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第22話『下町の宿 赤猫亭』


 1軒目は2人用1部屋トイレ・シャワー別2,700eだった。

 が、中を見せてもらったのだが、部屋が狭いのは仕方ないとして、シャワー室がカビ臭く駄目だった。

 2軒目は似たような設備で3,150eだったが、ちょうど満室だった。

 他3,4軒目もシャワー室が壊れていたり、2人部屋となっていながらベッドが1つしかなかったりした。聞くと1つのベッドで何人も雑魚寝することは当たり前の事なのだそうだ。

 外国の感覚なのかもしれない。

 ヴァリアスは自分用にベッドは必要ない―――眠らないって事らしいが、2人部屋にベッドが1つしかないっていう事実が嫌なんだよね。


 日本は布団文化だから布団をくっつけて、布団数より多い人数で雑魚寝するというのはわかる。

 だが、ベッドみたいに床から持ち上がっていて、はみ出したら即落ちてしまうような切り取られたようなスペースで家族でもない人間と一緒に寝るのってどうなんだろう。

 緊急時は除くとして日本人としてはどうしても違和感がぬぐえない。

 

 そんなこんなでウロウロしていたら、閉門1つ前の鐘が鳴ってしまった。

 マズい、宿も埋まっちゃうかもしれない。


 最後の1つは西区と南区の中間ぐらいだった。

 西中央大通りの途中から南側に横道に入る。

 工房や倉庫がしばらく続いていたブロックから、通りを隔てて急に民家が多くなってきた。

 見上げるとイタリアの下町よろしく窓から窓へロープが渡り、洗濯物が張られた万国旗のように頭上にぶる下がっていた。

 良い意味での外国の下町風景なのだが、細い道では3階以上どころか1階でもロープが渡っているところもあり、通行の邪魔になっていた。

 後から考えると地元住民しか通らない裏道だったようだ。


 窓の下に座り込んだ老女がジャガイモのようなモノの皮を剝いていたり、子供が毛玉の塊のような小動物を追いかけて走り回っていた。

 道路は石畳なのだが中央広場のように綺麗にならされた感じではなく、表面が擦れて凸凹して、藁や土が落ちていて少し埃っぽかった。そういや下町は南側だって言ってたっけ。

 しばらくそんな通りを歩くと井戸がある、道が交差した少し開けた場所に、その目指す宿があった。ちょうど閉門の鐘が鳴った。


 それは4階建ての朱色の建物で、所々塗りが剥がれて地のレンガが見えていた。

 ドアの上の、道に出っ張った吊り看板に≪赤猫亭≫と書かれてあって、伸びをした猫の形をした薄い鉄板がぶら下がっていた。

 入ると中はすぐ食堂になっていて、カウンターの中年の女性が声をかけてきた。

「いらっしゃい、食事かい? 泊まりかい?」

「2人部屋空いてますか? あとその前に部屋見せてもらえます?」

 ついといでと、カウンターの後ろのボックスから鍵を取ると、女将さんは横の階段のほうに行った。

 ところどころオレンジ色のメッシュが入っているとはいえ、見事な赤毛を頭の上に丸く大きくまとめ上げている。

 大柄で、170㎝の俺よりデカいから180㎝以上あるな。横幅は俺の2倍近くありそうで、俺の前を階段を上がる女将さんがもし落ちてきたらと、ちょっと冷や冷やした。


 見せてもらった部屋は3階の6畳くらいの部屋で、2段ベッドに小さなテーブルと椅子が2つ、簡単なハンガーラックと、錠前付きの貴重品入れの箱が床に釘で止めてあった。

 窓にガラスがなく、取り付けられた両開きの木戸が開いていた。

 明かり用のランプが天井に1個ぶる下がっている。


「こっちがトイレ、で、そっちがシャワーだよ」

 廊下を挟んで部屋の斜め向かいにトイレとシャワー室が並んでいた。

 シャワー室は公衆電話ぐらいの大きさで、床や壁もタイル張りでなく、石地のままだった。上のほうに小窓が空いている他、シャワーノズルが立っているだけだった。

 ただ、掃除はちゃんとされているようで、古びてはいるが不潔な感じはなかった。

 更衣室がないのがちょっと気がかりだったが、他もそんな感じだったからこんなものなのだろう。


「どうだろう。とりあえず1泊してみるかい?」

「お前が良いなら、別に構わんぞ」

「じゃあ1泊でお願いします」

「前払いで3,200エルだよ。あと馬を連れてるかい? 厩舎は裏庭だよ」

「いえ、馬はないです」

「そうかい、じゃあ下で記帳してくんな」

 そう言うと女将さんはズシズシと階段を下りて行った。

 もちろん、貰った割引券はしっかり使った。おかげで一泊3,040エルになった。


 カウンターで記帳の際、身分証の提示を求められるが、どちらかで良いというので、もちろん俺の分だけプレートを見せた。こういう安宿? ではあまり細かいことを詮索しないのが一般のようだ。

 食堂の時間を聞くと朝は開門の鐘(午前6時頃)から大体午後1時頃まで。夜は閉門前2の鐘(午後5時頃)から終刻(午後9時頃)までだという。

 チェックアウトは昼頃でOKという事なのでゆっくり出来そうだ。

 時差感があるが、朝飯がお握り2個だけだったので小腹が減った。

 今度行き来する時は、なるべく時間帯を合わせるようにしよう。


 そのまま窓から2つ手前の壁際のテーブルに着く。

 木版のメニューが壁に立て掛けてあった。

 手に取ろうとすると

「ちょっとすいません」

 給仕の14,5くらいの少年が壁の上方に火掻き棒のようなものを伸ばしてきた。

 先が赤く燃えた点火棒で、括り付けのランプに火を入れる。そのまま天井や中央の柱についているランプに、火をつけて回っていた。

 外がだいぶ暗くなってきているからだ。ランプの灯りでさっきより食堂の中はだいぶ明るくなったが、それでも前回泊まった宿のほうが蛍光灯を使ったように明るかった。

 その事を小声で言うと

「あれは光の魔石を使っていたからな」

「光石じゃなくて?」

「光石は太陽の光を蓄えなくてはいけないから、昼間、外に置いておかないと使えない。

 魔石は魔素の力で光るし、魔力の入/切で光量の調整もできるからな。どっちも高価だから庶民は今でも油を使ったランプが多いんだ。

 ただ油も安くないから、普通は日が落ちたらさっさと寝るんだよ」


 食堂の中を見ると、カウンターとテーブル席にすでに8人の客がいて、テーブル席ではトランプのような札で何かゲームをやっていた。

「外に食べに来るのは大体独身男だ。食事以外に賭博や社交の場でもあるからな」

 確かに薄暗くてテレビもBGMもない部屋で、1人食事をするのも寂しいもんなぁ。


 あらためてメニューを見る。

 おっ、エールが150eだ。“馬鈴薯フライ 160e”“ドードーフライ 390e”“オークコトレット 490e”…これなんだろ?

 そっと解析してみると 《オークコトレット:オーク肉に小麦、パン粉などをつけ油で焼いた食べ物》とある。いわゆるトンカツか。なんか揚げ物が多いな。

 “ドードーの赤大豆と馬鈴薯スープ 390e”と“黒パン2切れ 50e”にすることにした。

 野菜関係があまりないのかなと思ってよく見ていたら、端のほうに“季節の煮野菜 230e”と“焼き野菜のハチミツ掛け 270e”というのがあったので煮野菜を注文する。

 ヴァリアスは言うのが面倒なのか、メニューを指して注文していた。

 何を頼んだのかわからなかったが、どうせガッツリ肉だろう。


 エールが運ばれてきたので一口飲むと、一応冷えてはいるのだが、以前の食堂で飲んだ飲み物程、冷えてはいなかった。

 冷蔵庫でキンキンに冷やしたモノと冷水で冷やしたモノの差ぐらいの感じだ。それに味も少し薄い感じがする。

 下町価格でそれなりの質なのかもしれない。

 “ドードーの赤大豆と馬鈴薯スープ”の赤大豆は、大豆というより細長のプチトマト似で、味はトマトと小豆を足して2で割ったという感じだろうか。

 味も悪くないというか、いかにも下町洋食屋で出るような味だ。毎日なら小洒落た感じよりこっちのほうが良いかもしれない。

 季節の煮野菜は温野菜サラダのようなものだった。こちらで野菜を生で食べる習慣はないらしい。

 黒パンはとても固くて、老人とか歯が悪い人は難しいんじゃないのかと言ったら、スープに浸して食べるのが一般的だと言われた。


「これ、食ってみろ」

 俺の方に何かのカツレツと、芥子菜が盛られた皿を押してきた。

 肉の味は豚や牛・鳥肉でもなく鯨肉のように筋張って硬かったが、ナッツかクルミのような木の実に似た香ばしい味がして、甘辛に味付けした芥子菜とよく合っていた。

「どうだ? 食べられるか?」

 ヴァリアスが始めてこちらでドードーを食べた時のように、こちらをジッと見ながら訊いてきた。

「うん、筋っぽいけど香ばしくて結構旨いね。肉に木の実を擦りこんでるのかな?」

 こういう味付け、子供も好きそうな気がする。

「いや、この肉は元々こういう味なんだ。オークも食べれるみたいだから問題ないな。

 これはゴブリンの肉だ」

 え゛っえ゛っぇ !!


「ごっ、ゴブリンって食べれるのか?」

 俺はうっかり声が大きくなるのを抑えた。

「お前のとこは知らんが、こちらでは食べるぞ。硬めで筋っぽいから、貴族や金持ちは食べたがらないけどな。比較的安く手に入るから庶民の間ではドードーと同じくポピュラーな肉だな」

 いや、うち(地球)でも食べないぞ。っていうかそもそもいないし―――。

 それに、どこにそんなメニューあった? 

 探しているとヴァリアスが肉類の1つを指した。

“ココニ コトレット(芥子菜付き) 390e”

「本当は小鬼コトレットだ。誤字だな」

 うわ、それはわかんなかったな。


「地球にはいないが俺の知ってるゴブリンって、緑色の小人で臭くて汚くて、狡くて意地汚い性格っていう感じで知られてるのが一般的だけど……」

「大体同じだな。汚くて臭いのは他の動物と一緒だから、特にではないが」

「でもたぶん人型だよね? 魔物でも人間に似てるのは……」

 オークは頭とかは豚だろうけど、ゴブリンのイメージはもっと人に近いのではないだろうか。

「地球でも猿を食べたりするだろ?」

「まぁ……日本じゃないけどな。うーん、そういう感覚か……」

 まだまだ慣れない事ばかりだ。

 いくら食べられても元がアレだとなんだか微妙だな。


『育った環境が違うから馴染まないのは仕方ない。お前なんかまだ良い方だ。

 オレが直接担当したわけじゃないが、以前別の星から召喚したヤツは、生物構造的には余り変わらないんだが、食文化が変わっててな。

 生き物を食わない食文化が発展していて、肉どころか植物も食べなかったんだ』

 ヴァリアスが日本語に切り替えてきた。

『えっ ベジタリアンでもなくて? それって光合成でもしてるのか?』

『植物人間じゃないぞ。そいつらはな、鉱物や土を独自に精製して合成食物を作っていたんだ。

 ここや地球より機械文明が発達した所だったんだけどな、そんなとこからこっちに来たからとにかく大変だったぞ』

『そりゃそうだろうけど、なんでまたわざわざそんな人召喚したんだい? 俺みたく誰かの子供とかなのか? 

 そもそも生活が合わなかったら、帰してもらえるんじゃないのか?』

 

 ヴァリアスが少し顔を近づけて声を潜めた。

『詳しくは言えないが、まぁ島流しみたいなもんだな、思想犯の。

 召喚しなければもっと酷い場所に行かされるところだったらしいから』

『それじゃ大変どころじゃないな。まずこっちで食べ物が合わないんだろう。ならいっそ転生して一からやり直すか、体を作り変えた方が良かったんじゃないのか?』

 転生には一度死ななくてはならないだろうけど、神様なら体を変えるくらい簡単に出来そうだ。

 そうすればこちらの体に生まれ直すんだから、普通に食べられるだろう。


『言ったろ、島流しって』

 エールの杯をあおりながらヴァリアスが言った。

『一種の刑罰なんだよ。自殺まがいな行為はもちろん禁止だし、あちらの星の呪いで100年は死ねない体にされてたんだ。

 もちろん解呪や体の改造も禁止だ。

 よその星も引き取るのを躊躇してたんで、うちの運命の女神様が見かねて引き取ったんだよ』

 うわぁ、不死ってのも呪いなんだな。辛くても死ねないのか。


『土魔法でな、土や石に元生物の化石を少しづつ混ぜて、オートミール化したものから始めたんだ。何しろ目の前で原材料を見せないと絶対食べないからな。

 というより長年根付いた習慣で生き物を受けつけられなかったんだよな』

『うえぇ、土や石のオートミールってジャリジャリしてそうだな』

 ヴァリアスの杯が空になったので、追加を注文する。


『材料そのままじゃないぞ。それを栄養素に元素変換したのはオレだからな。

 担当者はあるじが違うので、そういう変換スキルを持ってないから、オレが助っ人してたんだ』

『じゃあヴァリアスも大変だったね』

『ああ、別に手伝うのは大変じゃなかったんだが、担当者がかなりネガティブ思考の奴でな、ぐ、苦労話ばかりで辟易したわ。

 でも時間はかかったが頑張った甲斐あって、始めはまさに小虫一匹殺せない奴だったが、最後はA級トレジャーハンターになったぞ』

『そうか、よくそこまで変われたな。俺も人殺ししろとか、道徳観念が大きく違うのことは駄目だけど、なんとか慣れるよう努力するよ』

『大丈夫だ。お前が殺し屋とか処刑人になりたいなら別だが、こちらでも同種族同士の殺し合いは、基本タブーだからな』

『それは良かった。ちなみにその担当の使徒のヒトも凄く頑張ったんだな』

『あー、奴は一仕事終わったから今、長期休暇中だ。おかげでもう愚痴を聞かなくて良くなったがな』

 やっぱり愚痴だったのかよ。


 しかし俺も今だにカルチャーショックな事ばっかりだ。

 その人みたくこちらでやっていけるようになるのかなぁ。

 

 食堂の中は客が増えて来て、なかなか賑やかになってきた。

 そのかわりに窓から見える外は、黒い帳の中ポツンと立つ街灯が、井戸を薄ぼんやりと照らしているだけだった。


ここまで読んでいただき有難うございます!


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