんだ。

 でも誓約の蜘蛛も取れたし、ちょっとだけ訊いてみるか。


「まだザッとしか見てないんですけど、あの森の奥になんだか村がありましたね。

 あそこは荒れてるって感じでもなかったですけど、人がいないんですか?」

 カマをかけてみた。

 すると女将さんの顔が一気に曇った。


「お客さん、あの村に入りなすったかね?」

「ぁ、いいえ、門番はいなかったようですけど……、だから入ったらマズいかなと思って……。

 ちょっと覗いただけです」

 俺も嘘を平気でつけるようになってきたなあ。

 覗いたどころか、犯罪者としてボコられそうだったのだが。


「そんなら良かったよ。

 あの村には行かんほうがいいよ。ろくでもない噂がたっとるし」

 まだ眉をひそめながら、顔の前で手を振る。

「噂って?」


 女将さんはちょっと顔を近づけてきて、小さな声で言った。

「あの村にゃあ、()()がかかっとるって噂さ。

 あそこに行った商人(あきんど)やハンターが帰って来とらんて」

 

 えっ、ハンターだけじゃなかったのか?!


「おかげであの村に行く商人(あきんど)たちがいなくなって、ここら辺の宿屋の客が激減してるだよ。

 まったくいい迷惑さね」


 もっと詳しく聞きたかったが、他の客がお代わりで呼び始めた。

 俺ももう一杯ホットビールを頼んだついでに代金を切りよく渡し、お釣りは取っといてくれと伝えた。


 チップの渡し方はこんなんでいいのか、自然に渡す事がよく分からない俺の方が田舎者なのだが、女将さんはニッコリと礼を言ってくれた


 しかし呪いかぁ。

 確かにあそこは変だった。

 こんな魔法やダンジョンがある世界でも、特におかしい状況だった。


 だけど呪いと噂されるからには、『ナントカの呪い』とか、何か元凶と思われる事があるかも知れない。

 そこのところを聞いてみたいのだが、あいにく食堂は忙しくなってきて、女将さんは立ち話している場合でも無くなってきた。


 俺の隣にも客が座って来たので、日誌は読めなくなった。


 しばらく女将さんが手の空いた時に、話しかけにいこうとタイミングを見ながら飲んでいたのだが、そうこうしているうちに眠くなってきた。


 風呂に入って暖まり、腹も一杯になったし、酔いもまわった。何よりも昼間の疲れが出てきたのだ。

 あと十数分で終刻の時間だから、そうしたら客も一気に引いて、時間が取れそうなのに……。

 

 頑張ろうとしたが駄目だった。

 下手するとタダの潰れた酔っ払いになってしまう。

 訊くのは明日にしよう。

 俺は2階へ上がった。


 部屋の中は寒かったが、風魔法で気温を上げるよりも、まず服を着替えるほうがもどかしかった。

 そこへドアがノックがされた。


 あの無口な宿の息子が入って来た。

 手には鉄パイプのような棍状の物を持っている。


 はいっ?


 状況を理解できなかった俺の横を男は黙って通ると、ベッドの毛布を(まく)った。そこに持ってきたパイプを置く。

 視てみると、パイプの中には魔法で作られた炎が入っていた。

 パイプは二重構造になっていて、布などが燃えない程度の熱に抑えられている。

 普通は炭などを入れておくそうだ。


 抱き枕型の行火(あんか)か。

 まあなんていう北国暮らしの道具と心遣い。


 俺は一瞬でもなんの襲撃? などと思ってしまった気恥ずかしさと、暖かいサービスに酔いも手伝って一気に気分がハイになった。


 男の肩をバンバン叩きながら

「やあっ アリガトっ! センキュッ、センキューベリーマッチッ!

 なんだ、暖炉以外にも火ぃつけられるじゃんっ! やるじゃん、あんたっ。

 これチップ、取っといてっ!」


 失礼なのだが、俺は勝手に2つ以上火を操作出来ないと思い込んでいた。

 後から考えると、もう暖炉の火を落とす頃なので、こちらに力をまわせたのかもしれない。

 それに相手が英語圏の人かもわからないのに、白人系にはつい英語を使ってしまうという、変な日本人の癖も出てしまった。

 ここは英語自体もないのに。


 しかも気が大きくなっているので、ビッと手渡したチップは銀貨1枚1,000エルだ。

 これは高給ホテルじゃあるまいし、かなり弾み過ぎた。


 男も目を大きくして驚いたようだが、俺がヘラヘラしている様子に、少し口角を上げて頭を下げると、また無言で出ていった。


 あー、今日も大変だったけど、終わり良ければ総て良しかぁなどと、俺は気分良く暖かくなった藁ベッドに潜り込むとすぐに眠りについた。



  **************



 階下でゴトゴトとする物音で目が覚めた。

 窓の戸の隙間からはまだ陽の光は差して来ないが、外は薄っすら明るくなり始めているようだ。

 

 時計を見ると5時7分。

 しっかり寝たおかげで酒も疲れも全然残っていない。

 うんと伸びをしてベッドから降りた。

 今日はギルドに行って来よう。


 まずトイレに階下へ降りる。

 食堂ではまた女将さんと息子が、朝の準備をしていた。

 階段の軋み音に振り返って俺を見ると、男が軽く会釈してきた。


 そこで昨夜のハイになった自分の姿を思い出し、少し恥ずかしさが込み上げてきたが、まあいいや、旅の恥(?)は搔き捨てだ。


 井戸で顔を洗ってスッキリして、裏庭から食堂横に通じる戸を開けると、ちょうど女将さんがテーブルの上を拭いていた。


「お早うさま、お客さん、昨日はよく眠れたかい? 寒くはなかった?」

「お早うございます。おかげさまで暖かく眠れました」

「こっちこそ有難いんだわ。今こうしてお客が少ないしね」

 そこで昨夜聞きそこなった噂話を尋ねようとした。


 ビクンッと、食堂の窓を開けた女将さんの動きが止まった。

 冷たい風が吹き込んできたせいではない、窓の外にぬっと男が立っていたからだ。


「蒼也、あらためて来てやったぞ」

 ヴァリアスがニーッと牙を見せて笑った。

 かき捨てられない奴が来た!



  **************



「さすがアクール人だね。ドワーフだって朝からこんなに豪快に飲まないよ」

 女将さんが感心しながらお代わりのジョッキを持ってきた。

 奴は来るなり、準備中という意味を無視して酒を要求すると、ジョッキビールをただのコップ酒のように続けて3杯飲んでしまった。


「別に寒かねぇから、いちいち温めなくていいぞ。

 面倒くせぇし、樽のまま持って来いよ」

 コンッと、4杯目のジョッキを空ける。 


「あんた、まだ開店前なんだぞ。少しはルールってもんを守れよ」

 俺は慌ててセーターを着ながら食堂に戻って来ていた。

 

 始め女将さんと息子さんは、ケルベロスと対面したような顔をしていたが、俺が仲間ですと説明するとホッと体の力を抜いた。

 本当にすいません。

 奴は人を脅すのが趣味の物の怪なんです。


「開ける準備してたんならもういいだろ。客も少ねぇんだし」

 勝手だし失礼な事を平気で言う。

神様(お父さん)、こいつの躾だけはちゃんとしてくださいよ。


 でもこういった安宿とかには、開門と同時に出ていくために、早く食事していきたい客もいるようだ。

 そういう輩は店が閉まっていても、戸を叩く事が少なくないのだそうだ。

 だから宿や店も一応営業時間外でも、緩く融通を利かすところが多い。

 なのだが、陽も昇り切らない明け方にこんな奴が戸を叩いて来たら、俺だったら絶対開けずにまず警察を呼ぶな。


 ただ、その強盗まがいな悪人ヅラは気前よく大銀貨で前払いしたので、女将さん達の受けが良くなった。


「すいませんねぇ、まだ仕込みが終わってなくて」

 ひとまずの間に合わせに、女将さんが木の実入りチーズとピクルスの盛り合わせを持ってきた。

「別に酒があれば構わん」

 そう言いながら奴はチーズだけ食ってる。ピクルスは俺がもらおう。


「あ、そう言えば、昨日言ってた噂なんですけど」

 厨房に戻ろうとした女将さんが振り向いた。

「その、呪いってどんなのです? 何か事件とかあったんですか」

「あたしもホンの噂しか知らんのだけど」

 と、女将さんはギルドから聞いてないような話を教えてくれた。


ここまで読んで頂き有難うございます!

『ホットビール』は、やはりなんでもいい訳じゃないようです。

 好みがあると思いますが、『恵比寿様』の黒ビールを温めたところ

元々あった甘味がなくなってしまいました……(;´Д`)ザンネン…

 温め過ぎも良くないというので、失敗したのかもしれませんが。


 次回はヴァリアスもハンターギルドについて行って、物申します。

 宜しければまた見に来てください。

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