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第220話 『ヴィレッジ・ブレイク』

今回も長くなりました。

お時間のある時にどうぞ。


「とりあえず皆さん、落ち着いて」

 月並みだが、こうして出来る限り相手を興奮させないように言うしかない。

「落ち着けって、何様のつもりだ。

 その武器を外して地面に置けっ!」

 そう言って俺の腰に付いているダガーを指さした。

「あとそのバッグもだっ」


 俺は短剣を外す代わりに、ゆっくりと両手を上げた。

「あー、そうしたいのはヤマヤマなんですが……今度で良いですか」

「ナニぃっ?!」

 男達が一歩踏み出そうとした時、彼らの足元から噴水のように水柱を一気に噴き上げた。


 お互いの姿が見えなくなった瞬間に転移。

 水を制御してるのであまり遠くへは跳べない。

 先程の裏側の通りに出た。


 ラッキーなことにそこは壁のすぐ手前だった。


 だが、当たり前なことに、濡れた石は思った以上に滑り易い。

 しかもこの豪雨。

 イモリのように登れるどころか、ジッとしがみ付く事も出来ない。


 けれどそこは土魔法の有難さ。

 壁の石を操作して、エスカレーターの板1枚くらいの足場を作る。

 これに乗って上までいける。


 ボロッと石板が崩れた。

 振り返るとオッサン達がこちらに走って来るのが見えた。


 ヤベェ、もう見つかったか。

 しかも土魔法を妨害された。

 続いて俺の足元から、ズズンッと石の壁がまわりを囲うように立ち上って来る。

 石のかまくらの出来上がりだ。


 が、俺だってのんびりはしていない。

 かまくらが出来上がるまでの約3秒、天辺が閉じる寸前に再び転移した。

 

 今度は宿屋の屋根の上。

 石造りなのだが、斜めに結構な勾配がある。おかげで出現した途端に滑り落ちそうになった。


 もちろん水魔法をかけ続けているが、やはり自然のパワーは凄まじく、抑えるにはそれなりの力がいる。

 豪雨どころか台風のようなエネルギーは、強力な魔法で対抗されているようなもの。

 水魔法にパワーを使っているので、探知があまり遠くに伸ばせない。


 仕方ない。俺は雨を避けるのを諦めた。

 また無慈悲な冷たい雨風に身を晒す。

 クソ()みぃっ!


 こうなったら転移を繰り返して、壁のすぐ上に出よう。

 そうすればそのまま脱出も可能だ。


 見つからないように屋根に身を伏せながら、俺は一番近くに見える壁の方を探知した。

 

 激しく雨が叩く壁の表面には、濁流のような水がゴウゴウと流れている。

 だが、その壁の上にはもう一つ、違うモノが覆っていた。


 それは一見濃い赤いオーロラのように見えた。

 壁の縁から高く、暗黒の空に向かって立ち上って揺れている。


 しかし、その動きはカーテンのようではなく、蜷局(とぐろ)を巻いていた。

 赤みは動くたびに、真っ赤な鮮血から暗い赤、黒々とした滲みが湧きあがり、うねり、出たり消えたりを繰り返す。

 ただの防犯装置(シールド)じゃなさそうだ。


 よくよく視て感じたっ――これは憤怒の色。怒りのオーラに似ている。


 なんだっ、そんなにオッサン達は俺の事を怒っているのか? 

 寒さも相まってブルッと身震いがおこる。

 しかし、それなら直にあのオッサンからも出てないとオカシイんじゃないのか?


 屋根に這いつくばりながら、オッサン達を探すと足元の方角に、さっきのスタン似のオッサンと他3人が雨の中うろついているのが分かった。

 

 確かに怒っていはいるようだが、喧嘩直後の興奮と警戒の入り混じったような、同じ赤でもピリピリと尖った鮮血のような赤。

 こんなに長くこもった怒りの声を上げる暗赤色じゃない。


 解析が弾かれてよく分からないが、触れたら警報が鳴るとかだけじゃ済まなさそうだ。


 雨がまさに何十万の矢として降り注ぎ、体や屋根を叩きつけて来る。

 強い風のせいで体感温度は、おそらくマイナス20℃くらいになっていそうだ。


 これはヤバいっ、マズいぞっ!

 低体温症になりそうだ。

 体力や思考力を削がれるどころか、何より魔法も使いづらくなって来る。

 具合が悪くなると、動きづらくなるのは体と一緒だ。


 雨に打たれることを甘く見てたーーーっ!


 もう四の五の言ってられないので、急いで水を服や体から吹き飛ばし、今度は風の膜をまわりに作る。

 同時に体まわりの空気を温めた。

 

 寒い日の息と同じく温度差で、体のまわりの空気が白くなった。

 けれど同時に、空気の層で雨を弾くことが出来た。

 どうやら水よりも、風を操作する方が俺は得意のようだ。

 そういや魔法試験の時も、操作系は『風』が断然上だった。

 

 それにしても体が芯から冷えちまった。

 体を温めることに集中しているので、一旦探知も無しである。


 オッサン達の足音や声を耳で探ろうとしたが、雨風の音や建物、樹々の立てる音が強すぎてよく分からない。


 どうしよう。どうやって脱出する、俺。

 頼みの壁越えは駄目になった。

 となると、もう後は門しかないが、それじゃこの異界から出られないんじゃないのか。

 いや、まず外に出られるのか?


「オイッ! いたぞっ 屋根の上だっ!」

 へっ!? もう見つかった。

 

 顔を上げると、小さな明かりが建物の横から走って来るのが見えた。

 中に目の光っている奴がいる。獣人がいるんだ。


 っというか、俺の姿は伏せていて下から見えないハズ。この雨で匂いも分からないだろうに。

 と、思ったが、彼らは俺自身に気づいたわけじゃなかった。

 俺の体を包むこの白い空気を見つけたんだ。


 家々の煙突から本当は湯気や煙が出ているはずだが、この強風と雨で吹き散らされている。

 だけど俺のまわりは空気の層を固定しているから、それが見つかっちまったんだ。

 またしてもぬかったぜ、俺。

 

 彼らがすぐ家の下まで来た時に、再び体を低く隠して転移。

 10メートルほど先の屋根に跳ぶ。


 強風に抵抗しながら、尚且つ保温をしているので僅かしか跳べない。

 だから短い転移を繰り返しながら、門の方に近づいていった。


 魔法が覚醒してから(はや)、半年近く(体感時間)。

 ラノベやマンガの勇者たちなら、もう魔王を倒せる程に強くなってる事だろうが、俺は週末のみのパートタイマー魔法使いなのだ。

 地球ではほとんど魔法を使わないし、特訓なんかしない。


 地球とこちら、この二重生活を続けるためにオンオフの切り替えは必要だ。

 決して怠けている訳ではない、と言いたいが、やっぱりもう少しやっとけば良かったかなと、こんな時に後悔する。


 それでも以前より技術とパワーは上がってきているので、こうして風と気温の維持をしながら、なんとか同時に転移も出来るようになって来た。

 ギリギリだけど。


 先程の番小屋の近くまで来た時、俺はまた屋根にへばり付くように隠れた。

 門の前には門番のゾルフともう1人の男が、手にフレイルや槍を持ちながら立っていた。

 そりゃあそうだよなあ。

 ここは申し訳ないが、スタンガン魔法で抑えるしかないか。 


 ところが先程まで門には感じられなかったあの赤黒いオーラが、深い霧のように壁から扉にも伝い降りてきた。

 前に立っている男達の足元に、それがドライアイスの煙のように流れてくる。


 あいつら、気がつかないのか。それとも殺気立ってるから一緒なのか?!

 分からない事だらけだが、1つ言えるのはそのオーラの影響で2人のオーラが凶悪にギラギラ変化し始めたことだ。


 駄目だ。

 相手は護符もつけてるようだし、スタンガンだけで抑えられるか自信がない。

 何よりもあんな殺気に満ちている奴2人を、同時に相手するのは危険過ぎる。

 せめて1人だったらいいのに……。


 相手を生かして制圧するのは、殺すより難しい。

 ううっ、なんとももどかしい。


 とにかく一旦どこかで態勢を立て直したい。

 ふと番小屋の中に、今誰もいないことに気がついた。

 すぐさま転移で中へ跳び込むと、落ちていたレインコートを着る。

 これでなんとか雨除けにはなる。


「カッカッカッ!」

 すぐ横に奴が愉快そうに大笑いしながら現れてきた。


 その大声に思わず慌てて遮音をかける。

 嵐の音で幸い、門前の2人には聞こえなかったようだが、こいつにはいつもヒヤヒヤさせられる。


「やっぱりお前を見てる方が、映画なんぞよりよっぽど面白いっ!」

「ふざけんなよ、見世物じゃねぇぞ」

 まったくとんだプリズンブレイクだ。

 

「ここまで来て門を突破しないのか?」

「わかってるくせに。……俺の力じゃ相手を殺さないと倒せないだろ。

 壁もヤバそうだし……」


「なに尻込みしてるんだ。あのオーラにビビっちまったのか?

 あんなもの、気合いで弾き返せっ! 気合いでっ」

「そんなの、アニマル親子とあんたくらいだよっ」

「誰が動物だっ!」

「そのアニマルじゃねぇよっ!」


 なまじ探知でオーラを感じてしまったので、余計にその衝撃の度合が想像される。

 頭からスタンガンを受けに行くようなものだ。

 あの強烈な気をもろに浴びたくないぞ。


 防衛システムなのかもしれないが、ホントになんて物騒な……。

 ダメだ。余計に考えがまとまらない。

 力の使い過ぎで頭痛も起き始めてる。

 水でも飲んで落ち着こう。


 あらためてまわりを探知する。

 探知出来る範囲で見つけた男たちは、今度は各家々をあたっているらしい。

 戸口の前で住人と話している姿が視えた。

 またこの番小屋に戻って来るのも時間の問題だ。

 焦る――


「ケケケケッ!」 

 こ、この声はっ!

 振り向くとテーブルの上にナジャ様が座っていた。

 

 今日は赤いワンピースの上に、ふわりとした白いファーのケープを着ている。

 それに上は暖かそうなのに、またもや下はショートソックスと赤い靴のみと、膝から下に白い素肌をさらしている。

 北海道の女子高生だって、こんな時に生足は出さないぞ。


「ヴァリー、ただ闇雲に言っても勇気は出ないよー。

 お前さんじゃないんだからさー」

 華奢な手をヒラヒラさせる。


「何だお前、チャチャ入れに来たのか?」

 奴が眉を寄せる。

「違うよー。あたいも見てたけどおもし――叱咤激励(しったげきれい)してやろうと思ってさ」

 今、あなた、面白いって言いかけましたね?

 俺は使徒たちご用達のお笑い芸人じゃないんですよ。


「ソウヤー、こんな時はやっぱり男より、女に応援してもらいたいもんだろー?」

 スルッとテーブルから下りると、少女が俺のほうに手を伸ばしてくる。

「まあそりゃあ……そうですけど、ナジャ様が何かしてくれるんですか?」

 嬉しいけど、浮気になるようなことはちょっと……。


「あたいじゃないよ、ほらっ」

 そう言って手の平をクルッと上に向けた。

「えっ!」


 そこには15cmくらいのミニミニ絵里子さんが乗っていた。

 しかもナゼか、純白のビキニ姿。

「ェヘっ!?」


「まだお前、こんな姿見てないんだろー?

 サービスだよ、サービス」

 その通り。彼女と11月から出会って数か月、まだまだ日本も寒い。

 胸どころか、二の腕だってまだ見ていないのに。


 つい触ろうとしたら、指が通り抜けた。

 なんだ、立体ホログラムか。

 しかしなんて生々しい……。


 ちょっとポッチャリめの彼女の胸は、想像していた通り柔らかそうにふくよかで、張り出した腰から伸びた太腿はムチムチしているのに、膝から下その先の足首は折れそうに細い。

 白い肌に白の水着、そこに明るい赤のペディキュアが妙に目を引き付ける。


「全て原型(オリジナル)のまんまだよー。

 ただ原寸にしちゃうと、刺激が強そうだったからこれぐらいでいいだろー」

 少女が小悪魔的に笑った。 


 マズい、違うアドレナリンが出て来てしまった。

 チュニック着てて良かった。

 それでもつい少女に向かっては、体を少し斜めにしてしまう。


「こんなんで単純だな、お前」

 フンと、小馬鹿にしたようにサメが鼻を鳴らした。

 酒で釣られるような奴に言われたくない。


 更に親指姫(絵里子さん)は、両手の指を祈るように胸の前で組むと喋った。

『蒼也さん、頑張ってねぇ、負けないでぇ。

 そんなんじゃ、わたしの両親に会えないわよぉ』

「えええぇっ!!」


「ケケケ。そうだよ、ソウヤ。

 お前、これくらいで怖気づいてたら、この女の家族と面と向かう勇気出るのかー?」


 ああーっ、そうなんだよっ!

 実は彼女の両親と、会わなくてはいけなくなったのだ。


 これには絵里子さんの婚姻事情も関係する。


 最初の授かり婚で結婚した相手は、暴言すらつかなかったが飽きやすい性格で、仕事は1カ月以上続ける事が出来なかった。

 そして離婚の決定打は妊娠中の浮気だった。

 もう彼女の妊娠中に家に帰って来なくなったのだ。


 2人目は、誠実で金の事もキッチリしていて、自分の事を何よりも思ってくれているようにみえた。

 だが、それは偏執的で、執着の強い性格の表の面に過ぎなかった。


 同棲した途端に、彼女に対してその異常な執着心を剥き出しにした。

 彼女が浮気をしないか、男と会ってないか、終始見張り続け、連絡がすぐ返ってこないと怒り、暴力を振るうようになった。

 他の男との間に出来たという事で、子供を虐待するようになり、結局彼女は逃げた。

 後は俺が関わった通りだ。


 で、今度正式に俺と付き合う事になった旨を聞いた姉と特に父親が、『その男と一度会わせろ』と言ってきたのだ。


 それを聞いた時の俺の緊張感ときたら、どんなサスペンス映画にも負けないだろう。

『ウチのお父さんはそんな怖い人じゃないから』という彼女の言葉を、どれだけ頼りなく感じたことか。

 身内と他人じゃ全然違うんだよ、絵里子さんよ。


 もう全世界の男、共通の大試練。

 大事な娘をまた毒牙にかけるかもしれないと、疑われてる身。


 しかもただの派遣社員のみならず、名も知らぬ外国企業が運営する会社の『アイディア企画部長』という怪しげな肩書きで稼ぐという設定。

 トドメは、マフィアが親戚についているという事だ。


 まだ日取りも約束していないが、当日は心臓が飛び出さないように、服の下にサラシでも巻いてく所存である。

 いや……、刺されるかもしれないから、胸当ての方がいいのだろうか。


 ……しかし、そうだよなあ……。

 そんなビックイベントと比べたら、このくらいまだ可愛いものか。

 これぐらいで尻込みしてるようじゃ、真のラスボスたち(義父と小姑)に挑めないぞ、俺。

 度胸をつけるんだ。


「有難うございます。気合いと癒し頂きました、ナジャ様」

 俺は心から少女に礼を言った。


「おおーっ、そうか、そうかー。良かったなー」

 そう言いながら少女がヴァリアスの方を見る。

「しょうがねぇ。今回は借りにしといてやるよ」

 奴がちょっと悔しそうに顔をしかめた。


 覚悟はできた。気が変わらないうちに即行動だ。

 俺は雨具のフードがめくれないように顎の紐を絞った。


「ところでお前、どうやって脱出する気だ」

「転移で壁上ギリギリまで跳ぶ。その後、風を使って体を押し出すつもりだ」

 まだ少し頭痛が残ってるが、奴はこれくらいならすぐには治さなくなった。

 魔法力や体力は、限界を越えそうになった時が一番伸びるからだ。


「そうか。だが、この異界から出るには、ある程度の勢いとスピードが必要だぞ。

 チンタラ通り抜けようとすると、また押し戻されるぞ」

「だから風で押せば……」

 そういえばこの暴風雨も、あの壁のオーラのところで通り抜けずに、逆に村の内側に戻るように吹いていた。

 となると、壁の上は強い向かい風か。


「お前自身の体を押し出す力はあるのか?」

 んー? とまた少し面白そうに口角を上げる。

 悔しいが、そう言われると自信がない。

 壁のそばで何度もトライしてたら、またオッサン達に見つかりそうだし。


 となると、直接壁を乗り越えか。

 今の俺なら出来るだろうか。

 いいや、出来るかじゃなく行くんだよ、俺。根性見せろっ。


「まあ待て」

 気が変らないうちに跳び出そうとした俺を奴が止めた。


「どうせなら色々試してみろよ。

 せっかく道具を持って来てる事だし」

 そう言いながら奴が空間から出してきたのは――


「あっ、それ、俺の『スカイバット』!」

 そう、奴が取り出したのは、例の簡易グライダー『スカイバット』だった。

 しかも翼はちゃんと畳まれている。

「勝手に人の収納あさりやがってっ、

 それで行けってのか?!」


「ケケケッ、いいねぇー。それで行こうよー」

 少女も楽しそうに手を叩く。

「いやいや、ちょっと待て、待ってくださいよ。

 こんな暴風雨の中、無理でしょっ!

 それこそパワーがないと」


「いいか、鳥はな、台風の時でも飛べるんだぞ。

 パワーじゃねぇんだよ。

 お前も『風使い』ならそれぐらいやってみろ」


 あんた、この暴風雨の中を飛ばせたいだけなんじゃないのか?

 しかし向かい風なら、翼の角度を前に傾ければスピードも上がるか。

 下手に魔法だけに頼るより良いかもしれないな。

 試す価値ありか。


「わかった。あんたがそう言うならワンチャンありなんだな。

 じゃあそれに賭けてみるよ」

 俺も変なアドレナリンが出ていた。

 いつもなら無謀と思う事が、何故か『やればできる』という気になってきた。

 これも奴のおかげというか、奴のせいか。


「いいぞ、その意気だ。男が上がるぞっ」

 自分の意見が通ったことが嬉しかったのか、奴が調子にのって俺の背中をバンと叩いてきた。

 男を上げる前に死にそうになった。


 咳込みながらも、スカイバットのハーネスをしっかりと装着。

 跳ぶ前にもう一度、辺りを探知で探る。


「よっしゃあっ いってくるっ!」

 掛け声でさらにテンションを上げる。

「おーっ」

「よし、いけっ!」

 使徒たちの声援と言うより圧も受けながら、俺は転移した。


 ゴウゥゥーと、また凄まじい暴風雨が俺のまわりをかすめて行く。

 俺は2階建ての屋根の上に乗っていた。

 そして左手側に、滝のように雨を流す壁とあのオーラがあった。


 風向きは今、俺の後ろ側から吹いている。追い風だ。

 離陸の時は向かい風が望ましいが、そこは風魔法で調節出来る。


 右側の暗い家々の間を、チラッとカンテラの明かりが動いていくのが見えた。

 でもここからまだ距離がある。

 

 今だっ! 俺は翼に魔力を流し、一気に左右に開いた。


 ブワァーーーッ! 一気に右に吹っ飛んだ。

 タイミング悪く風が急に横風に変わった。


 3軒先の屋根に叩きつけられそうになったところを、なんとか足と風で激突をまぬがれる。


 危なかったっ。やっぱりそうすんなりとは行かないか。

 今度は翼を開いた状態なので、風を操作する範囲が広い。

 本当はもっとギリギリまで転移で近づきたいが、スピードを上げたいので飛行距離も必要だ。

 しかしさっきより、風向きの変り方が激しい気がするんだが。


 だがもう始めちまったものは仕方ない。

 体と翼に当たる部分だけ、流れの向きを操作する。

 強い力で体が上に引っ張られる。

 上昇しながら重心を左に傾ける。


 よし、このまま壁まで――

 ブワァアアァアァァーーーーッ

 またもや突風が割り込むように、俺の操作を妨害してきた。


 2方向から来る強風を制御しようとすると、今度は上からも押さえ込むように圧がかかってくる。

 まわりが山だからなのか、嵐のせいなのか、あちこちから風が俺を壁に行かせないかのように邪魔をしてくる。

 なんだかこちらの動きに合わせているみたいだ。


 やっぱり嵐の中、飛ぶもんじゃないな。

 だけど負けるもんかっ。 


 上からの圧を逸らせようと力を込めたその時、急に下から突風が突き上げてきた。

 前と横、上からに操作を注視していたので、俺はあっという間に山のほうへと飛ばされた。


「わぁっ あぁっ あ~っ!」

 グルグル回転しながら、どす黒い雲と暗く沈んだ屋根や家が交互に見える。


「カァー、カッカッカッ!!」

「ケケケケケーッ!」 

 使徒もとい妖怪たちの笑う声がする。


 くそっ! あんたらをちょっとでも信じた、俺がやっぱり馬鹿だったっ!!


 今度は力を結集したように、ぐわぁっと一気に押し込んできた。

 後ろには黒い岩肌と、更に深淵のような洞窟が開いていて、俺を飲み込もうとしていた。

 

 その穴の奥を視た時、風の圧力に対抗していた俺の触手が、くにゃっと一瞬力が抜けた。

 するりと風が翼の表面をすり抜けていく。風の抵抗が一瞬減った。


 偶然、風を受け流した感じになった。

 クルッと岩肌に激突するのを回避、姿勢を立て直す。


 ちょうど風力の圧と俺の力が拮抗して、空中にホバリングする形になった。

 その状態で目の前の洞窟を視なおした。


 それは例の坑道穴だったのだが、その奈落のような漆黒の穴の中から、またあのオーラが漂って来ていた。

 ここにもシールドが張ってあるのか。


 俺はこの時そう思ったが、実は半分間違っていた。

 それは後になって分かったのだが。


 とにかくいつまでもこうしてはいられない。

 山に押し付けようとする風に抵抗する力を、徐々に緩めながら岩肌を斜めに滑空した。


 これまでのように力を力で捻じ曲げるのではなく、受け流す方に意識を集中する。

 全方向から絶え間なく風の圧力が変化してくるが、岩面をすぐ下にしているのでその分、体下の抵抗が少ない。

 むろん受け流すのもそれなりに力がいるが、この時、俺と翼は一体化してきていた。

 いちいち考えるまでもなく、細部に渡って風の受け方・流し方がごく自然に出来るようになった。

 

 雨が気にならなくなり、黒をバックに風が幾多の波状模様を展開させていくのが視える。

 そしてどの波に乗ればいいのか、何とはなしに感覚でわかった。


 岩肌の向こうに、壁とその上の渦巻く赤いオーラが現れる。

 まるで炎の怪物のように、オーラがどす黒い口を開けたようにみえた。

 そして物凄い力で押し返してきた。


 ええいっ こなくそっ!!

 俺はオーラの手前で、全力で頭から突っ込んだ。


 ヴァンンンッ、バアァーーッ! と、車のエアクッションが全身に発射して来たような衝撃が襲った。


 ――――暴風雨の音が急に止んだ。

 急に視界が眩しくなった。


 おっと! 俺は思わず岩肌にぶつかりそうになって、重心を後ろに傾けた。

 体がまた上昇する。

 太陽の光に照らされて、その山肌は灰色に鈍く、ゴツゴツした面がハッキリ見えた。 


 上空をポツポツと小さい雲が流れていく。

『キィーー キィィーー……』

 鳥らしき鳴き声が遠くでする。


 ああ、戻って来れた。


 辺りは俺がここにやって来た時と同じ、昼下がりの夕暮れ前の風景に戻った。


 ホッと息をつきながら大きく旋回すると、眼下の家々や通りは再びひっそりと静まり返っていた。

 もちろん雨上がりどころか、どこも一滴も濡れてはいない。 


「どうだ、少しは風の捉え方がわかったか?」

 姿は見えないが、すぐそばで奴の声がした。


 しかしまたいつも通り、風を触手で感じることは出来るのだが、先程の一体化した感じはとれなかった。


「ちょっとだけな、手を貸してやったんだ。その『スカイバット』に使われている、『エンペラーバット』の感覚を伝えたんだよ」

 ああ、じゃああれはこの大コウモリの感覚だったのか。

 どうりで一体感があったわけだ。


「そういやさっき、あのオーラを突き抜けたんだよな。

 衝撃はあったが、怖い思念みたいなのは感じなかったぞ。

 あれはもしかしてただの威嚇なのか?」


 俺は村の上をゆっくり飛びながら、壁を見回した。

 石壁はまた乾いた灰褐色の壁に戻り、オーラの気配は全くない。

 

「そりゃ、護符の力だ。

 前にも『捻じれのハンス』の穢いオーラを弾いただろ?」

 

 あっ、そうだった。

 以前、あのオークになったハンスのオーラを、お父さんの護符が守ってくれたんだ。

 有難うっ 神様(お父さん)


 ――にしても、だったらこんなに思いつめて、飛んでまで壁抜けしなくても良かったんじゃないのか――?!


「それを始めに教えちまったら、お前が根性出せなかったろうが」

「ケケケッ そうだよー。

 度胸決めたおかげで、またこうして一皮むけたじゃないかー」

 少女の姿が見えないが、すぐそばでこれまたする。

 しかも耳に吐息がかかるのがわかる。


「ちょっと、飛んでる時に止めて下さいよ」

 なんだかすごくこそばゆい。


 こんな2人に挟まれての飛行は、嵐の中を飛ぶよりヤバい。

 ひとまず町に戻ろう。


 俺は進路を茶色い道へと向けた。


ここまで読んで頂き有難うございます!

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